西田宗千佳のRandomTracking
全てを変えた最上位REGZA「Z20X」の画質を支えるもの
HDR/4K世代の進化のキモは“地デジ”にあり
(2015/11/12 10:00)
東芝は10月末より、同社のフラッグシップテレビ「REGZA Z20Xシリーズ」の出荷を開始した。Z20Xは、REGZAシリーズのフラッグシップとしては、液晶パネルにバックライト駆動系、エンジンに至るまで、実に5年ぶりに、デザインモチーフ以外の「全て」を一新した製品になる。それだけコストをかけた、意欲的な製品である。
東芝は、今のテレビにどのような思いを抱いているのだろうか? どのような点を中心に改善をしてきたのだろうか? 開発チームに話を聞いた。対応いただいたのは、東芝ライフスタイル ビジュアルソリューション第一事業部 商品企画部 参事の本村裕史氏、東芝 研究開発センター ライフスタイルソリューション開発センター オーディオ&ビジュアル技術開発部AV3 第三担当 グループ長 山内日美生氏、東芝デジタルメディアエンジニアリング デジタルメディアグループ TV映像マイスター 住吉肇氏だ。
デザイン以外は全て「一新」の効果は?
冒頭で述べたように、Z20Xは、東芝のフラッグシップ系・ハイエンド系テレビとしては久しぶりに、あらゆる部分で「新規開発」のパーツを使った製品になる。本村氏は「全体で5年、エンジンだけでも3年ぶり」と話す。
テレビのように大規模な技術開発を必要とする製品の基幹パーツは、長い時間とコストをかけて開発される。短期間に使い潰すわけにはいかないので、長期的展望に立って開発した上で、それを随時改良しながら製品を進化させていく。特に、画質や処理速度に大きな影響を与える専用LSIについては、その傾向が顕著だ。東芝の場合、2000年代後半には「メタブレイン」シリーズ、2010年より「レグザエンジン」「レグザエンジンCEVO」を開発し、テレビの中核パーツとして使ってきた。今回、Z20Xからは「4KレグザエンジンHDR PRO」というLSIを開発し、高画質化に活用する。
だが、それだけではない。液晶パネルと、そこに光を供給するバックライト、そしてそのコントロールLSIをそれぞれ刷新、一体設計して「レグザパワーディスプレイシステム」という名称をつけている。ここも、これまでのモデルでは使われていないものだ。UI周りも4Kで描画するようになり、しかも、動作速度は上がっている。ここも、LSIをリニューアルしたため「全てソフトを作り直している」(本村氏)という。一見「シンプルな進化モデル」に見えるが、大幅な変更が加えられた製品なのだ。
一方で、気になることもある。
すでに述べた通り、テレビ用LSIの開発にはコストと時間がかかる。5年前と違い、テレビは出せば売れる製品ではない。4Kテレビこそ復権しつつあるが、コストに対する要求は未だ厳しいものがある。そこで、あえて大きなジャンプに踏み切る理由はなんだろう?
本村氏(以下敬称略):この10年、テレビではいろいろな変化がありましたが、進化の軸はスマート化でもデザインでもなく、「画質」「画面サイズ」。この2つに集約されています。やはり、皆さんがテレビを購入する時に重視するのはこの2つで、基本は「画質」です。HDRのトレンドに合わせ、年末フラッグシップとして「ハイエンドにあるべき姿はこうだ」と言うことを示せるものにしたい、というのが今回の狙いです。画質については全て作り直して、この時代に必要なものは全部盛り込めました。
では、その「画質」とはどこか?
まず「HDR」だ。Z20XはHDRに対応しているが、単に「今後のために」HDRに対応しているだけでなく、通常のコンテンツもHDR復元する「アドバンスドHDR復元プロ」を搭載し、HDRの情報を持たない映像であっても、ダイナミックレンジが高く、高いクオリティに感じる。改善の流れについて住吉氏に聞くと、次のような答えが返ってきた。
住吉:基本的には、「ここだけを改善すれば画質が改善する」、という段階ではないんです。Z10Xで相当やりつくしたので、全てでワンステップあげないと、お客様が満足する画質にはならない、と考えていました。具体的に言えば、コントラストであり、色彩であり、精細感であり、ノイズの少なさであり、動きです。すべてを向上させるためには、パネルも変えなきゃいけないしバックライトシステムも変えなきゃいけない。当然、一番大きいエンジンも変えなきゃいけない、ということで、全部を変えました。
HDRではダイナミックレンジが大切ですから、エリアコントロールの分割数も増やしましたし、バックライトについても、点灯時間での輝度制御だけでなく、駆動電流の調整による輝度制御も行なうことで、1,000:1のコントラストを自由にコントロールできるように、コントローラーも新規開発しています。
山内:HDRと言うと、色のレンジも広いし輝度のレンジも広いわけです。より分解能を細かく、精度の良い処理ができないと、階調などに荒さが出てきてしまうんです。我々はずっとREGZAで階調を大事にしてきたので、それは担保するような処理を行なうことが、エンジンのポリシーとしてあります。ですから内部処理を、従来、メモリに格納する時点では10ビットに収めていたようなところも、新たに12ビットにするようにしました。途中のビット精度を、かなり贅沢なデータとして持つようにしたんです。
バックライトのコントロール範囲を広くするには、バックライト制御の仕組みそのものを変えなければいけない。そのため、バックライトはもちろんだが、独立した大規模なコントロール用のLSIの新規設計も必須……という結論に至ったのだ。
バックライト制御も含めた変化は、「色」「ダイナミックレンジ」の改善を狙ってのものである。そこまで、「今できる技術を集積し、次の世代のためのクオリティアップを目指そう」と考えたわけだ。ゲーム向けの低遅延やUIの快適化も、「使い勝手の追求」という意味で同様に続けられている。
その中で、カットされた機能が1つある。3D表示だ。Z20Xでは、ブルーレイなどの3D映像を見る機能がカットされ、一切表示できなくなっている。
本村:今回の大きな決断です。カットしたのはコスト的な理由ではなく、画質追求のためです。また、UHD Blu-rayの規格の中に3Dが入っていなかったことも、決断の理由でもあります。
住吉:3Dでは、短時間に右目用・左目用の画像を切り替えます。その際、多少でも蛍光体の残光があるとクロストークにつながるため、スペックが厳しいんです。3Dの基準を満たした製品だと、バックライトの色域について、我慢しないといけない部分が出てきます。また液晶シャッター式のものはメガネで若干映像が暗くなりますし、偏向板を使ったパッシブタイプについても、ディスプレイ表面に偏光フィルターをかけるため、透過率が下がって画質には悪影響があります。
そこで、2D画質に特化した設計とさせていたきました。
「フルリニューアル」の理由は、HDRだけじゃなく「地デジ」にも
他方、ちょっと意外なことがある。
Z20Xは、HDR世代を想定したテレビだ。当然、4K+HDRという最高画質の映像が入力され、それを美しく見ることを重視している。そこまでいかなくとも、Z20Xに興味を持つ本誌読者のような「こだわり派」ならば、ブルーレイなど、高品質なソースを多く見ることを念頭に置いている。
だが「すべてをワンランク上げる」前提で作ったZ20Xが、最大のテーマとしていたのは「地デジ画質の向上だった」と住吉氏は言うのだ。
住吉:エンジンが大きく関係しているのは、ノイズとFRC(フレームレート変換)の部分です。特にノイズについては「地デジを綺麗にしたい」ということがありました。地デジを綺麗にするのは、実はハードルが非常に高いのです。Z10Xでも綺麗になった、と言っていただけたのですが、やっぱりいろいろなところを見てみると、通常のランダムノイズが目立つコンテンツもあります。モスキートノイズも取れてはいるんですが、もっと文字をスッキリ見せることも重要です。そうなってくると、エンジンの根幹に手を入れなきゃいけないんです。
特に今回は、三次元ノイズリダクションのところで5フレームを使った処理を行なうといった、他社さんがあまりやらないような新機軸を出して処理するようになっています。動き(FRC)に関しても、「REGZAは動きにちょっと弱いんじゃないか」とご指摘を受けていたところも、完全リニューアルに伴って新しいアルゴリズムを搭載して対応しています。
本村:販売店の方々からは、「今回のREGZAは『視力が良くなった』ではなく、『見通しが良くなった』『クリアになった』という表現が適切」と言っていただいています。
山内:HDR復元で明部のガンマを立てると、映像全体の見通しが良くなる効果がある、というのはわかっていました。しかしそれを生かすには、従来のディスプレイでは明るさが足りなかったでんす。
今回はオート設定でも、明部で従来の「輝き復元」に近い処理を入れてあげることで、地デジであってもHDRに近い効果が出て、「見通しが良くなる」んです。
こうした改善は、テレビの用途を考えた結果でもある。「日本のキラーコンテンツはやはり地デジです。地デジと新しい用途、両方をやらないといけない」と本村氏は言う。
一方で、Z10Xにしろその前のモデルにしろ、このところの新製品では、「地デジ画質の向上」はことさら宣伝されてこなかった。逆に言えばそこが「積み残し」でもあった。
住吉:今回のエンジン開発にあたって、主体的にやったのは山内の部隊なんですが、三次元ノイズリダクション(NR)については、私の部隊でやらせていただきました。
NRは、アナログ時代に開発したものがずっと継承されていますが、技術的な新しい改善があまりなされていない状態でした。動きがあった時、肌の質感などがNRでスポイルされてて、動きボケになってしまいました。これは原理的には少なからず発生します。そこで、いかに動きボケを軽減しつつノイズを落とすかが、各社の絵作りのポイントだったりするんですが、動きでボケてしまうということは、4Kらしさが出にくい、ということなんですよ。結局、精細感とノイズのなさ、どちらを取るかで、悩んできました。
そこで、ノイズボケもとるけれど動きボケもとる、というものに、システム全体を変えなければならない。それがZ20Xで挑戦したことです。新しい三次元NRでは、動きをフレーム間で比較しながら、チョイスをしつつ効果をかけることになります。これって、ハードルは非常に高いんですよ。山内は非常によくわかっていると思いますが(笑)。
私が最初に提案したのは、今のものよりずっと負荷の「重い」ものでした。結果的に、それよりはずいぶん軽くなっていますが、それでも基本原理としては、「動きに追従してNRをかける」ようになっています。
今回は、過去と未来、合わせて3フレーム分から動きを検出しています。これだけで、今までの2フレームによるNRよりはずっと良くなっているはずです。少なくとも動きボケは出ません。
しかも、平坦な部分ではトータル5フレーム分の情報を使います。このノイズ低減の効果は圧倒的です。
結果的にどうなるかというと、映像がパンするような状況でも、潰れずに解像感を保った形で表示が行なえるようになっている。
住吉:BSで放送されるライブ中継では、照明が当たった明るいところがあり、緩やかに照明が当たっている場所に、ノイズがワサワサっと出てくる部分がありますよね? ああいうところが非常に見やすくなります。それでいてコントラストのある映像になればどんなにきれいになるだろう、と考えていました。そのためには、新しい技術を導入しないと。。だから、なんとか頑張りました。
山内:超解像も、エンジン開発の初期から「もっと強い精細感は出せないものか」という強い要望がありました。しかし、ノイズが残っている段階で強くかけると、それがジャギーになって出てしまいます。そこに根本的なメスを入れないと、超解像の効果を高められないだろう……という予想がありました。
そこで、輪郭部分の表現を滑らかにする「マルチアングル自己合同性超解像」といった技術でエッジをしっかり立てつつ超解像をかけたり、「2段再構成型超解像」という技術で、よりテクスチャを引っ張りあげる能力を高めたりしています。
シーンに応じて「ノイズ」「動き」を検出する技術
新技術の導入で画質が上がった、というと簡単に聞こえる。だが、そこにはさらに根本的な発想転換があった。
山内:中でも最も効果が強いのは、ノイズリダクションと超解像の部分が、画素単位で情報を交換している、ということなんです。例えば、「今ここがノイズが強い」ということがわかっている部分には超解像は強めない、といった処理です。効かせたい部分にだけ超解像をしっかりかけることができるようになったのが大きい。これが、エンジンを全く新しいものに載せ替えた効果の一つです。
住吉:Z10Xの時には、(映像エンジン構成は)CEVOがあってそのあとにCEVO 4Kが処理をする、という2チップ構成でした。それぞれの中では処理が自己完結しているんですが、チップ同士で情報をやり取りすることはできませんでした。新エンジンは1チップに統合したので、それぞれの処理系が持っている情報をシェアしながら、画素単位でコントロールできるようになった、というところが非常に大きいです。
新しく、シーン単位で「ノイズ検出」ができるようになったのですが、シーン単位でノイズ量を調整したり、複数フレーム超解像の効果を高めたり、といったことができるようになっています。
従来は、デジタルの映像だと「1シーン内にどれだけノイズがあるのか」を検出するのも難しかったんです。他のフレームと比較して差を出しても、動き成分も検出してしまいます。結果、それが「動き」なのか「ノイズ」なのかを判定がつかない。そこで新しいアルゴリズムを開発し、それぞれを検出できるようにしたんです。「動き追従でNRをかける」と言っても、どうしても多少はボケます。ノイズがない時にはNRをかけないのが理想ですよね。「よりピュアな状態で見た方がいいでしょう?」という発想で作られているのです。
本村:ですから、地デジだけでなく、BS・CS、ブルーレイにネット映像まで、Z20X上のすべてのコンテンツに、この効果が効いてくることになります。
本村氏の言う通り、こうした要素は、すべての映像にプラスだ。画像補正・ノイズリダクションは「質の悪い映像を見やすくする」もの、というイメージが強いが、主にノイズリダクションの副作用が減ったことで、品質の高いソースについても、より効果的になっている。
住吉:従来は「コンテンツモード」を持っていて、「ソースの質に合わせてモードを選んでください」というご案内をしてきたわけですが、新しいシステムであれば、オートでもノイズの量に合わせて処理を切り替えるので、それぞれにより最適な処理ができるようになったわけです。
東芝はこれまでも、テレビの画質モードについて「オート設定」を推奨してきた。「おまかせオート」によって、画質面でも消費電力の面でも最適になるよう、考えてきたわけだ。とはいえ、それも実際には、「内部でコンテンツモードを判定して切り替える」処理をやっていた、というのが正しい。
しかし今回は、同じ「おまかせオート」であっても、内部的なコンテンツモード切り替え以上に、シーンに応じて適用的にノイズ量を見る、という処理を生かすようになっている。だから、「オート」の意味が変わっているのだ。
住吉:ですから「より、おまかせいただける」ような映像システムになってきた、ということですね。
HDRを考えグレアパネルを採用、パネルメーカーとの関係にも変化が
Z20Xに関し議論になっているのは、東芝がパネルの加工に、ARコートを使った「グレアパネル」を採用したことだ。これまで東芝は、テレビではハーフグレアパネルを採用することが多かったし、他社の主流もハーフグレアである。
とはいうものの、「実はずっと、グレアパネルを採用したかった」と本村氏は話し、他のメンバーも同意する。
本村:CELL REGZAの時はグレアパネルを採用しました。我々としては、少なくともハイエンドモデルはグレアパネルを採用したかったんです。過去のプラズマテレビも、世の中に出つつあるOLEDも、グレアパネルですよね。今はレグザだけが採用していますが、
背景として、グレアパネルは製造コストが高く、液晶パネルメーカーとしても提供していなかったため採用できなかった……という事情もあるんです。
グレアパネルになることで、色の傾向は変わる。だから、全体の画質調整もグレアパネルを前提に行なっている。ダイナミックレンジが豊かな映像を出すには、黒が浮きやすいハーフグレアよりもグレアの方が有利で、そこも、今回の製品でパネルが変わった理由の一つである。
背景には、テレビ用パネルの市場が「価格重視」「パネルメーカー主導」から、テレビセットを作るメーカー側の意向を反映する形に変化しつつある、という点もある。テレビメーカーとして「質を追う」姿勢を、パーツメーカーを含めた協力企業もサポートしやすい状況となり、テレビビジネスの構造がまた変化しつつある証とも言えそうだ。