第523回:iBasso「HDP-R10」のDSD再生機能をチェック
~配信やレコーダのDSDファイルを手軽に高音質再生 ~
HDP-R10 |
8月30日に発売されて以来、人気で品不足にもなっているという実売価格88,000円程度のiBasso Audioのポータブルオーディオプレーヤー「HDP-R10」。iPodやウォークマンなどコンパクトでスタイリッシュなプレーヤーが広く使われる中において、それとは正反対といった感じのプレーヤーではあるが、ハイレゾ対応、高音質という面で、人気になっているようだ。
そのHDP-R10の機能の中で、とくにユニークと思えるのは、これがDSDに対応しているという点。ここでは、主にDSDにターゲットを絞って、どんなことができるプレーヤーなのかを検証してみることにしよう。
■ ヘッドフォンアンプも内蔵したAndroid搭載プレーヤー
iBasso Audioの「HDP-R10」はiBasso Audioとヒビノインターサウンドが共同開発したという製品。iBasso Audio自体は中国のオーディオメーカーであるが、いわゆる中華メーカー製品とはちょっと異なり、それなりにしっかりした製品を出してきた実績を持っている。同社ではいくつものポータブルヘッドフォンアンプやDAC内蔵ヘッドフォンアンプなどを出しており、筆者もいくつかの製品を使ってきた。個人的にはオーディオインターフェイスのヘッドフォン出力がパワー不足なので、同社製品を愛用しているのだが、悪くない印象だ。そのように音がしっかりしている背景には、当初からヒビノと共同で製品展開をしてきたことがあるのだろう。
今回発売されたHDP-R10は昨年末に発表しながら、開発の遅れからようやく8月30日に発売された、というもの。実際の使い方やヘッドフォンを接続しての音のインプレッションについては、すでに編集部の記事「【レビュー】FLAC/DSD対応のAndroid再生機「iBasso HDP-R10」を聴く」が上がっているので、そちらに譲るが、ここでもごく簡単に製品概要を紹介しておこう。
冒頭でも触れたとおり、コンパクトというのとはかけ離れた製品で、持つとズッシリとくるこのプレーヤー。その重さからHDDみたいだと思ってしまったが、3.5インチのHDDと並べるとちょうど同じくらいの厚さだった。大きさ的にはその半分くらいだろうか。とはいえ、製品としての外見の仕上がりはとてもキレイで、エッジの処理や表面の光沢といったところを見ても、それなりに高級感はある。マグネシウム合金とアルミニウム合金、樹脂による複合筐体となっているそうだ。その重さから中にはHDDが入っているのかと思ったが、64GBのフラッシュメモリが内蔵されている。iPhone5などと並べてみると、ポータブルプレーヤーとしての大きさの雰囲気も使えるのではないだろうか。
3.5型HDD(左)と比較したところ | 左からiPhone5、HDP-R10、R-05、iPhone4S) |
それにしても、なぜこんなに重たいのか。その重さ・大きさの要因は、これが普通のプレーヤーではなく、アナログのヘッドフォンアンプとセットになっていること。言い方を変えて、ヘッドフォンアンプの付加機能としてデジタルオーディオプレーヤー機能が搭載されたと考えると合点がいく。もっとも、HDP-R10はあくまでもプレーヤー機能とヘッドフォンアンプ機能を統合した製品であって、単独のヘッドフォンアンプとして使えるものではないのだが……。
では、プレーヤーのほうを見てみよう。3.75型タッチパネルを搭載したこのプレーヤー、実はAndroid 2.3.1がベースになったマシンであり、Android端末としても利用可能になっている。そこに専用のプレーヤーアプリである、HD Music Playerがプリインストールされていて、電源を入れれば自動的にHD Music Playerが起動する形になっているのだ。
Androidアプリも利用できる | HD Music Player |
といっても、音に関してはこれまであまり評判のよくないAndroid、普通にアプリを作っても音質的に問題が出そう。そこでiBassoはちょっとしたトリックを使ってAndroidの音質の問題をクリアしている。それは、「Direct Streaming」再生方式を採用することで、内部のゲイン調整機能をスルーして、直接音を出すことを実現しているのだ。そう、Windowsにおいてカーネルミキサーを通すと音質劣化することがあるので、それをパスするためにASIOやWASAPIを利用するのと同様のことをAndroidで行なっているわけだ。確かに実際にヘッドフォンで音を聴いてみても、高音質であることが実感できるし、周りの人たちの評判を聞いても音についての評価は高いようだ。
■ DSDを、他のファイルと同様に簡単に再生可能
ヘッドフォンとの接続は、プレーヤーのボトムに標準ジャックとミニジャックの2つのヘッドフォン端子で行ない、そのどちらでも、また両方同時でも出力可能となっている。その右にあるGainをLo、Mid、Hiで切り替えることで、出力ゲインを調整できる。また右サイドにあるボリュームボタンでプレーヤー側の音量調整が可能。これらを使って音量を大きくしていって分かるのは、おそらく単体のプレーヤーでここまでの大音量出力が可能だった製品はなかった、ということ。パワフルなヘッドフォンアンプが内蔵されているからこそ実現できるパワーなのである。ちなみに、2つのヘッドフォン端子の右にはステレオミニ端子のライン出力が用意されている。こちらの出力は当然ヘッドフォンアンプの影響を受けないので、ゲインの切り替えスイッチをいじっても影響はなく、ボリュームボタンでのレベル調整のみに反応する。
さらに面白いのはこれらの出力のほかに、本体トップ部分に、Coaxial、Opticalそれぞれの出力も装備しているという点。いずれもミニジャック型になっていて、先ほどのヘッドフォンやライン出力と並行して出力されるようになっている。こちらは、もちろんボリュームボタンでのレベル調整とは無関係で、オーディオソースのデータがそのまま出力されるようになっているのだ。
底面のヘッドフォン出力端子 | 側面のボリュームボタン | 天面には光/同軸デジタル出力も備える。 |
アップサンプリングにも対応 |
ただし、そのサンプリングレートはデータによってまちまち。HDP-R10は44.1kHz、48kHz、88.2kHz、96kHz、176.4kHz、192kHzのそれぞれのサンプリングレートに対応しているので、ソースのデータが何に対応しているかによって自動的に切り替わる。さらに、プレーヤーの設定としてサンプリングレートコンバータが用意されており、ここで設定を行なうと自動的にアップサンプリングすることも可能なのだ。この際、44.1kHzのデータなら88.2kHzか176.4kHzに、48kHzなら96kHzまたは192kHzというように2倍または4倍のアップサンプリングとなるようだ。
このようなハードウェア機構に対し、ソフトウェアであるHD Music Playerはなんといっても対応フォーマットが多いのが最大の特徴。MP3、AAC、OggVorbis、WMAといった非可逆圧縮ファイルはもちろん、WAV、AIFFにも対応。さらに可逆圧縮としてはFLAC、AppleLossless、WMA Lossless、Monkey's Audioなどにも対応している。WMA LosslessやMonkey's Audioなど最近あまり目にすることはないが、試してみたところしっかりと再生することができたので、まさにオールマイティーなプレーヤーといってもよさそうだ。いずれのデータ形式でもプレイボタンを押してから実際に音が鳴り出すまで1、2秒待たされるという応答性の悪さはちょっと気になったので、この辺はぜひ今後のファームウェアアップなどで解消していただきたいところだ。
WMA LosslessやMonkey's Audioの楽曲ファイルも再生できた |
さて、今回の最大のテーマともいえるのが、HDP-R10がこれらPCMデータフォーマットだけでなくDSDにも対応しているという点。OTOTOYやe-onkyo musicなどの音楽配信サイトが扱っていることも影響し、ハイレゾ音源として最近、脚光を浴びているDSDを、MP3やWAVなどと同様に扱うことができるのだ。
再生の方法はいたって簡単。あらかじめPCでダウンロードしておいたDSDファイルまたはDSDファイルが入ったフォルダをHDP-R10のストレージにそのままコピーするだけでOKなのだ。HDP-R10にはUSB端子が用意されており、これでPCと接続するとUSBマスストレージデバイスとして扱われるので、この中にあるMusicフォルダ内にドラッグ&ドロップでもっていくだけ。iPodの場合、iTunesを介して同期・転送しなくてはならないという面倒さがあるが、こちらは単純にファイルとしてコピーするだけでいいのはやはり快適だ。HD Music Playerの画面を見ると、アートワークもアーティスト名などもしっかり表示されるため、しっかりとタグ情報も認識されているようだ。
DSDのファイルも、他形式のファイルと混在させて再生できる | DSDの再生画面 |
DSDは非常にリアルに音を表現できるということもあり、話題を呼んでいるものの、PCMとはまったく方式が異なることもあって、再生環境が少ないのが難点。そうした中、手軽にコピーして再生でき、しかもポータブル機として持ち運びが自由にできるプレーヤーが登場したということは素直に歓迎したい。
なおDSDのファイルフォーマットには、DSF、DSDIFF、WSDと3種類があるが、HD Music Playerが対応しているのはDSFのみ。もっとも、音楽配信などに使われているのはDSFなので、通常これで困るということはないだろう。
■ SDカードからの直接再生も。音質は低域の量感などに違い
AudioGateで楽曲ファイルをDSF形式に変換できる |
ところで、このDSDのデータ、一般的にはOTOTOYやe-onkyo musicなどからダウンロード購入するという形になるが、それがすべてというわけではない。アップサンプリングと同じような考え方で、CDからリッピングしたWAVファイルをDSDに変換して聴くというのも面白さの一つ。KORGが出しているAudioGateというソフトを使うことで簡単にDSFファイルに変換することできる。これをHDP-R10にコピーしてみたところ、問題なく再生することができた。AudioGateは本来、KORGのDSDレコーダーを持っている人のためのユーティリティソフトであり、KORGの機材とUSB接続することでプロテクトが外れて使えるようになっているのだが、現在のバージョンはTwitterアカウントを持っていれば無料でダウンロードして使うことも可能になっているので、興味のある方は試してみるといいだろう。
そしてもうひとつのDSDデータの入手方法は、市販の音源を使うのではなく、自分でレコーディングしてしまう、ということ。以前にもレポートしたことがあるKORGのポータブルレコーダー、MR-2を使えば内蔵マイクを使って非常に高音質なレコーディングが可能。屋外に出て自然の音を録ってきたりすると、音楽を聴くのとはまったく違う音の楽しみ方ができるのだ。このようにして録音したDSFファイルを、やはり先ほどと同様の手段でUSBで転送してみたところ、こちらもなんら問題なく再生することができた。しかし、MR-2との連携という意味では、もっと簡単な方法もある。それはMR-2はデータがSD/SDHCカードに記録されるので、それをそのままHDP-R10に入れてしまうという方法だ。もっともHDP-R10はmicroSD/SDHC対応となっているので、MR-2側ではアダプタでSDHC対応させたmicroSDHCカードを使ってレコーディングし、そこからmicroSDHCを抜き出してHDP-R10に挿すという方法だ。この場合、フォルダ設定で「SD Card」を選ぶという設定はあるものの、なんら戸惑うこともなく簡単に再生できるというのは嬉しいところ。
左がKORG MR-2、右がHDP-R10 | MR-2で録音したmicroSDHCカードをHDP-R10に挿して再生 |
一方のMR-2側も、SD/SDHCカードにOTOTOYなどからダウンロードしたデータを入れておけば再生することができるので、このカードは2つのプレーヤーで共通で利用可能なメディアといえるわけだ。こうなるとSACDよりもずっと汎用性の高い便利なDSDメディアであるといってもいいだろう。ただし、microSDのメディアを抜いたり、刺したりすると、「Media Scanning」という表示が出てシステムが止まることがしばしば。すでに内蔵メモリに膨大な音楽データを入れていたせいもありそうだが、この辺の応答性は向上させてもらいたいところだ。
さて、このように2つのプレーヤーで使えるとなったら、やはり試してみたくなるのが音質の違いだ。それぞれにモニタヘッドフォンのSONYのMDR-CD900STを接続して聴き比べると同時に、iPhone5付属のイヤフォンであるEarPodsを使っても聴き比べてみたところ、確かに大きな違いがあることが分かる。HDP-R10のほうが、大音量で再生できるというのはもちろんなのだが、ヘッドフォンアンプの影響もあるのだろう、低域の量感が遥かに大きく、安定して聴き心地のいいサウンドになっている。
これまでもポータブルDSDプレーヤーとしてMR-2を持ち歩く人もいたが、オーディオ的にイマイチという評価があったことも確か。そうした不満をHDP-R10なら解消できそうだ。ただし、音の解像度という面ではMR-2のほうが高いような印象であった。とくにMDR-CD900STで聴き比べた際の音のきめ細かさという点ではMR-2に軍配が上がる。そもそもMR-2はレコーディング用の機材だけあって、モニタリング用に音の調整が行なわれているということなのかもしれない。逆にいえば、一般的なリスナーにとってはHDP-R10のほうがオーディオ的に聴きやすいプレーヤーということができるのだろう。
なお、1点補足をしておくと、HDP-R10のHD Music PlayerはDSFファイルの再生ができるが、それはネイティブ再生ではなく、リアルタイムでPCMに変換しての再生となっている。具体的には88.2kHzへ変換されて再生されるのだ。前述のサンプリングレートコンバータを用いて、176.4kHzに変換しての再生も可能であるが、いずれにせよPCMでの出力となるわけだ。事実、Coaxial、OpticalのS/PDIF出力からも88.2kHzまたは176.4kHzでの信号を出すことができ、外部のDACを通じて再生することができた。
以上のとおり、HDP-R10はポータブルなDSDプレーヤーという点で、大きな意義を持つ機材だと思う。音質的にもよくできていて、KORGのMR-2で不満を持っていた人にも受け入れられそうだ。プレーヤーアプリについては、応答速度などで改善をしてもらいたいところではあるが、DSDの世界では定番機材の一つになりそうだ。