“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第558回:ニコン逆襲開始。フルサイズで1080/30pのD800
~暴力的なキレの良さ、圧倒的な解像感~
■我慢我慢のニコンユーザーがついに……
一眼カメラの世界というのは、マウントがメーカーごとに違うということもあって、いったんあるメーカーのカメラを買ってしまうと、なかなか他のメーカーには移りにくい。そんなことからカメラには歴史的に「派閥」が産まれやすい性質があるわけだが、メーカーがどんな方向性で開発してくるのかは、ユーザーがコントロールできないこともあって、歯がゆい思いをすることも多い。
ニコンユーザーも、こと一眼動画に関してはずっとそう思っていたことだろう。キヤノンのカメラは35mmフルサイズ素子で動画がガンガン撮れ、その作品がどんどん出てきて動画撮影用周辺機器が充実する中で、明らかにニコンのカメラは置き去りにされてきた。いや、静止画の世界では間違いなく王道には違いないのだが、動画関係者の間ではやはり「また今回もニコンはだめか、写真機メーカーだしな……」という諦めが、新モデルが出る度にため息と共に聞かれたものである。
だがこの3月から怒涛の勢いで35mmフルサイズの新製品がリリースされる。まずハイエンドの「D4」、続いてミドルレンジの「D800」と「D800E」だ。どれもフルHD動画が撮影できる。
すでにAPS-CサイズのモデルではフルHD撮影はサポートしていたが、やっぱり35mmフルサイズの絵を見たかったわけである。そんなもの「5D Marl IIにマウントアダプタ付ければいいじゃん」という話もあるが、「いやいやそれはなんか違うだろ、違うって言ってオネガイ」という満たされない気持ちをずっとニコンユーザーは持ち続けていた。いや想像ですけど。
ようやく登場したフルサイズのムービー機、D800を実力をさっそくテストしてみよう。
■使いやすいボタン配置と設計
まずは大まかにこの春のラインナップを整理しておこう。先に発表されたD4は、ニコンFXフォーマット(36.0×23.9 mm)、有効画素数16.2メガピクセルの、ニコンオリジナルCMOSセンサーを搭載したハイエンドモデルだ。
一方D800は、これも少しだけサイズが違うニコンFXフォーマット(35.9×24.0 mm)で、有効画素数は36.3メガピクセルと大幅にアップしている。D800Eは、基本仕様はD800と全く同じだが、センサーの前にモワレを防ぐローパスフィルタがないモデルである(正確にはフィルタはあるが、ローパスの働きをキャンセルするようなフィルタになっている)。解像感は上がるが、モワレが出るというデメリットがあり、それを承知の上で使うカメラだ。
最大の違いは価格で、D4がボディのみで約60万円なのに対し、D800はボディのみで約半額の30万円程度。画素数が多いセンサーのほうが安いという、これまでの常識とは逆になっているが、それだけ自社センサーの作り込みに自信をもっているということだろう。
さてD800だが、D4よりは小さいものの、それでも近年主流のAPS-Cサイズのカメラよりは一回り大きく、重い。ボディのみで約900g、一緒にお借りした「24-70mm/F2.8G ED」との合計では、2kg近くになる。さすがニコン、質実剛健、ややデブなネコをずっと抱えているぐらいの重さである。
中級機とは言え35mmフルサイズ、デカい | ボタン、ダイヤル配置などはまさに王道 |
相変わらずデジカメを借りておきながら静止画は2枚ぐらいしか撮ってない(しかも1枚は間違ってシャッター押した)ので、本体機能は動画撮影を中心に見ていこう。
最大35人までの顔認識が可能(画面はHDMI出力のもので、液晶表示とはレイアウトが若干異なる) |
まずAFモードだが、切り換えスイッチはレンズ脇にある。中央ボタンを押しながら背面にあるメインダイヤルを回すと、シングルAFかコンティニュアスAFが選択できる。同じくボタン押しで右前にあるサブダイヤルを回すと、顔認識やワイドエリア、ターゲット追尾などのAFエリアモードの選択になる。
D4やD800では撮像素子でのセンシングに加えて、ビューファインダ側の91K ピクセルRGBセンサーを使ってセンシングする「アドバンストシーン認識システム」を採用している。ビューファインダを併用すれば位相差AFや3D-RGBマルチパターン測光などが使えるのだが、動画撮影時は常時ミラーアップしているため、アドバンストシーン認識システムの特徴の約半分ぐらいが使えなくなる。
AF動作はシャッターボタンの半押しでもいいが、背面のAF-ONボタンを押して合わせることもできる。AEロックやAFロックも専用のボタンがある。
シャッター周辺部。録画ボタンが一番小さい |
絞り優先などの撮影モード選択は、上部のMODEボタンを押しながらメインダイヤルで選択する。録画ボタンはシャッター脇の一番小さなボタンだ。MODEボタンと近いため間違って押すことも多いが、MODEボタンは押しただけではなにも機能しないので、弊害はない。指の位置に慣れれば、それほど使いづらくはない。
今回は絞り優先で撮影したが、ISO感度は160前後で多少変わる程度となり、あとはシャッタースピードで露出調整するようだ。
左肩のダイヤルはドライブモードの選択で、固定ボタンを押しながら周囲のリングを回すというスタイル。リング内のボタンは、ホワイトバランスやISO感度のショートカットだ。こちらもボタンを押しながらメインダイヤルを回して選択、細かいパラメータがある場合はサブダイヤルを回す、というインターフェースで統一されており、わかりやすい。
背面にはライブビュー切り換えボタンがあり、動画と静止画の画角に切り換えられる。Infoボタンを押すと、表示スタイルが変えられる。
リングとボタンを集中的に配置 | 動画撮影はライブビューに切り換えが必須 |
背面の液晶は3.2インチ92万ドットで、視野角が170度ある。バリアングルではないため、ローアングル時の撮影ではちょっと厳しい。
液晶の明るさは自動調節で、さらに±5段階で手動調整もできるが、これはメニュー表示しているときの明るさだ。ライブビューになっているときは、明るさは一定で、日中の光量があるときは若干暗く感じる。写真であればファインダを使うところだが、動画撮影のためにはライブビューにしなければ録画できないため、液晶表示だけが頼りとなる。
ボディ左側には、外部マイク端子、USB 3.0 Micro-B端子、HDMI出力、イヤホン端子がある。デジタル一眼ではイヤホン端子がないものも多いが、動画撮影では必須機能だ。
USB端子はUSB2.0のマイクロ端子と拡張端子を組み合わせた構造となっており、付属の3.0用ケーブルを使えばハイスピード転送できるという作りだ。内蔵マイクはD800ロゴの下あたりにあり、本体録音ではモノラルとなる。
液晶調整はメニュー表示しか明るくならなかった | イヤホン端子も装備 | 録音レベルもマニュアルで決められる |
メモリーカードは、SDカードとCFカードのデュアルスロット。主スロットをどちらか選択して、副スロットの機能を選択できる。主がいっぱいになったら自動で切り替わる、バックアップとして両方記録する、静止画の場合はRAWとJPEGを別々に保存できるといった機能がある。ただ動画撮影の場合は、バックアップ記録に設定しても副スロットには記録されなかった。
SDとCFのデュアルスロットを装備 | 副スロットの機能は3通りに選択できる |
■さすがニッコール、素晴らしく堅い描画
ではさっそく撮影してみよう。撮影日は晴天に恵まれたが、非常に風の強い日で、マイクがフカレまくっている。内蔵マイクはモノラルしかないこともあって、集音のコンディションに関しては今回は目をつぶることにした。
今回用意したレンズは、以下の4本である。
- AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
- Ai AF NIKKOR 85mm f/1.4 D IF
- Ai AF NIKKOR 180mm f/2.8D IF-ED
- PC NIKKOR 28mm F3.5
今回撮影に使用したレンズ群 | ご近所の方から珍しいPC NIKKORもお借りできた |
上3本はAFを始めボディからのコントロールが可能だが、PC NIKKOR 28mm F3.5はオールドレンズなので完全にマニュアルのみである。PCとはPerspective Controlの略で、いわゆるシフトレンズである。ニコンのFマウントは、一番最初に登場した一眼レフ「Nikon F」からずっと互換性があるので、このような特殊オールドレンズがそのまま装着できて、ちゃんと効果が得られる。こういうところも、ニコンの財産である。
撮影設定だが、D800では35mmフルサイズのFXフォーマット以外に、APS-CサイズのDXフォーマットのレンズも使用できる。この場合は当然イメージサークルが小さくなるので、ケラレが発生する。これに対応するために、イメージセンサーの撮像範囲を狭めることが可能だ。
設定としては以下の4つがある。
撮像範囲設定 | |||
モード | 表示 | 撮影倍率 | 画角サンプル |
FX | 36×24 | 1.0× | |
1.2 | 30×20 | 1.2× | |
DX | 24×16 | 1.5× | |
5:4 | 30×24 | 横のみ1.2× |
静止画ではそれぞれに画角が変わるのが確認出来たが、動画の場合は画角に影響するのはDXのみで、それ以外はFXと同じであった。そもそも動画撮影モードは静止画よりも縦横ともに画角がすでに狭くなっているので、最初から1.2倍程度は狭いということかもしれない。
撮影モードに関しては、1080pか720pで、フレームレートもいろいろ選べる。さらにそれぞれに対して画質モードでHIGHとNORMがあるという格好で、組み合わせはかなり膨大なものになる。画質サンプルは日本で比較的よく使われるであろうフレームレートのものだけを選んで撮影した。コーデックはH.264/MPEG-4 AVCで、音声はリニアPCMだ。
こうして並べてみると、圧縮率的には昨今のAVCHDフォーマット並みということがわかる。AVCHDフォーマットに縛られないのであれば、もう少し高ビットレートのモードも欲しかったところだ。
それでも、撮影された動画の描画力はものすごいものがある。元々NIKKORレンズは描画がものすごく緻密で、クセのない色味が特徴だが、その強みが出ている。D800はローパスフィルタありモデルだが、それでもここまで緻密な絵が出せるというのは驚きだ。
24-70mm f/2.8 テレ端 | 85mm f/1.4 |
180mm f/2.8 | PC NIKKOR 28mm F3.5 |
オールドレンズのPC NIKKORは年代物だけあって若干暖色に転ぶ傾向があるが、新しめのレンズは発色に偏りがなく、プレーンな色味だ。面白みがないと思われるかもしれないが、編集の立場からするとこういったプレーンな色味のほうが後処理でいじりやすいというメリットがある。
【動画サンプル】 sample.mp4(161MB) | 【動画サンプル】 room.mp4(52.2MB) |
動画サンプル。1080/30p HIGHで撮影 | 室内サンプル。AEはオートで撮影 |
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい |
35mmフルサイズセンサーのカメラで久しぶりに撮影したが、85mm f/1.4を開放にすると、もはやボケ過ぎの感じもある。少し絞って描写が硬くなったあたりが丁度いいボケ味になるので、実際にコンテを切って絵を作ると、やや硬調になるかもしれない。その点ではキヤノンとはまた全然違った描写となる。
85mm F1.4開放 | 85mm F16 | さすがポートレート向きと言われているだけはある85mmのレンズ |
クロマの高い被写体でも色味が飽和することなく、綺麗に取り込んでいる。このあたりはビデオ的に見てもなかなか上手い作り込みだ。
高コントラストでキレがいい絵作り | 高いクロマの圧縮も上手い |
難点と言えば、AFの追従性である。顔認識や追尾AFを使っても、歩いてくる人物には全然間に合わない。さらにレンズが静音設計ではないので、追従音が盛大に入る。これはもうマニュアルでフォローフォーカスしていくか、諦めて置きピンで撮り方を工夫するしかないだろう。
手ぶれ補正は、ニコンの場合レンズに仕込んであるため、対応レンズでなければ手ぶれ補正は使えない。今回はあいにくどのレンズも手ぶれ補正機能が付いていないので、動画撮影時の補正はテストできなかった。
【動画サンプル】 af.mp4(39.5MB) | 【動画サンプル】 stab.mp4(31.9MB) |
180mm f/2.8で顔認識によるAF追従 | AFが追いつかないため、絞ってパンフォーカス気味で撮影 |
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい |
■ピクチャーコントロール、そして出力機能
ピクチャーコントロールのパラメータ |
本体で絵がいじれる機能としては、ピクチャーコントロールがある。各モードに変更しただけでもかなり印象が変わるが、メニューに入ってさらに細かく調整もできる。ニュートラルが本来の特性だとすると、スタンダードは多少高コントラストに振っているようだ。
ピクチャーコントロール一覧 | ||
モード | 表示 | サンプル |
スタンダード | SD | |
ニュートラル | NL | |
ビビッド | VI | |
モノクローム | MC | |
ポートレート | PT | |
風景 | S |
各モードの相対的ポジションがわかる |
各モードがどのようなコントラストとサチュレーションに位置するかは、グリッドボタンを押すとグラフで表示される。ここではデフォルト値での関係を示しているが、こういうところもなかなかよくできている。
さて、光学的な面白さとしてPC Nikkorレンズがどのような効果があるのかもご紹介しておこう。もともとシフトレンズは、ワイド系のレンズで採用されている機構だ。建物のような大きなものを近くで広角レンズで撮影すると、遠い方が細くなるというパース感が強調された絵となる。建築用途としてはあまりパースがかかりすぎると測定やイメージ用途としては好ましくないとして、これを解消するために産まれたレンズである。
通常撮影 | パース感を無くす方向 | パース感を強調する方向 |
シフトする方向によって、パース感を希薄にすることもできるが、逆方向にシフトさせれば反対にパース感をより強調した絵となる。筆者は35mmサイズのニコンのデジタルカメラを持っていないので、このレンズの性能をフルで確認出来たのはこれが初めてだ。
HDMI出力は柔軟性が高い |
最後にHDMI出力も確認しておこう。D800はライブビュー表示に切り替えると、カメラスルーの映像をHDMI端子から出力することができる。デフォルト設定では詳細表示ありで95%表示に設定されている。このためHDMI出力もフルHDに対して95%で表示されるが、設定を変更して100%にすれば、そのままフルHDの画角で詳細表示なしで出力させることができる。
別途HDMI対応レコーダなどを接続すれば、出力自体は非圧縮なので、本体よりもハイビットレートでの収録が可能だ。もちろんプレビュー用に別途モニターを接続するというのもアリだろう。さすがに後発だけあって、動画撮影に関しても様々な不満点を最初からクリアしてきている。
■総論
本体収録のビットレートがあまり高くないことから、正直がっかりしたのだが、実際に映像を撮ってみるとレンズの描画力を十分に発揮できることがわかった。さらにHDMIからクリーンな出力が得られることで、俄然話が変わってくる。
操作体系はボタンを押しながらダイヤルを回す、という方法で統一されており、暗記に頼る特殊な操作がないため、非常にわかりやすい。もちろん、ほとんどの機能は静止画撮影のためにあるわけだが、動画でも動作する機能が多くあり、じっくり研究したいところだ。
D4と比較していないので、残念ながら多画素化による動画への影響はよくわからない。またローパスフィルタなしのD800Eはモワレが出やすいとは言っても、同様の富士フイルムX-Pro1が素晴らしい描画を見せたところから、工夫して撮ればさらにもんのすごい解像感で撮れるんじゃないか、という気がする。そちらは実写していないのであまり無責任なことは言えないが、機会があれば一度試してみたいところである。
DSLRの世界では、キヤノンが「CINEMA EOS SYSTEM」を発表して、盤石の地位を築きつつある。そこに対して各社様々な対抗を持ってきているが、遅ればせながらニコンがD4とD800で本格参入と言っていいだろう。
ミドルクラスのワリにはボディもレンズも重くて大変ではあるが、ニコンユーザーならそのあたりはすでに慣れて(諦めて?)いるので問題ないだろう。あのニコンの描画がいよいよ動画で、と思うと、今後どのような作品がこれから生まれてくるのか、胸が高鳴る思いだ。