西田宗千佳の
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CELL REGZA「55X1」の録画機能に迫る

~タイムシフトマシンが変えるものとは?~


東芝DM社 本村裕史氏

 先週から、ようやく「CELLレグザ 55X1」の出荷が開始された。読者の方でも、そろそろ手にされた方もいらっしゃるのではないだろうか。

 今回は初めて、その「録画機能」の内容について触れてみよう。東芝DM社 映像マーケティング事業部グローバルマーケティング部 参事の本村裕史氏に、実機デモを見ながら話を伺い、その狙いと内容に迫ってみた。「開発段階から、自宅に持ち帰って様々なテストを繰り返している」と語る本村氏の言葉からは、東芝がCELL REGZAにこめた「これからの録画」に対する考え方が見えてくる。


 


■ 旧来のREGZAの「10倍」のソフトを搭載

 まず第一に、CELL REGZAの仕様からおさらいしておこう。液晶テレビとしては、55型の部分駆動型LEDバックライトを搭載。分割数は512であり、ダイナミック・コントラストで500万:1、ピーク輝度は1,250cd/m2にあたる。スピーカーも7ユニット搭載と、かなりリッチだ。もちろん、液晶テレビとしては最高級のスペックであり、それ自体も驚愕に値する。その内容については、また後日詳しく解説する機会もあるだろうが、今日はそれが本論ではない。

CELL REGZA。55型の液晶ディスプレイとスピーカーに加え、金属製のハウジングを使った本体ユニット(右横)のセットで利用する「CELL BOX」。CELLやHDDなど、主要な部分はすべてこちらに収納される

 もっとも特徴的なのは、そういったハードウエアを駆動する「システム」と「ソフトウエア」の方だ。名前にもある通り、本製品ではCPUに、「Cell Broadband Engine」を搭載しており、計3TB分のHDDとネットワーク機能、14系統のチューナなどと、上記のハードウエアを制御する。もちろん、各種コンパニオンLSIが導入されており、CELLだけで制御を行なうわけではないが、それでも、Cellにかかる負担は相当なものだ。

 だが、搭載されているCellと、そのコンパニオンLSIにあたるインターフェイス・プロセッサーは、「どこにもお披露目していない最新のLSI」というわけではない。採用されているCellは、現行の最新型PlayStation 3で使われている45nmのものと同じで、インターフェイス・プロセッサも、2年ほど前から「東芝が考えるCell連携の要」として、東芝セミコンダクター社が、CEATECなどでも再三デモされてきたハードウエアである。メインメモリこそ1GBと、PS3に比べ大きくなっているが、ソフトの規模は相当なものになっている。事実、本村氏は、「構想段階から含めると7年、AV機器としての開発を検討してからは4年」の期間を費やし、ようやく完成したのが「CELL REGZA」なのである。

CELL REGZAの内部構造。放熱の大きなCellとコンパニオンLSI(CellインターフェイスLSI)を大きなヒートシンクでつなぎ、それをファンで空冷する仕組みとなっている。

 もちろんその間に、見逃せないハードの進化があってこそ、CELL REGZAは生まれている。液晶やLEDはもちろん、Cellが45nmルールで製造可能となり、消費電力が下がり、筺体もコンパクトにできるようになったことが大きかった。

 だが、それ以上に大きなパートを担ったのが「ソフトウエア」だ。「一般的なREGZAの10倍」(本村氏)と言われるほどの量を持つだけに、開発はかなり難航したようで、製品出荷ギリギリまでソフトのチューニングが行なわれていた。製品版でも、購入後にソフトのアップデートを行なってほしいとする紙を同梱したほどだ。

 今回の取材時(14日)にも、同日に完成したばかりの最新版ソフトウエアを適用し、デモを行なった。一部店頭でのデモなどでは、出荷時のものを利用しているものもあるが、それよりも動作が安定し、快適になっているという。本村氏も、「ぜひ最新版のソフトでお楽しみいただきたい」と話す。テレビの放送波によるアップデートだけでなく、Ethernetに接続し、ネットワークでのアップデートも行なえる。

 


■ 8チャンネルの地デジを「常時録画」するタイムシフトマシン

CELL REGZAのリモコン。中央がタッチパッドとなっており、カーソル移動や「15秒送り」などに利用する。伸縮機能をもっており、録画系機能用のボタンを隠すことも可能

 さてでは、実機で動作をみてみよう。

 本村氏は、まず実機の前で、リモコンの「チャプター逆送り」ボタンを押した。すると、表示されている番組はそのまま「スタートの時点」に戻る。これは、常に地デジ番組を「録画」し続けているための機構である。

 CELL REGZAで搭載した「タイムシフトマシン」は、1TB×2のSATA HDDを使い、地デジの録画をストリーム記録し続ける機能だ。ゴールデンタイムだけならば約1週間、すべての時間ならば約26時間分の映像を、8チャンネル分記録している。だから、「番組のはじめから」見るにもワンタッチでOKなのだ。


番組「表示」中には、現在の時間で番組のどのくらいまで進んだかを表示する印が出る。秋以降のREGZAで採り入れられた仕組みだが、「CELL REGZAのために考えていた仕組み」(本村氏)なのだとかEPGからタイムシフトマシンを呼び出す場合には、このような画面が表示され、数秒待たされる。ただし、チャプター逆送りボタンで「現在の番組をさかのぼって見る」場合には、瞬時に頭出しが可能

 それ以外にも、電子番組表(EPG)を使い、「好きな時間の好きな番組」を選んで再生することができるようになっている。重ねて言うが、これらのことは「録画」という行為を伴わない。自動的に録画されている番組を「呼び出す」形で利用される。これを、CELL REGZAではタイムシフトマシンと呼んでいる。

CELL REGZAのEPG。タイムシフトマシンで、「過去の番組」にも移動できる。また、各局のEPGの上に「ライブの番組をサムネイル動画で表示する」機能が追加されているタイムシフトマシンで、番組を選んで「見る」を選択

 その利用例を、本村氏は次のように話す。

本村氏:毎週日曜には、9時半から、ある情報番組を見ることが多いんですね。ですがたまたまその日は、ちょっと早く、9時10分くらいに起きたんです。ですから、別のチャンネルでやっている、8時の、別の情報番組を見ることにしました。リモコンを取り出して「戻す」だけですから簡単ですよね。この番組を見終わったのが10時20分くらいだと思います。そしてそこから、目的の番組を見始めました。本来は1時間早かったり、1時間遅かったりするわけですが、僕の中では「日曜のその時間」に見ている感覚に「タイムシフト」してしまっているんです。これはちょっと新鮮な体験でした。

 しかも、寝る前に「NHKスペシャル」を見て、さらに7時のニュースも見た。結局この日は、一度も「リアルタイムの番組」は見なかった、ということになるんです。

 タイムシフトマシンでは、AVCなどで長時間録画することもないし、データ放送なども「そのまま」記録される。スペック的には少々不満な印象も受けそうだが、これはむしろ「狙ったこと」と本村氏は話す。「放送波そのままがタイムシフトされる」感覚を重視したためだ。もちろん、ハード的にAVC録画を搭載しづらいが故のこと、という部分もあるだろうが、同じ画質・同じデータが即座に呼び出せる感覚の新鮮さについては、頷ける部分が多い。

 ただし実際に使ってみると、「改善しなければいけない点も見えてきた」と本村氏は話す。

本村氏:タイムシフトマシンで時間を操れる、という感覚はすごくいいんです。でも、日曜ならいいんですが、平日の朝のように「数分の違い」にこだわっているような時にタイムシフトをしてしまうと、「今何時なのか」がわかりにくくなってしまいます。ですからぜひ、今後のアップデートで「現在の本当の時刻は何時なのか」を表示する機能をつけねば、と思いました。そういうことも、実験室ではなく、実使用環境で使ってみないと見えてこないんですよ。この点については、ぜひ今後のアップデートで対応させよう、と考えているところです。

 タイムシフトマシンでは、内蔵の1TB×2のHDDが使われているが、こちらに、現状「増設には対応していない」(本村氏)という。理由は明確で、「USB 2.0では、帯域的に足りないから」だ。現状でも、録画時には2つのHDDの帯域を使い切るほどで、「とても外付けでは対応できない」状態だからだ。

 また、ユーザーインターフェイスの一つとして、この機能を生かして用意されているのが「8チャンネルの同時表示」である。これまでも、同様の機能をもったテレビはあったが、リアルタイムに「すべての番組」を受信して表示しているわけではなく、メインの番組以外は、数秒に一度更新する「静止画」に過ぎなかった。だが、CELL REGZAではきちんとすべてが「動画」だ。まさに、「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」(BTTF2)の世界そのままである。ちなみにこの機能、「Cellがかなりいっぱいいっぱいに動作している」(本村氏)ものだとか。

全地デジチャンネルを同時に表示する「全局モード」こと「マルチ表示」。きちんと全局が動いてみられるのは新鮮な驚きだ

 ただし残念ながら、今回のセットで実現されているのは「地デジ」の同時受信のみ。BSやCSの常時同時録画には対応していない。BTTF2ではCATV+音声コマンドで同じことをやっていたわけだが、さすがにそこまではいかない。「BSやCSへの対応は、今後の検討課題だと思う」と本村氏は話す。

 この機能は、あまり目立たないが別の部分でも使われている。リモコンの「チャンネル順送り」ボタンを1秒程度長押しすると、CELL REGZAは「チャンネル高速切り換えモード」に入る。通常は時間がかかるチャンネル切り換えを、「同時複数チャンネル受信」の機能を使い高速化するものだ。デジタルになってテレビのチャンネル切り換えは遅くなった、と言われるが、これならまるでアナログ時代のように素早い切り換えが可能だ。

 ただし、この機能を「意外と使わない」ことがわかったのは、ちょっと予想外だった。元々CELL REGZAでは、高速モードでなくとも、1秒から2秒以内にチャンネル切り換えが終了する。また、長押しで切り換えるよりも、前出の「全局表示」やEPGを使ってチャンネル切り換えをすることの方が多かった、ということもあるようだ。「ここも、使ってみてわかってきた部分」と本村氏は話す。

 


■ 番組情報から「脈絡」を検索する「ローミングナビ」

 番組を直接選んで表示する方法には、主に2つの経路が用意されている。

 一つは、明示的に直接番組を録画する方法。こちらには、別途搭載されている500GB×2(計1TB)のHDDが使われる。画面などは少々異なるが、やり方は現行のREGZAにかなり近い。当然ながら、毎週予約なども可能だ。ちなみに、最大録画予約件数は当初「32件」とされていたが、出荷直前に「128件」に拡大された。これだけあれば、困ることは少ないはずだ。

番組を呼び出すために、「ローミングナビ」と「検索ナビ」を選択する画面。CELL REGZAを活用するなら、やはり「ローミングナビ」を活用したいところだ

 もう一つは、すでに録画済みの番組を呼び出す方法。「タイムシフトマシン」で録画された番組を呼び出す際に使われる。

 ここでは、主に2種類の方法が用意されている。それが、「検索ナビ」と「ローミングナビ」だ。

「検索ナビ」は、その名の通り、番組を検索して表示するものだ。操作性は良いが、特徴を強く打ち出したものとはいえない。むしろCELL REGZAらしいのは「ローミングナビ」の方である。

 ローミングナビは、CELL REGZAを象徴する機能の一つといっていい。番組に付帯する情報を検索し、まとめて見れるようにするものなのだが、なにより画面を見てもらうのが一番だろう。

 ローミングナビでは、EPGで選んだ特定の番組を中核とし、そこから「タイトルが関連するもの」「キーワードが関連するもの」「ジャンルが関連するもの」「登場人物が関連するもの」を数珠つなぎに出していく、というものだ。興味によって番組を探していけるのが面白い。「当初はどうも検索範囲が広く、うまく番組がつながっていかなかったのですが、調整の結果、かなり良い具合につながっていくようになっています」と本村氏も自信を見せる。

 ごらんになっておわかりのように、対象となるのは「録画済み番組」だけではない。現在番組を中心に、「これから放送される番組」もカバー範囲に入る。そこから録画予約をしてもいいわけだ。

これが「ローミングナビ」。大量の番組を検索し、見つけるための新しい手法である。目的の番組が見つかるだけでなく、予想もしなかった番組との「出会い」もあるところが面白い

 録画された番組の扱いには、やはり2種類ある。元々、「直接録画」と「タイムシフトマシン」の2種類が用意されているためだ。

 前者は、旧来のREGZA同様、明示的な録画である上に、増設したHDDへの録画もできる。また、同時に、チャプタに関しても、録画時に設定が行なわれる。これらの録画に使われるチューナは、タイムシフトマシンとは別に用意されているため、仮に直接録画で「W録」中であっても、タイムシフトマシンが中断することはない。また、DTCP-IPに対応したVARDIAやLAN HDDへのダビングも可能だ。あえて汎用的な方法にこだわっているあたりが、とてもREGZAらしい。

 後者のタイムシフトマシンは、基本的にCELL REGZA内に特化したシステムと考えていい。録画は完全に自動であるが、そのままでは番組がやはり自動的に消えるので、永続的に残しておくのが難しい。残す場合には、番組を選択した上で「保存する」を選ぶと、前出の「直接録画」と同じ領域へ「ダビング」される。いったんダビングしてしまえば、あとの扱いは直接録画と同じである。

 問題は、この「ダビング」があまり扱いやすくない、ということだ。現状では「実時間よりはやや短い」程度の時間がかかる上、ダビングの最中には、タイムシフトマシン再生やEPGの表示ができないなど、動作制限も多い。本村氏も、「この点がそのままでいいとは思っていません。どのような形に改善していくべきなのか、ご意見をいただきたいと思っています」と話す。個人的には、夜中などにまとめてダビング(できればDTCP-IPの転送まで)できるように「予約」できるとありがたい、と思うのだが。

 なおどちらの場合にも、録画が終わっている番組については、番組を最大40分割し、サムネイル表示する機能が搭載されている。この機能で、番組の見たい部分をチェックするのは容易になるだろう。

「全局録画」のために録画した番組を保存しておく場合には、検索やEPGなどを使い「保存」作業をしておく必要がある。ダビング中には右のような画面が現れ、その間はCELL REGZAの多くの機能が利用できない番組内容のサムネイル表示機能

 


■ CELL REGZAの今後は「アップデート」にかかっている!?

 冒頭に述べたように、CELL REGZAの特徴は「アップデート」にある。

 その一方で、当初発売時期より搭載予定であった「ウェブブラウザ(Opera)」の搭載や、YouTubeやアクトビラ ビデオ・フル、テレビ版Yahoo! Japanなどへの対応は、1月、2月のアップデートに先送りされた。ただし、新たにネット動画の超解像処理など、機能追加という側面もある。

CELL REGZAでの機能呼び出し部分。録画番組の表示はもちろん、静止画や動画の表示にも対応CELL REGZAでの静止画表示機能。実は古今の名画とその解説が、最初から画像ファイルとして仕込まれている。どのように機能を使えばいいか、知ってもらうため、という側面が強いという

 では、CELL REGZAでのアップデートをどう考えているのだろうか? 本村氏はこう語る。

本村氏:まずは、1月・2月にお約束したアップデートをしっかり行なうこと。これは確実にやっていきます。また、操作性アップやバグの修正なども随時行なっていきます。それ以上のアップデートについては、今「これをやります」と断言してしまうのは難しい状況です。しかし、なにも考えていないわけではありません。当然、CELL REGZAに望まれているものもあると思いますので、検討していきます。なにもやらない、で御納得いだたけると思いませんので。ただ、1点だけ明言できることがあるとすれば、先ほど挙げた「現時刻の表示」。これだけは、なんとか実現したいと思っています。

 PS3が長期的に機能アップを続けているのは、「同じ製品を長く売り続けるから」である。これは、ビジネスモデルが家電と異なっているからできることである。同じCPUを搭載しているとはいえ、CELL REGZAにまったく同じことを要求するのは厳しいかもしれない。

 しかし、多くのユーザーは100万円で「夢」を買ったのだ。本村氏は何度も、「できるだけアップデートできるよう、Ethernetをつないでおいて欲しい」とメッセージを発した。私もそう思う。

 「今後、CELL REGZAの機能をカットオフし、一般的なレグザに展開していく可能性がある」と本村氏も言うが、それでは「機能」は買えても「夢」は買えない。CELL REGZAには、夢のある進化を期待したい。

(2009年 12月 24日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]