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記者会見からテニスボールまで。映画「F1/エフワン」のリアルさにモタスポジャーナリストも唸る
2025年7月18日 08:00
6月27日から公開されている映画「F1(R)/エフワン」。試写会の段階からはもちろん、公開後も好評のコメントがSNSでは後の絶たない状況だ。かつて“天才”と呼ばれた伝説のレーサー、ソニー・ヘイズ(ブラッド・ピット)が、再びF1の舞台に戻り、どん底の弱小チームであるAPXGPで勝利を目指すというストーリー。
撮影では、リアルなF1の世界を再現するためにソニー役を演じるブラッド・ピットと、ルーキーのチームメイトであるジョシュア役のダムソン・イドリスが本物のフォーミュラカーに乗って撮影し、F1の迫力を余すところなく再現するために、さまざまな最新撮影機材が使用された。
映画を観て、その迫力はもちろん素晴らしかった。ストーリーに関しては映画なりの脚色というか「それは実際のF1では起こり得ないな」と思うところは多少なりともあったが……これは映画でありフィクションということで、大目に見たいと思う。
編集部注:以下、ネタバレを含みます
“リアルF1”忠実再現の世界観
それよりも、実際のF1世界選手権での取材経験のある筆者が一番感心したのは、“リアルF1”を忠実に再現した世界観だ。
この作品は、F1グランプリ開催期間中に並行して行なわれたこともあり、出てくる風景は実際のF1そのまま。関係者が行き来する「パドック」と呼ばれる場所には、「モーターホーム」と言われる建物が建ち並び、ドライバーやチームスタッフ、ゲストの滞在場所となっている。今作品では、そういった場所もしっかりと本物の世界が再現されている。
今回、奇しくも映画「F1/エフワン」の舞台にもなったイギリスのシルバーストン・サーキットへ取材に行く機会があり、パドックの様子なども詳しく観察してきたが、リアルなF1の現場が、映画でもそのまま登場していて違和感がなかった。
また、劇中に出てくるAPXGPの本拠地「ファクトリー」だが、これは実際のマクラーレンのファクトリーを使用している。
APXGP以外の登場人物は、ほぼリアルF1の関係者ばかり
再現されているのは場所だけでなく登場人物もそうだ。物語の主軸となるAPXGP以外の全10チームは全てリアルF1と同じで、ドライバーも撮影当時に各チームに在籍していた人たちがそのまま出演している。
今作の監修を務めたルイス・ハミルトン(作中ではメルセデス所属。現実では'25年からフェラーリに移籍)はもちろん、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)やシャルル・ルクレール(フェラーリ)、ジョージ・ラッセル(メルセデス)、ランド・ノリス(マクラーレン)らも、2025年のF1で活躍しているドライバーたちだ。
実は、映画に登場するリアルF1の関係者はドライバーだけではない。各チームの代表、トト・ウォルフ(メルセデス)、ザク・ブラウン(マクラーレン)、フレデリック・バスール(フェラーリ)なども出演しているほか、レース中の実況コメンテーターや記者会見のMCなども、現実のF1に携わっている人がそのまま出ている。
なかでも筆者が驚いたのが、物語中盤に登場する記者会見のシーン。F1を取材する我々は「FIAプレスカンファレンス」と読んでいるが、この作品では各グランプリで用意される本物の記者会見セットをそのまま使用している。(質問内容は置いておいて)代表質問で各チーム代表に話を振っていく流れは、まさに本物そのまま。
あとはレース後に各ドライバーが、各国のテレビ局や記者から取材を受ける“TV Pen(テレビ ペン)”と呼ばれる場所もしっかり再現されている。
ちなみにソニー・ヘイズが話している途中にフェルナンド・アロンソが声をかけにくるシーンがあるが、こうしてドライバー同士が声をかけるというのも、実際のTV Penで時より見られる光景だ。(ただし、ドライバーと記者がお金を賭けるようなことはありません。あれはフィクションなので悪しからず 笑)
ソニー愛用の“テニスボール”も、リアル現場では欠かせないアイテム
もうひとつ感心したのが、ソニーがトレーニングの時に使用しているテニスボール。実は、これも実際のレーシングドライバーたちが乗車前のウォーミングアップで使用しているものだ。これで反射神経や動体視力を高めてレースに向かう。
F1ドライバーに関してはウォームミングアップしている風景はなかなか見られないので確認できていないが、F1を目指すドライバーたちが集うFIA-F2というレースでは、テニスボールを用いているケースが多い。
このシリーズには、日本人ドライバーの宮田莉朋が参戦しているが、彼のフィジカルトレーナーに聞くと、細かいやり方は人によって違いはあるが、テニスボールを使ったウォーミングアップはヨーロッパでは当たり前だという。
こういった些細なところまで現場のリアルな雰囲気を出しているというのが、驚きだった。
F1は“チームスポーツ”。ドライバーにスポットが当たり過ぎていない演出
この映画での最大の見どころであるレースシーンだが、実際のレーシングカーを使用して撮影したこともあり、迫力が十分に再現されているが、ここでもF1の世界を端折ることなく描かれているなと感じた。
F1にはメカニックや戦略を決めるストラテジスト、マシンの状態をチェックするエンジニアをはじめ、裏方スタッフやファクトリー勤務のスタッフを含めると、数百人が携わっており、その1人1人が勝敗に関わっているといっても過言ではない。
現代のF1では、タイヤ交換は平均2.5秒~3.0秒で済ませる。そのタイムを想定して戦略を組むため、大げさな話だが0.1秒でも時間がかかるとレース結果に直結する可能性が出てくるのだ。
ピットインのタイミングも1周違うだけで、その後の展開が大きく変わる。この作品では、そういったドライバー以外のチームスタッフの勝負も描かれているのもポイント。
さらに、レース中はマシンの状態をチェックするエンジニアが数十人もいて、現場であるサーキットと、チームのファクトリーをリアルタイム回線でつないで、やり取りをすることもある。
この作品でもチームのファクトリーでデータ解析をするシーンが使われているが、これもリアルのF1では各チームがやっていること。“チームスポーツ”という部分がしっかり描かれていることは、レース関係者の間でも評価されている点だ。
またF1マシンは推定800馬力以上と言われており、一般のスポーツカーとは比べ物にならないくらいのパワーと加速力を発揮する。さらに一般車についているABS(急ブレーキ時に制動がかかり過ぎてタイヤがロックするのを防ぐ装置)や、トラクションコントロールシステム(加速時のタイヤ空転を防ぐ装置)が搭載されていないため、ドライバーには極めて繊細なハンドル捌きとペダル操作が求められる。
カーレース映画といえば、勝負をかける描写として“踏んでいるアクセルをさらに踏み込む”ようなシーンが使われることも過去にはあったが、実際にそんなことをすれば、現代のF1マシンはすぐにスピンしてしまう。そういった描写は使わずにレースシーンが再現されているところも、映画を観たF1ファンの「そこまで違和感なく観ることができた」という感想が多い理由かもしれない。
F1を知らない人は吹替版、よりリアルな雰囲気を楽しみたい人は字幕版がオススメ
今回、日本では字幕版と日本語吹替版の2つを楽しむことができる。登場人物のなかにリアルF1の人たちがそのままいることを考えると、リアルなF1を普段から観ているという人には字幕版をオススメしたい。吹替版も非常に分かりやすく素晴らしい内容になっているが、どうしても声が変わってしまうと違和感が出てしまう。そういった差を感じにくいのが字幕版と言えるだろう。
ただ、F1は全く知らなくて、別のきっかけで映画を見るという人は吹替版がお勧め。F1初心者にも分かりやすい内容にまとめられているとはいえ、競技の特徴的にもレースの展開が目まぐるしく変わっていく。それについていくという点では、日本語の方が良いかもしれない。
何より、F1の細かなルールが分からなくても、多くのF1ファンが最初に惹き込まれた“迫力”という部分が再現されているのが、一番の見どころだ。
総じて、クオリティの高い作品だなというのが筆者の感想だが、ひとつだけ言わせていただくとすれば……どんなに頑張ってもリアルの雰囲気には敵わない。
この映画をきっかけにF1やモータースポーツに興味を持った方は、ぜひ実際のサーキットに足を運んで、生のモータースポーツを体感してほしい。
今年のF1日本GP(鈴鹿)の開催は終わってしまったが2026年は3月27日~29日に予定されている。そのほかにも、日本のトップシリーズである全日本スーパーフォーミュラ選手権など、F1に近い体験ができるレースも国内の各サーキットで開催されている。
モータースポーツの世界に携わる1人として、この映画をきっかけにF1やモータースポーツのファンが1人でも増えてくれればと思っている。