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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
~ 松下電器・大坪新社長を支える、7人の侍 ~



■ 規定路線の社長交代?

左が中村邦夫社長、右が大坪文雄専務

 松下電器の社長交代発表は、規定路線通りだったといっていいだろう。今年6月での中村邦夫社長の退陣は、関係者の間では、以前から噂されていた。前任の森下洋一会長が、社長を退いた年齢が65歳ということを考えれば、今年66歳の中村社長の退任は予想の範囲内といえた。

 また、「中村改革」と呼ばれる「破壊と創造」は、当初の計画をほぼ達成し、最も重視するとしていた営業利益についても、今年3月末の見通しで4,000億円と、15年ぶりの水準に回復。「営業利益率5%を達成する目処がついた」(中村社長)というV字回復ぶりも、交代の要素としては十分整った。

 中村社長は、就任直後に掲げた創生21計画で、2003年度に営業利益率5%達成を目標としていたが、9・11事件を発端とした国際情勢の不安定感、それに伴う経済環境の悪化が、これを遅らせた。

 「やり残したことは多々ある。そして、改革は毎日継続していくことが必要。中途半端な形で引き継ぐことは申し訳ない」と中村社長は語るが、その言葉からも、自らの退く時点では、さらなる高嶺を目指していたことが想像できる。経済環境の悪化という外的要因の影響がなければ、松下電器の成長と改革は、次の段階に到達していたかもしれない。

大坪専務は次期社長の最有力候補と位置づけられていた

 一方、大坪専務の社長昇格についても、次期社長の最有力候補と位置づけられていただけに、順当な人事だったといっていい。中村社長がAVC社の社長を務めていた時代からタッグを組み、AVC事業の成長に貢献。中国・大連のビデオ工場の再生で陣頭指揮をとった実績や、オーディオ事業部門の再生も大坪専務の大きな実績のひとつだ。

 また、パナソニックAVCネットワーク社の社長として、同事業を引き継いだあとも、薄型テレビやDVDレコーダ事業を成功に導き、さらに、SDメモリーカードを標準規格として全世界に浸透させた。

 DVDレコーダの製品化では、現場から上がってきた製品ロードマップを見て、「商品計画を1年飛び越せ」と命令したのは社内では有名な話。DVDレコーダ事業参入2年目には、3年目に予定していたスペックと価格で製品化。DVDレコーダ事業で一躍トップシェアに躍り出た。

 また、2004年の米CESでは基調講演のトップバッターを務め、パナソニックの次世代ビジョンが、聴講者の高い関心を集めたのはまだ記憶に新しい。これらの実績は社内外からも高く評価されており、今回の社長就任は満を持しての登板ともいえる。

 ソニーが、外国人社長の就任というサプライズ人事を発表したのに比べると、まさに対照的なものだったといえよう。


■ 創業者の言葉が改革を後押し

 中村社長体制の6年間を振り返ると、まさに激動の日々だったといっていい。「最も大きな試練は、聖域と言われた家電流通改革に最初に取り組んだこと」と中村社長は語るが、それ以外にも、創業者である松下幸之助氏が敷いた事業部制の解体、松下電器初となるマーケティングの名を冠とした組織の設置、海外事業部門の再編、重複する事業体制の見直し、福祉年金制度の改革、松下電器と松下電工の統合など、どれもこれも「大鉈(おおなた)」を振るうものだった。そして、どれもが、松下電器にとっては「聖域」と言われる分野のものばかりだ。

大鉈を降るって改革を進めた中村社長

 しかし、中村社長は「創業者の経営理念以外、聖域はない」と語り、これら一連の改革を進めてきた。2003年にインタビューした際、流通改革について、中村社長はこう語っていたのを思い出す。「最初に流通改革に手をつけた時に、あちらこちらから破壊なんてけしからん、という声が聞こえてきた。やっていることには自信があったが、この時ばかりは本当に苦しかった。その時に、こう考えた。創業者ならばどんな決断をするのか。それが改革の自信、推進の原動力につながった」。

 中村社長が数々の改革を推し進めることができたパワー源泉を探っていくと、創業者の経営理念にぶちあたる。先頃の会見でも、「決断を迫られる度に創業者であればどう決断するかを考えてきた。創業者が残してくれた言葉を、ひとつひとつ大事にして、改革に取り組んでいくことが必要である。そして、創業者が逝去して17年が経つが、松下電器は、その存在がまだクリアに残っている企業である。全社員が一致してよりどころにしているものだと確信している」と語る。

 中村社長が創業者の言葉のなかで、最も好きな言葉は「日に新た」だという。「創業者は朝令暮改ならず、朝令昼改の経営をしていた。勇気をもって、イノベーションを行なうという意味がここには込められている」と中村社長は語る。まさに、中村改革の原動力は創業者の経営理念にあったのだ。

 そして、引き継ぐ大坪専務も、創業者の言葉を自らの経営に生かしていく姿勢を見せている。「創業者の経営理念は日常的に意識している。環境変化が大きければ大きいほど、見失ってはいけないのが経営理念であり、それを対する考え方を教えてくれるのが創業者の理念だ。個人的には、“衆知を集める”という言葉が好きで、私の経営においても、衆知を集める全員経営を目指したい。中村社長にできて、私にはできないことが多いが、それを衆知を集めることで克服したい」と語る。

 次期大坪文雄社長体制では、グローバルエクセレンスの実現を合言葉に、世界で2010年に営業利益率10%を目指すとともに、世界有数の企業の仲間入りを果たすことを掲げた。それが、大坪体制でのゴールとなる。創業者の教えである「衆知を集めた経営」によって、いかに経営を加速させることができるかが注目される。


■ 衆知を集めた経営を支えるキーマンたち

 振り返れば、中村改革には無くてはならない存在がいた。それは副社長の戸田一雄氏だ。大鉈を振るう中村社長の改革を、社内にしっかりと説明し、経営と現場のクッション役を務めたのが戸田副社長だ。

戸田一雄副社長

 温和なキャラクターとともに、徹底したこだわりを貫く戸田副社長の存在は、中村改革を推進する上で重要な役割を果たしたのは、社内では共通した認識。「電産と電工の統合は、戸田副社長の存在抜きには実現しなかった」という声もあるほどだ。

 その戸田副社長も、今年6月での退任が決定した。つまり、中村社長・戸田副社長という中村改革のエンジン役の2人が抜けることになる。それだけに、次期大坪体制の先行きを不安視する声があるのも当然だ。社長交代の発表以降、株価が下落傾向にあるのも、次期経営体制に対する不安感が先行しているためと、ある証券アナリストは分析する。

 だが、大坪新社長が「衆知を集める全員経営」と標榜するように、大坪新社長を取り巻く体制は盤石なものができつつある。そして、筆者の目から見て、大坪新社長体制を支えるキーパーソンとなるのは、次の7人だといえよう。

 1人目は、半導体社の社長を務め、技術部門のトップを務める古池進専務。大坪新体制では、副社長へ昇任し。技術面から大坪新社長を支える。大坪氏とともに、次期社長候補の一角を担っていただけに、その経営面での手腕にも期待が集まる。

 2人目は、「垂直立ち上げ」を定着させ、パナソニック製品を強いブランドへと育て上げた牛丸俊三氏だ。6月からは代表取締役専務へと昇任し、パナソニック、ナショナルアプライアンス、ナショナルウェルネスの3つのマーケティング本部を統括する立場となる。そのほかにもマーケティングに関わる主要な役割を牛丸新専務へと統合。これまで戸田副社長が担ってきた役割を一手に引き受けることになる。馬力のある牛丸氏がこの立場を担うことは、競合他社にとって大きな脅威となるのは間違いない。

古池進専務 代表取締役専務へと昇任する牛丸俊三氏

 3人目は、大坪新社長の就任にあわせて空席となったパナソニックAVCネットワークス社の社長に就任する坂本俊弘氏。これまでにも大坪氏の右腕として活躍し、台湾松下電器社長などの海外での実績も、AVC事業に生かされることになる。

 4人目は、アプライアンス(白物家電)事業を担当する榎坂純二氏だ。今回の新体制とともに常務取締役に昇任。松下ホームアプライアンス社の社長に兼務で就任するとともに、照明社およびヘルスケア社も担当。白物家電事業の行方は、すべて榎坂氏に委ねられることになる。

海外事業を担当する山田喜彦氏

 そして、5人目、6人目は、海外事業を担当する山田喜彦氏、大月均氏の2人だ。北米本部長の山田氏は、デジタル家電の激戦地である米国において、プラズマテレビでトップシェアを獲得。北米におけるブランド基盤を確立した手腕が高く評価されている。また、欧州本部長の大月氏も、日欧同時垂直立ち上げなどに関わり、欧州における激しいDVDレコーダ戦争や薄型テレビ戦争でも健闘を見せている。海外事業の成果が問われているだけに、今後の松下を占う上で、海外現場を司るこの2人のキーマンの存在は見逃せないといえよう。

 そして、最後の1人が情報システム担当役員の牧田孝衛氏だ。中村社長は、「IT革新なくして、経営革新はなし得ない」と語り、IT投資にも積極的な姿勢を見せていたが、そのIT革新を最前線で担当したのが牧田氏だ。大坪新体制でも、IT革新は継続的に実行されることになる。中村社長時代には、IT革新本部長には、中村社長自らが就任していたが、新体制でも社長の大坪氏自らが本部長に就任する公算が強いという。それを現場で陣頭指揮する役割が牧田氏に委ねられることになる。

 もろちん、このほかにも大坪新体制ではキーマンとなる人物が何人か存在するのは確かだ。こうした新生・松下電器の社内を見回しても、衆知を集めた経営に向けた地盤は十分にあるといえる。

 森下社長時代は、バブル後の負の遺産の処理に追われ、次の一手が打ちにくい状況にあった。それを受けて、大規模な改革に乗り出し、経営体質を強化してきたのが中村社長だった。「重くて遅い」といわれた松下電器の体質は、この6年間で「軽くて速い」体質へと大きく変化してきたのは誰もが認めるところだ。

 そして、次なる大坪新社長に求められるのは成長戦略である。その成長戦略を成功させられるかどうかは、この6年間に社員が持ち続けた「危機感」というモチベーションを、いかに維持できるかにかかっているといえそうだ。

□松下電器のホームページ
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(2006年2月27日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(以上、毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島、ウルトラONE(以上、宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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