小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第626回:ネット放送を簡単に、「ニコニコ配信ステーション」

“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第626回:ネット放送を簡単に、「ニコニコ配信ステーション」

AVミキサーに+1.5万円でカメラ2台など色々付属

簡単配信キットに新展開?

 Ustreamとニコニコ生放送は、共にネットを使って生放送するサービスであるが、その使われ方や文化的背景を見ると、かなり違ってきたなという印象を持っている。

 ニコ生は運営会社がかなり積極的に政治にコミットしており、社会派の公式番組も多く、ある種の放送局的な役割を果たしている。選挙前に、各政党の党首を集めた党首討論会は、テレビでも実現できなかった企画であり、おそらく今後も定番化していくであろう。
 一方でユーザー生放送は、歌ってみた、踊ってみたに代表される一種のニコ生カルチャーを形成しているが、やはりアニメ、ゲーム系のイベント番組が多い。それ以外にもコミュニティラジオ的な放送も多く、良くも悪くもネットのカルチャーを体現している。

 Ustreamのほうは、ソフトバンクが都内にスタジオを作るなど一時は盛り上がったが、その後これといったテコ入れのないまま現在に至るという感じだ。ニコ生と違って放送予約も無いため、いつでもゲリラ的に始められる一方で、急にやっても人が入って来ないという現状もある。最近は地方のお祭りなどのイベントで活用されているようで、花火大会などは結構中継が多い。

 シンポジウムなどの放送は、ニコ生とUstreamをサイマルで放送するケースも増えており、よくわからんからとりあえずやれるなら両方やっとけ的な対応も増えてきている。

 さて、そんな両放送だが、簡単にやるならスマホ一つ、USBカメラ1つで始められる一方で、じゃあ複数台のカメラを使ってテレビ放送っぽくやってみたいという人には、どんな機材が必要なのかわからず、急にハードルが高くなるところがあり、なかなか中間のシステムが存在しなかった。

 そんな中、DJミキサーなどのオーディオ製品を作っているベスタクスが、1カメ放送からの脱却をめざす人のためのオールインワンパッケージを販売した。「ニコニコ配信ステーション」(PBS-4VTK)がそれである。AVミキサー「PBS-4」を中心に、カメラ2つ、マイク、ヘッドホンをセットにしたもので、店頭予想価格は64,800円前後。

 以前PBS-4単体が発表された当初は、ネット中継クラスタで大盛り上がりしたものだが、詳しい人はフレームシンクロナイザー非搭載と聞いて、ハイ解散、となったのも記憶に新しいところである。ただ、それによって価格を抑えているので配信初心者には気になるところだろう。実際にネットの放送で使えるのだろうか。そのあたりを試してみよう。

4系統の映像切換機

AVミキサーを中心に周辺機器を1セットに

 本キットに含まれるのは、AVミキサー「PBS-4」、ダイナミック型のマイク「MMM-05」、ミニ三脚付属のアナログビデオカメラ「MBC-420」2台、密閉型ヘッドフォン「HMX-05」である。マイク用にテーブルスタンドも付属している。

 マイクとカメラの価格は不明だが、ヘッドフォンは直販8,980円で販売しているものだ。ミキサーが実売49,800円前後なので、引き算していくとマイクとカメラで約6,020円という事になる。

Ustreamとニコ生配信のマニュアルも同梱している。スクリーンショットを多用した、配信初心者向けだ

 また、配信初心者向けのセットらしく、Ustreamとニコ生配信のやり方を説明した簡単配信マニュアルも含まれている。

 まずAVミキサー「PBS-4」が中心になると思うので、映像まわりから見ていこう。

 映像系は、アナログコンポジットが4入力あるほか、INPUT2はHDMIと兼用になっている。同じくINPUT4はVGA端子と兼用だ。同梱のカメラはアナログコンポジット出力なので、順当にいけば1と2に入力したいところだが、HDMIも併用するとなると2番を空けないといけないので、1と3に挿す、ということである。

配信の中心になるAVミキサー「PBS-4」
出力中の映像ソースは赤く光る
VGA入力まで装備
背面にUSB端子も

 なお、内部処理や映像出力はSDサイズなので、HDMIにHDカメラを繋いでも、内部でSDサイズにダウンコンバートされる。画角は16:9の信号がスクイーズのままで処理されるので、付属のカメラとの混在は難しい。4:3の出力が出るPCなどのほうがマッチングしやすいだろう。

 スイッチング機能は、MASTERの4つのボタンを押すだけで、カット切り換えのみである。プレビューボタンもあり、各入力が確認できるほか、マスターと同じ映像を出力することもできる。

 前出の「フレームシンクロナイザーがない」という部分を説明しておこう。カメラをはじめとする映像機器は、1秒間におよそ60枚の映像を出力しているが、それぞれのサイクルは「適当」である。適当というといい加減なように思えるかもしれないが、電源を入れたタイミングで映像が出始めるだけなので、1/60秒以下の時間軸は揃わない。

映像の同期(タイミング)が揃っていないと、切換ポイントで映像が乱れる

 これで何が困るかというと、映像を切り換えようとすると、まだ1画面を描ききってない途中でぶった切って別の絵に移ってしまうので、つなぎ目の同期が外れる。

 テレビはどんなタイミングの映像でも、次のよきところで同期してしまうのだが、さすがに信号がぶっちぎれたところは映像が乱れてしまう。

全ての映像の同期が揃っていれば、ブランキングのところで切換できる

 プロ機であれば、映像装置にはすべて「外部同期(Ext. Sync)」端子があり、そこにマスターとなる映像タイミングを出す装置の出力を分配して繋いでおけば、すべての映像装置はマスターのタイミングに合わせて映像を出力するようになる。同じタイミングで動いている信号を、絵を描ききったところで切り換えてくれる装置を、ブランキングスイッチャーと呼ぶ。ブランキングとは、映像の垂直同期信号部分を指している。

 一方、昨今のデジタルスイッチャーは、アナログ入力が来た場合、内部でAD変換を行なう必要があるため、どうしてもディレイが発生する。どうせディレイがあるなら、同期がズレた映像が来ても、さらにディレイをかませてスイッチャー自身のタイミングに合わせてしまえ、という発想になる。

 どんなタイミングの信号が来ても、それぞれにディレイを噛ませてタイミングを強制的に合わせてしまうので、結果的に外部同期をかけたときと同じように、綺麗にブランキングのところで切換できる。これがフレームシンクロナイザー内蔵のスイッチャーの動作原理である。

 説明が長くなったが、PBS-4はフレームシンクロナイザー機能がないので、切換を行なうと途中で絵がぶっちぎれてしまうので、アナログ出力の映像は乱れが発生する。

 ただ本機にはUSB出力が付いており、そこからストリームをPCに送って配信する。ネット放送なんだから多少乱れがあっても気にしないという用途であれば使えるよ、という製品である。

ミキサー部はコンパクトだが、切換が多く使いやすい

 途中で映像の同期が外れる信号は、放送レベルでは規定でアウトだが、ネットの放送にはそのような品質基準も何もないので、映像が多少乱れてもおとがめはない。普通のユーザーが気軽に配信するのであれば、価格も抑えられているので、それで良いという考え方もあるだろう。ただ、映像技術者としてはとても残念な仕様ではあるので、不満を感じたら、フレームシンクロナイザー搭載機器へのステップアップをお勧めする。そうした機種と比べると、PBS-4はスイッチャーと言うよりも、モニターセレクターと呼ばれる類の製品である。

 一方音声の方は、3chのミキサーを搭載している。入力としては、1、2chがXLRと標準ジャックが使えるコンボジャックとRCAのライン入力の切換、3chがRCAライン入力と、USBで繋いだPCからの音声の切換となっている。また2chは映像もそうだったが、HDMIの音声にも切り換えることができる。

 ミキサー機能としては、入力ゲインを調整するTRIMと、ミキシングレベルを決めるLEVELつまみがある。一番下のボタンは、ヘッドホンへのモニター出力だ。これはモニター用なので、LEVELつまみがゼロでも入力のモニターができる。いわゆるSOLOボタンと違って、押しているボタン全部の音が足されていく。

 センターのマスターボリュームにもヘッドホン出力ボタンがあり、ボタンを押せば各チャンネルの音とともに足されて音量が倍になってしまうので、モニター時は混乱しないように注意が必要だ。

 ヘッドホンのボリュームは別にあり、背面のRCAモニター出力への調整ボリュームも別にある。オーディオに関しては、さすがにDJ機器の会社だけあって、機能的にもこなれた印象だ。

ヘッドホンへのモニターボタンも装備
キャリングケースが付属するのもポイントが高い

放送全部をカバーできるセット

付属のアナログカメラ

 そのほかの付属機器もチェックしておこう。まずカメラだが、MBC-420という型番の小型アナログカメラ。パッケージは英語で中国製だが、箱にはVestaxの名前は入っているので、このパッケージ用に既存の製品を調達したものだろう。この手の小さいアナログカメラは、以前はセキュリティカメラの中味としてよく使われたものだ。

 1/4 CCD搭載で有効画素数は512×482ドット。VGAサイズを下回るのは残念ではあるが、ネット放送ではそこまでの解像度は求められないので、妥当なところという判断だろう。

CCDは1/4型
CSマウントの単焦点レンズも付属する
背面端子。出力がBNC端子なのが業務用っぽい

 マウントはCSマウントで、F1.2、焦点距離4mmの単焦点レンズも付属する。フォーカスはマニュアルのみ。Cマウントは16mmのムービーカメラでよく使われたマウントで、CSマウントはそのフランジバックを短くした規格だ。この手のミニカメラではよく使われる。

 カメラ本体はおよそ6cm角で、背面にはアナログビデオ出力がある。BLCと書いてあるスイッチは、ブラックライトでの撮影時に補正するモードのようだ。なにやら動作コントロール用の端子もあるが、それ用のケーブル類は付属しない。

 付属の三脚は、スプリングを曲げて形を決めるタイプのもの。かなり足を大きく広げないと、カメラヘッドが重いので転倒する。付属ビデオケーブルは1.8m、ACアダプタのケーブル長も1.8mだ。

付属の三脚は、スプリングを曲げるタイプ
BNCとRCAの変換コネクタも付属

 マイクはON/OFFスイッチ付きのダイナミック型で、Shure SM58-LCEをモデルにしているようだ。付属ケーブルは4.5mで、マイク側はXLRだが、ケーブルの反対側は標準ジャックとなっている。ミキサーにせっかくXLR入力があるのに、ケーブルがこれではもったいない。付属マイクスタンドは、いわゆるテーブルスタンド型で、高さはおよそ26cmから36cmまで調整できる。

マイクはダイナミック型としては一般的なもの
テーブルスタンドまで付属

 ヘッドホンは、同社が「HMX-05」という型番で販売しているものがそのまま付属している。原音忠実を謳うモデルで、ドライバー径40mmの密閉ダイナミック型。

 普通に音楽を試聴してみたところ、コンシューマ機でありがちな派手さはないが、モニター用としては非常にいいバランスだ。元々はライブモニターなのか、長さ調整と折りたたみのヒンジ部分が金属板でできており、かなり頑丈だ。

 装着感は悪くないのだが、密閉してモニターするという性格上、左右からの締め付けがかなり強い。メガネをしている人は、メガネの蔓が耳に挟まって痛いので、長時間の利用は難しいだろう。

モニターヘッドホン「HMX-05」
ヒンジ部分はかなり頑丈
左右の締め付けはきつめ

実際に配信してみると…

 では実際に配信である。PBS-4のUSBポートからPCに繋ぎ、付属のドライバをインストールすると、USBカメラとしてPBS-4が、USBオーディオとしてライン(USB Audio Codec)が現われる。ネット放送の配信画面で、映像と音声のデバイスをそれぞれ指定すれば、配信設定は終了である。基本的にはUSBカメラを接続した時の段取りとたいして変わらない。

 このあたりの設定については、先ほどのニコ生/Ustream用マニュアルに書かれているので、それを見ながらやれば安心だ。

 本キットの名前には“ニコニコ”と付いているが、アーカイブが長期的に残せるということから、今回はUstreamでテスト配信してみた。以下のURLから放送画質などが確認できる。

 【ニコニコ配信セットサンプル】
 http://www.ustream.tv/recorded/36890471

【追記】
 レビュー用に貸し出された2台のカメラの内、1台がNTSCではなく、PALのカメラでした。そのため、サンプルとして掲載しているUstreamのアーカイブでは、カメラ切り替え時に、NTSCとPALで走査線数の異なる映像をPBS-4内で切り替えることになり、映像に大きな乱れが発生しています。

 ベスタクスでは、「PBS-4はフレームシンクロナイザー非搭載ですので、実際に切り替えの際に一瞬乱れは生じてしまいますが、実際の製品ではサンプル映像ほど大きな乱れにはなりません」としています(2013年8月7日)。

 カメラの画質としては、それほど悪くない。アナログコンポジットなので、マイクフードの編み目のところにモワレが出てしまうのはご愛敬だが、フォーカスをきちんととれば、ネット放送品質としては十分だろう。

 問題はミキサーのPBS-4で、やはりスイッチング時に同期が外れてしまうので、画面を切り換えるたびにブルースクリーンになったり、モノクロの絵になってしまう。基本1カメで、時々切り換えるぐらいなら我慢してもらえるだろうが、マルチカメラとして頻繁に切り替えると、視聴者はイヤになるだろう。

 例えば仲間とゆるくトークする番組で、アクセントとしてたまに別カメラの映像を挿入するなどであればこれでも良いだろう。ただ、配信番組としてクオリティも追求したいという場合は、値は張ってもしっかりとしたスイッチャーを選ぶべきだ。個人的には、ネット放送文化全体にプラスとなるよう、このあたりのクオリティも重視して欲しい。

 また、放送以外でも、例えばちょっとした会議室や小ホールの調整卓として導入するなら、音声入力も豊富だし、丁度いいかもしれない。プロジェクタやモニター類は、同期が外れても復帰するのが早いからだ。普段はプロジェクタの入力を切り換えることでパワーポイントに切り換えたりしているレベルからは、一歩進化できるだろう。

 マイクスタンドは、今回は横方向から設置したが、もう少しきちんと音声を拾うならば、正面から設置した方がいい。ただそれだと見た目が美しくないという欠点がある。

 実はピンマイクもミニジャックのコンデンサータイプなら1,000円以下で買えるので、そういうものが使えるのならなお良かっただろう。残念ながらPBS-4にはミニジャックもなく、マイクへの電源供給もできないようなので、利用できない。

総論

 64,800円前後でカメラ2つとマイク、ヘッドフォンも付いた配信システムが手に入るという意味では、ビデオカメラを複数持っていないとか、どのカメラを買えば良いかわからないという配信初心者にとって、価格的ハードルも低いセットになっている。

 一方で、フレームシンクロナイザーを省いて価格を抑えた事で、切替時に映像が乱れるのは、映像技術者としては看過できない部分だ。どのような番組を配信したいのかを良く考えた上で判断して欲しい。逆に言えば、これにフレームシンクロナイザーさえ付いていれば、入力設計や使い勝手はまったく問題ない。同期が取れるようにした次回製品や上位モデルもお願いしたいところである。

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ニコニコ配信ステーション
PBS-4VTK

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。