■ 5年ぶりに再登場
録画したテレビ番組をどこでも見たい、という非常に単純なニーズは、世界の中でほぼ日本でのみ、かなえることが難しい願いとなっている。そこに果敢に挑戦したのがソニーの「ロケーションフリー」であった。これも突然現われたものではなく、その原点は2001年に発売の「エアボード」にまで遡る。
残念ながらエアボードもロケーションフリーも製造を終了しており、開発者の前田氏はJVC・ケンウッド・ホールディングスに移籍、「RyomaX」を開発されているという流れである。
実は2006年に、同様の機能を持つ米国製の「Slingbox」という機器が、アイ・オー・データ機器から発売されている。元々は伊藤忠商事が投資事業として育てたベンチャーがこの機器を開発し、米国で販売していたものを、逆輸入したような格好であった。
米国ではSlingboxはそこそこ好調で事業も継続していたが、日本ではあまり売れなかったようで、いったん販売されなかった時期もある。しかし11年2月11日より、新たにイーフロンティアが代理店となり、Slingboxの最新モデル「Slingbox PRO-HD」(以下PRO-HD)を発売する。価格はオープンプライスで、直販価格は34,980円。
テレビ放送、そして各種レコーダの映像をネット経由で配信、あらたにHD解像度にも対応したというSlingbox PRO-HDを、さっそく試してみよう。
■ 「変」じゃなくなった本体デザイン
まずはボディからだが、以前の銀色巨大チョコレート状の形からかなりまともな形状になっており、これならどこに置いても違和感はなさそうだ。やや大きめの台形で、正面の穴は通気口だと思われる。
正面中央部にはn字型のLEDが仕込まれており、外からリモートされている時はこのライトが付く。そのほか目に付くものとしては、電源とネット接続を示すLEDぐらいしかないが、リモコンコードを学習するために、前部にリモコン受光部がある。ただし本体はすべてEthernet経由で操作するのでPRO-HD用のリモコンなどはない。
電源とネット接続を示すLED | この三角の上に赤外線受光部がある |
入出力は大半がアナログ |
そもそもB-CASカードを入れるところもないので、日本ではデジタル放送を入力しても無駄だ。だが日本では今年7月にはアナログ停波してしまうので、この端子はやがて使い道がなくなることになる。
4つの照射ユニットが付いた赤外線ケーブル |
隣にある小さい端子は赤外線照射するユニットに接続するもので、先端に4つの赤外線照射ユニットが付いたケーブルが付属する。このユニットをコントロールしたい機器の赤外線受光部付近に貼り付けておき、先から赤外線コードを出して、機器をリモートするわけだ。論理的には最大4台までの機器のコントロールができるわけだが、リモート視聴用のソフトウェア側では一つが内蔵チューナに割り当てられるので、同時に接続できる外部機器は3台ということになる。
次はHD解像度の入力とスルー端子だ。映像はY,Pb,Prのアナログコンポーネント入力、音声はS/PDIFとアナログLRの入力がある。アナログコンポーネントに関しては、D端子から分岐するケーブルで接続が可能だが、今年1月以降に製造されるハイビジョン機器には制限がかかる。
詳しくはリンク先の記事に詳しいが、要するにBlu-rayのアナログでのハイビジョン出力ができなくなるほか、2014年にはアナログ出力そのものが禁止されることになる。HDDに録画したデジタル放送などはアナログでのハイビジョン出力は可能であるとはいえ、Slingbox PRO-HDの能力を引き出すためには、昨年以前に発売されたアナログハイビジョン出力が出せるレコーダなどを利用することになる。
その隣がSD解像度のアナログAV入出力で、S端子もある。そのほかUSB端子があるが、現在のところ用途は不明だ。一説によると、オリジナルのWi-Fiアダプタが出るのではないかという話もある。
左側にはEthernet端子、電源の入力がある。電源スイッチなどは特になく、電源をさしたらONになるだけというのは、以前のSlingboxと同じだ。左端のボタンはリセットスイッチである。
■ 設定と視聴はブラウザで
以前のSlingboxでは、Windows用の専用プレーヤーにセットアップウィザードが付いていたが、今回のPRO-HDでは、WEBブラウザを使って設定するようになっている。またPCの視聴もブラウザにプラグインを入れる方式となり、WindowsとMac両対応になった。
設定画面はすでに日本語化されており、ウィザードの指示に従って設定していくだけだ。外部から視聴するのに一番面倒なのが、ルータの設定になるわけだが、ルータのメーカーごとに詳しいガイドが出るようになっている。ガイドにないものは、手動で設定することになるわけだが、基本的にはPRO-HDのIPアドレスを指定し、サブネットマスクとデフォルトゲートウェイ、それからポートの5001番を開けることぐらいなので、それほど難しくはない。
すでに設定ウィザードは日本語化されている | 日本のアナログ放送も受信可能 |
入力設定では、同軸アンテナの受信設定を行なうほか、リモートしたい機器のリモコンコードを設定する。機器名を指定してリモコンコードをダウンロードするだけなので、簡単だ。現在対応している、あるいは対応予定の機器は、ここにリストがある。
またリストにないものは学習リモコン機能を使って、オリジナルリモコンを作ることができる。詳しい設定方法は、ここに載っているので、興味がある人は覗いてみて欲しい。
筆者宅には、あまりPRO-HDに繋がりそうな機器がない。ハイビジョン機器はすべてHDMI接続機器しかないので、今回はアナログコンポーネントのハイビジョン入力はテストできなかった。リモコンコード表と見比べながら繋がりそうなものを探していたら、Buffaroのチューナ「LT-H91DTV」があった。筆者宅にはLink-Theater「LT-H90WN」があったので、まあチューナはないけどそれ以外は同じだからそこそこ動くんじゃね? と思って設定してみたら、問題なく動作した。基本的に十字キーと決定ボタンだけ動けばなんとかなる機器なので、そこが良かったようだ。
同じメーカーであれば動く機種もある | LT-H91DTV用のリモコン |
再生用のプラグインをブラウザにインストールする |
内蔵チューナでの視聴では、自動的に10キーのリモコンがポップアップし、チャンネル変更ができる。12キーではないところが、米国っぽい。入力を切り替えると、その入力にアサインしたリモコンがポップアップする。
画質は優・良・可・自動から選択する。回線速度としては、HD画質利用時が3Mbps以上、SD画質利用時が600Kbps以上、モバイル利用時が150Kbps以上となっている。もとがSD解像度のアナログ入力ではあるが、放送波などは鑑賞には問題ない画質だ。ただ全画面に拡大すると、さすがにちょっとしんどいものがある。今回はあいにくHD解像度の伝送がテストできていないが、SD解像度の場合はQVGAぐらいのサイズで視聴するほうが綺麗に見える。
■ iPad、iPhoneでも快適
次にiPad、iPhoneでの視聴を見てみよう。執筆時点ではまだ日本のApp Storeに視聴用Appである「SlingPlayer Mobile」が登録されていないが、テスト用のデモプログラムをお借りできたのでそれでテストしてみた。
まずiPhone用だが、横向き固定のAppとなっている。起動すると、設定、接続、一覧、ヘルプの画面が並ぶ。
iPhone用SlingPlayer Mobile | 設定などはすでに日本語化されている |
設定項目としては、HQモードを利用するか、起動時にどういうアクションをするかといった設定が並ぶ。一覧では、複数台のSlingboxが選択できるようだ。今回のPRO-HDでは、ゲストユーザーを設定することができるため、複数のSlingboxを見るということもあり得る。ただしゲストユーザーは本体設定がいじれない、視聴だけのユーザーである。
再生時の標準的なメニューでは、お気に入り、リモコン、番組表などが並ぶ。ただ日本での利用では、番組表はサポートされていない。「リモコン」を選ぶと、PCでのリモコンとはまた違ったタイプのリモコンが表示される。今回設定したLT-H90WNでは、十字キーと決定ボタンがあればほとんどの操作が可能なため、保存した番組も難なく視聴することができた。
モバイル回線ゆえに画質はそれなりだが、わざわざ録画したものをエンコードして母艦から転送するよりも、手間がない。実は現在筆者は中国・北京に出張中なのだが、レンタルしてきたMiFiを使って問題なく番組が視聴できている。回線速度に応じて細かく最適化している様子が見て取れる。
再生時に表示される操作メニュー | 画面表示スタイルの変更もできる | LT-H90WNでは十字キーさえ動けば操作はできる |
iPad版SlingPlayer Mobile画面。メニューが画面に被らない |
アナログ放送の生視聴に関しては、チャンネル変更ぐらいしかやることがないので、画面のタッチだけで操作可能だ。上下スワイプでチャンネルアップダウン、左右でお気に入りチャンネルのアップダウンとなっている。
さすがにiPad版はメニューの見通しがいい | 画面のスワイプでチャンネル変更が可能 |
■ 総論
5年前に初期バージョンのSlingboxを触ったっきりではあったが、この5年で大幅に設定が簡単になり、またモバイルの視聴環境も整ってきた。昔の記事を読み返してみると、当時は最も高速だったのがウィルコムの128kbpsだったので、なかなか厳しいものがあったが、今はモバイルルータを持ち歩くのも普通になり、屋外でのブロードバンド接続も難しくない。
そんな中、Slingbox PRO-HDのような機器が登場するのは必然だ。放送波の生視聴は、米国にはそもそもワンセグのような放送網がないので、モバイルではネットを使った再送信というのが普通の考え方である。
また米国では完全に地デジに移行完了とは言うものの、実際にはCATVによる再送信がほとんどなので、デジタル-アナログ変換をSTBが行なうことで、これまでのアナログ入出力機器が普通に使えている現状がある。このため、Slingbox PRO-HDも制限が少ないアナログを採用しているのだろう。
これを世界的な潮流で捉えるならば、録画コンテンツもいちいちでデバイスにコピーするのではなく、クラウド化していくという一つの方向性を示していると言える。
一方日本を振り返ってみると、アナログ放送は今年7月に停波してしまうので、生放送受信もあと半年足らずでできなくなる。ケータイではワンセグチューナ搭載がかなり進んでいるが、この高解像度時代において、画質的に十分ではないという意見も多い。
さらにはBDプレーヤー/レコーダでは今年からAACSの制限により、市販BDや地デジ放送をBDに焼いたもの、あるいはそのBDからHDDに書き戻したものなどは、アナログHD出力制限が施行され、SD解像度でしか出力できなくなる。
HDDにダイレクトに録画したものはまだ制限はかからないので、アナログHD出力は可能だが、HDMI化の大号令によって、次第にD端子出力が付いた機器も減ってくるだろうから、事実上古い機器でなければアナログHD信号は利用できなくなる時は迫っている。Slingbox PRO-HDのHD入力も、やがて使えなくなるだろう。
iPhoneやiPadアプリの出来からも、技術的によく練られたソリューションであるにも関わらず、入力がアナログに限っているだけに、日本ではレガシーHD機器の領域でしか利用できないというのは、いかにも残念だ。これに変わり得る日本のデジタル技術は、果たしてあるのだろうか。