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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第140回:SRSの「Circle Surround-II」を聞いてみる
~「アナログ2chでもサラウンド」の未来~


■ サラウンド放送の可能性を探る

 1月27日に行なわれた東京FMの5.1chサラウンド放送試聴会の記事はご覧になっただろうか。内容は、東京FMが2月8日に日本で初めて、FMラジオで5.1chサラウンドの番組を放送するというもの。筆者もこの試聴会に出かけてみた。

 これはSRSの「SRS Circle Surround-II」を使った新しい放送サービスだ。サラウンド方式はドルビーデジタル、DTS、THXなどが既にあるが、これらのほとんどは劇場やDVD用であり、デジタル媒体の記録しかできない。だが、Circle Surround-IIはアナログ信号にエンコードすることができ、さらにエンコードしたままのストリームも普通に2chステレオで聴けるという特徴がある。これはデジタルメディア以外の分野でも応用が可能であることを示しており、その1つが今回の東京FMの例だと言えるだろう。

 今回のElectric Zooma!はちょっと趣向を変えて、先日のCESで取材した情報と合わせて、サラウンド放送の可能性を考えてみよう。


■ 第三の波、「HD Radio」

CESでの「HD Radio」ブース。ノースホールのカーオーディオブロックにあった

 まずは今米国で始まりつつある、新しい放送の話から始めよう。現在米国には、全米をカバーするデジタルサテライトラジオ放送が2局ある。XMとSiriusだ。両社ともCESなどで派手に広告を打っていることもあり、実際の放送を知らない我々米国以外の人間でも、そのロゴを目にする機会は多い。

 そして昨年から、このデジタルラジオに新しいムーブメントが誕生した。それが「HD Radio」である。このHD Radioは放送局ではなく、正確には技術名である。

 従来のアナログラジオ放送の周波数のサイドバンド(側波帯)を利用して、そこにデジタル放送を入れ込む技術だ。サイドバンドとは、メイン信号に付随して両裾の部分に現れる信号のことで、アナログ放送の場合はS/Nを上げるために、通常はこの部分をいかにカットするかがチューナの役目となる。だが、HD Radioは逆にこのサイドバンドを積極的に利用しようという技術なのである。

HD Radioのチューナとデコーダユニット

 これによって米国では、地上波ラジオ放送を行なうのに日本のように別途周波数帯を取らずに済むようになる。この技術のターゲットは、全米をカバーする放送網ではなく、ローカルラジオステーションだ。

 ご存じかもしれないが、米国には各地にものすごい数のローカルFM局がある。これらの局が現行のアナログ放送を行ないながら、軽微な設備投資でデジタル放送も出すことができるのだ。そして現在このHD Radio方式のライセンスを結んだラジオ局は300余りあるという。


■ カーオーディオへの応用

 さて、ここまで飲み込んで貰っていよいよ「Circle Surround」の話になるわけだが、HD Radioで放送するコンテンツに、SRSの「Circle Surround-II」(以下CS-II)が採用される方向で検討が始まっている。また、HD Radioのライセンスを持っているiBiquity Digitalは、SRSとの連携を図っていくという。つまり、「HD Radio = Circle Surround」という図式に向かって進んでいることになる。

ケンウッドのHD Radio対応カーステレオユニット

 HD Radioが聞かれるのは圧倒的に車の中が多い。車社会の米国では、FMと車は切っても切り離せない関係にあるからだ。HD Radioの車載ユニットは、米国で今年1月にケンウッドから発売される。またパナソニックも3月から製造を開始するという。しばらくはアフターマーケットやディーラーオプションという形で普及を計ることになるが、大手メーカーのカーステレオへの標準搭載は、だいたい2006年ぐらいになりそうだ。

 また、カーステレオ用の大手DSPメーカーでは、DSPチップの中にSRSのCircle Surroundデコーダを埋め込むことを検討しているという。これによってカーステレオメーカーは、サラウンド再生機能を持つユニットを簡単に作れるようになるし、ユーザーも放送があればいつでも聴けるという状況に進行しそうだ。

 カーステレオユニットに採用されるサラウンド再生技術は、「Circle Surround Automotive」というもの。これはカーオーディオ用としてチューニングされたサラウンド技術で、4つのスピーカーのみで5.1chや6.1ch再生を可能にする。

 もともと車には、ホームシアターのように5.1個のスピーカーを積むのは難しい。特にセンタースピーカーは運転の邪魔になる。後付ではそれほど大きなものが付けられないため、小さなものを積むことになる。しかしドルビーデジタルやDTSのようにセンタースピーカーが必須なサラウンド方式では、特性の悪いセンタースピーカーからほとんどの音が出てきてしまい、全体のサウンドクオリティが下がってしまうという問題点が1つ。

 もう1つは、サブウーファを付けるスペースの問題だ。比較的後部に余裕のあるバンやワンボックスでは置けないこともないだろうが、セダンやクーペでは大型のエンクロージャを置くスペースがない。

 Circle Surround Automotiveは、車特有のこれらの問題をクリアしながらサラウンドを実現する。まずセンタースピーカーは、同社の「FOCUS」という技術を使って音像をスピーカーの設置位置よりも上に上げた、仮想センタースピーカーを構築する。これにより、へっぽこなセンタースピーカーを取り付けるよりも、明瞭感のあるサウンドとなるわけだ。

 サブウーファは、同じく同社の「TruBass」という技術を使う。これは既にWindows Media Playerなどに組み込まれているのでご存じの方も多いと思うが、2つの周波数の差で低音を感じさせる技術だ。これにより車の純正スピーカーでも38Hzぐらいまでの低音が出せるとしている。

HD Radioを搭載したHUMMER H2

 これらの技術により、もともと車に積んである4つのスピーカーだけで手軽にサラウンドの再生が可能になるわけだ。CESでは実際にこのシステムを搭載したデモカーがあり、筆者も乗り込んで試聴してみた。

 従来のサラウンド方式の問題は、リアスピーカーから出る音はほとんど環境音のみなので、これを車の後部座席で聞くとすんげえつまんねえという点だ。だがCircle Surround Automotiveでは、リアスピーカーからもフロント成分を出し、バーチャルでさらに後ろにリアスピーカーを構築することで、後部座席でも満足できるサラウンド感が得られるのを実感できた。

 またFOCUS技術もリアスピーカーには有効だ。デモカーのリアスピーカーはドアの下部、ふくらはぎのあたりに位置するのだが、ちゃんと耳の高さで音が聞こえる。試しにOFFにしてみると、やはり足下で鳴っている感じになる。車のような密閉空間では、この差は大きい。


■ 意外にローコストなサラウンド番組制作

東京FM

 話を東京FMに戻そう。ご存じの方は少なくなっているかと思うが、かつてFM放送はオーディオ世界においてハイファイの権化のような存在だった時代がある。コンテンツのレベルが高く、FMエアチェック(録音すること)のための定期刊行物が書店をにぎわせたこともあった。筆者が中学生ぐらいのころだから、今からかれこれ25年ぐらい前の話になるだろうか。

 東京FMには、自社をこの頃のようなハイレベルの音楽ステーションに戻したいという思いがある。それを実現する手段として、Circle Surround-IIを使った放送への取り組みを始めたわけだ。同社は地上波デジタルラジオ放送にも積極的に参加し、さらにアナログ波で初めてのサラウンド放送局となる。

 【特別番組の詳細】

 番組名:サンデースペシャル
      「SRS presents アメイジング・サークル・サラウンド」


 放送日時:2月8日(日) 19時00分~19時55分
 放送局:東京FM(80.0MHz)

 なお、デジタルラジオでのサラウンド放送は、3セグメントもの帯域を使わないと放送できない。現状ではこの3セグメントに放送局3社程度が相乗りしている状況だが、仮にCircle Surround-IIを使うとすれば、1セグメントでも2chステレオコンパチのサラウンド放送が可能になる。既にHD Radioでやっていることをまるまるデジタル波で行なうだけのことだ。また、完全に自社だけで自由にコンテンツのスケジュールが組めるので、放送局にとってもメリットが大きい。

サラウンドを一気に収録できるカナダHOLOPHONEのマイク

 サラウンドのコンテンツを作るには専用のスタジオが必要になってくるが、現状ではDVDオーサリング用のサラウンド対応スタジオが仕事がなくて困ってるぐらいの状況なので、そういったポストプロダクション業務にも恩恵がありそうだ。こと音楽に関しては既にSACDやDVDオーディオといったサラウンドソースが存在するので、音楽番組ならさほど制作費もかからないだろう。

 Circle Surround-IIの面白いところは、聴取者が録音する場合はそのままストレートに2chで録音すればOKなところである。再生するときにデコーダを通せば、その時点でサラウンドになるからだ。デジタル放送以降、コンテンツの私的複製派にはネガティブな話ばかり聞こえてくるが、もしかしたらFMアナログのエアチェックが復権してしまうという現象も起こるかもしれない。


■ どうやって聞くか

 さて、それでは2月の特別番組をどうすれば聞けるのか、方法を考えてみよう。まずAVアンプで既にCircle Surroundデコーダ内蔵のものがあるので、これらの所有者はトライしてみるべきだろう。

【Circle Surroundデコーダ内蔵AVアンプ】

メーカー モデル名 画像
ケンウッド KRF-X9070D
アキュフェーズ VX-700
マランツ PS-17SA
PS9200 Ver.2
PS7400
PS7300
PS5400
SR4300

 PCで何とかしたいという場合は、M-AUDIOからいくつかサウンドデバイスが出ている。ただし、これらはサウンドカードであったりUSBオーディオであったりするだけなので、別途FMチューナを用意していったんPCに録音するか、外部入力しながらデコードして聞くということになる。

【Circle Surroundデコーダ内蔵デバイス】

メーカー モデル名 画像
M-AUDIO Revolution 7.1
Sonica Theater

 もう1つの方法は、Windows Media Player9用のデコードプラグインを買う方法だ。これはSRSのサイトから14.95ドルで購入する。なお、1分だけデコードできるトライアル版もあるので、ちょっと試してみることもできる。

 この場合は、いったんPCにファイルとしてFMラジオを録音する必要がある。少し前のTVキャプチャカードではFMも受信できるものもいくつかあったので、そういうものも今後役に立ちそうだ。もちろんサラウンドの再生には、PCのサウンドカードやUSBオーディオなどを使ってサラウンド出力環境を整えておく必要がある。


■ 総論

 いままでサラウンドといえば、DVD、BSデジタル放送などしかソースがなかった。せっかくホームシアター環境を整えてもフル稼働するのはDVDレンタルしてきた週末だけ、あとはステレオ代わりにCDを2chで聞いているという人も少なくなかったことだろう。しかしデジタル放送が徐々にではあるが普及し、今回の東京FMのようにラジオでもサラウンドが広まってくれば、システムもより幅広く活用できるようになる。

 また、Circle Surroundは2chあれば何でもサラウンド化可能なので、AMステレオ放送でもサラウンドにできる可能性がある。今まではスポーツ中継でより臨場感をということで、AM局はステレオ放送を頑張ってきたわけだが、サラウンドになればさらにその部分を訴求できるだろう。

 手軽にサラウンドを楽しむという意味ではバーチャルサラウンド技術も今後注目していきたい。このバーチャルサラウンド技術は、頭部伝達関数の存在抜きには語れない。頭部伝達関数自体は既に20年以上前から存在は知られていたが、ここ1~2年で急速にその応用技術が実を結んできている。今後サラウンド化が進めば、今のようにチャンネル分本物のスピーカーを用意するなんてことが笑い話になる日も来るのではないだろうか。

 特に今年は、アテネオリンピックが控えており、LIVEやスポーツ分野の放送技術が一段と飛躍する年でもある。次世代の「放送」が楽しめる、そんな年になることを期待したい。

□SRSのホームページ
http://www.srslabs.jp/
□関連記事
【1月27日】東京FM、5.1chサラウンドのFMラジオ番組を2月8日に放送
-「Circle Surround-II」を使用、対応AVアンプなどで聴取可能
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040127/tfm.htm
【1月13日】2004 International CESレポート(サラウンド規格編)
Dolbyは「プロロジック IIx」を中心に展開
DTSは新デモディスクを配布
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040113/ces17.htm

(2004年1月28日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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