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「酔わない」「没入」が進化。「Project Morpheus」新型試作機を試す

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は2016年上半期の発売に向けて、PlayStation 4と連携するヘッドマウントディスプレイ(HMD)型のVRギア「Project Morpheus」を開発中だ。3月4日・サンフランシスコで開かれたゲーム開発者向けイベント「Game Developers Conference 2015」では、最新の試作機材が公開された。同機材は、2016年上半期とされる発売日に向けて改良されたものだ。

 今回、開発担当者に話を聞きながら、現在の試作モデルを体験する機会を得た。特に昨年の試作モデルと比較しながら、その特徴を確認してみることにしよう。

「Project Morpheus」最新試作モデル

ディスプレイが有機ELに、装着性も向上

 まず最初に、スペックをおさらいしておく。新型Morpheusは、ディスプレイに1,920×1,080ドット(非ペンタイル配列)の5.7型有機ELディスプレイを採用し、表示フレームレートも120Hzへと増えた。昨年の試作機では、同じフルHD/5型の液晶ディスプレイだったが、サイズ、フレームレート、応答性の点で大きく変化した。この他、向きや位置を認識するためのLEDライトが、前面6、後方3の9つ用意されている。昨年モデルでは合計6つだったのだが、これも増えた。

「Project Morpheus」最新試作モデル。基本的には、3月のGDCで公開されたものと同じものだ。デザインがリファインされ、位置認識用のLEDも前面6・後方3の9つに増えた

 これらの要素はすべて、「遅延を抑えて応答性を高める」(SCE開発者)ために用意された要素だ。

 デザインも変更になっているが、これは、ディスプレイなどの部材変更に加え、頭への装着性を高めるためのものでもある。

 今回試用時には、SCEのスタッフが装着を助けてくれたため、完全に一人で付けた際にどうか、という点はわからなかった。しかし、装着は「ズボッと」かぶるだけに近く、かなりイージーだ。もうひとつ重要な点として、メガネをかけたままでも違和感なく使えたことを指摘しておきたい。前面のディスプレイ部は前後に移動するようになっていて、簡単に調整ができる。よほど特殊なメガネをかけていない限り、楽にかけられるだろう。

 ただ、密閉度が高いためか、額が汗ばんでくるとメガネに曇りがでてしまったのが気になった。

 とはいえ少なくとも、装着性は問題ない。ディスプレイ部を動かして下を見ることもできるので、実際に使う場合には、コントローラーを持ったりするのも難しくはない。まあそれでも、飲み物などは近くに置かないことをお勧めするが。

 ヘッドフォンは別に用意する必要があるが、実際にプレイする場合は、音声と同等以上に音響が大切だ。Morpheusの場合には、好きなヘッドフォンをさらに上からかぶることになる。音響が重要である理由については、のちほど解説することとしよう。

最新試作機をつけての試遊中の風景。昨年の試作モデルに比べると、頭への保持のやり方と位置認識用LEDの数が異なる
参考までに、昨年の試作モデル。

違和感のない自然な体験、「快適なVR」へクオリティアップ

 では、実際のデモの内容を交えながら、その辺の狙いがどう実現されているかを説明していこう。今回用意されたのは、SCEのWorldwide Studios・Japan Studioの開発した「Magic Controller」と「Bedroom Robots」、そして同London Studioが開発した「The London Heist」と「The Deep」の4つである。

 まず「Magic Controller」から。

「Magic Controller」体験中の筆者。小さいが、画面にはコントローラ「DUALSHOCK 4」が表示されており、これを操作しながら、画面のキャラクターにインタラクションする
WWS JAPAN Studio製作によるデモ「Magic Controller」。コントローラーを使ってARボットとのインタラクションを楽しむ

 Magic Controllerは、コントーローラである「DUALSHOCK 4」(DS4)とセットで楽しむデモだ。PS4とMorpheusの組み合わせでは、DS4の位置も認識できるため、これを動かしながら楽しむ。

 PS4と専用カメラ「PlayStation Camera」を組み合わせて遊ぶ「THE PLAYROOM」というアプリを覚えていらっしゃるだろうか? Japan Studioが手がけるデモは、2つともこのアプリを開発したチームが中心となって作っており、あのアプリに出てきたロボット「ARボット」がたくさん登場する。

 例えば、DS4はある時、ライトになる。ステージ上のARボットに向ければ、当然、「まぶしい!」と感じて動き回る。DS4が音楽プレイヤーになると、手のひらの下の突起物がスピーカーに変化し、そこから聞こえることになる。この時、音響効果もきちんと3Dになっていて、DS4がある位置から聞こえるだけでなく、スピーカーの向きによっても音の感じが変わる。

 当然その風景は、Morpheusの中で「VR」として見えているので、好きな場所から見られる。ARボットに鼻がくっつきそうなところまで寄っても問題ない。あなたが部屋の中にいて、DS4でARボットにインタラクションしているかのような体験ができるわけだ。

 このデモは、120Hzで描画されており、非常になめらかだ。というより、ゲームの画面でいうところの「なめらかな描画」という印象はなく、単に、実視界とVRの間に生じる違和感が少なくなる、といった方が正確だ。

 Oculusや他のHMDとの比較については、筆者はGDCで公表された新技術との組み合わせで体験していないため、なんともいえない部分がある。だが、CESの段階で公開されていたHMDと比較した場合、自然さ・遅延の少なさでは十分優位と感じられた。

 頭の位置も、DS4の位置も把握し、自然に「視界をハック」されているような感覚になるのは、実に面白い体験だ。もちろん、完全にリアルなわけではない。1,920×1,080ドットのディスプレイを2分割しているわけで、横は960ドットしかないため、よく見れば解像感は足りないし、レンダリング能力にも制限があるから、完全にリアルなわけではない。しかし、頭部位置への追従が速く、描画にも遅延が感じにくいことなどから、よりリアリティが増した印象がある。

 もうひとつのデモである「Bedroom Robots」を体験すると、その印象はもっとはっきりしたものになる。このデモは、部屋の中に作られた小さな家の中に住むARボット達を眺める、というもの。古くからのPCゲーマーには「Little Computer People」、最近の人ならばEAの「The Sims」シリーズに近いニュアンスのものである。

「Bedroom Robots」。コントローラーは使わず、画面内に住むARボットの生活を眺めて楽しむコンテンツだ。見たいものに実際に近寄り、視線を向けるとARボットが反応する。

 ただし、それらのゲームと違うのは、コントローラーを使わず、自分が実際に「のぞき込む」ことで遊ぶ、ということだ。ベッドで寝ているARボットをのぞき込むと、泥酔したまま千鳥足で起きてきて、階段を転げ落ちてしまう。ビルの上にいるARボットを見ると、ドローンを飛ばしはじめる。リビングにいるARボットを見れば、彼はテレビを見ており、そこにはWWSプレジデントの吉田修平氏が登場している……。

 こうした動きは勝手に行なわれているわけではなく、自分が「特定のARボットをのぞき込む」という動作に連携して動作する。すなわち、視線の方向と認識用カメラから自分までの距離の情報を元に「のぞき込む」というアクションをに読み替えるわけだ。そうしても違和感を感じづらいのは、遅延と位置把握のずれが小さいためだろう。

 Magic Controllerも近寄ってみたくなるデモだったが、Bedroom Robotsはもっとそうした傾向が顕著だ。テレビの目の前3cmまで近づいて体験するコンテンツは皆無だが、Bedroom RobotsはVRの特質上、目の前にある(ように見える)ものに近づいていって楽しむ。これは、非常に新鮮な体験だ。

120Hz化の恩恵はっきり、パフォーマンスへの影響は小さい

 Magic Controllerが120Hzであったのに対し、Bedroom Robotsは60Hzで作成されているという。だが、Morpheusで体験する限り、両者の差はあまり感じられない。もちろんMagic Controllerの方がなめらかなのだが、VRの命である「没入感」「自然さ」という部分では、おどろくほど差がない。

 理由は、Bedroom Robotsが、PS4内部で120Hzへと変換され、Morpheus側は120Hzで駆動されていたからだ。最新試作版のMorpheusには、「Temporal Reprojection」(時間再射影)と呼ばれる技術を使った120Hz化が行なわれている。これは、フレームを倍描画する技術だそうだが、単にコマ数を増やすのではなく、コマとコマの間での頭部位置の違いを認識した上で、映像をそのぶん「ずらして」描画し、VR体験上では自然に見せる技術である。例えば、120分の1秒の1コマ目と2コマ目の間で首が右へ少々回っていたとすると、その分映像をずらしてから描くわけだ。そのため、あえて視線を視野の端へ素早く動かすと、その部分に描画の欠けがあるのがわかる。だが、それは「無理に見ようとした場合」に限られる。人間の視野は中央が厚く、周辺部は弱い。だからこうした処理を行なっても、使う側にはほとんどリスクが感じられず、自然さだけが得られる。「いまのところ、ほとんどの人に問題なく適応できて、コンテンツの種類も選ばない」(SCE技術者)という。

 Morpheus自身の位置・方向把握は1,000Hzで行なわれているといい、コマ数補完には十分な速度・精度がある。Temporal Reprojectionによるコマ補完はPS4側で処理されているが、「PS4側の処理負荷はほとんどなく、導入のリスクは薄い」(SCE技術者)そうだ。

 同様のコンセプトの技術は、GDCでOculusも「TimeWarp」として導入の発表をしている。おそらく、今後のVR系では一般的なアプローチになるのだろう。そうして各社が切磋琢磨し、VRに必要な技術を積み上げている段階といえるだろう。

 なお、Morpheusには120Hzで映像が出力されるが、Morpheus以外の、普通のディスプレイに対しては、PS4から120Hzの映像が出力されることはなく、60Hzのままである。

「そこに人がいる」恐ろしさ、引き出しを「のぞき込む」がエンターテインメントに

 次に、WWS London Studioのデモに移ろう。

 説明が簡単な「The Deep」の方から話そう。このデモは、昨年の試作機でも公開されてた、深海へと潜っていく過程を体験するVRデモ。Morpheusの画質・追従性の改善を知るには、もっとも適切なものかも知れない。こちらから操作する要素はないのだが、どこを向いてもリアルな深海が続く様は、それだけでコンテンツとして成立する。遊園地にこういうアトラクションがあれば、大人気になることだろう。

WWS London Studio製作の「The Deep」。Morpheus初期から作り続けられている、深海探検を体験するデモ。映像はよりリアルになり、サメもより怖くなった

 だが、説明したいのは次のデモだ。「The London Heist」は、今回のデモの中でもっとも「ゲーム的」なものといっていい。

 デモが始まると、部屋の中には、スキンヘッドの強面の男と二人きり。彼はこちらをしきりと脅してくる。これが無駄に怖い。彼の顔を見ると「なに見てやがる!」と凄んでくるし、視線をそらしたらそらしたで、なにやら怒鳴られる。そのうち、立ち上がってバーナーを取り出し、こちらへと炎を向けて威嚇する。

「The London Heist」。一般的なゲームでいう、FPSやアクションアドベンチャーに近いが、キャラクターの「実在感」や、体を動かしたことにVR世界が反応するリアリティが特徴

 正直、画質は驚くほどではない。今時のゲームでよく見るものだし、これがディスプレイの向こうにいたら別になんとも思わない。だが、自分と相手の間にディスプレイというガラス板がないように感じられて、なんとも慌ててしまう。手にも頭にもじっとり汗をかいてきた。

コントローラーを耳にあてている変な人、ではない。VR内で手渡された「スマホ」を耳にあてて通話しているのだ

 そのうち、彼は「電話だ」といって、ポケットから取り出したスマホを突きだしてくる。手に持ったモーションセンサーであるMoveコントローラーを使い、そこを指し示す(というか、自分の身体感覚としては「受け取る」感じだ)と、そのスマホは手元に来る。なにやら聞こえる。杳然、それを耳にあてると、相手からの通話が聞こえてくる。

 すでに述べたように、Morpheusは映像に加え、立体音声を重視した作りになっている。「耳にあてたスマホから通話が聞こえる」のも、仮想的な位置にある、指向性をもったスピーカーの音響特性が再現されているためだ。

 その後デモは、部屋に隠されたダイヤを探し、襲ってくる敵と銃撃戦を繰り返すモードに変わる。目の前にある机の引き出しには、銃やそのマガジン、カギにダイヤモンドなどがある。実際に引き出しをあける動作をし、中からそれらのものを取り出して対処する。

 プレイしていると、「さすがですね」と、SCE技術者から声をかけられた。私は自然と、引き出しをあけた上でその奥を「のぞき込む」動作をしていたのだ。

「The London Heist」で銃撃戦の最中。相手の弾は、体を動かして遮蔽物に入って「避ける」必要がある。実際の銃撃戦と同じだ(体験したことはないが)
首をすくめているように見えるが、これは、筆者がVR空間の「引き出しの中」をのぞき込んでいる様。位置情報から自分の動きを解析しているので、こうした自然な行動がゲームに結びつく

 The London Heistにて、私が机の中をのぞき込むような動作をしてしまったのは、私が優れていたからではない。画質が良く、遅延がなく、トラッキングが十分に正確だったので「そうするのが自然」と私が感じた、ということなのだ。ほめるとすれば、そうしたインタラクションを想定して動きを仕込んでいる、デモの開発者の方である。

人の視線や動きを採り入れる「VRならではのノウハウ構築」が必須

 VRは「没入感が重要」と言われてきた。だが、今回のデモにてSCEが訴えたかったのは、むしろ別の側面である。人間の自然な動きを操作に反映することで、そこから本当の没入感が生まれる、ということなのだ。Bedroom RobotsにしてもThe London Heistにしても、画面内にいるキャラクターや物体との「距離感」「実在感」が重要であり、それをいかにソフトとして作り込めるか、がポイントなのだな、と感じた。

 Morpheusは最新試作機になって、視野特性や画質が上がった、と思う。特に、視野周辺よりも視野中心部のクオリティが高い。ほんとうによく見ると、周辺部は動きずれやぼけ感が強いのだが、中央部はより自然だ。これはその場で確認できなかったので筆者の予想の部分が含まれるが、レンズを通して変換されることを前提に、そもそも描画する映像の方に色々と工夫しているのだろう。

 動作把握や遅延低減、画像出力に至るまで、Morpheusは一体設計であることが強みだ。現状のデモの自然さも、そこに秘密があると感じる。「酔い」の少なさについては、SCE技術者も、「以前の試作機では、酔う人もゼロではなかったが、新しい試作機ではまだいない」と話していた。もちろん、ある程度個人差はあるだろう。

 なにより筆者が気になったのは、「これに適切なソフトを作るには、いままでとは全然違うノウハウが必要だ」という点だ。この点は、MorpheusだろうがOculusだろうが、他のHMDであろうが変わらない。モーションの生データから動きを読み取るには試行錯誤が必要だし、自然な動きに対処できるよう、人の心理を読んで「やりそうなことは仕込んでおく」ことも重要だ。そういうことは、やってみなければ分からない。昨年までのSCEのデモも「主観視点の映像」的だったが、今年ははっきりと「VR空間に入る」ものになっていた。先を走っているSCEですら、それだけの時間が必要だったのだろう。Morpheusの発売は「2016年上半期」とされている。それだけ時間が必要なのは、このハードの製造ではなく、ゲームメーカーなどに「必要な試行錯誤をしてもらう」ためだ。そのことが体験前以上にはっきりした。

 個人的に残る不安は、「自宅で安全に装着し、気軽に楽しめるか」という点だ。HMDと複数のコントローラー、そしてヘッドフォンをもって装着して楽しむのは、ちょっと手間がかかる。この辺簡単な解はないが、「どういう体制で楽しむか」という点についてのコンセンサスを含め、ここから先に待っているのは、商品化に向けた課題のブラッシュアップ、といったところだろうか。

 SCEは、6月のE3や9月の東京ゲームショウで、Morpheusの展示を検討している。Magic ControllerのVR世界の中には、隠しメッセージとして「See you more at E3」の文字があった。視察や取材を検討している方は、お楽しみに。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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