現在アメリカの映像ソフトウエア市場では、「デジタルコピー」「セカンドセッション」と呼ばれる技術を使った商品のテスト投入が行なわれている。 アメリカで入手した「デジタルコピー対応ソフト」をチェックし、今後の映像ソフトに与える影響と、日本での可能性を考えてみた。 ■ 米国で採用が始まった「デジタルコピー」 映像を見る場所は、リビングばかりとは限らない。iPodやPSPといった、映像再生を念頭に置いたポータブルデバイスの一般化により、移動中に映像を見る、という形は定着しつつある。 だが、見るためのソースをどこから入手するのか、というのは、非常に微妙な問題をはらんでいる。テレビ録画を変換する、という考え方もできるが、デジタル放送開始以降は難題も多い。また、通常のDVDやBDの場合、映像をポータブルデバイスに転送するのはむずかしい。映像配信が充実しているなら問題はないが、決してそういうわけでもない。 というわけで、携帯映像プレーヤーで視聴されている映像の多くは、DVDビデオのコピーガードをかいくぐって「リップ」した上で再エンコードした映像か、ネットから”様々な”手段でダウンロードした映像、というのが現状だろう。 これは、ユーザーにとってもコンテンツホルダーにとっても頭の痛い問題である。 コンテンツホルダーは、ビジネス拡大のために様々な場所で映像を利用してもらいたい一方、違法コピーを推奨するわけにはいかない。また、多くの一般人にとっては、技術的に習熟を要するテクニックが必要となるため、面倒で使いづらい。なにより、「自分が買った」ディスクの映像を見るのに、違法コピーまがいのテクニックを使って映像を取り出さねばならないというのは、正直なにか間違っている。 このような問題を解決するために、今年に入ってから米国で採用が始まっているのが「デジタルコピー」「セカンドセッション」と呼ばれる技術だ。 これは、簡単にいえば、PCやポータブルデバイス向けの映像ファイルをDVD/BDソフトと一緒に販売する、というものだ。中には、映像と同じディスクに、PCなどでのみ読める別セッション(第2のセッション)として保存されていることから、これらを総称して「セカンドセッション」と呼ぶことが多い。 このような技術が脚光を浴びることになったのは、今年1月に、アップルと20世紀フォックスが導入を発表した「iTunes Digital Copy」である。商品化も、この時期以降に目立ち始めた印象が強い。ただし実際には、Windows Media Technologyを使ったタイトルなど、様々なものがすでに提供されており、今年のCESではソニーが、BDにPSP用映像を入れたタイトルを、PS3で読み込んでPSPへと転送する、というデモを行なっていた。詳しくは後述するが、今回入手した4タイトルでも、iTunes Digital CopyとWMP、PS系向けの3つが併存する形で使われている。 ■ BDタイトルに採用例多し。DVDの場合「5ドル高」で販売 どのようなものか実際に試してみるため、E3取材で渡米した機会を使い、販売店でこれらの技術に対応した映像ソフトを購入してみた。
訪れた販売店は、Hollywood & Highland Virgin Megastore。映画スターの手形・足形の刻印で知られる、グローマンズ・チャイニーズ・シアターの隣であり、「いかにも映画の街」っぽい店である。ただし、観光地という場所柄、マニアックなラインナップがそろう場所というより、売れ筋商品と土産物の店、という感じ。要は、そんなに「濃くない」店だ。 店員に聞いてみると、「そういうのがあるのは知っているが、どのタイトルがそうかまでは覚えていない」とのこと。唯一手近にあった「RAMBO」(邦題:ランボー/最後の戦場)のBDを手渡されたのみだった。結局は、店内に陳列された在庫を自分でチェックしていくことになった。 店員の言葉から少し不安になったものの、デジタルコピー対応ソフトは案外簡単に見つかった。DVDの新作の棚にいくつか、そしてBDの棚にはそれ以上にたくさんのタイトルをみかけた。現在市場に、どのくらいの量の「デジタルコピー対応タイトル」があるかは知らないが、映画関係者からは「試験的な市場投入」という話を聞いている。なので、見つけるのは面倒かな、という予想を立てていたのだが、そんなことはなかった。購入したのは4タイトルのみだが、店内で見つけただけでも、BDが10タイトル以上、DVDで5タイトル以上が存在した。のちにネットで確認できた限りでは、その数倍の「対応タイトル」が存在するようだ。
今回購入したのは、前出の「RAMBO」(ライオンズゲート配給)と「JUNO」(邦題:ジュノ、20世紀FOX配給)、「10,000 BC」(邦題:紀元前1万年、ワーナーブラザーズ配給)の3本のBDと、「Vantage Point」(邦題:バンテージ・ポイント、SPE配給)のDVDの、計4本。それぞれのパッケージにはわかりやすく、「Digital Copy」の文字が躍っていた。どうやら現在、この種の技術を使ったソフトでは、「Digital Copy入り」と表記するのが一般的であるようだ。 なお、Vantage Pointは、デジタルコピー入りとそうでないものの2バージョンが売られており、両者の店頭販売価格の差は、5ドルとなっていた。BD版の場合には、デジタルコピーの添付されていない他のタイトルとの差額はほとんどなかった。おそらくは、元々BD版が「高付加価値商品」であるためだろう。そのせいか、今回訪れた店舗では、DVDにデジタルコピーを組み込んだものより、BDに組み込んだものの方が目立っていた。 ■ 「ネット認証」がキモ。iTunes/WMP/PSPに対応 では実際に、デジタルコピー添付のディスクを試してみよう。 今回入手したディスクのうち、Vantage Point以外の3種類は、iTunes Digital CopyとWMTの両方に対応していた。表記的な問題もあってか、iTunes Digital Copyは「Mac向け」と説明されているが、もちろんWindows版のiTunesとiPodの組み合わせでも問題ない。今回の試用も、基本的にWindows上で行なっている。 Vantage Pointは、ソニーグループのSPEから出ているソフトらしく、WMTの他に、PSPとPS3に対応している。また別の意味でソニーらしいことに、iPod関連には非対応だ。
デジタルコピーの正体は、パッケージをあけた瞬間に理解できる。 BD版とはいうものの、ポータブルデバイス向けの映像はBDには入っていない。別途DVDが添付してあり、こちらに転送用ソフトとデータが入っている、という形になっている。実は、わざわざBD搭載のPC(富士通のFMV-TEO/A90N)を準備してテストに臨んだのだが、あまり意味をなさなかった。 PC向けBDドライブの普及率を考えれば、当然の結論かもしれない。おそらく、同じタイトルの「DVD版デジタルコピー対応ソフト」の場合、同じデジタルコピー用DVD-ROMに加え、DVDの本編ディスクが添付されてくるのだろう。 すでに述べたように、デジタルコピーの入ったディスクはDVD-ROMなので、リージョンコードはない。PCに入れれば、普通に読み取れる。転送用ソフトが起動するので、iTunes用かWindows Media Player(WMP)用かを選ぶ。あとは、パッケージ内に封入されている「Redeem(クーポンによる購入)コード」を入力するだけでOK。DVDのリッピングに比べれば、非常に簡単だ。
実は、iTunes向けとWMP向けでは、一つ大きな違いがある。iTunes向けの映像は、DVDには入っていないのだ。 Redeemが終わると、iTunesは「iTunes Movie Store」から、該当のタイトルをダウンロードし始める。映像はおおよそ1GBと大きい。Movie Storeで配布される映像が、解像度の高いPCやApple TV向けのものを、iPodでもそのまま使う形になっているためだ。 それに対しWMP用は、PC向けの高解像度(といってもSDだが)版と、ポータブル向けの低解像度版の両方が用意され、それぞれをパソコンに転送する形となる。RAMBOとJUNOの場合、これらはDVD-ROMから転送していた。
PSP向けの映像を組み込んだVantage Pointも、WMP用とPSP用、それぞれをDVD-ROMに入れ、オンラインで「DRMによるコピー認証」を行なって、それぞれのデバイスに転送する、という形を採っている。 10,000 BCの場合にはもっと極端だ。デジタルコピー用のDVD-ROMは添付せず、ダウンロード用のURLとRedeemコードの書かれた紙が封入されているだけで、映像はすべてダウンロードする形となっている。ちなみに、WMP向け映像の配信元は、アメリカのオンライン配信大手「CinemaNow」だった。
すなわち、デジタルコピーの本質とは「Redeemコード」そのものにあるわけだ。 DRMを使った映像の「利用権」をRedeemコードの形で映像ソフトに封入し、PCとポータブルデバイスで利用できるようにしたもの、というのが、「デジタルコピー」の正体なのである。
逆に言えば、デジタルコピーは「物理的な商品」として購入するものの、その流通形態は「オンライン配信」と変わりない。ディスクで映像を買った人に、「ポータブルデバイス向けの配信を無料で利用する権利」を封入したもの、ともいえる。iTunes Digital Copy版のRedeemをした後には、iTunes Storeから「利用額0ドル」のレシートがメールされてくるぐらいだ。 そのため、iTunes Digital Copy対応版の場合、利用には「米国の」iTunes StoreのIDが必要になる。日本版ではMovie Storeが運営されていないこと、同じタイトルの配信が行なわれていないこともあり、利用できない。 また、利用形態が「クーポン」であるため、Redeemコードには利用期限が設定されている。その期日までにダウンロードを行わないと、ポータブルデバイス用映像を手にすることはできない。RAMBOの場合、2009年5月27日までにダウンロードしないと権利を失う、とされている。 ■ ポータブル向けとしては良好な画質。権利処理はDRMにより異なる さて、気になる画質はどうだろう? 正直、すごくきれいなわけではない。iTunes Digital Copyの場合にはAVC/1.5Mbps、WMTの場合でPC向けでWMV/1.6Mbps、モバイル向けでWMV/768kbpsといったところ。ビットレートは全般的に低めなので、DVDと同じ感覚で見ると、色や細部の再現性に難がある。だが、iPhoneや携帯電話、PSPで視聴するという前提に立てば、それらの粗はほとんど気にならず、十分なものといえる。
むしろ気になるのは、著作権保護の部分だ。現状では、利用している技術により、著作権保護の方針が異なっている。
WMTの場合には、保存したPCが故障したからといって、別のPCに移したりはできない。もっとも厳しい制限が課せられている。 PSP向けの場合には、最初に映像をコピーしたものと同じメモリースティック内に映像ファイルがある場合に限り、映像が再生できる、という形式のようだ。PS3に映像が入ったメモリースティックを差し込めば、そのメモリースティック上から映像を再生できるが、PC上やPS3上にコピーしても再生できない。「バックアップはできるが複製はできない」という形だ。 iTunes Digital Copyは、もっとも制約が緩い。iTunes Storeの音楽と同じく、5台までのPCにアカウントのひも付けが可能で、それぞれに接続された対応するiPod/iPhoneで再生ができる。 一定期間までしかダウンロードの権利を取得できない、ということを考えると、映像ファイルのバックアップは欠かせない。現時点では、iTunes Digital Copyがもっとも使いやすく、次点がPSP向け、といえそうだ。
また、転送の際の手間でも、同じようなことがいえる。WMT向けは、最初の再生時に再度Redeemコードの入力が必要で、めんどくささが先にたってしまった。それに対し他の2つは、最初に一度だけRedeemコードを入れれば、あとは特に問題が発生しない。 実は、「市販ディスクにオンライン配信をひもづけて配布」する、という形態は、音楽産業で一度失敗した形である。CCCDなどにあわせて導入された「レーベルゲートCD」などは、CD+低ビットレートデータのオンライン認証、という、デジタルコピーとまったく同じ手順を踏んでいた。 音楽の世界で失敗していた理由は、「CDなら同じデータがより高音質に取得できた」ことに加え、「専用ソフトが必要で、処理が面倒だった」ことが挙げられる。デジタルコピーの場合、PSP向けの転送ソフトを除けば、特別なソフトは使用されていない。また、レーベルゲートCDにあった「チェックイン・チェックアウト」のような面倒な仕組みもない。WMTの場合、多少手間が多く、一瞬レーベルゲートCDの時代を思い出させたが、それでも、面倒なのは最初の一手間だけだ。 ■ 便利だが日本では実現まで時間が必要? 結論からいえば、デジタルコピーは間違いなく便利なものだ。Redeemコードを入れる手間と、各機器へ転送するための数分間だけで、ポータブルデバイスで高画質な映像を見られるのだから。DVDをリッピングしてエンコードして……という手間とは比べものにならない。 だが残念ながら、システムが映像配信をベースに構築されている以上、現在の日本の状況では、導入までの道のりが長そうである。 ただし、私はさほど悲観的ではない。例えば、6月10日に設立されたハードウェアメーカーやコンテンツメーカーらが参加する業界団体「DEGジャパン」など、新しい仕組みに対して、業界の垣根を越えて取り組む姿勢が見えつつあるからだ。 同団体の技術部会の部会長を務める、松下電器産業・蓄積デバイス事業戦略室長の小塚雅之氏は、「DEGジャパンは、なにもブルーレイの普及だけを目的に作られたものではないんです。将来的にはコンテンツを届けるため、どういう方法、技術があるのか、それを検討していくための場所になりたい。中でもセカンドセッションのような技術は、その最たるもの。ハードとコンテンツが集まって情報交換や協議が行なる場ができることで、実現の可能性がより高まれば、と考えています」と語る。 様々なビジネス慣習や組織体系の問題もあり、日本では諸外国にくらべ、映像に関する権利処理が難しい。が、各関連業界が協力して、利便性の高い新しい映像体験の仕組みが、早急に構築してほしいものだ。 実はすでに、12月に発売予定の「マトリックス」のBD-BOXに、デジタルコピー用のDVD-ROMが同梱される、と予告がなされている。どのような形態かは不明だが、日本での試金石となるのは間違いない。iTunes Digital Copyのような「完全配信型」は無理でも、WMTやPSPで使われている「キー配信型」だけでも、継続的な採用を期待したい。 □関連記事 (2008年7月24日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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