クリプトン、CD時代の音源を高音質化しロスレス配信

-K2技術を発展。24bit/176.4kHzなどの「HQM GREEN」


HQM GREENシリーズのロゴマーク

 クリプトンは、展開している高音質音楽データ配信サイト「HQM STORE」において、'80年代から'90年代にかけてCDで発売された楽曲を、24bitの176.4kHz、または88.2kHzに高音質化したデータを販売する「HQM GREENシリーズ」を3月から提供する。

 第1弾のラインナップとして、カメラータ・トウキョウの音源を使った10タイトルを発売。その後も順次ラインナップを拡張予定。現在HQM STOREではハイビット/ハイサンプリングで録音された楽曲を60タイトルほど発売しているが、これとHQM GREENシリーズを合わせて夏頃までに100タイトル、2011年度内に200本程度までラインナップを強化する予定。

ジャケットには「GR」のロゴマークがあしらわれる

 なお、現在ハイビット/ハイサンプリングで録音された楽曲はFLACの24bit/96kHzの場合、60分程度のアルバムデータで3,150円で販売されているものが多いが、HQM GREENでは24bit/88.2kHzのFLACで2,310円程度、176.4kHzの場合はその1割増し程度の価格を予定しているという。

 ジャケットには「GR」のロゴマークがあしらわれるほか、配信ページの仕様説明には「FLAC 176.2kHz/24bit GR」というように、末尾に「GR」と記載される。第1弾ラインナップは後述する。




■過去の名演奏を高音質で届けるために

カメラータ・トウキョウの中野浩明社長

 HQM STOREでは、24bit/96kHzなどのハイビット/ハイサンプリングでデジタル録音されたデータや、過去のアナログ録音のマスターテープからハイビット/ハイサンプリングでデジタル化したデータなどを販売している。

 HQM STOREに積極的に音源を提供しているカメラータ・トウキョウの中野浩明社長はこうした取り組みを紹介すると同時に、一方で「'80年代~'90年代の、ハイビット/ハイサンプリングで録音する前の、CDでリリースしている過去の名演奏を少しでも良い音で聴いてもらいたい、そのためにはどうすればいいかという願いと課題があった」と語る。


クリプトンの技術開発室 桑岡俊治次長

 そこで、クリプトンが過去のCD用の音源である16bit/44.1kHzのデータを、24bitの176.4kHz、または88.2kHzに高音質化し、そのままの高音質データをHQM STOREで配信する事になったという。

 この高音質化処理を引き受けるのは、クリプトンの技術開発室 桑岡俊治次長。桑岡氏はかつて日本ビクターで「K2プロセッシング技術」を開発した人物で、HQM GREENの高音質化技術もK2プロセッシングがベースになっており、これを桑岡氏が「開発後に蓄積した様々なノウハウを用いて発展させた」ものだという。そのため、今回の技術にはビクター クリエイティブメディアも協力している。




■高音質化技術の概要

 高音質化は大きく分けて「ビット拡張」と「周波数帯域拡張」の、2つの技術で構成されている。「ビット拡張」では、16bitの元データを最大24bit、周波数帯域は最大約4倍の192kHzに拡張できる。

 前提として、アナログ信号をデジタル信号にして録音する場合、量子化ビット数で分解能が決まり、サンプリング周波数で周波数帯域が決まる。そのため、CDの16bit/44.1kHzの場合、分解能については微小信号になるほど量子化ステップ数が少なくなるため、信号成分に比べて量子化誤差の割合が増し、量子化歪が目立つという問題がある。一方、周波数帯域では、サンプリング周波数の半分である22.05kHz以上の高周波成分がカットされるという問題もある。

 ビット拡張は前者の問題を改善するもので、AD変換される前の、もともとのアナログ信号の復元を目的としている。具体的には、入力された階段状のデジタル信号に対し、±0.5LSB範囲内で“もとのアナログ信号”を想定しながら、滑らかな波形を描き、それをよりハイビットな24bitで再び量子化する。その際、新たに生み出された信号と、元の入力デジタル信号の音楽エネルギーが等価(積分値が等価)になるように再量子化を行ない、24bitのデータを創り出している。

緑の部分が±0.5LSBの範囲。この中で、“もとのアナログ信号”を想定する黄緑の線が想定されたもとのアナログ信号そのアナログ信号をハイビットで再び量子化する。16bitの信号と比べると、大幅になめらかになっているのがわかる

 周波数帯域の拡張では、単に高調波を追加しているのではない。高調波は音楽・楽器や演奏者によって異なるためだ。そこで、波形を分析し、谷の部分、山の部分の間隔や、前の周波数のデータとの比較などを参考に、帯域制限される前の、アナログ信号の自然な波形を想定する。

 さらに桑岡氏が「一番重要なノウハウ」と語るのが、「その周波数において、どの位置が、どう劣化するのか」という情報。これをテーブル化し、係数とした上で、音楽信号波形そのものの差分値を演算、周波数による演算も行ない、新たなデータを演算していく。こうして得られた高調波を含む信号を、再度ハイサンプリングで標本化している。

デジタル信号に対する波形分析の図波形を分析し、周波数における劣化の情報も加味した上で、新たなデータを演算する
周波数帯域拡張を行なわない場合が赤の線、行なった後が黒の線。赤の線は22.05kHz以上の高周波成分がストンと落ちてなくなっており、それより上の波形はノイズ成分となるハイビット、ハイサンプリング化して情報量が増加したイメージ図



■実際に聴き比べてみる

クリプトンの試聴室で聴き比べ

 発表会では、第1弾タイトルの中の1つである、「ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノーヴァク校訂)/クルト・アイヒホルン指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団」(録音1990年/リンツ/HQMG-20002)を用いて、元データである16bit/44.1kHzと、24bit/176.4kHzに拡張したデータの聴き比べが行なわれた。

 体験してまず感じるのは、高域の自然さだ。ストリングスの伸びやかな音でわかりやすいが、16bit/44.1kHzで荒く、ともれば耳が痛いように感じられる高域が、24bit/176.4kHzに拡張すると滑らかで非常に聴きやすく、また質感も豊かに感じられるようになる。

 微細な音も聴きとりやすくなり、ティンパニーがトレモロで、かすかに漂うような音を出す場面でも、音そのものがよくわかるほか、その音が周囲に響いて広がる様子も24bit/176.4kHzでは良く見えるようになる。また、フィナーレで金管楽器が多数使われ、音の数が大量になる場面でも、個々の音の音色が聴き分けやすいのが体験できた。

 また、音場そのものも横に広くなり、音像も分厚く、ステージに奥行きも深く感じられ、総じて音場が立体的に聴こえる。また、高域が伸びやかで、音の重なりがよく見えるようになった事で、低域もより深く沈み込んでいるように感じられた。様々な楽曲に適用できる技術という事だが、音場の広さや、微細な音の表現、楽器の音の描き分けが重視されるクラシックやジャズには特に有効な技術と感じられた。




■第1弾の10タイトル

 第1弾ラインナップについて、カメラータ・トウキョウの中野社長は「我々の音源の中で、なるべく名曲、名演奏を、いろいろなバリエーションで聴いて欲しいという気持ちで選んだ」と説明。例えば「シューベルト:弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』/第12番「四重奏断章」は、'81年に録音されたもので、演奏はウィーン・フィル元コンサートマスター、ウェルナー・ヒンク氏が率いるウィーン弦楽四重奏団。カメラータ・トウキョウがシューベルトの全曲録音プロジェクトを立ち上げ、CDリリースを開始したものであり、'82年にはレコード・アカデミー賞も受賞した名盤だ。

 なお、今回のHQM GREENシリーズの音質に関しては、カメラータ・トウキョウのプロデューサー、井阪紘氏も「意図した録音を、より実際の音に近い形で皆様にお伝えできるのは大変嬉しく思う」とコメントしているという。

 中野社長は「いつまでたっても色褪せない名曲、名演、まさにエバーグリーンと言っていいような音源に、HQM GREENシリーズで再び光を当てられて感謝している」と喜びを語った。

  • HQMG-20001
    シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810「死と乙女」/第12番ハ短調 D.703「四重奏断章」
    ウィーン弦楽四重奏団[録音:1981年4月/ウィーン]
  • HQMG-20002
    ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ノーヴァク校訂)
    クルト・アイヒホルン指揮リンツ・ブルックナー管弦楽団[録音:1990年4月/リンツ]
  • HQMG-20003
    モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466*/第21番ハ長調 K.467**
    遠山慶子(ピアノ)イェルク・エーヴァルト・デーラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー[コンサートマスター:ウェルナー・ヒンク]*、アントニー・ヴィット指揮ポーランド国立放送管弦楽団**[録音:1999年9月*/ウィーン*ほか]
  • HQMG-20004
    モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299(297c)/フルート協奏曲第1番 ト長調 K.313(285c)/第2番ニ長調 K.314(285d)/フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調 K.315(285e)
    ヴォルフガング・シュルツ(フルート)吉野直子(ハープ)カメラータ・シュルツ
    [録音:2003年6月/オーストリア]
  • HQMG-20005
    メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64/ヴァイオリンとピアノのための二重協奏曲ニ短調
    カリーン・アダム(ヴァイオリン)ドリス・アダム(ピアノ)ヴァルター・ヴェラー指揮バーゼル交響楽団[録音:1996年10月ほか/スイス]
  • HQMG-20006
    J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲ト長調 BWV988/イタリア協奏曲 BWV971/半音階的幻想曲とフーガニ短調 BWV903
    エディット・ピヒト=アクセンフェルト(チェンバロ)[録音:1983年9月/東京]
  • HQMG-20007
    「バティック・プレイズ・モーツァルト」 バティック:ブルース in F~モーツァルト:幻想曲ニ短調 K.397/バティック:イントロダクション~モーツァルト:ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.332/ハ長調 K.330/幻想曲ハ短調 K.475
    ローランド・バティック(ピアノ)[録音:2006年12月/ウィーン]
  • HQMG-20008
    シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960(遺作)/第13番イ長調 D.664作品120
    高橋アキ(ピアノ)[録音:2007年7月,1月/三重]
  • HQMG-20009
    レハール:オペレッタ「メリー・ウィドウ」抜粋
    メラニー・ホリデイ(ソプラノ)ゲリンデ・イェリネック(ソプラノ)リシャード・カルチコフスキー(テノール)ペーター・ミニッヒ(テノール)ヨーゼフ・ルフテンシュタイナー(バリトン)ウィーン・オペレッタ合唱団オラ・ルードナー/ウヴェ・タイマー指揮ウィーン・オペラ舞踏会管弦楽団[録音:1999年6月/ウィーンほか]
  • HQMG-20010
    『メラニー・ホリデイが案内する“ウィーン・オペラ舞踏会”』
    メラニー・ホリデイ(ナレーション/ソプラノ)リシャード・カルチコフスキー(テノール)ウヴェ・タイマー指揮ウィーン・オペラ舞踏会管弦楽団[録音:2000年9月/ウィーン]

 


(2011年 2月 15日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]