小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

変わる放送、Inter BEEに見るトレンド

今週16日から幕張メッセにて、毎年恒例のInter BEEが開催されている。以前は国際放送機器展とダブルネームで呼んでいたが、最近はこの言い方はしていないようである。

Inter BEEは展示会として、長らく不況にあえいでいた。高額な出展料に対して来場者が少ないのでは、出展を見送るメーカーも出てくる。一時は通路でバレーボールができると言われたほど、出展がスカスカだった時代もあった。

さらに言えば、従来は8ホールから3ホールまでと、中途半端な規模であった。幕張メッセの構造をよくご存知の方はこのホールの取り方がいかに変かおわかりだろう。

幕張メッセのホールは、1〜3、4〜6、7〜8と建屋がわかれている。3ホールにアサインされたメーカーは、中心部から分断され、広い建屋の1/3にポツンとブースが並ぶことになってしまう。こんな景気が悪そうなところに人など来ない。一時期8ホールから4ホールまでに縮小したこともあったが、それではいかにも小規模だ。来た人も業界のシュリンクを肌で感じる結果となった。実際その時はシュリンクしてたのだが。

だが3年ほど前からイベントとしてのテコ入れが始まり、少しずつ改善が進んできた。何よりもネット動画配信の趨勢やドローンによる空撮の可能が広がったことで、業態も大きく変化している。時代の趨勢に乗り始めたと言うのが正しいかもしれない。ホールの取り方も、今年は8ホールから2ホールまでに拡大した。

出店数を底上げしているのは、IT企業だ。マイクロソフト、アマゾンなどが大きなブースを構え、映像産業とクラウドをむすびつけようとアピールしている。また撮影関連機材を扱う小さな商社の出展は、年々増加している。今年は照明専門のコーナーもあり、会場内でそこだけが逆光になる。

Inter BEEでは異質なAmazonブース
ここだけはどう撮っても逆光、照明機材コーナー

ホール2の端には、プロ用ヘッドホンとマイクの試聴コーナーがある。また5ホールの奥には「ロケ弁グランプリ」というコーナーがあり、人気のロケ弁を楽しむこともできる。ホールから少し離れたイベントホールでは、スピーカーの試聴コーナーもある。

ヘッドホンやマイクも聞き放題
Inter BEE名物ロケ弁グランプリ
巨大PAスピーカーも試聴できる

隅々まで丹念に行くと楽しいショーに仕上がっているわけだ。

降って湧いたHDR

イベントを取材していると、出展者から逆に今年のテーマは、と聞かれることが多い。出店者は展示をゆっくり見ている時間がないので、現場にいてもトレンドがよくわからないというジレンマが起こる。

どこを切り口にするかでテーマの見え方も変わってくるわけだが、多くの人に関係するテレビ放送にフォーカスしてみると、今年はHDRコンテンツってどう作ればいいの? の答えを探す年じゃないかと思う。

これまで映画かCM制作でしか使わなかったlog収録とカラーグレーディングを、テレビクルーもやらなければならなくなった。斜陽とは言われているが、それでもテレビ放送は未だ巨大メディア産業である。関係している技術者の人数はものすごいことになる。それらの人が一斉にHDRコンテンツ制作に取り組み始めている。

BlackMagic Designやソニー、GrassValley EdiusのHDRワークフロー講座は、常に満員だ。設備投資すれば解決というのではなく、「やり方がわからない」というのは、テレビ業界にとって大変なプレッシャーとなっている。

クラウドが全てを変える?

一方で地味ながらも油断できないのが、伝送のIP化だ。これまでは拠点間、たとえば中継車から局までとか、カメラからスイッチャーまでと言った伝送で語られて来た。

なぜならば、4Kを伝送するのに、これまではメタル線を4本束ねないといけなかった。それをIP化すればケーブル1本でいいね、というのがメリットだった。もちろんそのメリットは大きい。しかしそれよりも大きいのは、クラウド化ではないかと思う。

今回アマゾンのブースで地味に展示されていたのだが、編集ソフトのEdiusがAWS(Amazon Web Service)上で動いていた。これの意味するところは、編集のためにパワフルなPCを自分で用意しなくてもよくなるということである。ネット回線で画面表示さえ来れば作業できるので、極端に言えばタクシーの中ででAtomタブレットを使って4K編集ができるようになる可能性だってあるわけだ。

AWS上で動作するEdius

クラウドツールはWindowsでもMacでも動くので、これまでWindows版しかなかったアプリも、Macで利用できる。しかもストレージリソースは欲しいだけ借りればいいので、突然大きなプロジェクトに巻き込まれても、人さえ集めればいくらでも編集システムが増強できるわけだ。

この先にあるのは、パワフルなデスクトップマシンの終焉である。これまでCG、CAD、高解像度編集はマシンパワーで乗り切るのがセオリーだった。それも過去のものになるかもしれない。

もっと言えば、個人がソフトウェアを買うことも終わりかねない。クラウドにインストールしてあるアプリごと時間や期間で借りれば済むからだ。すでにMicrosoftがOfficeをクラウド化しているので、なんとなくイメージはおわかりだろう。

レガシーな業態と見られていた映像業界も、ネット業界から見ればブルーオーシャンに見えるだろう。

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2016年11月18日 Vol.105 <秋を飛ばして冬が来た号> 目次
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01 論壇【西田】
 ピクサーと試行錯誤の真実
02 余談【小寺】
 変わる放送、Inter BEEに見るトレンド
03 対談【小寺】
 今週の対談はおやすみ
04 過去記事【西田】
 ジョブズなきあとの「アップル」の強さ
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。