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第267回:コルグのDSDレコーダ「MR-1/1000」開発者に聞く
~ ポータブル1ビットレコーダ開発の苦労とこだわり ~



コルグ 開発部主任 尾田真氏(左)、開発部 大石耕史氏(中)、商品企画室主幹 佐野忠氏(右)

 昨年末にコルグ(KORG)の1ビットオーディオ レコーダ「MR-1」を、年明けにその上位機種「MR-1000」を取り上げてきたが、両製品とも1ビットオーディオという技術を利用したことで、非常に高音質なレコーディングを可能にした斬新な製品に仕上がっていた。

 録音したデータをPCに転送し、再生やPCMに変換する「AudioGate」というソフトも秀逸な出来だ。

 そんな製品がどのようにして生まれたのか、開発はどのような方法で行なったのか、開発部主任の尾田真氏、開発部の大石耕史氏、商品企画担当の佐野忠氏の3名に話を伺った。(以下、敬称略)



■ DAT置き換えを目指したDSDレコーダ

藤本:最近、ポータブルレコーダブームのようになっていますが、そもそもこのMR-1、MR-1000を開発しようとしたキッカケはどこにあったのですか?

1ビットオーディオ レコーダ「MR-1」(左)と「MR-1000」(右)

佐野:当社は楽器、シンセサイザのメーカーとして、いかにいい音でサンプリングするかというのはずっと重要なテーマでした。そんな中、かなり以前からピアノのサンプリングにおいて1ビットでサンプリングするといいようだ、という認識がありました。他社が44.1kHzでサンプリングしていた中、当社は早い段階から48kHzでのサンプリングを行なっており、将来的には96kHzや192kHzになるだろうと考えていましたが、社内の大多数が、1ビットでサンプリングしておけば間違いないという認識になってきたんです。

尾田:当社ではこれまでさまざまなレコーダを出してきましたが、そのレコーダの開発グループが3、4年前にモバイル型のレコーダとして次の規格を考えていました。そんな中、開発担当と研究担当が話し合う機会があって、1ビットオーディオでのレコーディングが面白いのではないか……という話になったのが、商品化の発端です。

藤本:研究サイドとしては、いつごろから1ビットオーディオに取り組み始めていたんですか?

大石:私が入社する前から、いろいろな形でウォッチはしてきていたので、スタートがいつなのかは定かではありませんが、個人的には2003年の「1ビットフォーラム 2003」がキッカケでした。早稲田大学の山崎芳男教授の研究室にいた武岡成人さんが発表した「1ビット小型半導体レコーダ:アンサンブルシステムの提案」はなかなか斬新で、是非これを製品化してみたいと思ったのです。

藤本:実際、企画書という形となって製品開発に取り組みだしたのは?

尾田:2004年末だったと思います。ただ、当初はわれわれ開発側と、研究側の大石とで考え方にズレなどがあり、ぶつかり合いがあったんです。近年稀にみる生意気なヤツが来たぞって(笑)。ただ、いろいろと議論した中で、大石の持つしっかりとしたビジョンを実現してみようということになり、このMR-1/1000ができたのです。

コンパクトボディの「MR-1」 ハイエンドモデル「MR-1000」

藤本:当初から2つの製品を作ろうということだったんですか?

大石:1ビットオーディオの次の次元を示すハイエンドの5.6448MHzに挑戦したいと思った一方、小型で誰でも気軽に使える製品も作りたいと考えました。

ローランド「R-1」

佐野:小さいほうが、より広い層に受け入れられるだろうと考えた一方で、やはりハイエンド機を求める人もいるはずだと想定しました。それぞれ異なるマーケットなのではないかと考え、あえて2製品にしたのです。

藤本:時代的にはちょうどRolandの「R-1」が出たころですね?

尾田:そうです。ハンディで録音したいというニーズは常にありましたが、DATという選択肢がなくなったため、誰もが今後どうするかを考えていたころです。いわゆるアーカイブでもDATの置き換えが模索されていたので、1ビットオーディオならそのニーズにこたえられそうだと考えたわけです。



■ Burr-Brown製DACなどを採用。選択肢の少ないADC。

藤本:ただ、1ビットオーディオがいいとはいっても、完全に初の技術を搭載した製品だから、結構大変だったのではないですか?

尾田:確かに技術的に初めてのことが多く、いろいろな壁がありました。一番最初の壁はADC/DACのDSPとの通信。ここがクリアできないと製品化は不可能なので不安も感じましたが、かなりの時間をかけてなんとか実現できました。

藤本:搭載しているチップ類も独自のものなんですか?

大石:いいえ、チップ類は基本的に外から調達しています。DACはSACDがあるので、そこそこの数がありますが、ADCはそもそも選択肢がそれほどなく、限られてしまうのです。DAC選びにおいては、ほとんどの製品を並べて、いいものを選んだんです。

藤本:具体的には?

大石:MR-1には、TIのBurr-Brownブランドのものを、MR-1000にはCirrus Logic製のものを採用しています。ADCはともにBurr-Brownブランドですね。

尾田:ちなみにCPUというかDSPはアナログ・デバイセズの「Blackfin」プロセッサを搭載しています。

藤本:そのADCやDACは1ビットオーディオ専用のチップなんですか?

大石:いいえ、モード切替によってPCMになります。そもそもAD変換はオーバーサンプリングを使い、シグマデルタ変換をしているから1ビットの信号が途中で発生するんですよ。ただ、多くのADCは、その1ビットの信号を外に出していないから選択肢が少なくなってしまうんですね。



■ HDDの動作ノイズを避けるため、マイクを外付けに

藤本:ところで、MR-1もMR-1000もHDDを搭載していますよね。本体から発生するノイズなどを考えると、フラッシュメモリを選択するという方法もあったと思いますが、その点はどうですか?

大石:とにかく1ビットオーディオはデータ量が大きいんです。5.6448MHzの場合、10数分で1GBを食います。やはりフラッシュではなかなか使い勝手が悪くなってしまうため、今の選択肢はHDDしかないだろうと考えました。もちろん、将来的にはフラッシュという方法もあると思いますが。

ローランド「R-09」とMR-1のサイズ比較。HDDを内蔵している分、MR-1が少し大きめ

藤本:マイクもMR-1/1000ともに外付けですよね。RolandのR-09などは内蔵であるが故に支持されている面もあると思いますが。

佐野:当初、商品企画からはマイクは内蔵にして欲しいという要望は出していたんですよ。

尾田:以前、「D16」というHDD内蔵のマルチトラックレコーダを出したことがありますが、その際、マイクを搭載しました。あれは筐体が大きかったのですが、それでもHDDのスピンドルの音が絶対的に乗るので、今回HDDを使うと決めた時点でマイクはあきらめよう、やってはいけないと判断しました。いい音で録るのを目的としているのに、ノイズを拾ったのでは矛盾してしまいますから。

藤本:M-Audioの「MicroTrack 24/96」のように、ジャックに刺して使う方法は?

尾田:あれも、筐体から振動を拾うという点では同じですから、HDD内蔵機ではダメですね


MR-1の上面端子類。マイク入力はモノラルミニジャック×2の構成

藤本:一方で、MR-1のマイクはミニジャックなのにモノラルが2つというちょっと変わった仕様ですが、あれはどうしてなんですか?

尾田:MR-1のマイクジャックはバランスインで受けています。こうすることで、内部のグランドノイズの影響を受けないようにしています。マイクだけでなく、スタジオからバランスで来た信号を受けることも可能です。一方、外付けマイクは実はShureの「SM-57/SM-58」を想定して開発しているんです。

藤本:ということはコンデンサマイクではなくダイナミックマイク?

大石:MR-1においてはそうですね。ファンタム電源対応にはできないので……もちろん、電池内蔵のエレクトレットのコンデンサマイクを使うというのもお勧めです。


MR-1000の背面端子類。キャノン端子も備え、バランス対応マイクが問題なく利用できる

藤本:でも、バランス対応のマイクの場合、通常はキャノン端子ですから、直接MR-1に接続するのは難しいですよね。また、キャノンをステレオミニというか3端子のミニジャックに変換するコネクタなんて、あまり見たことないですし。

尾田:MR-1000は問題ないと思うのですが、MR-1の場合はなんとか入手していただくしかないですね……。

藤本:いまのところ、オプションで用意はされていないようですが、これはぜひお願いしたいところですね。

佐野:ぜひ、検討してみます。



■ こだわりのDSDリアルタイム再生。MP3対応は7月予定

藤本:ところで、ファイルフォーマットは1ビットオーディオだけでDSDIFF/WSD/DSFと3種類もあってすごいですね。本当にそれを使い分けられる人がいるのかは分かりませんが……(笑)

大石:ファイルフォーマットは迷うことなく全部入れちゃおうと考えました。

尾田:「そんな無謀な」というのが開発側の立場でした(笑)。DSDIFFとWSDはよく似たフォーマットなので、それほど問題はなかったのですが、後から出てきたDSFは結構違う構造で、確かにPCで扱うには合理的だけど、小型の機器で扱うにはハードルが高かったです。

大石:DSFに関しては、ぜひ対応させたかったので、何度もソニーさんに通って話を聞きに行きました。

藤本:なるほど、組み込み技術というのは難しそうですよね。一方で、ファイルフォーマットの変換については「AudioGate」が添付されているのでユーザーにとっては非常に便利です。これは最初から付けようと考えたんですか?

大石:はい、当初からこれは付けたいと考えていました。最近はVAIOがあるので、DSDのデータも少しずつ扱いやすくなってきましたが、やはりせっかくいい音でアーカイブしても、すぐに再生できないのでは扱いづらくてみんなに使ってもらえないでしょう。そこで、1ビットオーディオのデータをより扱いやすくするために、リアルタイム再生できるソフトをつけようと考えたのです。

藤本:以前、VAIOの「DSD Direct」を使ったときは、PCM変換に実時間の数倍かかった記憶がありますが、リアルタイム再生させることは簡単だったんですか?

大石:PCでのリアルタイム再生については、私自身が最初の企画書に盛り込んだんですが、正直本当にできるか心配ではありました。最新のPCだけではなく、旧モデルのPCでもリアルタイムで再生させたかったので、それが本当にできるかどうか、と。DACにおけるFIRはいろいろな組み方があるんです。DSD Directとは異なる組み方で、マルチステージのFIRを組んでいます。これによって演算量を減らしつつも精度を保っての変換が可能になりました。

藤本:実際どのくらいのスペックのマシンで、リアルタイム再生が可能なのですか?

大石:CPU的にはPCだとPentium IIIの1GHz、MacだとPowerPC G4 800MHzで5.6448MHzのフォーマットをリアルタイム再生できることを確認しています。


MR-1/1000に添付されるDSD変換/再生ソフト「AudioGate」。DSDファイルのリアルタイム再生に対応 ソニーの「VAIO」付属のDSD変換ソフト「DSD Direct」。変換時間は実時間の倍以上かかる

藤本:最後にMP3対応についてお伺いします。確かカタログにMP3にはファームウェアアップデートで対応すると書かれていましたが、これはいつごろの予定なんでしょうか?

佐野:当初からMP3対応については考えていましたが、やはり音質重視の1ビットオーディオなので、下手にMP3で他社製品と比較されても悔しい。そのためあえて、初期段階ではMP3対応とせず、一応7月ごろのアップデートを考えています。

尾田:ですので、1ビットの部分の完成を優先させ、発売を早めたわけです。このファームウェアアップデートはMR-1000は再生のみ、MR-1は録音/再生の両方に対応させる予定です。

大石:AudioGateの方は今のところ、MP3には対応しない予定でいます。


□コルグのホームページ
http://www.korg.co.jp/
□製品情報(MR-1)
http://www.korg.co.jp/Product/DRS/MR-1/
□製品情報(MR-1000)
http://www.korg.co.jp/Product/DRS/MR-1000/
□関連記事
【1月22日】【DAL】コルグのDSDレコーダ上位機「MR-1000」を試す
~ 外部マイクやバッテリなど「MR-1」の不満点を解消 ~
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【2006年12月25日】【DAL】コルグのDSDレコーダ「MR-1」を試す
~ 手軽にDSD録音! 付属ソフトでPCM/DSD高速変換 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20061225/dal264.htm
【2006年11月17日】コルグ、ポータブルDSDレコーダ「MR-1」は75,600円で発売
-「MR-1000」はHDDを40GBに強化し、1月発売に延期
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20061117/korg.htm
【2006年10月17日】コルグ、ポータブルDSDレコーダ2モデルを12月発売
-20GB HDD内蔵。5.6MHz対応の音楽制作向けも
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20061017/korg.htm
【2002年11月6日】オーディオの将来を考える「1ビットフォーラム2002」が開催
―パイオニアが1ビットファイルフォーマットや、プレーヤーを展示
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20021106/1bitf.htm

(2007年1月29日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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AV Watch編集部

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