第407回:6マイク搭載でスリム筐体の24/96対応PCMレコーダ

~三洋“Xactiサウンドレコーダ”最上位の「ICR-PS605RM」 ~


 2月末に三洋電機のリニアPCMレコーダ「ザクティ(Xacti)サウンドレコーダ」のフラッグシップモデル、「ICR-PS605RM」が発売された。電池込みで64gという小さいICレコーダサイズながら、24bit/96kHzに対応するとともに、計6つものマイクを搭載したちょっと珍しい形状も特徴だ。実際に、製品を借りることができたので、6つのマイクをどのように使うのか、その音質がどんなものなのかなど、試してみた。



■ スリムな24bit/96kHz対応モデルがついに登場

ICR-PS605RM
 次々と新しいICレコーダ、リニアPCMレコーダを発表している三洋電機だが、これまでスペック的には16bit/48kHz対応までに留まっていた。一方で、昨年末には「LC823491」というリニアPCMレコーダ用の省電力なLSIチップを発表していたので、近いうちに24bit/96kHzの製品が登場するのでは、と期待していた。このチップを搭載したとのアナウンスはないが(カタログにはDIPLAY ENGINE IIIと記載されている)、その24bit/96kHzに対応するとともに、小さくて省電力を実現したリニアPCMレコーダ、ICR-PS605RMが発売された。

 iPod touchやRolandのR-09HR、先週取り上げたTASCAMのDR-2dと並べてみたので、これを見るとだいたいの大きさが分かるだろう。また、24bit/96kHz対応のリニアPCMレコーダとしては、世界最小とのことだったYAMAHAのPOCKETRAK C24と比較すると、ちょうどマイクの部分だけ飛び出ているという格好だ。とにかく、このICR-PS605RMの最大の特徴といえるのは、その飛び出しているマイク部分。ここに6つものマイクユニットが内蔵されている。


RolandのR-09HR(左)、先週取り上げたTASCAMのDR-2d(左から2番目)、iPod touch(右)と比較YAMAHAのPOCKETRAK C24と比較


 

マイク部はチルトも可能
 また、マイク部分は折り曲げることが可能になっており、設置する場所や方向によっては、写真のように曲げて使うこともできる。水平にした場合と、90度に折り曲げた場合に、カチッと音がして固定されるようになっているが、斜めの状態を保持することも可能な構造だ。

 

 本体には4GBのフラッシュメモリが内蔵されているほか、microSD/SDHCのカードを追加することも可能になっている。また電池は単4電池1本で駆動し、付属のエネループを使った場合、24bit/96kHzのリニアPCMであれば、連続6時間の録音が、64kbpsのMP3なら17時間の録音ができるというスタミナ設計。PCとの接続は本体のレバーを引くと飛び出すUSB端子で直結できるようになっており、内蔵メモリ、microSD/SDHCがそれぞれ別のドライブとして認識される。ちなみに、このUSB経由でエネループの充電もできるようになっている。


microSD/SDHCスロットエネループ一本で6時間のリニアPCM録音または17時間のMP3録音が可能内蔵メモリと、microSD/SDHCが別のドライブとして認識される


■ 「X・Y」では4マイク、「STEREO」では6マイクを使用

 さて、やはり最初に興味がいくのが、6つのマイクがそれぞれどんな役割を果たしているかという点だろう。サラウンドでも録れるのだろうかとも思ってしまいそうだが、そうではないようだ。

 メニューの「録音設定」-「指向性切替」を選んでみると、ここには「X・Y」と「STEREO」という2つの選択肢が用意されている。このうち「X・Y」は「W-XY型指向性ステレオマイク」とのことで6つのマイクのうち4つを使用してレコーディングすることになる。その4つとは本体上部から見える4つだ。90度で向かい合うX-Y部分には、直径約10mmの口径のマイクと、直径約3mmのマイクが2つずつ搭載されている。大きいほうがXY型指向性ステレオマイクで、小さいほうが高周波用XYステレオマイクとのことだ。


「X・Y」と「STEREO」の2種類から選択本体上部にある4つのマイク

 「W-XY」のWが何であるか、マニュアルなどでの記載は見つからなかったが「ワイドレンジ」ということなのだろう。96kHzでのサンプリングを行なうので、高周波を捉えられるマイクを搭載したということのようだ。96kHzであれば理論上48kHzまでの音を捉えることが可能なわけだが、カタログ上でのマイクの周波数特性では60Hz~40kHzとなっていた。

 もう一方の「STEREO」を選択した場合は、上記4つのマイクではなく、左右180度の向きで設置された直径約5mm口径の2つのマイクを使用する形となる。こちらはステレオの無指向性マイクとのことで、液晶画面のとおり、360度、音を拾えるものとなっている。

 そこで、さっそくそれぞれのモードで、指向性やステレオ感にどのような違いが出るのか簡単な実験を行なってみた。マイクから約30cm離れた位置で指を鳴らしながら1周した際、音がどう違うのか、それぞれで試してみたのだ。聴いてみるとすぐに分かるとおり、X・Yモードの場合は前方のみハッキリと音を捉え、STEREOモードでは全方位的に音を捉えている。その違いは波形を見てもよく分かるだろう。MP3のファイルではあるが、音質の違いも見えてくるはずだが、これについては後ほどじっくりと見ていこう。


側面のマイクX・Yモード(左)とSTEREOモード(右)の波形の違い

 

録音サンプル
(マイクから約30cm離れた位置で、指を鳴らしながら1周)

録音サンプル
(X・Yモード
)
360.mp3(189kB)

録音サンプル
(STEREOモード)

360stereo.mp3(189kB)

 

 録音設定はマイクの指向性のほかにも「録音モード」としてPCMの16bit/44.1kHz~24bit/96kHzへの切り替えやMP3の32~320kbpsの切り替え、「マイク感度」として高/低の切り替え、「マイクALC(オートレベル・コントロール)設定」のオン/オフ、「Low Cutフィルタ」のオン/オフ、「録音ピークリミッター」のオン/オフなど細かく設定ができるようになっている。これらの設定は液晶ディスプレイの画面上で行なうわけだが、それぞれの設定の際、音声によるガイドアシスタンスが日本語で流れるため、それぞれがどんな意味の設定項目なのか、いちいちマニュアルなどを読まなくてもよく分かるようになっている。


PCMの録音モード切り替えやMP3のビットレートの切り替え、「マイク感度」切り替え、「マイクALC設定」の、「Low Cutフィルタ」、「録音ピークリミッター」の設定画面

 このようにICR-PS605RMでは、細かくさまざまな設定が行なえるのだが、もっと手軽に最適な設定ができるように「録音シーンセレクト機能」というものが用意されている。これは、本体の液晶の左下にある「シーン」というボタンを押すと出てくるのだが、「口述」、「会議」、「講義」、「音楽練習」、「スタジオ」、「自然」、「お気に入り」の7種類から選ぶことができ、これによって、各種設定を一発で行なってくるのだ。このうち24bit/96kHzに対応しているのが「自然」であり、マイク感度は高、指向性はX・Yのモードになるので、最高のパフォーマンスが発揮できるようになる。


「口述」、「会議」、「講義」、「音楽練習」、「スタジオ」、「自然」、「お気に入り」という7つのシーンセレクトに対応


■ 音楽を録るならX・Yモード

手回しの大きなオルゴールを、24bit/96kHzのX-Yで録音
 さて、このICR-PS605RMでどんな音が録れるのか、いろいろ試してみたのだが、ちょうどこの機材が手元に届いた翌日、長野県の「諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館」に行く機会があったので、許可を頂いて録音してみた。手回しによる大きなオルゴールがあったので、これを自然モードである24bit/96kHzのX-Yで録ってみたので聴いてみてほしい。比較対象がないので、わかりにくいが、博物館の周囲の音も含め、広がりのあるキレイな音で録れているのが確認できるだろう。

 この録音をしていてはじめて気づいたのが本体に三脚穴がないこと。それを補うために、「三脚穴付きクリップスタンド」なるものが同梱されている。これを使えば、三脚に設置できるほか、机の上に置いたり、クリップに挟んで固定するといった使い方もできるようになっている。

 次に、いつものように、鳥の鳴き声も録音してみた。やはり24bit/96kHz、X-Yで録音を行なった。STEREOモードも試してみたが、モニターして音質的にいまひとつだったので、X-Yに絞って録音した結果がこれだ。立体感的にも、よく録れていると思う。ただ、この日結構な強風が吹いており、そのままの使用ではどうしても風切り音を拾ってしまい、レベルがピークに達してしまう。そこで、付属のウィンドウスクリーンを使って録音を行ったところ、風があってもほぼ問題なく録音することができた。とはいえ、実際に聴いてみると、問題ないレベルで12秒目あたりから風の音が入っているのがわかるだろう。


「三脚穴付きクリップスタンド」が付属付属のウィンドウスクリーン装着時

 

録音サンプル
(オルゴールの音、鳥の鳴き声を収録)

オルゴール音 
Orgel.wav(9.01MB)

鳥の鳴き声 
bird.wav(11.1MB)

編集部注:録音ファイルは、24bit/96kHzに設定して録音したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 

 続いて、音楽のレコーディングテストとして、例によってTINGARAのJUPITERを録音してみた。これにおいては、X・Yモード、STEREOモードのそれぞれで行なってみた。周波数分析した結果を見ると、それぞれ大きく違いはないようだ。とはいえ、音を聴き比べてみると、無指向性のSTEREOモードでも、それなりのステレオ感はあるが、音質的には高域のノイズが目立ち、音も硬くキンキンした響きが感じられる。

 確かにグラフをよく見ると、STEREOモードのほうが高域が強めに出ている。音楽を録るなら、やはりX・Yモードに限るようだ。では、この音をほかのリニアPCMレコーダーと比較してみるとどうだろうか? R-09HRやPCM-M10、また先週のDR-2dなどと比較して、ちょっと違った印象を受ける。やはり、その高周波用XYステレオマイクの影響なのだろうか、高域が強めに感じられる。しかし、その分、中低域が弱く感じられ迫力に欠けるようにも思う。

 

録音サンプル:楽曲(Jupiter)
X-Yモードで録音
music1644.wav(7.1MB)
STEREOモードで録音
music1644stereo.wav
(7.07MB)
楽曲データ提供:TINGARA
編集部注:録音ファイルは、いずれも24bit/96kHzで録音した音声を編集し16bit/44.1kHzフォーマットで保存したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 もっともこの辺は掛け録り可能な録音EQを使うことで補正が可能だ。デフォルトではFLATが設定されているが、RECOMMENDでは低域を強調するようになっているので、結果的にはRECOMMEND設定にしたほうが、より自然な感じで録れそうだ。このEQは録音用だけでなく再生用もあるほか、この再生機能にもかなり力が入っている。ピッチを変えない再生スピードの変更が50~200%の範囲でできるほか、ノイズキャンセル機能まで用意されているのだ。もっともノイズキャンセルを使うと、かなり音質が劣化してしまうので、音楽リスニング用に使うのはちょっと難しいように感じられた。

 以上、6マイク搭載の三洋電機の小型リニアPCMレコーダ、ICM-PS605RMを見てきたが、これだけ小さければ常に持ち歩いていても苦にならないし、いざというときに即、高音質で録音できるのはとにかく便利。必要に応じて前方を狙ったり、全方位的に捉えるなど切り替えもできるから、普段はICレコーダとして使いつつ、いざという場面ではリニアPCMレコーダの威力を発揮させるという使い方も良さそうだ。

RECOMMENDでは低域を強調するようになっているノイズキャンセル機能も搭載する

(2010年 3月 1日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]