■ 挑戦を続ける日立マクセル
日立マクセルと言えば、古くはカセットテープで、昨今は光メディアで名を馳せる、メディアメーカーである。しかし最近は音響機器にも力を入れており、注目の論理をいち早く取り入れ、ある意味実験的とも言える製品を市場投入してくるので、まったく油断ならない会社である。以前発売された高音質化ヘッドホン「Vraison(ヴレソン)」も、PCで音をプロセッシングして聴かせるという、ユニークなものであった。 そして今月25日に発売される「MXSP-4000.TD」(以下MXSP-4000)は、タイムドメイン理論に基づいたiPod用スピーカーである。タイムドメインも個人的には以前から気になっていた方式で、量販店に行っていくつか試聴したことがあるが、そのときはなんだかピンと来なかった。 CES2008会場では、いちいち反応するのがバカらしいぐらい大量のiPod対応スピーカーが出展されていた。その中で差別化を図るには、ちょっとやそっとの目新しさではダメだ。タイムドメインは、新しい道を切り開くのだろうか。さっそく試してみよう。
■ これもタイムドメイン?
これまでタイムドメインスピーカーと言えば、一番印象に残るのが富士通テンが発売した卵形の2ペアタイプではないだろうか。しかしそれ以外にもタイムドメイン社のサイトを覗けば、いろいろな形状があるのが確認できる。 MXSP-4000も卵形と言って言えないこともないが、どちらかというと葉巻き型UFOを短くしたような感じである。面白いのは、ステレオスピーカーでありながら、エンクロージャを共有した1ユニットであるところだ。 左右のスピーカーユニットは、両端を向いているので、リスナーからは真横を向いていることになる。比較的珍しい方式ではあるが、前例がないわけではない。サラウンドスピーカーの「Niro」などは、早くからこの方式のスピーカーを製品化している。 この方式のメリットは、左右スピーカーの実距離よりも広い範囲で音像を作ることができることにある。その反面、直進性の強い高域の音が減衰してしまうので、そのあたりをうまく見越してユニットの特性を調整していく必要がある。 スピーカーは直径44mmのフルレンジユニットを採用している。また内部にはアンカー材を装着し、ユニットの振動を抑えているという。また振動吸収剤を各所に配置することで、ユニットの振動がエンクロージャやスタンド部に伝わらないように配慮されている。ユニットを宙に浮かせるかのような徹底した防振対策も、タイムドメイン方式の特徴だ。 背面にはバスレフポートが2つ設けてある。少し大きめの穴がそれだ。他の3つはねじ穴である。エンクロージャとスタンドは1本の支柱で支えられており、スタンド部にはiPodの装着コネクタ部がある。
前面にはリモコン受光部とステータスLEDが一つあるだけで、見た目は非常にシンプルだ。背面には電源スイッチとAVアダプタ端子、外部入力端子がある。左にある切り替えスイッチは、音質切り替えだ。DIRECTはそのまま出力、COMFORTは圧縮音源特有の高域ノイズや歪みを押さえて再生するモードである。
iPodの接続中は、充電も可能だ。曲の選択などの操作はiPod上で行なうが、音量は変えられない。なぜならば本機は、iPodの底部の端子にあるラインアウト出力に接続するからである。したがって音量操作は、付属のリモコンを使って行なう。 シンプルなデザインの薄型リモコンだが、音量調整の他にPlay/Pause、曲のスキップ、ミュート、電源ON/OFFが行なえる。
■ 不思議な音像
では早速、音を聴いてみよう。本機はサイズが約20cm強と小型なので、どこにでも設置することができる。部屋の真ん中あたりにおいて試聴してみたが、一聴して感じるのは、音の遠さである。 通常のスピーカーと違って、どこかOFFな感じの音だ。低域があまり出ないこともあって、聴き始めは「なんだこれ?」な感じである。 いろいろ聴いてみると、非常にソースを選ぶスピーカーであるようだ。筆者はほとんどロック系の音楽しか聴かないのだが、70年代のソリッドな感じで録音された音楽には、非常にマッチする。この頃の音楽は中域の密度感に優れ、低域の分離がいいのが特徴だ。こういったタイプの音楽、例えば「Chicago/XI」、「Black Sabbath/ Paranoid」などは非常に気持ちよく鳴ってくれる。 一方であまりよくないのが、昨今のJ-Popサウンドである。ベースやキックの低音部に依存したサウンドであるが、そこの屋台骨の部分がOFF気味で弱くしか出てこないので、全体的に音が薄っぺらい感じが余計顕著になり、整理されていないグチャッとした感じに聞こえてしまう。ボーカルの抜けだけが突出した感じだ。 もともとすっきり整理された音を聴くと、特徴がよくわかるスピーカーだ。例えばXTCのようなシンプルな音楽は、非常に気持ちよく空間に音像を作ってくれる。一方Electric Light Orchestraのようなエコーも交えたグチャッとしたサウンドは、収まりが悪くて何が何だかわからなくなる。 面白いのは、このスピーカーの作る音像である。きちんとした定位感があるわけではなく、目の前50cmぐらいのところに、半径50cmぐらいに丸く広がったサウンドフィールドを形成する感じだ。 これは音源から離れても、同じような印象である。音がやってくる方向性は感じるのだが、離れてもいつまでも目の前50cmに音像がくっついてくる感じがする。サウンドのバランスに馴染んでしまえば、この感じが非常に気持ちがいい。 逆に極端に音源に近づくと、全然違ったステレオセパレーションとなる。本機を目の前30cmぐらいに近づけると、サウンドフィールドの中に入ってしまった感じで、非常に大きな音像定位を感じる。スピーカーとしては、近年聴いたことがない音像だ。
■ お休みの友
背面にあるCOMFORTスイッチは、切り替えると高域のとがった部分が落ちて聞こえる。内部処理はいろいろやっているのかもしれないが、結果それだけにしか聞こえないのが残念だ。 だが本機は低域が弱いので、高域を落として相対的にボリュームを上げることで、ある程度バランスが取れるとも言える。できれば「ヴレソン」で使われた補正機能が一緒に使えると面白いだろうが、なかなかPC以外に強力なプロセッサを持たせるのは値段的に辛いということだろう。 低域特性が改善できないかいろいろやってみたが、単純で効果があるのは、本機を後ろ向きに設置するという方法だ。バスレフポートが前を向くので、低域のOFF感が薄れて、ロック系のような低域の押し出し感が重要なソースは、聴きやすくなる。 このあたりは、開発者の好みが反映されているのだろう。クラシックやジャズのような空間ナマ録レコーディングのソースではちょうどいいOFF感なのだろうが、スタジオワークで作られた音楽にとってはOFF過ぎてしまうのが難点だ。せめてiPodのイコライザでも使えればよかったのだろうが、あいにくライン出力にはイコライザの設定が反映されない。 大人のサウンド、と言ってしまえばそれまでなのだが、大人ならば好みの音質でなければ満足できないという傾向もまたあるわけで、素の出音が好みに合わない場合、アウトになってしまう。 いろいろ試して面白かったのは、ベッドの頭の上に設置する方法だ。寝るときに音楽をかけながら寝る人もいると思うが、そういう用途にはよく合う。 特に仰向けで寝ると、そのままではLRが逆になってしまうが、本機を後ろ向きに置けばその問題は解決する。またバスレフも手前に向くし、サウンドフィールド内に頭を突っ込む格好になるので、非常に心地よく楽しむことができる。
■ 総論
昨今iPodのトレンドは、小型のiPod nanoか、iPod touchに移ってしまった。外出用途では、もはや大容量のHDDモデルの出番が少なくなっているわけだが、iPod用スピーカーは数世代前の大容量HDD型iPodを再び活用できるアイテムだ。 高音質を謳うiPodスピーカーは数々あるが、本当に満足できるものはあまり見あたらない。MXSP-4000は、ぱっと聴くと単に低域の出ないスピーカーに思えるが、サウンドフィールドのユニークさや、各楽器の分離感の良さでは、他にない特徴を持っている。 個人的にはロック向きとは言えないのが残念だが、ジャンル的にマッチする音楽が好みの人には、満足感が得られるのではないだろうか。店頭予想価格は25,000円前後と、見た目からすると高いような安いような微妙な値付けだが、ワンポイントで設置できるタイムドメインスピーカーという意味ではもっとも手軽な存在であろう。 BGM向きという人もあるようだが、音源から離れることでサウンドフィールドが広がるわけではないので、向いていないように思う。むしろ小音量で楽しむニアフィールドスピーカーとして活用したい。
□日立マクセルのホームページ
(2008年1月23日)
[Reported by 小寺信良]
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