パッケージソフトにおいてはBlu-ray Disc、HD DVDにより、いよいよ本格的なハイビジョン時代を迎えつつある。一方、映像流通の潮流は「オンライン配信」に向けて動き始めている。本格普及には時間がかかりそうだが、11月29日、重要な発表が行なわれた。
DVD Forumが、DVD-Rに対し、市販DVDビデオで使われている「CSS」を使った記録を実現する「CSS Managed Recording」を承認したのだ。 といっても、ピンとくる人は少ないかもしれない。いまさら古い著作権技術であるCSSを、しかもDVD-Rに使ってなにするの? という感じだろう。ところが、これが画期的なサービスに「DVD-on-Demand」につながるのだ。オンライン配信を、そのまま自宅で「本物のDVDビデオ」に変えることが可能になるのである。 今回は、DVD-on-Demandが産まれる背景と、そのサービス概要について、DVD作成ソフト「DVD it!」やプロ向けオーサリングソフト「Scenarist」で知られるソニック・ソルーションズの照井公基社長に聞いた。 ■ オンラインで「市販DVD」を配信へ DVD-on-Demandとはその名の通り、「好きな時にDVDビデオが手に入る」サービスだ。といっても、もちろん単なる通販ではない。映像のオンライン配信の新しい形態である。 最大の特徴は、最終的に入手した映像が、市販のDVDビデオとほぼ同等となることだ。この「同等」とは、画質のことだけを指しているのではない。DVDメニュー、音声、字幕、そしてラベルデザインに至るまで、市販DVDビデオとほぼ同じものを、「ダウンロード」で手に入れることが可能となる。
仕組みはこうだ。まずユーザーは、DVD-on-Demandを取り入れた映像配信サービスを利用し、映像データをダウンロードする。中身は、DVDビデオのISOファイルとラベルデータだ。ダウンロード後、ユーザーは専用ソフトを使い、DVD-Rに映像を書き込む。このときにはオンライン認証が行なわれるため、利用者以外がディスクを違法コピーすることはできない。 この書き込みに使われるのが、DVD-RへのCSS書き込みだ。国内では、コピーワンス番組を著作権保護した形で書き込むために、CPRM対応のDVD-Rが使われている。しかし、CPRMはすべてのDVDプレーヤーで使えるわけではない。海外市場での対応例は少なく、国内でもPCやゲーム機まで含めれば、かなりの数のDVDプレーヤーがCPRM非対応だ。 だが、CSSはDVDビデオの暗号化に使われており、すべてのDVDプレーヤーが対応している。すなわち、DVD-on-Demandで作ったディスクは、より多くのDVDプレーヤーで再生できる可能性が高い(ただし、既存製品での利用にはファームウェアのアップデートが必須)。 同時にダウンロードされるディスクラベルをインクジェットプリンタで印刷すれば、「DVDビデオ」の完成だ。 市販DVDビデオとの違いは、DVD-on-Demandが、現状では1層DVD-Rのみを対象としていることだ。そのため、2層ディスクが一般的となっている市販DVDビデオに比べると、映像の記録ビットレートは下がることになる。そういう意味では「完全に市販DVDビデオと同じ」というわけにはいかないのだが、市販DVDと同ソースを用いるため、かなり高画質なDVDビデオ化が見込まれる。ストリーミング形式の映像配信よりは、安定して高クオリティな映像体験が可能となるだろう。 ソニック・ソルーションズの照井社長は、「来年の年末までには、日本国内でサービスが開始され、家庭でディスクの作成が可能になるだろう」と説明する。その規模は、「最低でも、スタートから数百タイトル」。非常に大がかりなサービスがスタートすることになるようだ。
■ 「LANのないリビング」を狙い3年前に企画 元々、DVD-on-Demandとそれに必要なDVD-RへのCSS書き込みを起案したメンバーのひとつがソニック・ソルーションズ。DVDフォーラムで合意した技術であるため、同社以外でも同じ技術を提供することは可能ではあるが、開発で先行している点で、他社にくらべきわめて有利な状態でスタートできるのは間違いない。 DVD作成ソフトで知られる同社らしい技術だが、DVD書き込みありき、というところからスタートした発想ではないようだ。照井社長は開発のきっかけを、「開発を始めたのは3年くらい前のこと。元々、『映像のオンライン配信が主流になるとすれば、なにが必要か』という検討から始まった」と説明する。 現在のオンライン配信は、基本的にパソコン向けだ。ゲーム機やセットトップボックス向けのサービスもあるが、どちらにしても大きな問題がある。「リビングにパソコンを置いている人、LANを敷設している人は圧倒的に少ない」と照井社長は言う。 日本にはテレビパソコンが多いとはいえ、リビングよりは、個人の部屋で使われている。また、ネットワーク機能付きのゲーム機が増えているとはいえ、接続率はまだまだ低い。PS3やXbox 360、Wiiなどのゲーム機の普及などが、リビングでのネットワーク接続率を向上させるかもしれないが、そうだとしても、リビングでのネット接続が当たり前のものになるまでは、まだ時間がかかるだろう。 そしてもう一つ大切なのは、家族のすべてが「リビングのパソコンを操作して、映像配信を見る」という操作ができるわけではない、という点だ。 「リビングにパソコンが入る、と考えるのは、パソコンが得意な人の発想。パソコンで映像を見る方はまだ少数であり、テレビパソコンの普及した日本はともかく、アメリカではさらにあり得ない。やはり、リビングの中心は当面テレビだ」 そこで出てきたのが、「DVDであれば誰もが使える」という発想だ。「パソコンが使える人」が、自室にあるパソコンで映像をダウンロードし、それを「DVDビデオ」の形にしてリビングのDVDプレーヤーで再生する、という手段を採れば、これらの問題は解決できる、と考えたわけである。 オンライン配信の問題点は「モノが残らないこと」、「HDDがクラッシュすると消えること」など。自分で焼いたものとはいえ、「DVDビデオ」の形で残るなら、これらの不満も解消できる。 そうなると、市販DVDビデオに近いクオリティでなくてはならない。つまり、ディスクへの著作権保護は必須……という論理で、CSSの導入が決定した。 「初期には他のコピー防止技術も提案されたが、やはり、『すべてのDVDプレーヤーで再生できる』ことが大切。これにはハリウッド側の強い意向が働いたのだと思う」と照井社長は説明する。 CSSの暗号はすでに破られており、暗号強度を高めるならCPRMやAACSの方が有利であるが、「完璧な保護」より「市場の広さ」を優先した、ということなのだろう。 ■ 「アップル」の存在がハリウッドに火をつけた 同社の取り組みはスムーズに実現できたわけではない。すでに述べたように、技術開発は3年前に始まっていた。だが、実際に事が動き始めたのは「この1年くらいの間」と照井社長は説明する。 「実現までには、ハリウッドを説得する必要があった。3年の時間のほとんどは、ハリウッドとの交渉にかかった時間」(照井社長)であったという。 しかし、刺激になったのが2005年10月にアップルが開始した、iTunes Storeによるビデオ配信である。 「インターネットによる音楽配信は、ほぼアップルに支配されたといっていい。このままでは、映像までアップルに握られてしまう。ハリウッドはそう考えたのだろう」と、照井社長は当時を振り返る。映像配信がiPodの中で収まっている間はいい。だがそのうち、アップルは“本丸”であるリビングにも乗り出してくるはず。それまで手をこまねいているわけにいかない……ということなのだろう。 アップルは、リビングで映像配信を楽しむ「切り札」として、来年1月9日より始まるMacworld San Francisco 2007にて「iTV(仮称)」を発表する予定だ。この急速な動きからは、アップルに遅れることなく、「リビングにLANを構築しないで済む方策」を提案できるようにしたい、というハリウッド側の思惑が透けて見えてくる。 ■ 日本国内の要望で「ISOで転送」が実現 ソニック・ソルーションズは、米国ではオンライン映画配信の大手Movielinkと提携し、ビジネスを行なうことをすでに発表している。
「日本国内でも、コンテンツの権利をもっている会社からの問い合わせが非常に多い。また、アニメ系コンテンツの配信を検討しているところも数社ある」と照井社長は言う。 映像配信というと、権利処理の関係もあってか、どうしても米国中心に事が運びがちだ。だがDVD-on-Demandに関しては、日本でも相当準備が進んでいるようだ。 米国と日本のサービスでは、1点大きな違いがある。それは「配信映像」のクオリティだ。 さきほど、配信にはDVDのISOイメージが使われる、と書いた。だが、これは日本ならではの方法なのである。 アメリカ向けでは、映像の配信にはWMV形式を使う、ということで話がすすんでいた。WMV形式で圧縮した上に、WindowsDRMで著作権保護をかけた映像をダウンロード配信し、それをDVD-Rに書き込む際、MPEG-2へと再度変換、CSSを適用して書き込む、という仕組みになっていたのだ。 「これでは3度も画像変換があるので、画質劣化は避けられない。それに、変換しながら書き込むのでは、作業時間もかかりすぎる。日本向けのサービスを検討する中で、『このままでは日本の顧客には満足してもらえないだろう』との意見がソニック社内で強く出た」(照井社長)。結果、日本向けには配信方法を変更することとなった。 そこで出てきたのが、ISOイメージをそのまま転送する方法だ。これなら、WMVを介した映像変換は不要になり、書き込みの時間も最低限で済む。なにより、DVDメニューや字幕、マルチトラックの音声データをそのまま送れるため、文字通り「DVDビデオの配信」となる。もちろん、データ容量はWMVより大きくなる。日本での光回線の普及率の高さなど、ネット接続環境が優れた日本ならではの判断といえる。 また、アメリカ式DVD-on-Demandにはもう一つの欠点がある。それは、対応するOSの問題だ。 WindowsDRMで著作権保護されたWMVを、著作権保護したままCSSで書き込むには、Windows Vistaの持つ「Protected Media Path」という技術が必要となる。そのため、現状のアメリカ式DVD-on-Demandは、Windows Vista搭載PCでないと利用できない。 しかし、ISOイメージを使う日本式では、Windows DRMからCSSへの「DRM書き換え」が不要となるため、OSの「Vista縛り」がなくなる。すなわち、より広い人が使えるサービスとなるのだ。 ただし、「日本式」にもマイナス点はある。アメリカ式でWMVが使われている理由は、ディスクを焼かず、そのまま映像を見られるためだ。現状では、ISOイメージを配信する日本式では、ディスクを作らないと映像が見られない。「そのため、なんとかISOイメージからの再生に対応できないか、プレビュー機能の実現に向けて社内で検討中」(照井社長)だという。 「スタート時には、最低でも百単位のタイトルが必要となる。それだけの数の映画と、その予告編の再エンコードだけでも大変な時間がかかる。準備には半年は必要だろう」(照井社長) このプロセスを簡便化するため、同社ならではの策を用意している。多くのDVDオーサリングスタジオでは、同社のオーサリングソフト「Scenarist」が使われている。そこで、同社ではDVDビデオ用オーサリングデータから、「1層DVD配信用データ」と「WMV配信用データ」の両方をバッチ作成するScenarist用プラグインソフトを2007年春に発売する予定だ。事業者側でのコンテンツの最適化作業を低減することで、より多くのコンテンツをより早く用意できるように取り組んでいる。 ■ 配信には「Roxio Venue」を利用、有料版も提供予定
DVD-on-Demand配信を受信するには、PC用のライブラリソフトが必要となる。ソニック・ソルーションズの技術を使ったDVD-on-Demandでは、無料配布される「Roxio Venue」という映像ライブラリ管理ソフトを使う。 ソフト自身は、配信事業者やソニック・ソルーションズのウェブより無料配布されることになるという。 ただ、Venueには無料版と「Deluxe」と呼ばれる有料版の2つが用意される予定で、後者はソニック・ソルーションズからダウンロード販売される。どのようなプレミアムを付けるかは「まだ決まっていない」という。ただし、「これまでの経験から、十数ドルのソフトならさほど抵抗無く購入いただける、という感触を持っている」とのことなので、有償版とはいえ、さほど高いものにはならないようだ。 また、この技術はDVDレコーダーにも応用可能だ。家電向けのソフトウエア開発サポートも行なわれており、日本や韓国の家電メーカーでも、興味を持っているところもあるという。 ■ 問題は「専用ディスク」の価格と「ドライブの対応 新しい映像配信の形として、DVD-on-Demandはかなりリアリティの高いサービスモデルである。特にブロードバンドの普及した日本では、ダウンロード時間の問題も致命的なものとはならず、ラインナップの揃い方によっては、非常に面白いことになりそうな「匂い」がする。
だが、普及に関して懸案もある。第一の問題は、記録には「専用のディスク」が必要だ、ということだ。CSS記録には、ディスクにあらかじめCSSの暗号鍵が書き込まれた「Pre-Recorded Media」が必要になる。これは、ちょうどCPRM対応のDVD-Rディスクのような存在である。DVD-Rには違いないものの、暗号鍵を書き込む関係上、名も知れぬノーブランドのディスク、というわけにはいかない。生産量にもよるが、価格もCPRM対応ディスクのように、通常のDVD-Rよりはやや高くなるだろう。 より大きな問題は、ドライブ側でも最低でもファームウェアでの対応が必要、という点だ。利用者は、ドライブメーカーが公開するファームウェアを入手し、修正作業を行なった後でないと、正しく書き込みができない。 また、民生用プレーヤー/レコーダでの互換性検証も進めており、プレーヤーにおいては、かなりの数の製品で互換性を確保できる見込みだが、レコーダに関しては多少の不安もあるという。こうした対応ファームウェアが、ドライブ、プレーヤー/レコーダの最新機種以外にどれくらい提供されるか、という点も問題となる。 ソニック・ソルーションズ側でも、この点を憂慮している。照井社長は、「大手ディスクメーカー、ドライブメーカーが対応を検討中で、かなり安心して使えるとは思うが、飛びついてくれたアーリーアダプター層に不便を強いるのは避けたい。情報公開なども積極的に行ない、混乱回避に努める」と話す。 ■ 立ち上がりはまず「注文製造」「キオスク販売」から
また、業務用の市場でも大きな可能性がある。DVD-on-Demandは、家庭向けのほか、「Manufacture on Demand」(MOD)、もしくは「キオスク端末」での利用が予定されている。 MODとはメーカー側での「ディスク注文製造」のこと。通常DVDビデオを発売する場合には、数千枚単位でディスクが売れるタイトルであることが前提となる。パッケージを作り、流通させるにはコストがかかるからだ。これが、DVD-on-Demandを使った「注文製造」ならば、無駄な在庫を作る必要がなくなるため、より少ない枚数しか売れないタイトルでも販売可能となる。またキオスク端末にDVD-on-Demand製造機能を組みこめば、レンタルビデオ店などで「在庫切れで買えない、見られない」という事態がかなり少なくなる。 「こういった技術で、ロングテールをビデオの世界で実現できるのでは」と照井社長はいう。実際、ビジネスとしての展開は、日米でまずこれら「業務向け」が先に始まり、数カ月遅れて家庭用、という流れになるのだという。
映画ファンならば、誰もが1本くらい「DVDにはなっていないけれど、もう一度見たくてしょうがない映画」があるのではないだろうか。かくいう筆者も、DVDが出ていないため、大切に保存しているVHSタイトルがある。そういった作品がDVDで手に入るようになるなら、それには大きな価値があるというものだ。
□米Sonic Solutionsのホームページ(英文) (2006年12月7日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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