第421回:バッテリ駆動も可能なTASCAMの8トラックレコーダ「DR-680」

~6トラック/2chミックスの同時録音も。新ファームでMP3対応 ~


DR-680

 ティアックのプロフェッショナルブランドであるTASCAMから発売された「DR-680」。8トラック同時録音可能なSD/SDHC対応のマルチトラックレコーダーということで、ハンディータイプのリニアPCMレコーダーとは少し仕様も大きさも異なるが、バッテリー駆動で持ち歩くことができ、最高で24bit/192kHzでのレコーディングも可能ということで注目を集めている。

 発売から数カ月たってはいるが、先日、最新のファームウェアがアップされたので、この最新版を使ってみた。



■ 6トラックとステレオミックスが同時に録音可能

 DR-680はちょっと大きめなお弁当箱サイズで、6チャンネルのマイク/ライン入力を装備し、24bit/96kHzで8トラックの同時録音が可能なポータブルレコーダだ。オープン価格ではあるが、実売10万円前後と、ちょっと高めではあるものの、XLRのマイク接続が可能で2トラック録音では、24bit/192kHzに対応しているという点も特徴。比較的近い製品としてはRolandのR-4、R-4Pro、R-44があるが、Roland製品が4トラックであるのに対し、DR-680は8トラックというのが最大の売りだ。

 ACアダプタで動作するほか、底面にある電池ボックスに8本の単3電池を入れることでポータブルでの駆動も可能となる。アルカリ電池またはニッケル水素電池の利用が可能で、ニッケル水素電池の場合、カタログスペック上連続4.5時間の録音が可能となっている。

 実際、すでにライブレコーディングにはもちろん、ドラマやドキュメンタリー番組の制作など映像系の業務用フィールドレコーダとしても使われているようだ。もちろん、外部マイクが使えることからハイ・アマチュアにも広がってきている。

 今回、TASCAMが扱う独beyerdynamicのコンデンサマイクOpus 53とセットでこのDR-680を初めて使ってみたが、さまざまな点で工夫が凝らされた製品となっていることが感じられた。まず、入力部分から見ていこう。


左にあるのはTASCAMのDR-2dACのほか、単3電池8本でも駆動するbeyerdynamicのコンデンサマイクOpus 53を接続して使用した

 入力端子は、本体左サイドに集約されており、XLRとTRSフォン入力を兼ねるコンボジャックが4つ、TRSフォンジャックが2つの計6つのアナログ入力がある。入力の1chがトラック1、入力の2chがトラック2、とそれぞれパラで同時に録音していくことができるのだが、ユニークなのがトラック7とトラック8の扱い。

 ここには6ch分のアナログ入力のステレオミックスがレコーディングされる仕様となっている。より綿密にミックスするのであれば、収録終了後、DAWなどに移してミックスダウンするのがいいが、とかく忙しい番組収録などにおいては、現場で利用したモニター用の仮ミックスをOKテイクとしてしまうのが効率的。そうした用途にトラック7、8を利用できるのだ。前面に設置されている128×64ドットの液晶ディスプレイを用いて、各トラックの音量バランスを整えられるほか、パンの設定も可能。こうして設定したミックス音がヘッドフォンからモニタできるとともに、トラック7、8へレコーディングできるというわけだ。

入力端子部液晶ディスプレイで、各トラックの音量バランスや、パンの設定が可能

 ちなみに、このミックスはヘッドフォンのほかにも出力する方法がある。ひとつは内蔵のスピーカーを使うもので、モノラルではあるが、ヘッドフォンを端子から外すとこのスピーカーが有効になる。もうひとつはライン出力を利用する方法。本体右サイドにはアナログのRCA出力端子が6つ並んでおり、デフォルトでは1chに入力された音が1chの出力、2chの入力が2chの出力というようにダイレクトにモニタリングされるようになっている。しかし、この設定をMIXに変更すると、先ほどのステレオミックスがライン出力からも出るようになる。この際、同じステレオ信号が3系統出力されるのだが、複数のモニター設定が必要な収録現場では、重宝するかもしれない。

ヘッドフォンを端子から外すとスピーカーが有効になるデフォルトでは1chに入力された音が1chの出力、2chの入力が2chの出力へダイレクトにモニタリングされているが、設定をMIXに変更すると、ステレオミックスがライン出力からも出る


■ ボタン配置にも工夫

入力ゲイン切り替え、ファンタム電源のオン/オフの設定などは上面に

 使ってみて、便利に感じたのが入力ゲインの切り替えやラインとマイクの切り替え、ファンタム電源のオン/オフの設定が、上面に並んでいること。最近の機材では、こうした切り替えはメニューを用いて行なうのが一般的だが、DR-680ではあえて1つずつをスイッチとして物理的に切り替えられる仕様にしているのだ。そのため、目的の設定を迷わずにすぐに行なえるのは結構便利だ。この際、誤って電源スイッチなどをいじらないように、HOLDスイッチも用意されている。

 このように入力部はすべて6ch仕様になっているのに、8トラックのレコーダーと名乗るのは納得いかないという人もいるかもしれない。確かにアナログ入力は6つだが、これとは別に右サイドの出力端子が並ぶ中に1つ、S/PDIFコアキシャルの入力端子も用意されている。前述のとおり、デフォルトでのトラック7、8への入力はモニターミックスとなっているが、液晶パネルで設定を切り替えることにより、このS/PDIF入力を録音していくこともできる。こうすれば完全に独立8トラックのレコーダといえるだろう。

 入力、出力の関係を示すブロックダイアグラムを載せておくので、参考にして欲しい。

入力/出力のブロックダイアグラム

 メニュー操作に関しては、TASCAMのハンディータイプのリニアPCMレコーダ、DR-100やDR-2dなどとほぼ同じで、上面にあるDATAホイールとその中心にあるENTERボタン、またその左にあるカーソルキーで液晶ディスプレイに表示される項目を操作していくというもの。ただし、見ると分かるように、ホイールやボタンが上面に並んでいるのに対し、液晶ディスプレイは前面にある。一見操作しづらいようにも思えるが、実際に使ってみると違和感はなかった。またDATAホイールとENTERボタンの替わりに液晶ディスプレイの右にあるVALUEダイヤルも使えるので、問題はなかった。

DATAホイールなどの操作部は上面にディスプレイは前面にある

 それより、かなり不思議な配置になっているのがトランスポート用のボタンだ。見てわかるとおり、前面に大きなRECボタン、PAUSEボタンが並んで配置されている一方、STOP、PLAY/PAUSE、巻き戻し、早送りの4つのボタンは上面に並んでいる。なぜ、このような配置になっているのか、TASCAMの担当者に聞いてみたところ、ちょっと面白い発想の設計であることがわかった。つまり、録音するときは前面パネルで操作をし、再生するときは、上面パネルで操作する形になっているというのだ。

 確かにその通りであり、特に録音時のアクセスはしやすい。PAUSEボタンを押すと、録音待機状態に入り、マイクなどから入る音をモニターできるようになる。その後、RECボタンを押せば録音スタートとなる。一方、PAUSEボタンを使わず、いきなりRECボタンを押すと、即録音スタートとなるのも、実は結構便利。急いで録音しなくてはならない場合などに威力を発揮してくれる。

前面に大きなRECボタン、PAUSEボタンを配置。STOP、PLAY/PAUSE、巻き戻し、早送りの4つのボタンは上面に並んでいる


■ 最新ファームでMP3録音にも対応

 次に録音モードとトラックの関係について見てみよう。冒頭でも触れたとおり、DR-680は最高で24bit/192kHzでのレコーディングができるのだが、ここにはいくつかの制限があるのだ。まず、ここまで見てきたような8トラックでのレコーディングを行なうためには16bit/44.1kHz~24bit/96kHzのサンプリング設定のWAVもしくはBWFである必要がある。ちなみにサンプリングレートとして選択できるのは44.1kHz、48kHz、96kHz、192kHzの4つ。液晶ディスプレイを見ても分かるとおり、サンプリングレートを192kHzに切り替えると、録音できるトラックがトラック1と2のみに限定されてしまう。

8トラックでのレコーディングには16bit/44.1kHz~24bit/96kHzのサンプリング設定のWAVもしくはBWFであることが必要192kHzに設定すると、録音できるトラックがトラック1と2のみに限定される

 一方、最新のファームウェアであるVer1.1.0からはWAV、BWFに加えてMP3も使えるようになった。MP3で選択できるビットレートは96kbps、128kbps、192kbps、320kbpsの4つ。ただし、このMP3の場合、エンコードに演算パワーが必要ということもあり、レコーディング可能なトラックは1~4の4つに限定される。この辺については、状況に応じて使い分ける必要がありそうだ。

 では、録音されたデータはどのように管理されているのだろうか? DR-680はSD/SDHC対応のレコーダであるため、WAV、BWF、MP3のデータはすべてSD/SDHCカードに保存される。このカード自体は右サイドのSDカードスロットに刺して使うのだが、DR-680本体のみで使っている場合、データはテイクという概念で管理されている。通常は日付を元に名前が付けられるようになっているが、必要に応じて自分で名前の設定も可能だ。そして、テイク単位ですべてのトラックがまとめて再生されるのだが、これをPC側で見ると構造は単純。つまり、STEREOモードで録音した場合はテイク名の後に_st12、_st34といったトラックの名前がついたWAV、BWF、MP3などのファイルがそれぞれ生成されている。これらをDAWなどに取り込めば、PC側でミックスしたり、編集したりすることも可能となる。

MP3で選択できるビットレートは96/128/192/320kbps本体録音時のフォルダ構造。本体のみで使っている場合、データはテイクという概念で管理されるSTEREOモードで録音した場合は、テイク名の後に_st12、_st34といったトラックの名前がついたファイルが生成

 ちなみにMONOモードで録音した場合は、_mono1、_mono2、とすべてのトラックが1つずつのWAVファイルやMP3ファイルとして生成され、さらに6chモードというものもある。これはWindowsで扱えるサラウンド対応のWAVファイルであり6chがすべて1つのWAVファイルにまとめられるというファイル形式である。この場合、_6chというファイルが生成されるほか、ステレオミックスされた_stというファイルも同時に生成されるようになっている。

 以上、DR-680についてみてきたが、XLR/TRS対応の入力となっているだけにS/Nも非常によく、ファンタム電源を装備し、ライン入力時は+4dBu対応になっているなど、扱いやすい設計になっている。最大8トラックのマルチトラックレコーダであることは確かだが、いわゆるMTRとは異なり多重録音を目的としたものではない。つまり、重ね録りをするための機材ではなく、あくまでも一発録り用の機材であることは注意しておきたいポイントだ。


(2010年 6月 21日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またAll Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]