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Bluetoothに代わり、Wi-Fiがイヤフォンのワイヤレス伝送の中核に。Qualcomm「XPAN」とは何か
2025年3月31日 08:00
一昨年に開催されたクアルコムの新製品発表イベント「Qualcomm Summit 2023」で、数々の発表の中でもひときわ注目された新機能が「XPAN」である。これはBluetooth一辺倒だったイヤフォンの世界にWi-Fiを導入するという点で画期的なものだ。XPANとは「Qualcomm Expanded Personal Area Network」の略であり、Wi-Fiによる到達範囲の拡張とともに、音質においてもWi-Fiの広い帯域幅を活かせる点で期待できるものだ。
その後しばらく詳細は明らかにされなかったが、先日のXiaomi 15 UltraとXiaomi Buds 5 Proの発表の際にXPANの対応が明かされ、再びXPANが脚光を浴びることになった。
そして去る3月29日、日本クアルコムオフィスでXPANのメディア向け説明会が開催された。本記事ではそこで得た情報からXPANとはどういうものかを解き明かしていく。
XPANとは何か
XPAN説明会にはV&M部門製品管理担当副社長のNeeraj Sahejpal氏と、V&M部門製品管理担当ディレクターのNigel Burgess氏が参加。説明会は主にNigel Burgess氏によりプレゼンテーションが行なわれ、それからQ&Aセッション、実機デモという順番で進められた。
Nigel Burgess氏によれば、Snapdragon Soundは4年前に高品質なワイヤレスオーディオと低遅延のゲーミング体験を安定して実行できるものとしてロンチされ、この間多くの開発者に支持され、今では100以上のOEMカスタマ、そして世界中で6,200万台を超える212種類ものデバイスに搭載されたという。そしてコンピューター分野にも拡大している。
そしてSnapdragonSoundではBluetoothを用いて48kHz,24bitロスレスをLE Audioで達成するまでになったが、最新のSnapdragon S7 Plus サウンドプラットフォームにおいてさらにそれを書き換えるような革新的な技術であるXPANをアナウンスした。
これはイヤフォンでも駆動できる低電力Wi-Fiを用いることで、Bluetoothでは実現できなかった192kHZロスレスまでの再生を可能にするものであり、さらに将来的には低遅延ゲーミングも可能にするという。
ユーザー視点で見ると、XPAN対応のスマホとXPAN対応のイヤフォンを組み合わせるだけなのは、現在のBluetoothとまったく変わらないものだが、音楽を再生するとこれまでとは異なり低電力Wi-Fiに置き換わり、現行で96kHz、将来的には192kHzまでのロスレスが再生できるようになるという。
これだけでもメリットは大きいのだが、さらにイヤフォンが家庭内Wi-Fiの標準的なアクセスポイントに接続でき、家のどこにいても途切れることなくロスレスの音楽体験を提供できるそうだ。
Nigel Burgess氏によると、XPANはSnapdragon Soundの上に乗っており、今後数年で対応機種が増えていくという。そして高品質オーディオを熱烈に愛する日本市場にXPANを紹介することが氏にとっても心躍ることであり、日本のユーザーにとってもわくわくするような体験を提供できるだろうと述べた。
その後のQ&Aセッションで、XPANの詳細と実像に迫った。
これまでXPANは、BluetoothからWi-Fiに切り替わる技術とも考えられてきたが、実際にはWi-Fiを主体にして音楽データ伝送を行ない、Bluetooth(BLE)をボタンコントロールなどの補助通信手段として組み合わせる技術のようだ。
まず実際の動作について説明する。XPAN対応スマホとXPAN対応イヤフォンを組み合わせて、Wi-Fiモードをオンにすると、まずP2P(ピアツーピア)通信でスマホとイヤフォンがWi-Fiで直接接続される。コーデックはaptX Adaptiveが用いられる。つまりこれまでBluetooth上で搬送されたaptX Adaptiveが、XPANではWi-Fiによって搬送されることになる。
そしてXPAN対応イヤフォンがスマホと離れていくとWi-Fiの信号強度が落ちていくが、ある強度にまで下がると、いったんBLEに制御が渡される。そこで近傍のアクセスポイントを探して見つかると今度はアクセスポイント経由に接続が切り替わる。つまりスマホとイヤフォンの間に遮蔽物があってピアツーピア通信が妨害されても、アクセスポイントを介することでスマホとイヤフォンの間の通信を確保する。
この切り替えの際に接続変更のための「間」が空くことになるが、これはバッファによりうまく調整されて、ユーザーにはシームレスに感じられるという。接続先が変わっても、コーデックは同じaptX Adaptiveなので音質に変化はほとんどないというわけだ。
ただし、このアクセスポイントを使用したホームネットワーク対応と、192kHzまでの伝送は、製品としては将来的に対応可能ということで、現時点ではスマホとイヤフォンの直接通信と96kHzまでの伝送にのみ対応しているとのことだ。アクセスポイント経由の場合にはBLEでの通信はできなくなるが、これはWi-Fi伝送を使用してなんらかの対応をしているようだ。
実際のイヤフォンを使い、アクセスポイントを経由したホームネットワーク対応のデモを体験した。
XPAN対応イヤフォンは市販品ではなくAuracastのデモなどにも用いられるクアルコム社製の独自イヤフォンが用いられた。デモにおいてはPC上にログが表示されて接続の推移がわかりやすいように表示されている。
そして実際にこのXPAN対応イヤフォンを装着して廊下に出てしばらく歩いてみた。音楽は映画「1917 命をかけた伝令」の劇中歌としても使われた"The Wayfaring Stranger" が再生されている。
デモルームから廊下に出るとWi-Fiアクセスポイントが置かれているのが見えた。それを過ぎて部屋から10mほど歩くとプツッというかすかな音がするが音楽はそのまま流れている。どうやらここでP2P接続からアクセスポイント接続に切り替わったようだ。音質の変化はその音の前後では感じられない。そのまま建物の廊下の端に突き当たったが音楽は変わりなく流れていた。たしかに部屋から出てこの距離であればBluetoothならば接続不良を起こしているだろう。
この推移をログで見ると下の画像のようになる。まず始めにXPAN対応イヤフォンとXPAN対応スマホがXPANのP2P接続で接続されているのが分かる。(上の赤囲み)
それが一定の信号強度でBLEに制御が渡され(真ん中の赤囲み)、そしてアクセスポイント経由にXPANの伝送が切り替わり(下の赤囲み)シームレスに伝送が継続される。
Wi-Fi 4準拠なので、アクセスポイントには特殊なXPAN対応は必要ない。
途中でBLEを経由するのは、BLEよりもWi-Fiの方が安定しているようにも思われるので不思議なことだが、これはチップとアンテナの実装に依るもののようだ。
なかなか興味深いデモだった。途中でかるくノイズが入る点は今後の改良で修正されるということだ。また、現行のXiaomi 15 UltraとXiaomi Buds 5 proにおいてはまだアクセスポイント経由の接続は実装されておらず、ファームウエアアップデートで対応されるとのこと。
XPANはまだ完成形ではなく緒に就いたばかりのように見えたが、その可能性は果てしないものがある。画期的なアイディアもいくつか検討されているようだ。将来的にはイヤフォンがIPアドレスを取得してインターネットに直接接続するようなことも視野に入れているという。BluetoothはWi-Fiとは異なりIPプロトコルに対応していないため、Bluetooth対応イヤフォンではインターネットに直接接続することはできない。XPANにおいてはこれまでのワイヤレスイヤフォンとは根本的に異なるユーザー体験が可能となるだろう。
XPANの骨子は、長らくワイヤレスイヤフォンの代名詞であったBluetoothに代わって、Wi-Fiがワイヤレス伝送の中核となったことだ。その利点の一つは192kHzロスレスの高音質であり、家の中でどこに行っても途切れることのない接続性の高さだ。さらにその可能性はそこにとどまらない。
もちろんその将来は今後の普及次第だろう。しかし個人的にはXPAN対応製品が続々と世に出てくる未来が待ち遠しい。