― RandomTracking―
TSUTAYAのオンライン事業責任者に聞く
ネット配信、ディスクレンタルの本当の可能性
TSUTAYAといえば、日本最大のレンタルビデオ・チェーンであり、小売り事業でも大きな影響力を持つ。そして、オンライン事業にも積極的な企業として知られている。
ツタヤオンライン 山地浩社長 |
このところは、ディスク宅配レンタル事業「TSUTAYA DISCAS」や、アクトビラ上で、唯一、ダウンロードによるセルスルー方式で映像配信を行なう「TSUTAYA TV on acTVilla」が話題になることも多かった。
TSUTAYAは、おそらく多くの人にとって、「放送の次に来る、映像コンテンツを手にする場所」といえるだろう(最近はYouTubeやニコニコ動画が……、という人もいるかもしれないが)。
現在、TSUTAYAは「オンラインと映像ビジネス」の関係をどう見ているのだろうか? オンライン関連ビジネスの責任者である、株式会社ツタヤオンラインの山地浩社長(4月1日より、株式会社CCC・エクゼクティブバイスプレジデント 会員サービス事業 Strategic Business Unit担当)に話を聞いた。
■ 「横綱相撲」で伸ばす宅配レンタル事業だが、「規模はまだまだ」
TSUTAYAのオンライン事業は、現在主に4つのパートからなる。
一つ目は、テレビCMでもおなじみのディスク宅配レンタル事業「TSUTAYA DISCAS」(以下DISCAS)。二つ目が、公式サイト「TSUTAYA online」を基本としたオンラインショッピング、コンテンツ事業。三つ目は、アクトビラ上での映像配信「TSUTAYA TV」を中心とした映像配信事業。そして、それらに加え、店舗まで含めた包括的なサービスとして、ポイントサービスとしての「Tポイント」がある。
TSUTAYA DISCAS |
「現在のところ、ビジネスは非常に好調に伸びていますね。成長率はすごいです」と山地氏は語る。
店頭に行かず、手軽にレンタルできることから、日本でも海外でも、レンタル事業の「成長株」はこの種のサービスとなりつつある。テレビCMを頻繁に打つのも、それだけ成長の余地が大きく、顧客獲得効果が高い、ということなのだろう。
そうなると気になるのが、店舗事業との棲み分けだ。オンラインビジネスは、必ずここが問題になる。「借りられるなら店舗に行かなくていい」となると、当然ビジネス的にはインパクトを受けると考えたくなるものだ。
特にTSUTAYAの場合、店舗の多くは「フランチャイズ店」である。直営ならば、オンラインでも店舗でも、「同一の企業体」が運営するものだから、要は全体として儲けが出ればいい、ということになる。だが、フランチャイズ店の場合、各店舗は独立採算。同じ「TSUTAYA」であっても、オンラインと店舗が利益を食い合うことは、大きな問題となりかねない。
山地氏:それはほとんど影響がないです。結局、まだまだ小さいんですよ。伸びているとはいえ、全体に影響を与えるほどにはなっていない。数字を聞くと、たいしたことないな、と思われるかも知れません。“店舗とバッティングしない”、とはいいませんが、やっとそれが議論されるレベルになっている、という段階です。
DISCASを含むTSUTAYAのネット事業全体での売上高は、2007年度実績で約170億円。DISCASの会員数は、現在公開されている最新の数字としては、2月末の段階で65.3万人。ちなみに、現在はBlu-rayもレンタル対象となっているが、枚数構成比はまだ「全体の1%以下」(同社広報)だという。会員数は「毎年50%ずつ成長している」(山地氏)という状況であり、現時点では、DISCASは日本最大の宅配型DVDレンタルと見られている。
それに対し、TSUTAYAの店舗では、「おおむね2,000億円くらいの市場規模」と言う。まだオンライン宅配の20倍以上の規模を持っている、ということになる。ちなみに、店舗とDISCASを合わせると、TSUTAYAでは2008年1月から12月までの間に、5億8,000万枚以上のディスクがレンタルされたという。ディスクレンタルとは、それだけ巨大なビジネスなのである。
山地氏:広告(DISCASのテレビ広告)を打って顧客が伸びる、ということは、まだそれだけ認知されていない、ということなんだろうと思います。そういう段階ですから、時間をかけてゆっくりと、これだ、というもの(ビジネスモデル)を作っていけばいい、と思っています。その中で、TSUTAYA以外のネット企業にシェアを取られるわけにはいかない、ということです。シェアを取られて負けるのを見ているだけでは、どうしようもないですからね。
ネット宅配レンタル事業には、「ぽすれん」や「DMM」など、いくつかのライバルが存在する。だが、山地氏はそれらのライバルからシェアを奪うことを「あまり考えていない」という。
山地氏:“顧客を奪う”という発想はないです。闘っている相手はお客様。いかにお客様に認めていただけるか、ということです。(他社に)負けるわけにはいかないんですが、そもそも負けることは考えていないです。大きな「TSUTAYA」という事業をやっているわけですから、それをベースにしたノウハウには有用性があります。他社は、元々映像レンタル事業をやっていたわけではないですからね。そこが違うんです。(一般論として)スピードで負けてやられる、という例もありますが、そこでも負けているわけではないですし。
「認知度・ノウハウを生かした横綱相撲ですか?」との問いに、山地氏は苦笑いしながら頷く。「横綱相撲をしなけれないけないんです、この事業では」
■ 通販の経験を反省材料に。映像配信「TSUTAYA TV」に注力する理由
他方で、DISCASのように横綱相撲とはいっていないビジネス分野もある。それが「通販」だ。通販サイトとしてのTSUTAYA onlineは、それなりの認知度を持っているように思えるのだが、山地氏はまったく満足していないようだ。
山地氏:正直、Amazonに水をあけられています。ネット上では、1位しか残れないですよね。せいぜい2位まで。本当はAmazonが出てきた時に、追撃できたはずですが、ちゃんとできなかった。我々の場合店舗のビジネスが主ですから、「力を入れる」という発想がそもそもなかったんです。TSUTAYA onlineはアマゾンと同時期に立ち上がっているんですが、「そんなに(市場は)大きくならないんじゃないかな」という楽観論があった上に、「店の頭越しに商売をすることになるのではないか」という話にもなり、力を入れなかった。この二の舞をしてはいけないと思っています。
その結果、いち早く手がけることとなったのが「映像配信」である。アクトビラの中で「TSUTAYA TV」を手がけているのも、そういった発想に基づく。
山地氏:新しいものですから、どうなるか正直わからない。やってみなきゃわからないんですよ。サッカーでは、シュートされそうになったら、バックスは体でボールを止めに行きますよね? そんな感覚ですよ(笑)。
その中で、どのようなサービスがどのように使われると予想しているのだろうか? すでに述べたように、「店舗との食い合い」は、同社のビジネスにとって大きな問題となりうる。だがこの問題について、山地氏は「悩んでもしょうがない」と笑う。
山地氏:結局、全部コンシューマがきめることなんですよ。悩んでもしょうがない。新しく出てくる技術やビジネスモデルを積極的に採り入れて、多様性に対応し、お客様に選択肢を提供することが大切だと考えています。もちろん、(ビジネス領域が)ぶつかることもありますよ。それは、社内なら調整すればいいこと。社外だったらば、急いで追いかけなくてはいけない。進化していけない企業は滅びてしまいますから。
TSUTAYA TV |
ではそもそも、なぜ日本の映像配信は、こうもコンテンツが貧弱なのだろう? ご存じの通り、特に国内で制作された映像の場合、権利処理の難しさなどがネックになっているのだが、山地氏は、その点よりシンプルだが、説得力のある意見を持っている。
山地氏:日本のものがなかなか許諾されないのは事実です。これをどうするのか、という話もあるんですが……。僕たちはビジネスマンですから、まずは流通できるものでビジネスをするしかない。だったら洋物(ハリウッド系コンテンツ)を流通させるところから始めよう、ということです。そうして、ビジネスチャンスがどんどん出来て、市場が大きくなっていけば、日本で制作されたものについても「時間とお金をかけて権利をなんとかしよう」という話になり、許諾されるようになっていくでしょう。
結局、こういう流れじゃないと、誰もなにもしないと思います。法律でどうこうしたって動くものじゃないですよ。もちろん、古いものとかで、許諾していただく方がわからないようなものについては別ですが。ハリウッドの企業は洗練されたビジネスモデルをもっていますから、どうしても先行しますよね。
はっきり言って、今のハリウッド系コンテンツだけでは全然十分じゃないですよ。よちよち歩きの赤ちゃんもいいところです。でもね、それは当たり前の話なんです。だって、オンライン配信というのは「端っこ」なんですから。例えば映画だとすれば、まず映画館でかかって、セルにまわって、それからペイTV、次に無料放送、という形です。ネットはまだ儲からないですから、この下にあります。市場規模が小さいから端っこにあるわけですよ。端っこにコンテンツは回ってこないんです。昔は、レンタルだって「端っこ」だったんです。しかし、成長することでセルの近くまで成長することができた。動画配信もそうなれば、コンテンツは集まってきますよ。
オンライン配信へは、地球規模で(皆が)行こうとしていますから、最終的にはそんなに心配しなくてもいいんじゃないでしょうか。ただそれには、課金システム、いかにしてお金に換えるか、ということが重要になります。もしかすると、「道徳心」も必要とされているかもしれません。
TSUTAYA TVの利用者数や「セル・レンタル比」などの情報は現時点では公開されていない。実はこんなエピソードがある。あるメーカーで、アクトビラのデモのために、1日で同じコンテンツを10回程度「購入」した。すると、そのコンテンツはいきなりTSUTAYA TVのランキングで上位になった……。こういった情報を合わせて考えると、まだまだ利用者数がかなり少ないであろうことは容易に予想がつく。
利用者増加のハードルとなっているのは「わかりづらさ」だ。現状では、どのテレビでアクトビラ ビデオ・フルが利用可能なのかを認識するのが難しい上に、テレビをネットへつなぐにも、それなりの知識が必要だ。
とはいえ、アクトビラがもっとも有力である、と山地氏は見ている。映像配信を手がける企業の中には、別途STBをレンタルするところもあるが、「機器が増えるのは面倒だし、別途買っていただくのは現実的でない」(山地氏)と考えているようだ。
■ 配信の時代の前に。「HD」で店舗が強くなる
オンライン配信は、リアルの店舗とバッティングすることが多い、と言われるビジネスである。そのため、「レンタル店は今後お荷物になる」と言われることも多い。
だが山地氏は、「あくまで仮説ですが」と前置きした上で、「むしろ店舗は強くなるんじゃないでしょうか」と話す。理由は「インフラ」と「HD」だ。
山地氏:仮にインターネット配信が主流になるとすれば、インフラの増強が必要になります。結局はそこに投資をしなければならない。そのためコストが発生するとなると、それは(レンタル料金として)お客様に転嫁しなければならなくなる可能性があります。とすると、今のレンタル料より高くなる可能性もあるわけです。単純に「ネットだから安くなる」とはいえない。
この点は、多くの人が指摘する点である。山地氏などが考えているのは、「1タイトルで数万・数十万人」という「マス」の世界である。数千人なら問題なくとも、本当にビジネスとして成立するレベルで運用するなら、インフラへの投資・ランニングコストはかなり大きなものになる。日本発で「マス」に到達した動画サービスといえる「ニコニコ動画」が、運営コストに苦しんでいることなどを思えば、頷ける話ではある。
山地氏:しかも、これからは「ハイビジョン」、HDの世界になるわけでしょう? とすれば、インフラはさらに厳しい。
もうひとつ大きいと感じているのが、ホームシアターの普及です。大型のディスプレイが増え、サラウンドで音を楽しむ、ということになれば、やはりBlu-rayでしょう。現在、アメリカでは映画が3D化していますが、それも家庭に来る。ホームシアターが進展し、そこで楽しむBlu-rayが普及するとすれば、提案力・網羅力を持つ店舗がものすごく大きな力を持ってくると思っているんです。
この点については、配信で先行するアップルの例も参考になる。3月19日、iTunes Storeにて、HD映像による映画配信が本格的にスタートしたが、そのレンタル価格は新作で4.99ドル。音楽サービスのそれに比べると決して「格安」ではない。しかもHD映像とはいえ、4Mbps、720pと、アクトビラ ビデオ・フルの映像に比べクオリティは低い。値上げの理由として、著作権者への配分が多くなったことも挙げられており、単純にインフラコストで語ることは難しいのだが、「ネットなら安くなる」と単純に考えるのは、少なくとも現時点では難しい。
その上で、「事業としてどれだけのリスクをとって先行するか」が、各社のビジネスモデルの分かれ目、といえる。
TSUTAYAの場合には、ネットを「選択肢」として追求する一方で、「物理メディア」「店舗」も生かす、現実策を採るようだ。この2月、TSUTAYAグループを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブグループは、事業を再編すると発表した。オンライン事業を手がけていたツタヤ・オンラインは本体に吸収され、ひとつの「中核事業」となる。このあたりも、「ネット時代の事業のありかた」を考えた施策だろう。
山地氏は今後の施策として、「店舗を中核として、様々なネットサービスをより連携できるようにしたい」と話す。昨年12月に、DISCAS上で店舗のレンタル在庫を検索できるようになったほか、4月1日より、TSUTAYA online上でTポイントが利用可能となる。オンラインの可能性を否定することなく、「事業の規模や物流の力を生かす」のが、TSUTAYAの当面のビジネスモデルといえそうだ。
(2009年 3月 26日)