■ 意気揚がるHDソリューション
去る11月16日から18日の3日間、幕張メッセにて国内最大規模の放送機器展示会「InterBEE 2005」が開催された。 もちろんコンシューマの世界からみれば、プロ機というのは自分で買うようなものではないわけだが、普段テレビで見ている映像がどのようにして作られているのかを知るというのも、面白いだろう。そして同時に映像機器の最先端の進歩を見ておくというのも、今後のコンシューマ機の方向性を占う上で重要となる。 そんなわけで当Electric Zooma! では、放送機器関連のレポートとして、毎年11月のInterBEEと4月のNABの取材を行なっている。 国内では地デジ放送開始以降HD化のニーズが加速しており、業界全体ももはや「HDにあらずばテレビにあらず」といった雰囲気になっている。世界的に見れば、放送のデジタル化は欧米でも進んできているが、その方向性とイコールでHDを考えているのは、日本だけの特徴だと言ってもいいだろう。 国内の映像トレンドを占うInterBEE、さっそくその世界を覗いてみよう。
■ バリアブルフレーム撮影で気を吐くソニー 放送業界の巨人として君臨するソニーだが、今年は撮影機材でなかなか面白い製品を発表した。Blu-ray似の光学メディアにSD映像を記録するXDCAMは、これまで国外を中心に販路を展開してきた。だが今年9月にオランダはアムステルダムで開かれた放送機材展「IBC 2005」で、HD記録を実現した「XDCAM HD」を発表。InterBEE 2005でも、カムコーダを中心に実働する機体が展示されていた。これまではSDしかないことで、あまり国内では導入が進まなかったXDCAMだが、HDバージョンの登場で導入も加速すると思われる。発売開始は2006年4月を予定している。
メッセホールではなく、国際会議場に設置されたスイートでは、光学メディア記録のメリットを生かしたカメラとして、バリアブルフレームレートで撮影可能なXDCAM HDのカムコーダが展示されていた。これはIBC 2005では発表されておらず、InterBEE 2005が初お目見えとなる。型番、価格ともに未定だが、極力早いタイミングで製品化したいとしている。 フレームレートとして4pから30pまでと、60pでの撮影が可能になっている。31pから60pまではうまくコマ数が割り切れないため、標準ではバリアブルにはならないが、設定を変更すれば撮影が可能だという。 具体的には、30p以下の撮影時には、再生するとVTRの早回し状態のような映像が録れる。逆に60pで撮影すると、1/2スローモーションが撮影できるわけだ。これまでもソニーでは、「スーパースローモーション」を始め、VTRを使ったバリアブルフレームレート撮影機器をリリースしてきたが、今回はメディアがランダムアクセス可能ということもあって、撮影後に瞬時のブレビューが可能となる。この利便性は、撮影現場でのモチベーション向上には、大いに威力を発揮することだろう。 一方で本会場のソニーブースでは、中央部に野球のブルペンを設けるという面白い展示を行なっていた。これまでビデオカメラの被写体といえば、カラフルな舞台にモデルさんと決まっていたのだが、今回はスポーツ中継などに利用されるカメラのプロモーションなのである。
型番などは未定だが、「HDスーパーモーションカメラシステム」は、HDフル解像度1,920×1,080ドットで3倍速の高速度撮影を可能にしている。ちなみに前出のXDCAM HDは、1,440×1,080ドットのシステムである。 フルHDを信号処理するだけでもエラいことなのに、それをさらに3倍のビットレートで行なうとなると、かなりレベルの高い信号処理が必要になる。そのためこのシステムでは、カメラ本体にすべてのプロセスを持たせず、メインプロセスはCCU(カメラ・コントロール・ユニット)側で行なう。
さらにそれを記録するのは、VTRのようなテープメディアでは無理なので、ビデオサーバーに記録する。ブースでは、ライブスローモーションシステムとしては比較的メジャーな、EVS社のサーバを使用していた。 まだ参考出品のレベルだが、すでに世界中の放送局から引き合いが来ており、2006年度中の発売を目指している。現在ヨーロッパでは、来年6月のワールドカップ開催に向けてHD化が加速。もしかしたら試作機の実地テストは、このワールドカップになるのかもしれない。
さらにもう1つ、HDCAM SR用のバリアブル記録オプションボードが展示されていた。HDCAM SRはテープに記録するわけだが、可搬型レコーダとプロセスユニットのSRW-1/SRPC-1に、バッファ用のメモリを搭載したオプションボードを追加することで、4:2:2(コンポーネント)では1~60pまで、4:4:4(RGB)では1~30pまでのバリアブルフレームレート記録を実現する。 速度調整は別途コントローラで制御し、撮影中に途中からフレームレートを変えることが可能。走ってきた車が目の前からスローモーションになる、なんて撮影も、VTRを使って現場で可能になるわけで、CMなどの現場で重宝されそうだ。このオプションボード「HKSR-102」は予価130万円、発売時期は今年12月を予定している。
■ ついに日本でお目見えした松下電器 HD P2cam
今年4月のNABではまだモックアップであったP2のHDカメラ、「AG-HVX200」の実働モデルが、IBC 2005に引き続きInterBEE 2005で登場した。P2とは、SDカードを内部に4枚装備したPCカードのような形をした記録メディアで、DVCPROに続いて松下が総力を上げて取り組んでいる、一大コンセプトである。 実際に目にしたHVX200は、ハンディタイプとは言いながらもかなり幅広。重量はバッテリ抜きで2.4kgと、片手で構えて撮るには多少しんどい重量だ。 光学部はワイド端が35mm換算で32.5mmと、かなりワイドなレンズを搭載している。単に数字だけ見れば、それほど広くないような印象を受けるが、画角が16:9でこの数値なので、多くの現場ではワイコンなしで撮影できるだろう。もちろんレンズはライカディコマーで、光学ズームは13倍、光学手ぶれ補正も備える。
これまでDVCPRO HDのテープ式カムコーダは、720pメインのシステムとして開発してきたが、HVX200は1080iでの撮影を可能にしている。CCDは1080/60pでスキャンするという。 同社は「バリカム」というニックネームで、バリアブルフレームレート対応のカメラが人気を博してきたが、HVX200にもその機能を搭載した。12~60pまでのバリアブルレート撮影に対応する。ただしバリアブルで撮影できるのは、720pモード時のみ。1080i撮影時は、24p撮影のみサポートしている。 バリアブル撮影してP2カードに記録した映像は、ダウンコンバートしながら同カメラ内にあるDVテープドライブにダビング可能。SDでのコンテンツ作成時にも、高品質なバリアブル撮影効果を得ることができる。 P2カメラとしては、これまでSD解像度のものは製品化されてきたが、HD解像度に対応した製品は、このHVX200が初となる。これまでの放送機器の常識では、大型ハイエンドモデルからラインナップがスタートするものだが、プロ機としても比較的エントリーモデルとなる小型機からまず投入してきたことに、松下の戦略のうまさが垣間見える。 つまりハイエンドでは、競合レベルが高すぎる割に、数が出ない。だがソニーが今ひとつHDVのプロ機展開に消極的であるため、いわゆる小規模HDコンテンツ制作現場用のソリューションが、大きく空いているのである。このエリアは、商売としては小売りベースになるものの、ブレイクすればものすごい数が出る。
量産することで製造コストを下げて大きな利益を得るという、コンシューマにおける同社戦略とかなり一致する部分がある。 現状のネックはP2カードの高さで、現在は8GBのもので20万円程度となっている。ただこのカードはオープンプライスなので、SDカードの値下がりにリンクして価格が下がる、ということになっている。そう言う意味でも、とにかく数が出ることが宿命付けられたシステムと見ることもできる。 カメラ関係ではもう一つ、ある意味Vシネマ市場の立役者的存在となったDVカメラ「AG-DVX100A」がリニューアルし「DVX100B」としてお目見えした。 主な変更点としては、マルチカメラ撮影用の機能が大幅に強化されている。DV端子を使ってタイムコードをスレーブさせたり、シーンファイルを転送することができる。これらは複数台のカメラを同じ設定にするために、必要な機能だ。 また外部コントローラの対応パラメータが増えている。これまでもサードパーティ製のコントローラを使って、録画スタート・ストップとズームには対応していたが、今回のモデルではさらにアイリスとフォーカスのコントロールも可能になっている。もちろん制御フォーマットは同社独自のものなので、DVX100B対応を謳うコントローラが必要となる。
■ ついに姿を現わした、キヤノンの100万円HDVカメラ プロ・アマ含めて熱い視線を浴びていたのが、キヤノン初のHDVカメラ「XL-H1」だ。DVカメラでプロの間でも評価が高いXLシリーズを継承し、しかもHDが撮影できる。本体は黒だが、XLシリーズの特徴であったヒップアップスタイルは健在。フレームレートは1080/60iの他、30p、24p収録も可能。また映像出力としては、HD-SDIを搭載し、4:2:2非圧縮のHDビデオ出力が出る。外部に別途録画機を設置すれば、HDV以外のフォーマットで収録が可能だ。またタイムコードの入出力や外部同期(GENLOCK)端子もあり、マルチカメラの収録も意識した作りになっている。
付属レンズとして、同社製のHD対応光学20倍ズームレンズが付属している。ブース内で試してみたが、さすがにキヤノンがプロ用と自信を持つレンズだけあって、テレ端・ワイド端とも収差はほとんど感じない。 ただこのズームレンズ、ワイド端は35mm換算で38.9mmとHD対応カメラとしては平均的だ。XLシリーズは、EFレンズアダプタを装着することで、同社のEFレンズが付けられることが可能だが、残念ながら現ラインナップのレンズには、HDの16:9画角で付属ズームレンズよりも広角のものがない。つまり付属の20倍ズームレンズが、最も広角のレンズなのである。そのためキヤノンでは、H1用のワイドレンズを2006年下期に投入する予定だという。 ワイド端はこれ以上拡張できないが、その代わりに望遠ではEFレンズで相当の倍率が期待できる。通常の収録以外にも、被災地の取材や野生動物観察といった現場で使用できる安価なHDカメラとして、プロの現場でも注目度は高い。
このカメラにはCCUのようなハードウェアのユニットは付けられないが、その代わりPCを使ってCCUコントロール可能なソフト「CONSOLE」もお目見えした。現在はダウンロード販売のみ予定されており、12月上旬発売で67,000円。 このソフトウェアは、カメラとPCをi.LINK接続することで、カメラのガンマやニー、RGBバランスなども含めたカスタムプリセットの編集や保存が、PC上で可能。また簡易モニタや波形モニタも表示できる。さらに映像をPCのHDDに記録することもできるなど、CCUから収録までを含めた総合的な管理が行なえる。 同様の製品には、SERIOUS MAGICの「DV RACK」があるが、「CONSOLE」の場合はCCUなどの機能を含むため、XL-H1とXL2でしか動作しないという。
■ Grass Valleyのマルチフォーマットシステム、Infinityシリーズ
HD収録に関して、ここまで光メディア、メモリーカード、DVテープのカメラを見てきたわけだが、ここでまた新しいカメラシステムが登場した。Grass ValleyのInfinityシリーズだ。放送業界、しかも技術職でもないかぎりGrass Valleyの名前はご存じないだろうが、欧米ではメジャーかつ老舗の放送機器ブランドである。 今回ブース内のスイートで展示されていたInfinity DMC(デジタルメディアカムコーダ)は、REV ProというリムーバブルHDDに、HD映像を記録するビデオカメラである。 REV Proとは聞き慣れないフォーマットだが、PC用ストレージで知られるアイオメガのREVメディアをプロ用にカスタマイズしたものだという。容量は35GBで、SDなら2時間以上、HDでも約45分の収録が可能としている。
そのほか収録用メディアとしてCFメモリも使用することができ、HDDとメモリの両方のメリットをケースバイケースで使い分けることが可能。さらにUSBポートやEthernet、IEEE 1394端子などあらゆるIT系コネクタを備えており、モニタ端子としてHDMIまで備えている。いかにもIT系が大好きな米国人に受けそうなカメラだ。
HDの記録は、1080iと720pに対応しており、圧縮方式はJPEG 2000で4:2:2 10bitという、比較的新しいコーデックを使用している点は注目度が高い。残念ながら今回の展示機はモックアップだが、実機は来年4月から発売するという。
もう一つ展示されていたのが、Infinity DMRという、こちらは同フォーマットのレコーダである。モニタ込みのスタンドアロンタイプとなっており、現場でのプレビューや編集が可能だという。どちらかというと、報道向けの製品という印象を受けた。こちらも残念ながらモックアップで、実際の動作状態は確認できなかったが、来年のNABでは実働モデルが見られるかもしれない。
■ 総論 振り返ってみれば今回のレポートはカメラばかりになってしまったが、今年はとにかく収録は全面的にHDにすべし、という命題を実現すべく業界が動いているという図式が、おわかり頂けたかと思う。放送局のうまみは、すなわち生放送・生中継だ。民放地方局は先の衆議院総選挙で、自社にHD機材がないことのデメリットをイヤと言うほど思い知ったのである。 キー局の設備投資はほぼ終了し、各メーカーはこれから一括大量導入が見込める地方局報道用のシステムへ注力している。国内放送機器最大手のソニーは、HD納品フォーマットから逆算してそれに関わるワークフローを自社製品で固め、地方局向けのHD需要を一括で取り込もうという作戦のようだ。 それで気になるのが、多くのメーカーが放送局用の報道システムには力を入れているが、生中継以外、すなわち番組全体で7~8割にも及ぶ編集番組制作用の機器が手薄になってきている点だ。特に編集システムは、次第にノンリニア化が進むことは予測されるが、それらのソフトウェアはほとんどが海外製品となってしまっている。 放送システムとそれに対するニーズは、国ごとに大きく異なる。その国ならではの慣習向けにカスタマイズしなければ、番組制作には余計な手間と労力がかかることになる。これまで日本のポストプロダクションは、ハードウェアに関してまさにこれで苦闘してきたわけだが、その構造はノンリニア時代のソフトウェアベースになっても変わらないのかもしれない。
□InterBEE 2005のホームページ (2005年11月22日)
[Reported by 小寺信良]
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