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GDCから見るVR産業勃興のカタチ。戦いの前の模索と共有

 各種報道でもおわかりかと思うが、今年のGame Developers Conference(GDC)の盛り上がりの中心は「バーチャルリアリティ(VR)」だった。PlayStation VR(PS VR)の製品発表があったりもしたが、企業出展をまとめた「Expo」フロア(こちらは会期3日目の16日からオープンになった)では、ゲームエンジンと同等のエリアがVR関連で占められていた。

ExpoフロアはMoscone Center South Hallに展開された

 現地でVRがどのくらい盛り上がっているのか、ひとつの指針として、セッションの数を示しておこう。GDC初日の14日に検索した時、セッション数はすべてで505だった。そのうち、「Mobile」を含むものは80、「VR」を含むものは74だった。単純検索なので重複もあるし、検索で引っかからなかったものもあるだろうが、すでにビジネスとして確立したモバイルと、今年ビジネスとして拡大しようとしているVRがほぼ同じセッション数、というのは、傾向を示すものかと思う。主催者情報では、おおむね3割のセッションがVRに関連しているという。しかも、初日にはVRセッションに入りきれない人が続出したため、セッションを行なう部屋が、急遽倍の広さのところに移動したほどだ。それでも、大人気セッションでは会場に入れない人が出ている。ちなみに、モバイルのセッションがもっとも多かったのは2013年で、その後は今年と同じくらいの量で安定しているようである。

 今回は、Expoフロアの状況といくつかのセッションから得られた情報から、VRの立ち上がり方を考えてみた。

競争しつつ「協業」、皆で課題解決に取り組む

 Expoフロアでまず目立っていたのは、まずUnityやCrytek、Unreal EngineのEpic Gamesなど、ゲームエンジンを提供する企業。これは、開発者会議であるGDCの性質を思えば当然だ。Amazonも大きなブースを出しているのだが、これは、同社のクラウドであるAWSや、ゲーム実況サービスのTwitchをアピールするためのもの。2月に同社は完全無料のゲームエンジン「Lumberyard」を発表しているが、これはAWS・Twitchも統合、活用しやすくしたところがポイントであり、彼らの目的にも叶う。

UnityとCrytekという、ゲームエンジン2社の大型ブースが並ぶ
Amazonも発表したばかりのゲームエンジン「Lumberyard」をアピール。VR向けにも完成度は高く、来場者の評価も上々だ

 ゲームエンジンの活用はゲーム開発の効率化には必須である。そして、VRにおいてはさらに重要になる。

 VRでは試行錯誤が極めて重要な要素になる。しかも、快適な体験を実現するには、PS VRで最低60fps、PC向けで90fpsが維持されなくてはならない。SCEアメリカによるPS VRに関する講演でも、「コマ落ちはもう許されない。絶対に、そして今後ずっと」と強調されたほどだ。そうした問題の解決のために、PS VRにもOculusにも、開発キットには、VR中のコマ落ちを含む「VR体験を阻害する要因」をチェックする機能が盛り込まれている。

 そして、Expoフロアで同様に目立つのがVR企業だ。OculusとSCEは隣り合って巨大なブースを構えているし、VR向けのコントローラーも、多数展示されている。

SCEは最大級のブースを用意、PS VRをアピールした
Oculusブースも大きく、体験を求める人の列が絶えなかった

 なにより、PC+Oculus、もしくはPC+HTC Viveを使ったデモは、本当に会場のあらゆるところで見かける。VR開発のプラットフォームとして、これらのセットが定着しているのがよくわかる。一方で、ゲームエンジンのアピールやタイトルのショーケースを見ると、PS VRの姿もけっこうある。SCEが開発キットを潤沢に提供しているためだろう。

SOMNIACSが開発中のVRアクティビティ「Birdly」。みずから「羽ばたいて空を飛ぶ」体験ができる。前からのファンで風も体感。HMDにはViveを使っていた
ワイヤレスでモーショントラッキングを実現するSixence社のSTEM。現在プレオーダー中
モーションキャプチャを手軽にするものとして注目されているNoitomの「Perception Neuron」。デモには、日本のクリエイター、cort氏・ほえたん氏が開発した「Kigurumi Live Animator」を利用。「かわいい」の中身はおっさんだった

 日本での報道も伝わってくるが、少々違和感があるのは、「どこのHMDが勝利するのか」という視点が多いことである。単純に開発状況をみればOculus、価格やハードルの低さではPS VR、という話に見えるが、現地の空気感では、そういう話にはなっていない。

 PCをベースにOculusやViveを使うことは、完全に「VRのゆりかご」として機能している。とにかくハードを用意すれば開発をスタートできる、という気安さがあるからだ。特にOculusはドキュメントやSDKの整備、仕様公開も含め、開発支援が手厚い。SCEもインディーゲームの勃興以降、過去の開発契約とは異なり、コンソール向けでも比較的低いハードルで契約と支援が行われている。SCEのアンドリュー・ハウス社長も「実質的には、過去の『ゲームやろうぜ』に近い活動を行っているようなもの」という。しかし、「ウェブでIDを作るだけ」というわけにはいかず、どうしてもハードルはある。

 一方で、PC環境の整備や費用負担を含めたハードルの低さでは、PS VRが強い。接続性も含めた様々な配慮という点でも、さすがに色々工夫されている。当面、コンテンツとしてはPC系とPS VRのマルチ開発が主軸になるだろう。PS VRはある意味、「VRビジネスをリビングに持ち込む」役割を果たすものと言える。OculusだってViveだって個人向けではあるが、少々性質が異なる。

 性質の違い、といえば、ハードウェアのライフサイクルも違う。PS VRはコンソールらしく、数年間同じものが使われる。ハードウェアのリファインや低価格化が想定されているということは、コンソールのビジネスモデルの中にある、ということだ。PS VRの体験は解像度こそ若干低いが、OculusやViveの体験に劣るものではない。現状ではトップクラスのもので、今の対価格性能比は高い。一方、OculusなどはPCと同じように、リニアに変化するモデルである。コスト構造は異なるが、進化の中で色々なものが生まれ得るし、PS VRを超える体験になるものも当然増えていくだろう。最適化が容易ではあるものの、ゲーミングPCと比較すればパワフルな存在ではない。対象となる消費者も役割も違うのだ。

 お互いに、その違いは理解している。だから、だれも「どっちが上」「相手の欠点は」という話はしない。VRの可能性を広げる役割、VRの市場を広げる役割を、それぞれがカバーしあいながら進んでいる。そもそも、どこに伸びる要素があるのか見えない部分もあり、だれもが模索中なのだ。

SCEアメリカによるPS VRの開発セッションで示されたスライド。VRにおけるGDCでの空気感をよく表している

 一方で、日本はスタートが遅れた印象が強い。Oculus パートナーシップリード・日本担当の池田輝和氏は、「昨年後半から、日本でも本格的にタイトル開発に取り組む企業が増えてきた」とする一方で、「それまでは企業として取り組む例が少なく、海外より1年から1年半は遅い印象がある」と話す。日本の場合、ハイエンドPCの普及率の低さなど不利な点はあるものの、個々のクリエイターの活動は少なくなかった。産業化の面で動きが遅かった、ということだろう。だが、GDCのVRセッションでも日本人参加者の姿を見かけるし、OculusやSCE、HTCにコンタクトを取る企業数も増加しているという。だから、ここからの巻き返しに期待したいところだ。

VRだからこそ必要となる「おもてなし」と「試行錯誤」

 VRのセッションで多く語られたのは、VRに向けたメソッドの確立に向けた動きだ。高く評価されるVRコンテンツには独自の努力があり、それがないと良いVRにはならない。

 例えば、Oculus向けのVRデモとして評価の高い、Epic Gamesが開発した「Bullet Train」に関するセッションでは、次のような話が出た。

「グレネードやミサイルを投げようとしても、人は思ったところに投げられない。なぜなら、誰もが『投げるのがうまい』わけじゃないから。みんな、バスケットボールを毎日してるわけじゃないでしょう?」(Epic Games Nick Whiting氏)

 実際「Bullet Train」では、適当に投げてもきちんと当たるよう配慮されている。我々はヒロイックなエンターテイメントを求めているのであり、自分が本当はヒーローでないことなど百も承知だ。銃を構えたからといって、敵に弾が自動的に当たるものでもない。

Epic GamesのVRタイトル「Bullet Train」で使われている手法。人は常に正確に「投げる」ことはできないので、ソフト補正で「気持ちよく当たる」ようにしている

 またVRでは意外と距離感がつかみづらく、目の前にあるものも確実に拾えるとは限らない。そのため、VR内ではきわめてたくさんの「おもてなし」をし、人々が快適に体験できるようつくり込む必要があるわけだ。いままでのゲームでも同じような問題はあったが、VRはより「そこにいる感覚(Sence of Presence)」が強く、物理演算などを多用する。体の動きを使う操作も多いが、そこにリアリティがないと「そこにいる感覚」がなくなる。VRならではのデザインが必要になるのだ。そこには、「酔い」の問題も含まれる。コマ落ちなどの技術的な問題だけでなく、急激な方向転換など、視界と脳の認識がズレる要素は酔いにつながる。様々な要素を「今のVR向けに考慮してデザイン」しなければ、大変なことになる。

 Riot Gamesのシニア・テクニカルデザイナーのKimberly Voll氏は、VRと心理学に関するセッションの中で、「VRはVRであって現実とは違う」としつつも「VRで感じたトラウマは、脳にとっては現実になり得る」と説明した。だからこそ、VRの中ではひどい体験をしないようにしなければならない。

 それは、ゲームのみならず、VR映像にも言えることだ。

 Oculus Story StudioでVRムービー「Henry」の音響監督を担当しているThomas Bible氏は、「VRムービーは、映画ともゲームとも違う、新しい媒体。正確な効果音やセリフの発生位置だけでなく、音楽がどう聞こえるかも考えなくてはいけない。なによりVRには『第四の壁』がない」とセッションの中で説明した。第四の壁とは、映画や舞台で、登場人物と観客とを隔てる仮想的な隔たりのこと。今までの映像作品には(シナリオ上の仕掛けは別として)必ず第四の壁があったが、視聴者が作品世界の中に入るVRムービーには存在しない。それを考えた上で効果的な音響を設定するには相当の工夫が必要になる。

Henry's PremierefromStory StudioonVimeo.

「Henry」。ハリネズミが主人公のVRによるCGアニメーション「Henry」

VRムービーと通常の映画における「音」の性質の違い。没入感やコントローラビリティなど、性質がかなり独特だ

 また、Oculus池田氏も「実写のVRでは、日本はやはり遅れている印象がある。VRではどう表現すべきか、どう編集するかが定まっていない上に、試行錯誤が多い。ゲーム的なものはそれが当たり前だが、実写の動画は作業工程での試行錯誤の経験が少なく、手間が多い分、本格的着手には時間もコストもかかる」と話す。SCEのアンドリュー・ハウス社長のインタビューでも「プロ向けの機器やツールパスが出来上がっていない」という指摘があった。

 GDCでVRが注目されるのは、誰もが欲しがっているVRに関する知見を「共有」しているからだ。ソフトウエア業界において、知識の共有は当たり前のアプローチだが、VRもゲームやソフトウエアの世界から生まれたものだけに、問題と解決方法をシェアする文化が定着しているのだ。

臼田勤哉

西田 宗千佳