■ ついにキヤノンの普及機が来た 昨年末に「XL H1」で同社初のHDVカメラをデビューさせたキヤノン。ハイビジョンカメラの戦略としてハイエンドのプロ仕様機から攻めてくるというのは以前から予想されてきたことではあったのだが、いつコンシューマ用普及機を出すのか、出すとしたらどの程度のものなのかが注目されていた。 今年7月末には、「XV2」のハイビジョン版と目される「XH G1」、「XH A1」が発表されたが、これもコンシューマ機と呼ぶには高すぎる。これが10月下旬から順次発売なので、てっきり普及モデルは来年に持ち越しなのかと思っていたら、なんとこの9月からコンシューマ普及機のHDVカメラが発売されるという。 「iVIS HV10」(以下HV10)は、従来の縦型DVカメラと同等のサイズでありながら、ハイビジョン撮影を実現したHDVカメラである。店頭予想価格は15万円前後だが、すでにネットでは12万円台の価格を付けるショップも多く、十分普及クラスと言える。従来ビデオカメラでは、スチルカメラのブランド「IXY」を借りていたわけだが、今回はハイビジョン時代を見据えたビデオカメラのブランドとして新たに「iVIS」を立ち上げるなど、気合い十分だ。 コンシューマでは昨年のソニー「HDR-HC1」発売以降急速にハイビジョンビデオカメラ市場が立ち上がり、AVCHDフォーマットのカメラもこの9月にソニーからリリースされるなど、急展開を見せている。そんな中、満を持して発売されるキヤノンのHDVカメラ「HV10」の実力を、さっそくテストしてみよう。
■ さりげなくハイビジョンな小型ボディ まず最初に外観とスペックを押さえておこう。HV10には、バーニッシュシルバー、グラナイトブラックの2色があるが、今回はシルバーのほうをお借りしている。シルバーとは言ってもかなり暗めのガンメタリックに近い色で、落ち着いた雰囲気だ。
デザイン的には以前から発売されている「IXY DV M5」など縦型のカメラを継承した形で、特にHDVだから、という特殊性は感じられない。強いて上げれば液晶の裏面にHDVのロゴがあり、ここが青色LEDで光るぐらいだろうか。だがまあそこをそんなに目立たせてもアレだし、バッテリも勿体ないしということで、ここのLEDはメニューから切れるようになっている。 まず光学系から見ていこう。ぱっと見るとレンズフードがあるような格好に見えるが、レンズ前面には自動で開閉するレンズカバーが仕込まれている。フィルタ径は37mmで、レンズカバーの前に取り付けるようになっている。
レンズは当然キヤノンHDビデオレンズで、HDVモードでは約43.6mmから436mmの光学10倍、静止画モードでは40.0mmから400mm。事実上のライバル機であるソニー「HDR-HC3」よりも、若干ワイド端が狭いのは残念だ。
手ぶれ補正は光学式で、アルゴリズムはXL H1に搭載している「ワイドレンジ周波数検知」となっている。この補正方式のメリットは、三脚に載せたときにもいちいちOFFにする必要がない点だという。実際に試してみたところ、画角を決めるためにカメラをすばやく振っているときは手ぶれ補正が効いて若干いやな動きをするが、ゆっくりしたパンやチルト時には効かなくなる。手持ちと三脚と交互に使う場合にはなかなか便利だ。 また今回からの特徴として、オートフォーカス用に別途外測センサーを付けたのは新しい試みだ。レンズ下にある、レンジファインダみたいな部分がそれである。確かに従来のキヤノン機では、オートフォーカスの追従性が問題になるケースが多かった。 だが今回は外測センサーと従来型の撮像素子を利用するコントラスト検出方式の組み合わせで、追従性の高いAFを実現した。すばやく動かせば0.5秒で追従し、ゆっくり動かしたときもなめらかに追従できる。ちなみにこの外測センサーは、上位モデルの「XH G1」、「XH A1」にも搭載されている。ハイエンド機と同等の機能を惜しげもなく搭載、ということになるだろう。 撮像素子は、総画素数約296万画素のCMOS。1,920×1,080のフルHD画素をそのまま撮像できるというのがウリだ。だが静止画記録画素数の最大は2,048×1,536となっており、かけ算すると約315万画素になる。つまり、静止画では画素補間処理を行なっているわけだ。 ハイビジョンカメラでCMOSというと、ソニーのHC1、HC3が先行している。しかしキヤノンもCMOS研究の歴史は長く、'95年頃から着手している。主にスチルカメラのAFセンサー用として採用を始め、薄型スキャナの代名詞となった「CanoScan」も、CMOSの技術である。もちろん本機搭載の外測センサーも、CMOSだ。 本格的に撮像素子としてCMOSを採用した製品には、2000年に発売となった「EOS D30」があり、ハイエンドイメージャーとしての実績はソニーよりも長い。単板> ハイビジョン機としてのCMOS採用は、むしろ当然の選択だろう。 そのほか前面にはLEDビデオライトとフラッシュ、端子類としてアナログAV入出力とコンポーネント出力がある。専用ケーブルでD3端子に接続できるが、HDMI端子は搭載しない。
液晶モニタは2.7型ワイド液晶で、約21万画素。液晶内部にはコントロール系のボタンが並ぶ。面白いのは「録画一時停止」ボタンで、これを押した後録画ボタンを押すと、10秒のスタンバイののち録画が開始される。 キヤノンのビデオカメラでは、再生操作の便宜を図ってリモコン受光部が背面にあるが、自分撮りするときにはリモコンが使えないというデメリットがあった。これを解消するための、ビデオ版セルフタイマーという感じだろうか。このスチルカメラの発想をビデオカメラに持ち込むセンスが、なかなか面白い。 背面に回ってみよう。撮影時の操作はここに集められており、プログラム、オート、シーンモードの切り替えは、録画ボタン下のスライドスイッチとなった。また、メニューボタンもコントローラの上部に付けられ、設定変更がやりやすい。
左側は比較的シンプルで、操作系はズームレバーを含めた「島」の部分に集められている。動画/静止画切り替えスイッチは回転式で、操作感のいいスイッチだ。また切り替えが非常に早く、0.5秒程度で切り替わる。ただ撮影後すぐの切り替え動作は、若干遅くなる。 上部にはステレオマイクがあるが、かなり後ろ側に付けられている。三脚を使って撮影するときなど、ついうっかり手を乗せてしまうような位置なのが残念だ。
■ 色味がしっかりした動画 では実際に撮影してみよう。ソニーHC3などと大きく違うのは、フルHD解像度のCMOSを搭載している点だ。HDV記録時には横1,440ピクセルになってしまうにしても、やはり解像感では大きなアドバンテージになる。元々輪郭のキレがいいキヤノンHDビデオレンズを搭載していることも相まって、素晴らしい解像感だ。サンプルとして、動画からキャプチャした静止画を掲載している。
CMOSの画素配列も一般的なベイヤー配列ということもあって、R、Bの画素がHC3のクリアビッド配列よりも多い。そのため色表現もしっかりしており、何を撮っても暖色になるHC3とは違った爽快さを感じる。 実際には記憶色に落とし込んでいる部分もかなりあるため、実際の現場の正確な色というわけではない。ただ美しい映像を楽しみたいというコンシューマ用途としては、このような絵作りは好まれるはずだ。 もう一つ今回の大きな特徴であるフォーカスの追従性は、格段に良くなった。被写体をアップで捉えた場合は、まず誤動作の心配はない。ボディ背面にマニュアルへの切り替えボタンがあるので、フォーカスロック的な使い方も楽にできる。 ただ被写体が遠くにいてテレ端で狙うような場合は、若干迷う感じもある。特に画角が16:9になると、被写体を中央で捉えない構図を作ることが増えると思われるが、こういうときにはマニュアルフォーカスを使ったフォーカスロックが役に立つだろう。さらにマニュアルフォーカス時には、本体脇にある「フォーカスアシスト」ボタンを押すことで、画面を2倍に拡大してくれる機能も搭載している。 撮影していて若干気になったのが、明るい部分の白飛びだ。中間部の階調を稼ぐためかもしれないが、110IREあたりで強烈にハードクリップがかかる感じがある。最初は液晶モニタの見え具合のせいかと思っていたのだが、違っていた。実は液晶モニタも上下の視野角が狭いため、ゲインの正確な判断が難しい部分がある。
もう少しソフトにクリップがかかるように修正してほしいところだが、ユーザー側での対処として、晴天下での撮影では多少AEシフトで絞るほうがいいだろう。 キヤノンのビデオカメラは、アイリス優先やシャッター優先モードを当然のように装備しているので、絵作りがいろいろ楽しめるのもポイントだ。そういう意味では、デジカメに慣れたユーザーも取っつきやすい。ただレンズのワイド端が16:9で43.6mmなので、結構狭い。ハイビジョンならではの解像感を楽しみたいのなら、ワイコンは必須だろう。 個人的にはワイコンの取り外しが頻発するのは面倒なので、コンバージョンレンズやフィルタをバヨネットマウント化して欲しいと思っているのだが、難しい相談なのだろうか。 もう一つの不満点は、集音だ。ウィンドカット機能は装備しているものの、マイクの位置が良くないせいか、かなり風のフカレに弱い。アクセサリーシューや外部マイク入力端子もないので、屋外での集音には難があるのは残念だ。
■ 限りなく同時撮影可能な静止画 「iVIS」ブランドになってからはもう「写真DV」というコピーは使わないそうだが、動画と静止画のアルゴリズムを変えて絵作りの方向性を明確に分けるという方向性を作ったのは、キヤノンの功績と言っていいだろう。今回の静止画機能も、もちろん写真らしい絵作りになっている。
今回の大きなポイントとしては、動画撮影中であってもフルHD解像度、すなわち1,920×1,080ピクセルの高解像度静止画が、メモリーカードいっぱいまで撮れるという機能を装備した点は注目だ。 ソニーHC3などでも動画撮影中の高解像度静止画撮影を実現しているが、3枚までという制限がある。これは動画撮影中には静止画処理を平行して行なえないため、静止画のRAWデータをメモリに蓄積しておき、動画撮影終了時に静止画処理を行なう、というプロセスになっているからである。 この制限を解決するためには、RAWデータ記録用のメモリを無制限に増やすか、画像処理プロセッサの能力を上げて動画と静止画の画像処理を平行して行なえるようにするか、という選択になる。 キヤノンの場合は、最初から後者の道を選択した。HDV最上位モデル「XL H1」に搭載した高速映像処理プロセッサ「DIGIC DV II」を搭載し、動画処理と並列で静止画処理を行なうため、撮影した静止画をその場でminiSDカードにどんどん保存していく。ついにビデオカメラにこの機能が付いたか、という意味で、非常に感慨深い。 また、一度テープに記録した映像を、後からキャプチャする機能もある。と言っても、テープを再生しておいてフォトボタンを押すだけだ。いったん1,440ピクセルになったものを1,920ピクセルに引き延ばすわけだし、I/P変換も行なうので、画質的にはその場で撮った静止画に劣るという話であったが、実際に比較してみると明確な差があまり感じられないのは大したものだ。 またテープ起こしの静止画であっても、ちゃんと静止画の絵作りになっているところも面白い。従来の「ビデオからのキャプチャ画」というイメージを覆す色味と精細感だ。
■ 総論 iVIS HV10を一言で総括するならば、絵心がわかってるビデオカメラ、ということだろう。用途別に絞り込んだシーンモードももちろんだが、多彩な画質効果や絞り・シャッター優先機能などマニュアル的な要素を数多く備え、「こう撮りたい」というニーズに応えてくれる作りになっている。 さらに動画の解像感と発色の良さは、CMOSという撮像素子の、何度目かの新しい夜明けを感じさせる。HC3の「なめらかスロー録画」のようなスペシャルな機能は持たないが、これまでのDVカメラから正常にHDへステップアップさせた感じがある。 中でも、動画撮影中に動画に影響を与えず無制限に静止画を撮影する機能は、これまでどのビデオカメラもなし得なかった快挙である。この機能が当たり前になってくると、競合他社も追従しないわけにはいかなくなるだろう。 これまでのDVカメラは、動画と静止画の解像度に差がありすぎて、キヤノンが提唱する記憶色の表現もあまり動画では伝わっていなかった感じがある。だがハイビジョン時代になり、動画に対する質や満足感が求められていくようになって、ようやくその真価が発揮できて来るような気がする。 今更テープか、と思われるかもしれないが、まあそう言わずに一度サンプルムービーをじっくり見て、この画力を確かめてみて欲しい。
□キヤノンのホームページ (2006年8月23日)
[Reported by 小寺信良]
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