3月31日、イー・モバイルは、新しく「携帯電話事業者」として市場参入を果たす。 セールスポイントは、最大で下り3.6Mbpsという通信速度を、月額固定制5,980円という、リーズナブルな価格で自由に利用できること。そして、魅力的な通信端末「EM・ONE」を、参入と同時に導入することだ。 モバイルブロードバンドと高性能端末の組み合わせは、モバイルブロードバンドにどのくらいのインパクトを与えるのだろうか。今回は、EM・ONEの試作機と、限定された環境下ではあるが、イー・モバイルの通信インフラ上でテストした。 製品版にかなり近い段階ではあるものの、通信環境・端末ともにテスト向けのものであることをご了承いただきたい。 ■ 音声通話は想定外。「スマートフォン」ではなく「通信内蔵PDA」 まずは、EM・ONEの仕様を見てみよう。EM・ONEは、シャープ開発による、OSにWindows Mobile 5.0を採用した通信端末である。4.1インチのワイドVGA液晶(800×480ドット)にキーボード、それにワンセグを内蔵し、イー・モバイル回線への接続機能を組み込んだもの、と考えればいい。シャープ製だけに、様々な部分でウィルコムのW-ZERO3/W-ZERO3[es]に似た特質をもっているのだが、最大の違いが一つある。 それはEM・ONEが、「スマートフォンではない」ということだ。
イー・モバイルは、現在のところ音声通話や携帯電話向けメールサービスを用意していない。2008年3月までは、PCやPDAに向けた純粋な「データ通信」のみをサポートする。そのため、EM・ONEも音声通話や着信待ち受け、という機能を持たない。昔ながらのPDAに、無線LANに加え携帯電話通信網へのアクセス機能を追加したもの、と思えばいい。
利用されているOSも、スマートフォン用のものではなく、PDA用のWindows Mobileにシャープとマイクロソフト、イー・モバイルが手を加えたものだという。電源も、携帯電話のように「入りっぱなしで待ち受け」というわけではなく、入れた時だけ動作し、切った時はPCでいうところの「サスペンド」状態となる。 そのため、「バッテリー持続時間」の表記も、携帯電話の「連続待ち受け時間」ではなく、PDAの表記に従っている。カタログ上は「4時間」となっているが、同社によれば、これは間欠的に通信とワンセグ受信、PDAとしての操作を行なった場合のデータだという。今回は試作機でのテストであり、通信環境も万全とは言い難いため、実際どのくらいバッテリーが持つかは検証できなかった。 小さいものではあるが、マイクやスピーカーも内蔵しているため、Skypeを使えば音声通話も可能ではある。しかし、EM・ONEが「待ち受けモード」を持たない、PDA的な電源管理を行なう機器であることを考えると、特定の場所で「かける」には使えても、着信を待ち受けてて「Skypeでなんちゃって携帯電話」のように使うのは難しいだろう。 ■ ワンセグ画質はかなり良好。Bluetoothでのワンセグ音声送信には未対応 AV機能で注目されるのは、やはりワンセグを搭載していることだろう。大型の伸縮性アンテナを備え、輝度の高い大画面をもっていることから、ワンセグの画質にも期待が集まっている。ちなみに、このアンテナは純粋にワンセグ用で、通信には一切使われない。 実際、画質はなかなか良好だ。高解像度のディスプレイでワンセグを見ると、半端に引き延ばされて見づらい印象になることが多いのだが、EM・ONEの場合にはそうでもなかった。800×480ドットという解像度の高さを生かした、字幕の美しさが目を惹く。映像部分の再生には、内蔵の携帯端末向けグラフィックアクセラレータ「GoForce5500」が使われており、その能力に依る部分が大きいのだろう。
受信品質も悪くない。東芝製のワンセグ携帯電話「W52T」および、バッファロー製PC向けワンセグチューナ「ちょいテレ」と比較してみたが、同一環境の場合、W52Tとは同等以上、ちょいテレよりはかなり良好な受信状態だった。
受信には、ピクセラ製の専用アプリケーション「Station Mobile」を利用する。ただし、利用時にはEM・ONEで動作中のすべてのアプリケーションを終了する必要がある。これは、処理速度を稼ぐことと、他のアプリケーション経由で画像のコピーを防ぐための両面から出た配慮だという。PCや携帯電話に比べると、少々面倒ではある。 また、EM・ONEにはスクリーンショットを撮影する機能もあるのだが、ワンセグ視聴時には、映像部分は撮影されない。 なお、録画機能は搭載されていない。少々残念だが、アプリケーションの仕様とEM・ONEの構造を思えば、しょうがないのかな、とも思える。 ちょっと気になるのは、ワンセグ視聴時、Bluetoothを使った音声出力に制限が加えられることだ。EM・ONEはBluetoothでのオーディオ出力プロファイルであるA2DPに対応しているため、Bluetoothヘッドホンなどで音楽を楽しめる。しかし、セキュリティ上の配慮から、Bluetoothではワンセグの音声を出力できない。 これは、ARIBで定められたワンセグ受信規定の場合、「無線での音声送信を行なう場合、暗号化しなければならない」と定められていたためだ。auのW52Tのように、Bluetoothで音声出力を実現している機種では、A2DPにSCMS-Tでの暗号化を加えて、ワンセグ音声のBluetooth出力を実現している。 ただ、SCMS-T対応のBluetooth機器が少なく、選択肢が限られるため、使い勝手も制限される。そもそも、ヘッドホンと端末の接続に、ペアリング作業が必要なBluetoothで、SCMS-Tを使ってまでセキュリティを保つ必要があるのか正直疑問である。
そのためか、先日、Bluetoothで音声出力を行なう場合、通常のA2DPを認めるように運用規定が変更となった。なお、W52Tとほぼ同じ技術をベースとしているソフトバンクの携帯電話「911T」では、A2DPでワンセグ音声が出力できる。EM・ONEの方も、この新規定にあわせて出力制限の解除を検討していただきたいところだ。
■ メディアプレーヤー系PDAとしては上質。通信速度は「ベストケース」で1Mbps以上
基本はPDAなので、メディアプレーヤー系の機能も充実している。標準添付されているのは、OS標準のメディアプレーヤー「Windows Media Player 10 Mobile」だが、「Core Player」などのWindows Mobile用メディアプレーヤーを別途セットアップすれば、より便利な管理が可能となる。 採用している外部メモリーカードはminiSD。カードスロットを保護するカバーが少々取り外しづらいのが気になった。 音質などは、さすがにデジタルオーディオプレーヤーにはかなわないようだが、PDAとしては十分なもの。画質については、少々色温度が高めに感じるが、輝度・発色ともに良好。トータルでいえば、十分にハイクオリティといえるだろう。 メディアプレーヤーの他、本体内にあるオフラインのコンテンツと、オンラインのコンテンツを統合管理するアプリケーションとして、株式会社ヤッパと共同開発した「3D Box」も付属する。動作は軽く、3D表示を生かした表示は一覧性も高く、事前の予想よりも使い勝手は良い。WVGAは携帯端末としては広い画面だが、パソコンほど高解像度なわけでもない。それを3Dで補うというのは悪くない発想だ。ただ、アプリケーション起動にかかる時間が十数秒と長く、実用性の面ではまだまだ。他のアプリケーション同様、数秒で起動するようになればいいのだが。
現状でも、WindowsMobile 5.0用のアプリケーションであれば、テストした範囲ではほぼ問題なく動作した。しかし、やはり画面サイズの問題から、画面を縦横に切り替える時などに、不穏な動作をするアプリケーションも見受けられた。今回テストした範囲では、後述の「Sling Media Player」が、画面切り替え時などに不具合を起こした。やはり、ある程度ソフト側での修正も必要になりそうだ。 画面の広さが生きるのは、やはりWeb閲覧ということになるだろう。通信速度の速さと相まって、PCにかなり近い操作感が得られる。
そうなると、気になるのはやはり通信速度。今回は、まだ開業前ということもあり、イー・モバイル本社内部とその周辺でテストを行なった。 イー・モバイルが採用しているのは、1.7GHz帯でのHSDPA。HSDPAでは、電波強度はもちろん、1基地局の利用者数や基地局から端末までの距離など、様々な条件で通信速度が変化する。今回のテストは、あくまで「ベストケース」での結果であり、高速移動中や電波強度の悪い環境などでは、結果がかなり異なる可能性が高いことをお含み置きいただきたい。
すでに述べたように、イー・モバイルのサービスでは、下りで最大3.6Mbpsで通信が可能。今回、EM・ONE端末内でスピードテストをした結果では、室内・屋外ともに約1Mbps程度であった。同社によれば「同社内でのテストとしては比較的悪い結果」だという。 BluetoothでPCに接続した場合には、260kbpsから300kbps程度であった。ただこちらは、EM・ONEが低速なBluetooth 1.2までにしか対応していないため、Bluetoothがボトルネックとなり、速度が低下したものと思われる。本来はUSBでのPC接続や、同時発売のPCカードタイプでもテストしたかったが、今回は環境が整わず、テストが叶わなかった。 ただ、PCに比べマシンパワーが足りないせいか、Flashを使ったWebサイトの一部では、動作が完璧とは言い難い。具体的にいえば、動画共有サイト「YouTube」はコマ落ちが激しく、そのままでは快適ではない。EM・ONEをPCに接続して、PCのブラウザで視聴した場合にはきちんと見られるので、通信速度の問題ではないようだ。 ■ Slingboxの映像も「ワンセグ並」に見られる。問題は「帯域占有」が許されるか否か? このデータ通信速度は、もちろんWebサイト閲覧時にも生かされるわけだが、今回は「AV的」に、もうちょっと違う方法で試してみた。いわゆる「ロケフリ」を徹底的に追求してみよう、と考えたのだ。 ソニーの「LF-PK20」に代表される「ロケーションフリー」製品や、アイ・オー・データ機器/米SlingMediaの「Slingbox」を使えば、自宅内で受信したテレビ番組やビデオレコーダーに蓄積した映像などを、ネットワークに接続した環境で楽しめる。 これまでは、通信速度の問題から有線・無線LANのある、いわゆる「固定ブロードバンド」のある環境で使われるのが一般的だった。PHSでは速度的に問題があるし、携帯電話系サービスでは、こういった「自由な利用」でのパケット通信料は定額でなかったため、自由な環境で使うのは難しかった。だが、イー・モバイルのようなサービス形態ならば、「モバイルブロードバンド」での利用も現実味を帯びてくる。 映像は、それぞれイー・モバイルHSDPA(EM・ONE、最大3.6Mbps)、ソフトバンクHSDPA(X01HT、最大1.8Mbps)、ウィルコム(W-ZERO3[es]、64kbps)、それに802.11bによる、ローカルな無線LAN(X01HT、最大11Mbps)で、Slingboxにアクセスしてみた場合の映像だ。どれも、電波受信状況はいわゆる「バリ3」である。同一環境で撮影したものではないため、色再現性などを並列に比較できるものではないが、コマ落ちの状況や、ブロックノイズの傾向を見比べていただきたい。
結果は一目瞭然。EM・ONEと無線LANでは、結果にほとんど差がない。ソフトバンクHSDPAでは、少々ブロックノイズが大きくなったように感じるが、こちらもそれほど見劣りするものではない。W-ZERO3[es]では本来最大204kbpsまで対応可能だが、今回は64kbpsで利用した。通信速度が2桁低いため、動画になっていない。 実際、いくつかの番組をイー・モバイル環境下で見たが、おどろくほど普通に「見られる」ことに驚く。感触としては、ブロックノイズがやや大きいワンセグ、という感じだろうか。音声も、きちんとしたクオリティで送信される。 画質以上に違うのは、操作に対するレスポンスだ。経由するネットワークが短いこともあり、ローカルな無線LANがもっとも快適なのは言うまでもないが、イー・モバイル環境下も、ソフトバンク環境下より早めな印象を受けた。場合によってかなり異なるため、定量的なデータがなかなか取れなかったが、印象でいえば、無線LANでの反応速度を1とすれば、イー・モバイルでの速度は2から3、ソフトバンクが3から5、ウィルコムが4から8、といった感じだろうか。 ただしウィルコムのネットワークでも、より高速なW-OAM typeGなどの新たなサービスや、現在開発中と言われる次世代PHSなどを利用すれば、今回テストしたような使い方もある程度実現できる可能性は高い。 これまでは無線LANがなければ楽しめなかった「自宅の映像」が、駅のホームや無線LANサービスのないカフェなどでも楽しめるというのは、なかなか衝撃的なことである。これこそ真の「ロケーションフリー」といってもいい(テストはSlingboxを使ったので、この商標で呼ぶのは正しくないが)。 イー・モバイル環境(開始当初は東京都23区内、名古屋市、大阪市、京都市)、およびソフトバンクHSDPA環境下では、「真のロケフリ」はすでに実用段階に近づいている、といってもいいだろう。 ただし、このような使い方には問題も山積している。すでに述べたように、HSDPAは通信速度が環境により大きく変化するため、すべての環境で快適に見られるとは限らない。X01HTを使い、電車内でテストしてみたが、静止時には問題がない区間でも、移動中には遅延が大きく発生する状況も見られた。もちろん、地下鉄のように「通話不能区間」の多い環境では論外である。 また、携帯電話の電波は、たくさんの利用者でシェアする「有限な資源」である。ロケーションフリーやSlingboxによる視聴により、1ユーザーが必要以上に長時間、通信帯域を占有し続け、「通信の渋滞」を起こすことは、通信事業者には歓迎されないだろう。 イー・モバイルでは、「現時点では、ユーザーに帯域制限を課したり、利用可能なアプリケーションを制限する予定はない。ただ、通信の状況によっては、そういったことを検討しなければいけない可能性も出てくる」と語る。同社も、ロケーションフリーなどの可能性は高く評価しており、こういった使い方を否定していないが、通信回線に対する負荷が読めないこともあり、「やってみなければわからない」というのが実情であるようだ。 固定回線網のブロードバンドは、「自由に使える」がゆえに成長してきた。USENの無料動画配信サービス「GyaO」やYouTubeのようなサービスは、回線にかかる負担を回避した「ただ乗り」と揶揄されつつも、他方でユーザーに新しい価値と可能性を提供し、支持を受けている。 モバイルブロードバンドでも、おそらく同じことがいえるだろう。帯域はつらくとも、できる限り自由に使い、Web閲覧だけでない新たな可能性を拓いてくれることを期待する。本来なら、回線はやはり、少々ストリームを流した程度ではびくともしない、「ジャブジャブ」な感覚で使えるのが理想だからだ。 とはいえ、ユーザーの側でも、当面は「混雑したところでの帯域占有は避ける」、「PCを接続し、長時間P2Pソフトを利用するような、モバイルとは相容れない使い方は避ける」といった、ある程度の配慮は必要とされるだろう。そのためにも、可能な限り通信を「固定系」に迂回するための、わかりやすい無線LANとの切り替え機能など、技術的な配慮を期待したい。
□イー・モバイルのホームページ (2007年3月15日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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