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第444回

東芝REGZA開発チームに聞く「攻めのOLED戦略」時代のテレビは何が違うのか

東芝のテレビ「REGZA」2019年モデルは、昨年以上に「有機EL(OLED)シフト」が進んだ。そして同時に、液晶は「コスパ重視」が進んでいる。

4K有機ELレグザ新機種「X930」や「X830」

製品の発売からは時間が経過し、そろそろ売れ行きの状況も見えてきたところだが、最上位に「プロ仕様」の文字を入れた東芝映像ソリューションの狙いはどこにあるのか? 現在のテレビ市場を俯瞰する意味も込めて、同社開発陣にインタビューした。

話をうかがったのは、東芝映像ソリューション 営業本部 マーケティング部ブランド統括マネージャーの本村裕史氏、同 R&Dセンター オーディオビジュアル技術開発部 部長の山内日美生氏、同 VS設計第三部 第一担当 主務の山下丈次氏、東芝デベロップエンジニアリング デジタルメディアグループ B2Bソリューション開発担当 プリンシパルエンジニアでTV映像マイスタの住吉肇氏、同 IoTソリューション開発担当 IoTソリューション開発第三チーム シニアエンジニアの荒船晃氏だ。

左から、山内日美生氏、本村裕史氏、住吉肇氏、荒船晃氏、山下丈次氏

「攻めのOLED戦略」で半数弱がOLEDモデルに

今年のREGZAのラインナップの特徴を、本村氏は「攻めのOLED戦略」と呼ぶ。

今夏に向けて登場した同社のメイン製品は、OLEDが「X930」、「X830」の2ライン、液晶が「Z730X」、「RZ630X」、「M530X」の3ラインだ。

REGZAの新ラインナップ

液晶はコストがこなれており数が出るモデルだが、そこにハイエンドモデルである「Z」を用意し、さらに、パーソナルルームでも高画質を楽しめるよう、Z730Xに43型モデルが用意されている。

一方で「攻めのOLED」を象徴しているのが、全録タイムシフトマシンを含む機能全部盛りの「X930」と、画質はX930と同じでありつつ、コスト重視で機能を絞った「X830」の両方を用意したことだ。本村氏は、OLEDが高画質モデルの主軸になった理由を、次のように説明する。

本村氏(以下敬称略):今回の製品は「手が届く高画質」というのがポイントですが、画質をストイックに追いかけるとやはりOLEDです。一方コスパでベストな存在として液晶のZをご用意しました。

本村裕史氏

「攻めのOLED戦略」と大きく言い始めた理由は3つあります。

まず、パネルが明るくなったこと。そして同時に焼き付きのリスクが減ったことです。

ご存じの通り、今のOLEDではLGディスプレイのパネルを使っているのですが、赤画素のセルが今年は大きくなりました。ですので、明るくなった。さらに、パネルの劣化は、主に熱による輝度劣化が要因だったのですが、輝度が上がったので温度上昇が緩やかになり、劣化しづらくなりました。

さらに、55型のパネルの価格が下がってきたのも大きい。もはやLCDとの差は小さなものになりました。

高画質を決める要因は、ご存じの通り3つあります。「きめ細やかさ」と「自然な色」と「コントラスト」。きめ細やかさは4Kで実現できますし、コントラスト=HDRは、まさにOLEDが生きる部分。ですから、高画質モデルではOLEDを中心に攻めていく、と決めたのです。

では、実績はどうか?

今回彼らが明かしてくれた実績は、なかなか興味深いものだった。

OLEDの販売構成比が、55型では47%、65型では46%にまで達していたのだ。この種の数字が出る時、これまでは「販売金額構成比」で語られていた。OLEDは単価が高いので、販売台数が少なくても金額構成比は高くなる。しかし、今回の数字は「台数ベース」。狙い通り、OLEDは高付加価値モデルの主流になっている。

サイズ別の4K有機ELテレビ台数構成比

もうひとつ、今期、REGZAがチャレンジしているのが「壁掛けスタイル」の訴求だ。OLEDの製品はもちろん、液晶の製品も過去に比べて薄くなっている。特にOLEDのものについては、薄さ・軽さが大きなポイントだ。そうすると自然と「壁掛け」という話が出てくるのだが、日本の場合、他国に比べて実施率は低い。

本村:新たな設置スタイルとして「壁掛け」ブームを作りたいと思っています。アンケートをとると、「壁掛けしたい」とおっしゃるお客様は77%もいる。なのに実際にやっている方は5%しかいない。このギャップがなんなのか? 要はみなさん「失敗したくない」「位置を変えたい」と思うので、なかなか踏み切れないんです。

そこで、純正の「壁寄せテレビローボード」を用意しました。これが好評で、初週には33%の方が一緒に選ぶほどでした。

「攻めのOLED戦略」は、テレビとテレビ「周り」両方で攻めた結果なのである。

「壁寄せテレビローボード」が好評だという
高い“壁掛けニーズ”

OLEDの「輝度コントロール向上」を画質に活かす

では、肝心の画質や機能の面はどうなのだろうか?

今年のREGZAでは「レグザエンジンProfessional」という画像処理プロセッサを搭載している。実は、ハードウエアとしては発売済みのX920と同じプロセッサである。だが、ファームウエアは異なっており、X930・X830のOLEDパネルに合わせたものになっている。

レグザエンジンProfessional

REGZAの画質を作るマイスターとしておなじみの住吉氏は、次にように説明する。

住吉:X930とX830では、パネルなど画質部分は同じです。

今回の2019年仕様のOLEDパネルのなにが違うかというと、細かく言えば、セル毎の透過率・開口率があがって、より明るくなっています。一番の大きな違いは、T-CON(タイミングコントローラー)のパラメータ設定の自由度が上がったというか、色々なところをいじれるように解放してもらった、ということがあります。これも特に明るさの部分なのですが、結果的に、今年のパネルは明るさ感の大幅アップにつながっています。

あと、システム的には、HDRの4方式(HDR10、Dolby Vison、HLG、HDR10+)に対応した、ということも挙げられますね。HDR10+については、液晶のZ730Xも対応しています。

新世代有機ELパネルを採用
住吉肇氏

特にX930とX830では「プロ仕様」を謳っている。これは、画質の向上に伴って映像制作のプロが使う機会も増えたことから、彼らが求める機能を搭載していったことで名乗るようになったものだ。

住吉:主にスタジオの編集者向けです。スタジオでの編集信号にはHDMIに信号のフラグが立たないんですね。ですから、EOTFや色空間などのモードを強制的に設定できないとスタジオモニタとして使いづらい、ということで、そういう設定も自由にできるようにした、ということです。

プロユースの設定機能を装備

また、搭載してる7つのHDMI端子がすべて18Gbps対応になっているのも大きい。

住吉:より多くの機器を直結できる、というのがポイントです。デジタルデータとはいえ、セレクターを挟むとなぜか画質が悪くなる、ということがありますから。

そして、画質に関する機能面で今回の目玉は2つある。

ひとつが「リビングAIピクチャー」と呼ばれる機能だ。従来は「おまかせ」と呼ばれていた機能だが、機能アップして名称変更された。

リビングAIピクチャー

住吉:従来は輝度センサーだけだったのですが、今回からRGBWのデータを16ビットで取り込む色温度センサーを搭載しました。これにより、照明色温度・輝度にあわせて画面を自動調整できます。

というのは、最近はLED照明が増えて、リビングなどの照明の色も、リニアに変わるようになっています。ですから、こうした機能は必要です。他社はあまりやらなくなったアプローチですが、弊社ではしつこくやります。

研究開発と製品開発が「近い」から生まれた画質向上

今回のREGZAでは「AI」の2文字が多くなったように思う。もちろん流行り・分かりやすさなどの要素もあるのだろうが、従来の手法からさらに機械学習の割合を上げ、精度アップを図っている。

特にわかりやすいのが「超解像」だ。超解像はもともと、開発側で学習したデータベースを使って行なわれているのだが、その内容・範囲が大幅に変わっており、今回から「深層学習超解像」になった。開発を担当した山内氏はこう話す。

山内:具体的になにが変わっているかというと、学習に使うコンテンツの内容が増えています。過去と同じヒストグラム解析では画質の見極めができないパターンが増えてきたため、どういうシーンを学習させれば良いのか、住吉をはじめとしたチームと話し合いました。そこで、「外部にあるオープンなソースでないシーン」を探し、それを使って画質向上を図っています。

山内日美生氏

住吉:具体的例を挙げると、ドローン撮影された映像がありますね。ドローンの映像ではフォーカスをあわせづらいので、全体にピントが眠くなります。それを防ぐためか、映像全体にエッジエンハンスをかけることが多く、ギラついた映像が多くなります。

このように、色々と気になる映像を私たちが集めているので、それを使っています。

この種の処理には速度が必要だが、映像の全フレームの画素をそのまま見て処理するのは負荷が重い。現状、「深層学習超解像」には、各画像の周波数ヒストグラムを出し、そこから特徴点を抽出して利用している。とはいえ、それでも深層学習の結果を毎フレーム反映するのは決して軽い処理ではない。

深層学習超解像

山内:(レグザエンジンProfessionalに使っているLSIは)元々ニューラルネットワーク処理をこなす能力をもってはいます。そこで特徴抽出でコンパクトにし、動かしています。ですから、そのためにどうデータを絞り込むのかが重要、ということになります。

この辺は、山内氏を中心とした基礎技術開発に近いチームと、商品設計・チューニングを担当する住吉氏のチームが近くにいて、お互いに情報を密接にやりとりしながら進められるメリットがある、という。

山内:品質向上には、いかに教師データを組み合わせ、結果を判断するかが重要になります。そこで、住吉のような画質担当がいてくれて、コンサルテーションしながら進めていけることが重要ですね。

人間の視覚特性を活かし、大きな動きも逃さずちらつきを抑える「バリアブルフレーム超解像」

映像の種類と動き量に応じてノイズ処理と複数フレーム超解像処理を適応させる「バリアブルフレーム超解像」も新しい要素だ。

住吉:BSデジタル放送や地デジ、4K放送のノイズやちらつきを抑え、よりクリアな映像にしたいと思ってやったものです。これまでも搭載していたのですが、より進化させました。現在のフレームに対して過去、未来のフレームを参照することによって精細感を復元したりちらつき補正をしています。

4K放送の場合、前後3フレーム離れたところの映像を参照してやっています。これは、MPEGの場合Iフレームピクチャの問題から3フレームおきに変わるので、同じIフレーム同士で比較した方が情報量が合った状態での補正になるため、解像度の低下などが起きづらくなります。

また、人間の目の特性から、10Hz成分のちらつきやフリッカーを中心に気付きやすい特性があります。それが60Hzに向かってゼロになる。3フレーム離れたところで補正をかけると、ちょうど10Hz成分の補正が一番効きやすくなるんです。

こうしたことがわかっていたので、実はそれを「X920」からやっていました。唯一の欠点は、動きが大きく、探索範囲を超えてしまうと、逆に補正ができなくなってしまう、ということでした。

そこで、動き成分が大きくなるとだんだん近いフレームの情報を使うようにしました。そうすることで、必ず動き成分が探索フレーム内に入った状態で補正をかけるやり方にしました……というのが今回(X930・X830)の仕組みです。パンのシーンなど、動き成分が大きい時だけ、3フレーム離れたところでなく、2フレーム離れたところや1フレーム離れたところを参照するようになっています。

そうすることで、動きが大きい時でも精細感を保ちつつ、ちらつきなどを抑えられるようになったんです。

なお、地デジの場合には探索範囲が前後3フレームから前後5フレームになります。

バリアブルフレーム超解像

一方、従来からあった「AI機械学習HDR復元」は、アルゴリズムを一新している。

山内:まずはHDR10の映像からスタートした技術ですが、アニメのHDRが出始めて、ハリウッド映画由来のHDR10の映像とは作り方がずいぶん違うことがわかってきました。結果、アニメ素材におけるHDR復元の高精度化ができるようになりました。また、HLGなどの状況も見て、それに合わせて学習内容を進化させています。

ポートノイズ対策に気を配った新スピーカーを搭載

絵の話が出たら、次は「音」だ。

担当の荒船氏は、新モデルの内蔵スピーカーでの音について次のように説明する。

荒船:ファームウエアからハードまで完全に一新しました。

去年のモデルはバスレフタイプだったのですが「ポートノイズが気になる」という声も多かったので、今年はパッシブラジエーター型にしました。こうすることでポートノイズは排除できますので、クリアな低音再生になります。メインユニットは、銅キャップをつかってさらにひずみ感を低減し、よりクリアな音にしました。

スピーカーにはパッシブラジエーターを採用

ただ、X930とX830では別のスピーカーを使っています。X830については、65インチと55インチで、デザインに合わせてそれぞれ最適な形状のものを用意しました。

荒船晃氏

液晶モデルについては「レグザ重低音バズーカオーディオシステム PRO」を採用している。東芝といえば「BAZOOKA」。往年のテレビファンにはおなじみだ。

荒船:推しは液晶モデルのZ730Xです。スピーカーシステムを一新し、「バズーカ」にしました。パッシブラジエーター型で、ポートノイズを排除しています。ドライバーは2発、パッシブラジエーターは対向型でキャビネットの振動を抑制しています。メインスピーカーは2ウェイボックス型。バスレフ型で、クロスオーバーは100Hz以上でクロスさせているので、それ以下の低域はこの「バズーカ」に。クリアな低域を実現しています。

なお、X930については新たに「同軸デジタルオーディオ出力」に対応した。こちらも、対応しているシステムを持っている方には、HDMI 7系統と並び、魅力といえる。

レグザ重低音バズーカオーディオシステムPRO

未来を見据えてAIでの「UI改善」も

今回のREGZAは、AIを使ったUI系の改善が多いことにも注目だ。

REGZAの番組視聴機能「みるコレ」には、視聴の傾向データから見る番組をレコメンドする機能が搭載された。レコメンドは映像配信などではおなじみの機能だが、これまで、テレビ内のコンテンツに使う例はあまりなかった。テレビ放送での番組バリエーションや情報量では「精度の高いレコメンデーション」には不足していたからだ。

開発を担当した山下氏は、「今回は精度が高いものができた」と自信を見せる。

みるコレ

山下:これまでに集めた視聴ログをはじめとしたビッグデータ解析で、ユーザーモデルを推定しています。ポイントは、そうしたデータに加え、各番組のデータをいかに解析してレコメンドに使うか、ということです。テレビ番組の情報については、EPGのデータを使うだけでなく、メタデータを社外から購入し、それらの情報も合わせて解析しています。

山下丈次氏

本村:そうやって過去の情報から作られたコンテンツデータベースが揃った上で、どう便利に使うかがポイントです。

そしてもうひとつ大きいのは、音声ユーザーインターフェースである「レグザボイス」に対応したことだ。過去から同社は、リモコン経由での音声検索や、Amazon/Googleなどのスマートスピーカー連携を行なってきた。だが「レグザボイス」では、REGZA自体の電源オンオフや各種操作に対応する。また、AmazonのAlexaも内蔵し、Alexaの音声アシスタント機能も使える。

レグザボイスに対応するのは、液晶モデルの「Z730X」と「RZ630X」、そしてOLEDモデルの「X930」だ。ただし、「Z730X」と「RZ630X」は7月31日に行なわれたアップデートで対応が終わっているものの、X930については、秋に予定されている今後のアップデートで利用可能になる。

レグザボイスとAlexaに対応

山下:特にX930の場合には、リモコンも使わない「ハンズフリー操作」に対応しています。音声コマンドでREGZAの電源を入れたりもできます。エコーキャンセラーが入っていて、テレビ自体が発している音と命令を聞きわけることができますから、テレビがついているときでもちゃんと命令を聞き取ります。

都合2つの音声UIが入っていることになっており、「OK レグザ」のコマンドワードでREGZA自体を操作するものと、「Alexa」のコマンドワードで動作する、Alexaの機能を呼び出すものがあります。コマンドワードの認識は本体のみで行ない、コマンドワード以降の音声の分析はクラウドで行ないます。

ただこの機能、現状では「様子見」という部分がある。複雑化するテレビをシンプルにするものとして、音声アシスタントは重要なものだ。だが、どういう操作にすれば快適で気持ちいいのか、まだまだ試行錯誤の部分も多い。現状での実装も「第一段階」的なものだ。

山下:音声コマンドについては、複雑な機能は搭載していません。メニューをわざわざ声で操作するくらいなら、リモコンをつかった方がいいからです。音声UIには便利な部分とわずらわしい部分がありますが、声をメニューや決定ボタン代わりに使うような「わずらわしい部分」は除きました。基本は「コンテンツへのリーチ」を簡便化するものだと思っています。

本村:X930に搭載したのは、ある意味テストマーケティング的なところがあります。音声アシスタント・ボイスUIについては、やっていかなくてはいけないと思っています。使い勝手を進化させる上で無視はできないからです。

今回については「何台売れる」という話ではなく、どういう風に使われるのか、どう評価されるのかを見たい、とも思っています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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