HMDの新時代を切り開く!? ソニー「HMZ-T1」を体験する
-有機ELの大画面で映画やゲーム。装着が最大のキモ
HMZ-T1を装着したところ |
Sony TabletやAndroidウォークマン、デジタルカメラのNEX新シリーズなど、夏から秋にかけて精力的に新製品を発表・発売しているソニー。その勢いを象徴するような製品が、有機ELパネルを2枚使ったヘッドマウントディスプレイ(HMD)の「HMZ-T1」だ。
近未来的なフォルムによるデザイン的なインパクトも手伝い、週間アクセスランキングでは約15万PVを集めて1位になるなど、大きな注目が集まっている製品だ。
SF的なデザインから、まったく新しい製品のようなイメージを受けるが、ヘッドマウントディスプレイ自体は以前から様々なモデルが存在しており、ソニー自身も90年代に「グラストロン」というブランド名で製品を発売している。
では、「HMZ-T1」の新しい点は何かと言うと、「表示パネルに液晶ではなく有機ELを使っていること」、「解像度が1,280×720ドットと高解像度であること」、さらに「HDMI入力を備え、720pのパネルを左右2枚使って3D表示が可能な事」などが挙げられるだろう。そして、こうした新要素を盛り込みながらも、実売6万円前後という「手が届かないことはない価格」を実現しているのもポイントだ。
今回、最終版の製品を借りる事ができたため、実際の装着感や画質、3Dコンテンツの見え具合などをレポートする。
■構成パーツ
HMDにばかり目が行くが、「HMZ-T1」という製品は、HMDに加え、入力端子や処理回路などを内蔵したプロセッサユニットとのペアで構成されている。Blu-rayプレーヤーやゲーム機などは、このプロセッサユニットにHDMI(Ver.1.4)で接続。ユニットからHMDには、3.5mのHDMIケーブルで接続する。
ユニットとHMDを繋ぐHDMIは、HMD本体から直出しとなっており、抜く事はできない。一見普通のHDMIケーブルに見えるが、この中には映像・音声の信号ラインに加え、HMDを動作させるための電源ラインも通っている。長さ3.5mであるため、HMDを装着している状態での行動範囲は3.5mに制限される。「装着したままトイレに...」というのは無理があるだろう。それ以前に前が見えないのだが。
HMDへのHDMI出力は、ユニット前面に1系統装備。背面にはHDMI入力と出力を1系統備える。HDMI出力は、ユニットの電源がOFFの状態でもパススルー出力が可能。例えばBDレコーダとテレビの間に「HMZ-T1」を挟むように接続し、普段はテレビを使いつつ、映画などを大画面で楽しみたいと言う時にケーブルを繋ぎ変えずに「HMZ-T1」を使うといった事も可能だ。
HMZ-T1はHMD部分とプロセッサユニットで構成されている | プロセッサ。全面にHMDを接続するためのHDMI出力を備えている | 背面。HDMI入力とスルー出力用のHDMIを各1系統備えている |
プロセッサユニットの外形寸法は180×168×36mm(幅×奥行き×高さ)、重量は約600g。消費電力は15W、待機時消費電力は0.35W。天面に放熱スリットがあり、使用していると若干熱を帯びる。薄型なので何かの隙間に入れたくなるが、なるべく周囲の空間が確保できる場所に設置した方がよさそうだ。
HMDは約210×257×126mm(幅×奥行き×高さ/可動部最小)。ケーブルを除いた重量は約420gで、頭に乗せたり、顔に装着するものとしてはかなり重い。手にすると重量バランスがフロントヘビーで、逆に、背後には後頭部にかけるバンドしかない。このバンドでしっかり固定する事で、HMDを目の前に固定させる仕組みだ。
HMD部分。近未来的なフォルムが特徴だ | 先端部分は使用時に青く光る | 横から見たところ。重量バランスはフロントヘビーだ |
プロセッサユニットに操作ボタンは一切なく、リモコンも付属しない。操作ボタンは全て、HMDの底面前方、右寄りの部分に配置されており、HMDを装着したまま、指の感触を頼りに各種操作が行なえるようになっている。
目を当てる部分 | おでこに当てるパッド部分 | 底面前方にある操作ボタン。電源とボリューム、円形のカーソルキーを備え、中央が決定ボタンとなる |
本体を横からよく見ると、上側の白いパーツと、下側の黒いパーツが分離しているのがわかる。下側の黒いパーツにはスピーカーが付いており、装着した時に耳の高さだけ外側に広がるようになっている。
音声機能としては「Virtualphones Technology」を搭載。スピーカー自体は左右に2個のみだが、5.1chのバーチャルサラウンド再生が可能。サラウンドモードはスタンダード、シネマ、ゲーム、ミュージックから選べる。なお、HDMI経由の音声入力はリニアPCMの5.1chまで対応しており、DTSやドルビーデジタル、HDオーディオなどには非対応。これらの音声は、BDレコーダ/プレーヤー側でPCMのマルチチャンネルにデコードした上でHDMI送信する形となる。
よく見ると上側の白いパーツと、下側の黒いパーツが分離している | スピーカーも備えている |
■全ての鍵を握る装着
いよいよ装着だ。HMDの底面にある電源ボタンを押しで起動させたら、左右にあるアームの上部にある、黒い小さなボタンを押す。これで後頭部にまわすバンドを引き出す事ができ、奥行き方向の長さ調節が可能になる。バンドを限界まで伸ばした状態から装着スタート。
バンドを引き出すことができる | バンド自体の長さ調節も可能だ |
まずHMDを両手で持ち、バンド部分を後頭部にかけてから、前方部分を下に降ろしてまっすぐにかぶる。目とHMDが水平になるのが重要で、下がりすぎてはいけない。この時、バンドにたるみがあると、HMDの重さで水平よりも下がってしまうため、HMDを水平に押さえながら、人差し指や親指でバンドをグイッと前方へスライドさせる。ただし、この時点ではHMDの動きに“遊び”が残るように、弱めに締めるのがポイントだ。
バンドを後頭部にしっかりかける | そのままHMDを下に降ろして | まっすぐかぶる。下がりすぎてはいけない |
両手を離してもHMDが下にズレ落ちてこない状態になったら、位置の微調整を行なう。目を開くと、目の前に「welcome」という表示が見えるが、これが微妙にズレて、どこか一部がボヤけていたり、画面全体が傾いていたりする。この微妙なズレを両手で補正。パネルが真正面に見えるようにする。この時、視力的な意味でwelcome表示がぼやけていても問題ない。とにかく有機ELのパネル画面が真正面に見えている事が重要だ。ベストなポジションが得られたら、再びバンドをスライドさせ、強めに締める。この時、後頭部のバンドに、HMDの重さがしっかりかかっているかも重要。これをキッチリやらないと、鼻やおでこのみでHMDを支える形になってしまい、使っていると鼻が痛くなってしまうためだ。
しっかり装着したところ |
新開発の光学レンズ |
底面にあるスライドスイッチでレンズの感覚を調整 | 左右のレンズが横にスライドする。動きは連動している |
文字がクッキリ見えるようになれば、後は耳の部分にあるヘッドフォンを下に降ろして、耳にかぶさるように調整。これで完成だ。
スピーカー部分も前後にスライドする。さらに、下に向けて降ろす事ができ、耳の位置に合わせられる |
文章で手順を説明すると凄く面倒な作業に思える。実際、最初の数回の装着は慣れないため、どこでバンドを締めればいいのか、いつレンズを調整すればいいのかなど、戸惑って時間がかかるが、何度も着けたり外したりしていると、10秒もかからず装着できるようになる。
メガネをしている人の場合、メガネの上からHMDが装着可能だ。装着方法は前述の手順とまったく同じだが、最後にバンドをあまり強く締めすぎると、メガネ全体がHMDに押されて、メガネの鼻パッドの部分が鼻の両サイドに強く押し当たってしまうので、加減が必要だ。これも何度か装着していると力加減がわかってくるだろう。
注意したいのは、この装着がしっかりできているか否かが、“使用時の快適性”、“長時間装着時の負担”、そして“画質”にも直結するという事。面倒だからと適当にかぶっていると、短時間でどこかが痛くなってきたり、片方の目だけぼやけて見えたりと、快適に使えず、ピントがビシッと定まらない状態で見ていると、最悪気分が悪くなってくる。最初に正しい装着手順をしっかり覚える事が、何より重要な製品だ。
■ 実際にどのくらいのサイズで見えるのか
装着が完了したら、画面の指示に従って底部のコントロールボタンを操作すると、「三本の縦線と、一本の横線が重なって見えているか確認しろ」という画面になる。片目を閉じてみるとわかるが、片方の目に三本の縦線、片方に一本の横線が表示されており、これが重ねて見えるようにすることで、目とパネルが水平になっているかが確認できるようだ。この簡易チェックが終わると、いよいよHDMI入力された映像が目の前に広がる。
なお、以下に掲載している写真は、コンパクトデジカメをHMDのレンズの前に置いて撮影したものだ。デジカメのレンズを広角側で撮影しているので、画面に歪みがあったり、HMD側のレンズによりぼやけた部分があるのはご容赦いただきたい。実際にベストなポジションで装着すると、画面に歪みやボヤけはまったくない
起動画面 | 片目のパネルでは3本の縦線が | 反対のパネルには1本の横線が表示され、これが重なるように見えるまで調整する |
「大画面に見える」と言われても、実際どの程度の大きさに見えるのか? が最大の関心事だと思うが、ソニーでは「20m離れた位置から750インチのスクリーンを見ている状態」と説明している。750インチと言えば超大型スクリーンだが、20mも離れるとなると遠い気がする。実際の映画館で750インチと言うとIMAXデジタルのシアターがその程度で、20mというのは映画館の中央の席より2、3列前、いわゆる“特等席”に座った視界が再現できると言うわけだ。だが、「IMAXデジタルとか言われてもピンとこない」と言う人が大半だろう。
そこで、PC用ディスプレイとして、スタンダードなサイズになりつつある24型のフルHDワイド液晶を用意。その前に座ってHMDを装着。HMDで見るスクリーンと、24型液晶ディスプレイの画面が、だいたい同じようなサイズに見える顔の距離を測ってみた。あくまで個人的な感覚だが、ディスプレイの中央よりわずかに下に顔を置いたまま、40~50cm離れて欲しい。PCのディスプレイを見る距離としてはかなり“近め”で、視界のかなりの部分を画面が占有する形になるが、だいたいその程度の距離に、同じようなサイズの画面が浮いているように見える。
「なんだ、思ったより小さいな」という人は、部屋の電気を消して真っ暗にして欲しい。その状態でディスプレイを、やや見上げるような顔の位置で見ると、明るい時よりかなり大きく感じるだろう。なお、「HMZ-T1」の視野角は45度と発表されている。
デジカメを広角側で撮影したHMDの視界。あえてHMDの接眼レンズが周囲に入るよう、“引き”で撮影しているが、装着するとより目が前に移動するため、画面は大きく見える | デジカメをやや左に向けて、有機ELパネルの端を撮影したところ。パネルの周囲が真っ暗で、光の反射や漏れがまったく無い事に注目 | HMDのメニュー画面を出したところ。非常に高精細な表示ができているのがわかるだろう |
このサイズ感は視聴位置が遠いテレビではなかなか味わえず、映画館やホームシアターのスクリーン+プロジェクタに近い感覚だ。また、画面以外が暗闇である事の効果も高い。視界から得られる情報を画面だけにする事で、没入感が高まり、映像に集中できるようになる。これがPCディスプレイやテレビとの最大の違いであり、プロジェクタの利点だ。HMDはその利点を、頭にかぶるだけで実現できるのが強みと言える。
そのため、画面以外の部分がしっかり暗い事が重要だ。標準の状態では、視界の最下部がぼんやりと明るい。これは目の下と、HMDの筐体に隙間があるためで、ここから外の光が入り込んでいる。これを防ぐために、ライトシールドと呼ばれるゴム製の遮光板が付属しており、HMDの底面に装着できるようになっている。
装着した状態を、下からみた所。目の下に大きな隙間がある事がわかる | 付属のライトシールド |
ライトシールドを装着する前 | 装着したところ。目の下の隙間が覆われているのがわかる |
これを取り付けると、ほぼ完全な暗闇となり、まさに映画館気分。10分も映像を見ていると、目の前の小さな有機ELパネルを見ているのではなく、映画館で大画面を見上げているような気分になる。驚いたのは有機ELパネルからの光が、HMD内部を照らしているはずだが、その照り返しがまったく見えず、有機ELパネルのみが光っているように見える事。これにより、「小さな箱の中を覗いている」感覚が無い。ライトシールドで外の光をさえぎる事は、HMDの外側にある世界の存在を忘れさせ、「ここは映画館なんだ」と自分に思い込ませるためにも重要だ。
■ 有機ELならではの高画質
BDレコーダと接続 |
PS3でゲームも体験 |
有機ELパネルを使っていることもあり、得られる画質は非常に高い。特に黒の沈み込みとコントラストが秀逸で、「ダークナイト」冒頭のビルの黒いガラスが、パネルの外の暗闇とほぼ同じレベルまで沈む。夜景のシーンも同様で、黒の沈み込みと、純度の高いネオンの光との対比が鮮烈だ。黒が締まる画質ながら、暗部の階調も豊か。冒頭、背中からのアングルで登場するジョーカーの背広の暗部に、キチンと階調が見える。これは画質モード「スタンダード」の場合で、暗めになる「シネマ」では背広の模様は見えにくくなるが、それでも潰れてしまったわけではない。ダイナミックレンジの広さを感じる階調性だ。
有機ELパネルは電流を流した瞬間に発光するため、0.01ms以下と、高速応答性能に非常に優れている。ビルや街並みがパンするようなシーンでも、輪郭がブレたり、残像が残ったりする感覚が少なく、格闘シーンも動きがクリアに見える。PS3と接続して「WipEout HD」というレースゲームをプレイしてみたが、流れる景色も尾を引かず、走行中でも車体のディテールがよく見える。FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)の「KILLZONE 3」で、素早く横に振り向いても映像がブレが無い。ゲームにも適したデバイスだと感じる。
画面が大きく、周囲が暗い事もあり、液晶ディスプレイを眺めている時より映像の力が強く、敵が襲いかかって来ると思わず首を傾けて避けてしまう。だが、頭を動かしても映像が正面についてくるので、不思議な感覚だ。
パネル解像度は1,280×720ドットで、フルHDと比べると低いが、映画を鑑賞していても解像度的な不足はあまり感じない。字幕の漢字もクリアに見える。ゲームでも、レースの順位表や、設定画面の説明文章なども読む事ができる。「KILLZONE3」でも、残弾数表示や、ストーリーパートの日本語字幕も視認性は高い。
ゲームをプレイしているところ 「WipEout HD」 (C)2008 Sony Computer Entertainment Europe. 「KILLZONE3」 (C)Sony Computer Entertainment Europe. Published by Sony Computer Entertainment Inc. Developed by Guerrilla. |
PCのDVI出力にHDMI変換コネクタをかませ、入力してみたが、Webブラウザの文字も良く見える。この記事も一部HMDを装着したまま書いてみた。目をこらすので少し疲れるものの、書けないことはない。流石にフルHD解像度で入力すると、アイコン下の文字が小さくなりすぎて見えにくいが、解像度をそこまで上げなければ、ゲームをプレイしたり、プレイ中に他のプレーヤーとチャットをするといった事も可能だろう。
次に、3D映像を表示してみた。接続したPS3で、ディスプレイの自動設定を行なうと、HMDを3Dディスプレイと認識してくれる。認識後はBlu-ray 3Dや3Dゲームの表示が可能だ。
3D対応ディスプレイとして認識される |
3D映像の特徴は、「クリアで明るい」の一言に尽きる。HMDは構造的に左右の目用に容易に別々の映像を表示できるため、3Dに適した表示デバイスと言える。3Dテレビのフレームシーケンシャル方式や、ラインバイライン方式などと比べ、左右の映像が混ざり合って二重に見えるクロストークが原理的に発生せず、偏光板やシャッターを介する必要も無いため、パネルの明るさをそのまま3Dでも体験できるのが特徴だ。ソニーではこの方式を「デュアルパネル3D」と呼んでいる。
「アバター」のBlu-ray 3D版から、翼竜(マウンテン・バンシー)に乗って主人公が飛ぶシーンを鑑賞したが、崖を高速で落下する場面では有機ELの高速応答性を活かし、背景のブレが少なく、その岩肌から翼竜と主人公がクッキリ浮き上がる、分離の良い3D映像が楽しめる。大空を飛ぶシーンでも、飛び出した翼竜の輪郭にズレやにじみが無く、どの部分が手前に浮き上がっていて、どの部分が奥にあるのか容易く見分ける事ができる。
明るさも2D表示時と遜色無く、コントラストの高さを維持している事も、見やすい3Dに貢献している。3Dテレビや、プロジェクタでの3D表示を凌駕する、今までに体験した事のない3D映像で、「高画質な3D映像を楽しむデバイス」としても「HMZ-T1」は魅力的だ。ゲームでも同様の印象で、「KILLZONE3」で乱射する銃から飛び出る薬莢が、非常にクリアに目の前に飛んでくるので驚いた。戦場の奥行きもリアルだ。
■ 気になるところも
非常に面白い製品だが、気になる点もある。1つ目は長時間使用での負担だ。使用時の姿勢として、下を向いてしまうと当然ながらHMDがフロントヘビーなので、頭が下に引っ張られ、首の後ろがつっぱってくる。真正面を向くと、おでこと後頭部で重量を適度に分散できるので楽になる。しかし、長時間そのままだと首に負担がかかる。2時間の映画などはリクライニングチェアに座り、斜め上を見上げるような体勢が理想だ。この姿勢では、おでこにかかる重量は増えるが、首にかかる負担は軽減される。
天井を見上げると、おでこで大半の重量を支える形になり、次第におでこがジンジンしてきて感覚がなくなってくる。メガネをつけたままHMDを装着した場合では、メガネへの圧迫が増え、メガネの鼻パッドが鼻の脇に食い込み、長時間はツライ。そこで、枕を置いたベッドに仰向けになってみた。すると、HMDの左右のアームの末端が枕に埋もれつつ、重量を支える形になり、意外に楽に使える。ただ、負担は分散されるが、おでこへの圧迫がなくなるわけではない。
より負担を減らそうと、横向きに寝てみたところ、HMD本体の側面が枕に設置するため、重量的負担は一気に減少。「これは良い!」と一瞬喜んだが、耳に痛みが走る。枕に押されたヘッドフォンが耳を圧迫するのだ。さらに、枕にHMD本体が触れたことで、両目に対するパネルの水平が若干くずれ、片目の視界のフォーカスがズレが発生。片耳のスピーカーを諦めて収納し、慎重に枕とHDMを設置させれば使えないことはなさそうだが、その絶妙な体勢を維持するのに神経を使う。これならば素直に仰向けになっていたほうがいいだろう。
30分のアニメ2本程度なら仰向けでも楽しめたが、結論として映画などの長時間コンテンツの場合、やはりリクライニングチェアなどで斜め上を見る姿勢の方が適している。ただ、実際90分程度の映画を1本見た後の疲労は、プロジェクタで映画を見るよりも重く、「すぐに2本目を見よう」という気にはならず、しばしの休憩が欲しくなる。
ゲームはどうかとFPSをプレイすると、照準の先を凝視したり、物陰に隠れた敵の姿を注意深く探しているためか、1時間もたたずに目が疲れてくる。液晶ディスプレイと何が違うのか、交互に使いながらしばらく考えたが、おそらくHMDでは“画面を見ない瞬間が無い”ためだろう。
例えばテレビやPCで2時間ゲームをしたからといって、その2時間中、ずっと画面を真正面から凝視している人は少ない。ローディング時間や、会話のシーン、キャラクターがフィールドを移動しているだけのシーンなどで、ジュースを飲んだり時計に目をやったり、画面を見ない瞬間が生まれる。しかしHMDの場合は、横を向こうが上を向こうが、画面が真正面についてきて逃げようがない。これが疲れを生むのだと思われる。
また、当然ではあるが、HMDを外さないと外が見えない。ライトシールドを外して上を向き、眼球を下に向ければわずかに外が見えるため、テーブルに置いたジュースや、AVリモコン、ゲームのコントローラーを手にとる程度はなんとかできる。ただ、外したライトシールドを元に戻すのがなかなか難しい。視界が制限されているので、ライトシールドの形状を指で確かめ、「この形だから、左目の下に、この向きで装着すれば……」と、想像しながら取り付けなければならない。HMDと固定する穴も小さいので、指先で確かめながら...などとやっているともどかしくなり、結局HMD全体を外して、シールドを取り付けてからかぶるハメになる。没入感を高める必須パーツとも言えるので、片側をHMDに直付けしてしまうなどして、取り付け、取り外しがしやすいようにして欲しい。
欲を言えば正面外側に簡単なデジカメ機能を実装し、ボタン一つで外の景色がHMD内に表示できる機能も欲しかったところだ。バンドなどを固定した状態で、HMD部分だけを上に跳ね上げられるような構造でも良いだろう。他社とコラボして、“HMDを取り付けられるリクライニングチェア”などが登場しても面白そうだ。
また、この映像と比べると、音が負けているのが気になる。ヘッドフォンのサイズからすると健闘しているサウンドだとは思うが、視界がプロジェクタ並の大画面であるのと比べると、音に厚みが少なく、低域の迫力ももう少し欲しい。バーチャルサラウンド機能はモードが選べ、「シネマ」や「ゲーム」が音の広がりが大きく、高域を少し強調してセリフや効果音を聞き取りやすくしているが、「スタンダード」では筐体の反響音が耳につき、あまり明瞭な音ではない。できればヘッドフォンを取り外し可能にし、ユーザーがあとから、好きなヘッドフォンやイヤフォンを組み合わせられるようにして欲しかった。
■まとめ
様々なソースを鑑賞してみたが、個人的には映画に適しており、ゲームでは、RPGなど比較的ゆったりとプレイできるコンテンツに向いていると感じる。レースゲームやFPSの没入感も強烈だが、没入しすぎるあまり、疲れやすいのは仕方のないところだろう。
プロジェクタで映像を楽しむためには、スクリーンの展開や、部屋を暗くする手間、プロジェクタが起動して投写されるまで待つ時間などが必要になる。単にリモコンのボタンを押せば映像が出てくるテレビとは違うものだが、その代わりにテレビで映画を観るのとは異なる、“特別な時間”を提供してくれる機器だ。AVファンはそうした手間を「特別な時間が始まるまでの気分を盛り上げる儀式」として楽しめるものだが、面倒な作業である事には変わりない。
この手間が存在するため、プロジェクタは「思いついた時に楽しむ」のが難しい。あの映画の、あのシーンを楽しみたいと思っても、クタクタに疲れて帰宅した時や、翌日の朝が早い時などは「面倒くさいからテレビでいいや」となりがちだ。
「HMZ-T1」には装着の手間が必要だが、プロジェクタ投写までの行程よりは楽であり、気軽に使える。そして予算や部屋のスペース的にプロジェクタが設置できない場合、その簡易的な代わりを務める事も可能だろう。ただ、ホームシアターの魅力は大画面だけでなく、体を包み込む音響にもあるため、プロジェクタの完全な代替品にはならない。テレビとプロジェクタの“中間に位置する製品”という印象だ。
同時に、テレビの無い部屋にPS3+torneとHMDだけを入れ、「HMDがあるからテレビもディスプレイもいらない。TVもゲームもHMDだけで毎日楽しむ」というのはちょっと違う気がする。バラエティ番組をHMDで何時間もボーっとみたり、PCでWebブラウジングや仕事の文章書きをHMDをしたまま何時間もするというのは体への負担が厳しいと思われ、そうした行為はやはり液晶テレビやディスプレイなどでやったほうが快適だろう。
つまり、日常的に使える気軽さの延長線上にありつつ、非日常を味あわせてくれる表示デバイスではあるが、“日常全てのシーンで使うものではない”と、とらえておきたい。どっぷり入り込んで楽しみたい映画やゲームがある時に使いたい製品だ。
低価格化が進む液晶テレビやPCディスプレイと比較すると、実売6万円は高価ではあるが、有機ELの高画質を大画面で楽しめる簡易プロジェクタと考えると激安だ。プロジェクタの入門機としてオススメできると共に、ゲームユーザーにも、今までと違った体験ができるデバイスとして、注目して欲しいモデルだ。プロジェクタでもテレビでもないHMDの新時代を切り開く1台として、多くの人に装着してもらいたい。
また、これだけのデバイスで「映像を観るだけ」というのも味気ない。デジカメを搭載したり、AR技術とからめて、自分の部屋に現れたモンスターを攻撃できたり、首を上下左右に向けると、連動して視界が変化し、ゲームの世界に本当に迷い込んだように錯覚ができる……など、AVだけでなく、ゲームの世界での広がりにも期待したい。
[AV Watch編集部山崎健太郎 ]