大河原克行のデジタル家電 -最前線-
大阪マラソン+ソニーSmartEyeglassで検証するメガネ型デバイスの“今”と“これから”
(2014/10/30 09:45)
ケイ・オプティコムは、ソニーマーケティングの協力を得て、2014年10月26日に大阪市内で開催された「大阪マラソン」において、透過式メガネ型端末「SmartEyeglass」を活用した実証実験を行なった。
マラソンでのメガネ型ウェアラブルデバイスの使用は、常に振動が発生するなかでの装着性、雨および汗などへの対応、両手が使えないといったなかでの使用、数時間に渡るバッテリー時間の課題など、過酷な条件のなかで使用される。そうした条件下における課題を浮き彫りにすることで、今後の実用化に向けた改善に生かせると両社では考えている。
ケイ・オプティコムおよびソニーマーケティングに、大阪マラソンでのウェアラブルデバイスの実証実験の狙いについて聞いた。
大阪マラソンでウェアラブルの可能性を検証
大阪マラソンは、大阪城公園前をスタートし、インテックス大阪前をゴールとする日本陸上競技連盟公認コース/AIMS公認コースを走破する市民マラソン大会で、今年で4回目を迎える。
マラソンには2万8,000人が参加。同時に行われる8.8kmのチャレンジランへの参加者2,000人を含めて、3万人が参加する一大イベントだ。
メインスポンサーであるケイ・オプティコムは、関西電力の子会社であり、近畿2府4県および福井県の一部をサービスエリアとしている通信事業者。近畿圏におけるFTTHサービスの戸建て世帯シェアは5割に達し、今年6月からは格安スマホサービス「mineo(マイネオ)」をスタート。これにより全国規模での事業展開を加速しようとしている。
大阪マラソンでは、第1回目からスポンサードを行なっており、毎回、通信事業者ならではの取り組みを行なってきた経緯がある。
例えば、第1回目から実施している「ランナーズ・アイ」は、大阪マラソン公式サイトとしても認定されているもので、5km、15km、25km、35km、ゴールの5か所に設置されたランナーズ・アイ専用カメラで撮影したランナーの映像を、ウェブを通じて閲覧できるほか、ランナーのナンバーやゼッケン番号から、参加者の位置がわかったり、コース上のトイレや給水所をスマホで確認したり、事前に登録したランナーの通過時刻を予想できるため、応援する人はその場所に先回りすることができるという利用も可能だ。また、今年からは、ランナーのコンディションがわかる機能を新たに追加し、これをアイコンでスマホに表示するといった機能を用意した。
さらに昨年からは、4K画像により、全員のゴールシーンを撮影し、この映像をパブリックビューイングの会場でみられるといったサービスも行なっている。
また、ケイ・オプティコムの光ファイバーケーブルテレビサービス「eo光テレビ」で放送中の「eo光チャンネル」においては、スタート直前の8時40分から最後のランナーがフィニッシュする16時10分までの7時間30分を完全生中継する特別番組「eo光スポーツスペシャル 大阪マラソン2014 7時間30分完全生中継」を放映。「3万人のランナーが主人公!」のコンセプトのもと、すべての市民ランナーが必ず一度はテレビに映るようにしているという。
今年は、これらの取り組みに加えて、新たに挑んだのがウェアラブルデバイスによる実証実験であった。
ケイ・オプティコム コンシューマ事業推進本部コンシューマ事業戦略グループコンシューマプロダクトチーム・前田圭介氏は、「今年春に、大阪マラソンで提供する新たなサービスについて、アイデアを社内公募した。そのなかから、ウェアラブルデバイスを活用した新たなサービスができないか、ということに行きついた」とする。
だが、企画としては良かったものの、Google Glassをはじめとするいくつかのスマートグラスを検討したところ、重量や装着性、そして表示方法においての走行中の安全性確保などについて課題があったという。
Google Glassを例にあげると右上に視線をあげないと表示が見えないという特徴がある。マラソン中に視線をそらすことは安全性でも課題があるといえる。また、画面全体に大きく文字が表示されることで、瞬間的に前が見えにくくなるというメガネ型デバイスもあった。そうした観点から、この企画は一度大きな壁にぶつかることになったのだ。
ケイ・オプティコムの前田氏も、「最大の悩みはデバイスそのものの選定であった」とする。
こうしたなか、ケイ・オプティコムでは、このアイデアを、ソニーマーケティングに持ちかけてみた。
ケイ・オプティコムでは、同社が提供する「eoスマートリンク」の専用情報端末として、2012年から、「ソニータブレット Sシリーズ」(現在のXperia タブレット)を、「eoスマートリンクタブレット」として採用した経緯があり、両社が接点を持っていたことがその背景にある。
そこで、このアイデアの実現に白羽の矢が立ったのがソニーのSmartEyeglassであった。
メガネ型デバイスでできること
ソニーでは、SmartEyeglassの研究開発には着手してはいたが、まだ公表段階ではなかった。そこで、両社は今年6月から、NDA(秘密保持契約)を結びながら、この実証実験の準備を水面下で進めてきた。
ソニーマーケティング 法人営業本部法人営業部営業2課・西川徹氏は、「ソニーには、リストバンド型のウェアラブルデバイスもあるが、それではある程度、成果が予測できる部分もあった。むしろ、メガネ型デバイスでどんな課題があるのかということを、この実証実験を通じて浮き彫りにできることに強い関心を持った」と語る。
一方、ケイ・オプティコム コンシューマ事業推進本部コンシューマ事業戦略グループコンシューマプロダクトチーム・直井健太郎マネージャーは、「マラソンという過酷な条件下での結果を得ることで、日常での利活用での提案に追加したり、新たなサービスへのヒントが得られるのではないかと考えた」とする。
当初は、少し大型だったSmartEyeglassのデザインも、その後改善が加えられ、スポーツ用途でも利用できるようなデザインへと軽量化。それも実証実験の実施に弾みをつけた。85%という高い透過性も、5m先まではしっかりと視野を確保することにつながり、マラソンでの利用には適していたといえよう。
とはいえ、SmartEyeglassは、9月上旬に独ベルリンで開催されたIFA 2014のソニーブースで初めて公開された。そのため、ケイ・オプティコムがソフトウェアの開発を一気に加速させたのは、これ以降だったという。
今回のSmartEyeglassを活用した実証実験では、4つの情報サービスを提供している。
ひとつは、ケイ・オプティコムが提供しているランナーズ・アイとの連携だ。
チャレンジランのゴールである8.8km地点のほか、15km、25km、35km、ゴールの5か所に設置されたランナーズ・アイから、通過時刻や区間タイム、通過時の順位などがSmartEyeglass上に表示されることになる。
2つめは、大阪マラソン公式アプリである「ハシログ」との連携だ。これもケイ・オプティコムが提供しているアプリで、現在の走行距離や1kmごとの平均速度、消費カロリー、平均ペースなどが表示される。
3つめは、Twitterなどから届く応援メッセージの表示だ。「もともとマラソンは、孤独な競技と言われているが、沿道の応援で勇気づけられるというランナーも多い。応援者からのメッセージが画面に表示されることで、常に応援者とつながった形で走ることができる」(ケイ・オプティコムの前田氏)というわけだ。
「なんばの交差点で応援しています!」、「いいペースだよ。がんばれ!」といったメッセージが表示されれば、まさに応援者とつながったマラソンの楽しみ方ができるというわけだ。
そして、4つめがコース情報案内だ。ここでは、給水所の場所やトイレの場所のほか、「まもなく通天閣が見えます」といった観光情報も表示。今回の実証実験では大阪城、中央公会堂など7カ所を通過すると、そこに設置されたビーコンが反応。観光情報が表示されるようにしたという。ここでは、ACCESSのビーコン対応位置連動型コンテンツ配信ソリューション「ACCESS Beacon Framework(ABF)」を活用しているという。
これらの4種類の情報が、ランナーが装着しているSmartEyeglassに随時表示されるわけだが、「Twitterの書き込み具合にもよるが、3、4分に1回は、なにかしらのメッセージが表示される。マラソン中の約半分の時間はなにかしらメッセージが表示されていることになるだろう」(ケイ・オプティコムの前田氏)という。
マラソンランナーが装着するメガネ型ウェアラブル端末に向けて自動的に配信するアプリケーションサービスを、ケイ・オプティコムでは「グラッソン」と呼んでいる。
なお、今回の実証実験は、SmartEyeglassがまだ試作品の段階であり、数が用意できないため、神戸大学の塚本昌彦教授、タレントの檜垣さゆりさんなど4人のランナーを対象に行なわることになった。
SmartEyeglassスポーツ利用の課題とこれから
ケイ・オプティコムでは、実証実験に臨むのにあたり、コンテンツ配信においていくつかの改良を加えた。
SmartEyeglassは、20文字×4行の文字を画面上に表示することができるが、この基本仕様は踏襲しながらも、無理なく読める範囲の10~15秒でこれを表示。これを文字数が超えるときには、自動的にスクロールするようにしたという。
「両手が使えないということを前提に、すべての情報が閲覧できる仕組みを考えた。配信される情報は、すべて自動的に表示される」(ケイ・オプティコムの前田氏)という。
ランナーの走行の妨げにならないように文字表示や表示時間、それでいて、応援者とも一体感を持った走行ができるように配慮したという。
スタート直後はランナーが集中するため、あまり頻繁に情報を表示するのも走行上、危険だといえる。また、マラソン前半とマラソン後半では、ランナーが欲しい情報が変化する可能性もある。「情報の出し方や、欲しい情報はなにかといったことも、この実証実験を通じて検証することになる」(ケイ・オプティコムの前田氏)という。
一方で、ソニーマーケティングでも、SmartEyeglassに一部改良を加えた。
「基本仕様は変わらないが、汗や小雨などへの対策のため、簡単な防水対策を施したり、SmartEyeglassをランナーに固定するために、バンドを付けられるようにした」(ソニーマーケティング・西川氏)
表示方法についても、最後の最後までソフトウェアのアップデートを行ない、マラソン向けに的確なタイミングで表示できるように改良したという。
SmartEyeglassは、本体部が77g、コントローラー部が44g。ランナーは、これにスマホを装着することになる。メガネの重量としてはやや重たいが、他のスマートグラスに比べると軽量だといえる。また、最近では多くの市民ランナーが、腕にスマホを装着し、データを取得するといったことが増えており、コントローラ部とスマホの腕への装着はそれほど負担にはならないだろう。
問題はバッテリーの持続時間だ。SmartEyeglassは、約2~3時間の連続駆動時間となっており、今回の実証実験でも参加者が市民ランナーであることから、ゴールまでの走破時間を考慮して、折り返し地点で全員がSmartEyeglassを付け替えることになる。
そして、SmartEyeglassの特徴のひとつであるカメラでの動画、静止画撮影機能も、バッテリー駆動時間の観点から、今回は活用が見送られた。ランナーの視点の動画が撮影できれば、これまでにない形での画像が撮影できるだろうが、それでは30分程度しかバッテリーが持たないということになるからだ。
今回の大阪マラソンにおける実証実験の成果については、今後、両社で取りまとめを行ない、ケイ・オプティコムではサービスへの展開、ソニーマーケティングではデバイスの開発現場へと課題をフィードバックすることになるという。
「スポーツ領域への応用はもとより、医療分野や保守現場などの両手が利用できない用途でのサービス提供、あるいは料理を作る際のレシピの自動表示などにも応用できると考えている。ケイ・オプティコムが持つ通信インフラと連携させた新たなサービス展開へとつなげていきたい」とケイ・オプティコムの直井マネージャーは語る。
一方で、ソニーマーケティングの西川氏も、「もともとはスポーツでの利用を想定したものではなかったSmartEyeglassだが、過酷なスポーツのひとつであるマラソンという環境での実験を通じて、得られることが多いと考えている。女性のまつげがグラスにどう当たってしまうのか、汗で滑りやすくならないかといったことも、今回の実証実験から導き出すことができ、それらの結果は、日常的な使い方にも反映できるはずだと考えている」とする。
もちろん、スポーツウェアという観点でのデザイン性や重量、サイズといった点でもフィードバックが行なわれることになるだろう。
SmartEyeglassの進化において、大阪マラソンの実証実験は大きな意味があったといえそうだ。