■ HDは当たり前、その次は何だ?
11月19日から21日までの3日間、千葉幕張メッセにて毎年恒例の放送機材展「Inter BEE」が開催されている。ワークフローの合理化、機材の低価格化により、プロフェッショナルにはもちろん、ハイアマにとっても面白い展示となるはずだ。
さて放送業界では北京オリンピックも終わり、次なる目玉を探さなければならないわけだが、ここにきて注目を集めているのが、ただストレートにHDを扱うわけではない、OverHD & UnderHDとも言える動きだ。 ご存じのように、在京キー局の半期の決算が惨憺たる有様であったことから、映像業界では地デジに対してはこれ以上の期待はできないという雰囲気が漂っている。そもそもメディアが変われば産業が新しく生まれ変わるという幻想を見たのがそもそもの間違いであったと気づいてきたのが、昨今の傾向かもしれない。 では早速各社のブースから、今年注目の製品をピックアップしていこう。
■ 立ち上がるか、「ご当地ワンセグ」
筆者が今後産業として注目しているのが、エリア限定ワンセグである。現在ワンセグ放送は地上デジタル放送の一部として、地デジカバーエリアと同等の範囲で受信できる。 一方ワンセグ視聴機としてもっとも普及しているハードウェアは、携帯電話である。携帯電話の購入の決め手となる機能として、ワンセグは非常に高い位置にあるのに対し、実際にワンセグ携帯の利用者アンケートでは、ほとんどワンセグが使われていないというデータがある。 つまり期待値と実際がかみ合っていないわけである。この受信インフラを積極的に活用する新しいワンセグが、「エリア限定ワンセグ」である。 これは小さなものでは1つの店舗内、もう少し大きいものでは球場、競馬場、遊園地といった限られた範囲で、それそれの事業者がワンセグ放送を行なうというものである。動画情報がガンガン送れるのはもちろんのこと、データ放送まで利用すればかなりのテキスト情報が送ることができる。そこに行かなければ見られない、限定された情報に付加価値がある。「ご当地キティちゃん」と同じ理屈だ。 ある程度の規模になれば免許申請が必要になるが、あとはそこに至る機材をいかに簡略化、低価格化できるかにかかっている。 電通国際情報サービスが朝日放送と共同開発した「ワンセグ・ボックス」は、エリア限定ワンセグに必要な機能を全部まとめて小型のワンボックススタイルにまとめたものである。映像入力はS-Videoまたはアナログコンポジットで、内部でWindows XPが走っており、ディスプレイ出力端子やキーボード、マウスコネクタを装備、データ放送に必要なテキスト入力も本体のみで行なえる。 ブース内に設置した1本のアンテナから実際に送信デモンストレーションを行なっており、幕張メッセの4、5、6ホール内を約8mWの出力でカバーできているという。会場に行ってワンセグの15chに合わせれば、受信できるはずだ。 価格は未定で、数百万円の前半ぐらいということだが、これ1台が放送局そのものという意味では、ものすごいコストパフォーマンスである。
■ 期待される「見逃し対策」ビジネス
世界レベルで放送という業態を俯瞰してみれば、すでに先進国では放送通信の融合どころではなく、通信の世界で意味を持たせないと「もう放送って実はいらないんじゃないの? 」と言われてしまうのが現実である。 ネットを使った視聴見逃し対策をビジネスに転換した例としては、以前から米国では放送翌日にドラマがiTunes Storeで販売されるという実績があるし、英BBCは見逃し番組をストリーミングとダウンロード両方で提供している。これに対する日本の現状は、「無策」を通り過ぎて、先進国としてはもはや「悲惨」の領域に入ってきている。 KDDIが参考出展した見逃し対策ソリューションは、英米で行なわれている放送・通信分離型の方法に対して、シームレスに連動するという点でユニークだ。構想としては、家に帰ってきたときに放送途中だった番組を、ネット経由で番組の最初から早見機能で見る、というものだ。レコーダの追っかけ再生のようなもので、追っかけをやってくれるのがネット上の番組サーバーというわけである。
追いついたところで自動的に放送中の画面に切り替わる、というところまで想定している。ただし現状の追っかけ再生デモは、PC上のソフトウェアでエミュレートしている。 将来的にはこの機能が、テレビに組み込まれることを想定している。現状多くのテレビはすでにアクトビラ対応となっており、ブロードバンド環境があれば、テレビ自身はもうネット伝送の映像配信を受けられるようになっている。 あるいはワンセグ携帯でこれを実装ししても面白いかもしれない。見たい番組を最初から見る場合は、通信に切り替わるわけである。実に日本的なサービスであると言えるだろう。 ただこれの実現には、かなりの困難が予想される。まず膨大な世帯数が利用を始めたら、サーバーや回線の負荷がとてつもないことになるという点。そしてもう一つは、放送部分と通信部分がシームレスに繋がるため、課金するというフェーズが入れ込みにくいという点である。 おそらく月額利用料のようなものを払って運用するのが妥当な線だろうが、民放各局それぞれが別々に事業を立ち上げたら煩雑すぎる。どこかの通信事業者、あるいはサービスプロバイダが一括で請け負うということになるだろう。もちろんそれがKDDIであるというとは限らないとした上での話である。
■ HDの上下左右に展開するソニー
放送機器全体で大きなシェアを占めるソニーだが、プレスカンファレンスでは記者からの「テープの時代はいつまで続くのか」の問いに、「我々がテープに変わるメディアを開発するまで」という答えが飛び出し、メディア戦略に関しての絶対的な自信を感じさせた。 テープメディアは、現行でもまだ数多く収録、OAメディアとして稼働しており、世界規模で考えたらどこまで行ってもなくならないんじゃないかという気もする。しかも過去から連綿と積み重なった多くのコンテンツのほとんどは、テープで保存されている。コンシューマでもVHSとDVDのハイブリッド機が未だ絶好調であるわけだが、プロの世界でもテープが再生できなくなる前に、これらのアーカイブをどうするかというのは深刻な問題だ。 ソニーブースで参考出展されていたのが、テープ式のカートとXDCAMのカートを組み合わせて、自動ダビングを行なうリフォーマットシステムだ。過去SD放送時代のOAテープはソニーのD2フォーマットが番組交換基準だったことがあるが、過去使っていた番組送出カートを利用するアイデアは、なかなか面白い。D2テープを2層のXDCAMメディアにダビングすれば、棚効率が7倍になるという。 なお新しい2層メディアは、最短マーク長を従来より短くして記録密度を上げているので、容量は23GBの倍以上となる50GBだ。
メモリーメディアでのHDとしてはXDCAM EXシリーズがあるわけだが、ここにもう一つ別のラインナップが加わった。通称「まめカム」こと「HXR-MC1」は、カメラ部と記録・モニタ部を分離することで、従来では難しかった撮影を容易にする。
撮像素子はクリアビッド配列のExmorで、光学10倍ズームまで備える。カメラ部は防滴仕様となっており、アドベンチャーカメラとして活躍しそうだ。 肝心の録画メディアは、メモリースティックPROデュオ/PRO-HDデュオとなっており、記録は1080iフルHDのAVCHD記録。本体部はモニタとズーム、録画ボタンなどがあり、ケーブル長は2.8mとなっている。ハンディカム部隊による製品だが、まさに特殊撮影としては使いやすく、十分なスペックを備えている。
今米国のシネマシーンでは3D(立体映像)がブームだが、このサイズでステレオカメラバージョンを出したら、相当ウケるだろう。 HDを越える2K、4K収録を可能にしたXDCAM SRだが、再生専用機「SRW-5100」を新たに投入する。ポイントは、オプションボードの「HKSR-5130」を追加すれば、1080/24p/30p/60iの映像を、ノンリニア編集機に対して2倍速で転送可能になるというところである。なお録再機のSRW-5800にオプションボード「HKSR-5803HQ」を追加しても、同様に2倍速インジェストが可能。 現在はHD-SDIのデュアルリンクのみ対応だが、来年半ばには3Gbps対応のオプションボードが出るという。今ルーターなどは3Gbps対応が主流となりつつあり、1080/60pもしくは1080/60i以下なら2倍速というのが、トレンドになりそうだ。
■ 業務用で生きる103インチプラズマ
メディアのノンリニア化でトレンドを作ったパナソニックだが、ディスプレイの面では数少ないプラズマのメーカーでもある。以前から液晶ではラインモニタクラスの業務用機を作ってきたが、プラズマの業務用モニタが先の北京オリンピックの国際放送センターマスタールームで、103インチが6台、65インチが36台使用されたという。 これらは全面に1つの映像を出すのではなく、マルチ画面分割して複数台のカメラ・ラインソースを表示するのに使われたという。確かに103インチ6台ともなると相当な重量にはなるが、それでもラインの数だけモニタを用意するよりも効率的だ。 業務用ラインナップも大きく拡充し、現在は103、65、58、50、42インチがある。背面下向きにファンクションスロットが3つあり、信号の種類に応じて端子を入れ替える仕組みとなっている。新製品として、デュアルリンクで1080/60pや2Kデジタルシネマ信号を直接入力できる「TY-FB11DHD」を展示した。
逆に小型化という点では、HD-SDI入力を最高AVC-Intra 100Mbpsで収録が可能なP2ポータブルレコーダ、「AG-HPG20」が登場した。すでに発売が開始されている。入出力としてはIEEE 1394とUSB 2.0を備え、P2カード収録後に外付けHDDにバックアップも可能。USB-HDDに保存したP2ファイルは、本体を使っての簡易再生機能も備える。 Panasonicではこれ一台でかつてのD5 HD相当の画質で収録が可能としている。D5 HDは放送用としてはNHKぐらいにしか導入されていないが、デジタルシネマなどでは素材搬入などで未だに使用されている。筆者の記憶ではD5 HDの登場からまだ10年経過していないと思われるが、いわゆるスタジオデッキでしか収録できなかった高画質が手の上に乗り、しかもバッテリでも動くわけだから、なかなか感慨深いものがある。
■ 2K収録がカメラに乗る時代
HDを越える2K、4Kの収録では、ディスクレコーダを使うというのが定番である。だがそれだけの高ビットレートになると、レコーダのサイズ自体もかなり大きなものとなる。これまではレコーダと電源部、CCUなどをラックマウントして、それごと収録現場にゴロゴロ押して持って行くしかなかった。 計測技術研究所は以前からこの手のOverHDのレコーダを作ってきたが、今回発表した「UDR-D100」は、レコーダをフィルムのマガジン型にして、カメラ本体にマウントできるようになった。1080/24p/30p/60iほか、2K/24pが非圧縮で収録できる。またVマウントアダプタに対応し、バッテリ駆動も可能。 記録メディアはe-SATA HDD 6基が1パックになった1.2TB「ディスクパック」と、SSDを採用した192GB「フラッシュパック」の2タイプがある。HDDは特殊なRAIDとなっており、速度が出る外周を映像データ記録に、内周はメタデータ記録にと振り分けている。
一方フラッシュパックは容量は少ないが速度が出るので、デュアルリンクによる1080/60pの収録が可能。将来的には3Gbps対応も予定しているが、コネクタが異なるので別モデルになるだろうとのこと。 撮影後はメディアパックを引き出して、取り込み用のデータ転送機「UDR-Direct」に装填する。専用の転送ソフトウェアを使って、編集に必要なフォーマットに変換しながら取り込む。転送ソフトはWindowsとMac両対応となっている。
■ 総論
毎年「テーマがない」と言われるInter BEEだが、全員がいち早くHDの波に乗ろうとしていた時代から、HDのテクノロジーを利用して他の用途へ拡散していく時代に入ってきたため、芯が見えにくくなってきたというのが実感だ。OverHDはルートがだんだん見えてきたところではあるが、そもそも放送局自体がOverHDを必要としないので、派手な導入実績は見込めない。今後は地道にコマーシャル、デジタルシネマを始めとする映像制作の第一線に、導入が進むことだろう。 一方で映像・放送のデジタル化の恩恵として、小規模なワンセグ放送とデジタルサイネージは未来がある。どちらもその場に行かなければ見られない、限定された条件下での映像であり、場所の付加価値を高めるものとして、ライブイベント、街頭広告などでの市場拡大が見込める分野だ。 こういった現場では、専用機器ではあるが放送機器ではなく、もっと簡易化して誰でも扱えるようなものにリパッケージしなければならない。ハードウェア的なリパッケージだけでなく、ノウハウそのもののリパッケージが求められる時代に入りつつある。 そしてそれらの中心になるのは、付加価値を生み出しやすいコンテンツである。一般にコンテンツというと映像作品を連想するが、音楽のコンサートや遊園地、競馬、スポーツといったライブイベントが、ここで言うコンテンツである。メディアはあくまでも、そのコンテンツを増幅するものに過ぎない。 2000年以降は放送のデジタル化に牽引されて、メディア重視でインフラ構築が進んできた。アナログ停波の2011年まで、この狂騒は続くと思われる。しかし次の10年はおそらく、コンテンツ探しの10年になるだろう。
□Inter BEE 2008のホームページ (2008年11月20日)
[Reported by 小寺信良]
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