西田宗千佳の
― RandomTracking

「nasne」が切り開くレコーダの未来

~SCE開発チームに聞く狙いと広がり~


左から、ペリフェラル事業部 開発部 1課 課長の末富達人氏、商品企画部 ハードウエア企画課 課長の渋谷清人氏、システムソフトウエア開発部7課 課長の石塚健作氏、ソフトウエアソリューション開発部2課の水野公嘉氏、ペリフェラル事業部 開発部 2課 課長の河原裕幸氏

 torneの発売から2年、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が、次に世に問うた「録画環境」は、ネットワークを主軸にしたレコーダ「nasne」だ。PlayStation 3専用の周辺機器から、PS3、Vitaはもちろん、様々な機器と連携する「汎用のレコーダ」への転身は、非常に大胆な決断といえる。

 その狙いがユニークであるがゆえに、そして、7月の発売までまだ少々の時間があるため、使い勝手や中身の詳細はわかりにくいところがあった。

 ならば、開発チームにしっかりと聞いてみよう。nasneの開発には、torneのチームとSCEの周辺機器開発チームが共同であたっている。今回は、開発・商品企画のキーパースンにご登場いただき、今明かせることのすべてを聞いた。取材に御対応いただいたのは、ソニー・コンピュータエンタテインメント 商品企画部 ハードウェア企画課 課長の渋谷清人氏、ペリフェラル事業部 開発部 1課 課長の末富達人氏、同開発部 2課 課長の河原裕幸氏、システムソフトウェア開発部7課 課長の石塚健作氏、ソフトウェアソリューション開発部2課の水野公嘉氏だ。

 なお、nasne対応の「torne バージョン4.0」の操作画面などは、記事公開時には掲載ができない。後日、nasne利用時の「サクサク感」がわかるムービーとあわせ、追加公開する予定なので、それをお待ちいただきたい。



■ torneの追い風でスムーズに進行、開発は「スピード」重視

 開発秘話や内部の解説に入る前に、nasne(CECH-ZNR1J)がどういう機器か、おさらいしておこう。

 SCEはnasneを「ネットワークレコーダー&メディアストレージ」と命名している。写真で見ておわかりのように、nasneはコンパクトな外付けハードディスク程度の大きさしかない。内蔵されているハードディスクは2.5インチサイズのもの。名前の通り、ネットワーク対応ストレージ(NAS)としての機能を持ち合わせつつ、この中に地デジとBS/CSの受信機能とそのレコーダの機能を搭載したもの、ということになる。

 レコーダではあるが、HDMIなどによるテレビとの接続機能は持たず、映像はすべてネットワーク経由で伝送される。本体背面には、BS/CSと地デジの混合入力アンテナ端子(入力とスルーが1系統ずつ)と電源、HDD増設用のUSB、そしてEthernet端子のみがあり、「映像出力」端子は当然のことながら、ない。

nasne本体。PS3のミニチュア版を思わせる縦型デザイン。最上部にはPSロゴがある比較のために、VAIO Z(13インチディスプレイ搭載モバイルノート)と比較。かなりコンパクトだ本体背面。上からUSB・イーサネット・アンテナスルー・アンテナ入力・電源。アンテナは地デジとBS/CSの混合入力。ボディサイズ的に分離端子を搭載するのが困難であったためだという
B-CASカードはフルサイズのものを、本体右側面に後ろから差し込む形になっている

 詳しいスペックは発表時のニュース記事などを参考にしていただきたいが、要は「レコーダ」とはいうものの、PS3にUSBでチューナをつけたtorneや、一般的なBDレコーダとはだいぶ違う構成の機器である、ということだ。そもそも、「別に機器がなければ録画した映像が見られない」という、家電としては少々破格な製品ともいえる。価格も16,980円とレコーダとしては破格といえる。

 SCEとしては、これをPS3やVitaの周辺機器という扱いで販売するのだが、後述するように、別に「SCE関連製品の専用機器」として売るわけではない。それどころか「ソニー製品の専用機器」ですらない。nasneはハードウエアを指し、それをプレイステーション・プラットフォーム(具体的にはPS3とVita)で活用するためのソフトウエアが「torne」ということになる。現在発売されているtorneは、そのソフトに「PS3接続用のUSB地デジチューナ」をセットにしたもの、という扱いだ。だが、ちょっとわかりにくくなるため、本原稿の中では、特に断らない限り「地デジチューナとのセット」の商品のことを「torne」と記載させていただく。

 nasneに至る構想が生まれたのは、実は最近の話ではない。torneが世に出てすぐに検討が始まっていたという。

商品企画部 ハードウェア企画課 渋谷課長

渋谷氏(以下敬称略)一番始めに議論を始めたのは、torne発売の直後くらい。もう2年くらい前の話ですかね。すぐにみなさんからもご要望いただきましたけれど、「BS/CSにも対応しなきゃいけないよね」、「マルチチューナもやらないといけないよね」という話だったんです。

 その手段を、私、石塚、水野の3人で議論していたんです。もちろん色んな手段はあります。いまのtorneのようにUSBでチューナをつなぐ方法がまず考えられますよね。でも、USBに対する負荷だとか、ソフトウエアの開発についての考え方だとかを議論していくと、「本当にそれでいいのか」という話にはなりました。それをやっても、そこから先の拡張性はあまりないですよね。とすると「ちょっとそれもイマイチだねえ」ということになったんです。

 その時です。水野がちょろっと、「……NASにチューナ付けちゃダメかな?」って言い始めたんですよ。みんな「ん? え?」って感じですよ(笑)。

 でも考えていくと「ああそうか。それいいんじゃない?!」と盛り上がりまして。USBの時はPS3にぶら下がらざるを得なかったものが、NASになると、プロトコルさえ合わせてしまえば、色んな機器に対応できるようになりますよね? まだVitaは発売する前ですが、そういう機器に対するソリューションの話は出てくるのがわかっていました。

 だとすれば、そういう構成の方がむしろいけるんじゃないか、ということになって、バタバタと本格的な検討がスタートしたことになります。

 いうまでもないが、SCEは「ゲーム」の会社である。AV関連機能や写真編集、はては分散ネットワークによるタンパク質解析と、時にゲームからかなり離れた事業に力を注ぐ文化を持つ会社ではある(だからこそAV Watchの本連載で採り上げるのだが)が、nasneのような機器の商品企画を通すのは、簡単なことではないように思える。家庭内LANを前提とする機器は、そもそもハードルが高い。PS3でだけ使える機器でもないので、ゲームハードの普及を牽引する効果も、torneに比べると低い。その中で、nasneの企画はスムーズに立ち上がっていったのだろうか?

渋谷:もちろん大変なところはあったんですけれど、それが意外と……。

 実は「周辺機器」という扱いだったので、スムーズに進んだ部分もあります。ハード開発担当に早期から関わってもらう必要があるな、と考え、すぐに末富に1本メールを送ったんですよ。「面白いことやるからちょっと絡んで」と。すると速攻で参加のメールが返ってきまして。そこで、設計のためにさらに河原も参加して、詰めていった、という流れです。

 実のところ、うまく流れていったのはtorneで実績があったからではあります。torneが成功したことで、ユーザーニーズとして「マルチチューナへの対応を」「BS/CSへの対応を」という声で上がってきていたので、それが実現を後押ししてくれた、ということはあります。

 あとはおっしゃるとおり、社内的な説得ですね。ビジネス的には、規模の問題も含め、「ネットワーク専用にするとパイは狭くなる」という議論はありました。しかしそこは、(顧客との)コミュニケーションの問題でもあり、試行錯誤しながら、プロモーションで解決していこう、という話にはなっています。

 でもなにより、そこを気にするよりは「チャレンジだ、新しい、変わったことをやろうよ」という気持ちが大きい。USBでまたtorneと同じようなチューナを出すより、より広がったチャレンジをしようよ、という話です。ちょっと変わった商品について、社内的にも飢えていたところがあると思っているんです。

 torneを出す時にも、社内ではかなり議論がありました。否定的なことを言う方がいたのも事実です。しかし、nasneではそれほどのことはなかった。

システムソフトウェア開発部7課 石塚課長

石塚:torneの追い風があった上での企画ですからね。

渋谷:もうチャレンジしたい、これで行きたい、しかもこれからやってくるVitaにも対応できる、という広がりを見せて、何十回と社内プレゼンをし、企画をまとめていきました。

 で、その裏では、すでに末富と河原がガンガンハードウエアを仕上げていってたわけです(笑) 後追いでモノができあがっていくスピード感でやっていきました。石塚の方も、torneのアップデートを何回もやらせていただき、大変な作業をしていたわけですが、裏ではこの仕込みもやっていたことになるんです。

「新しいものを」という発想で生まれたnasneだが、そこにはもう一つ新しい要素があった。それが「ソニー全体で」という考え方だ。

渋谷:nasneは元々、torneというプレイステーション・プラットフォームの上で動くもので真価を発揮するように考えられたものです。しかし、プロトコルさえ合わせれば他の機器でも大丈夫です。

 ソニーグループの中で広がりを見せながら、ソニーの中で使える「新しいテレビソリューション」、「チャレンジしているテレビソリューション」として作っていきたい、という話をしていきました。そこに対して否定的な意見はあまりなかったですね。nasneの商品性に否定的な話が出るまえに「いや、こういう広がりがあるから」と言ってしまうことで進められた、というところはあります。

ソフトウェアソリューション開発部2課 水野氏

水野:もうモノが動いてましたしね(笑)。「こんな風にできてるんで、使ってみますか?」という風な感じで説得していきました。

石塚:レコ×トルネ(注:ソニーのBDレコーダとtorneの連携機能。torneからBDレコーダの録画予約や番組再生を行なう機能)はもうありましたから、それで理解していただきやすかった、ということはあるでしょう。torneを最初に作る時には、「(完成すると)すごく使いやすくてキモチイイんです」と言っても、「この人何言ってるの?」みたいな顔をされることがあったんですが、nasneは「レコ×トルネの延長でデバイスを作ります」という説明をしたので、理解してもらいやすかったんでしょう。

 商品企画の中で問題になったのは、「ネットワークで独立した機器とするか、テレビにつなげられるようにするか」という点だ。本誌読者ならLANなんて当たり前、と思うだろうが、世の中そうもいかない。テレビにつないで使える機器に比べると、ネットワーク機器は使い方やつなぎ方などに一定の知識が必要で、商品性を理解してもらうのが難しい。すなわち「売りづらい」からだ。

渋谷:確かに、外部出力をつけるべきかどうかは、内部で相当に議論しました。でもそうすると、ここにtorneのようなユーザーインターフェースを実装しないといけなくなり、CELLだRSXだ、というチップも搭載せねばいけなくなります。もしくは、UIで妥協して、もっと性能の低いチップで実現するか……。そうしちゃうと、商品の軸がぶれてしまうな、と思ったんです。

 それぐらいなら、NASにチューナを付けるという当初の発想に割り切ってしまっていいのでは、ということにしました。各ソフトウエアのソリューションで対応することにすればいい、という発想です。

 渋谷氏はその時、レコーダとチューナに関する別の「そもそも論」があった、ともいう。

渋谷:現在、家庭には複数の「チューナ」がありますよね。レコーダやテレビには2つ、3つついているのが当たり前。全録レコーダーなら6つ、8つとあります。

 でも、それが全部動いていることってありますかね? 多くの家庭でも、全部を同時に見ている人はいないはず。裏録で動いていることはあっても、搭載したチューナの多くは「止まっている」んです。ならば、チューナはネットワークの中に切り出して、視聴はソフトウエアソリューションで実現する方がシンプルです。その前提に立てば、ハードウエアからもAV出力を一切取ってしまった方がシンプル。これが結論ですよね。

水野:テレビにつなぐことになると、必ず(nasneは)テレビの横に置かなきゃいけなくなりますよね。ただでさえ、テレビの近くにはたくさんモノがあって「どこに置くんだ」という話があります。テレビの横ではなく、別の場所にnasneを設置してもいいだろう、と考えました。

 それに、テレビ側につないで操作できるようにする場合、そこでのセットアップにまた一手間かかります。単体でテレビにつないで使うなら、別に専用のちっちゃなリモコンを付ける、という話にもなります。せっかくネットワークにつながってるのに、やっぱりリモコンで操作しているという有様がどうにも……。

nasneは同時に4台まで利用可能。だが、利用時にはそれぞれの違いをあまり気にしなくても良いように配慮されている

 となると、(AV出力は)付けられないなあ、と思ったんですよ。ネット越しで全部操作する形にしたかったんです。

渋谷:このデザインにしたらPS3の横に置かなくてもいいよね、ということはありました。プライベートルームに置こうが、リビングに置こうが、同一サブネット内のネットワークだったらどこでもいいわけです。

 家にはチューナがたくさんありますが、それらはみんな「バラバラ」です。それをきちんと連携させてつなぎ、増やしたい分だけニーズにあわせてつなげてもらえれば、という発想です。ダブルでいい人もいるでしょうが、トリプル、それ以上と、それぞれのニーズにあわせて増やしていけばいい。さらに、チューナが増えたことを感じさせないソフトウエアの作り方、というのが重要かと思います。



■ レコ×トルネより速く、torne並の反応速度で!

 nasneのベースになっているのは、DLNAとDTCP-IPを組み合わせてレコーダーと連携する仕組みだ。すでに述べたように、昨年7月、torneが「バージョン3.0」にアップデートする際に導入された「レコ×トルネ」で実現されたことがベースになっている。というより、レコ×トルネとnasneは平行して開発されており、まず実現できた部分がレコ×トルネとして世に出た、という形であるようだ。

 ただし、nasneとレコ×トルネとの間では、大きく違う点がいくつもある。

渋谷:明確に覚えているんですけれど、昨年レコ×トルネを発表した後、西田さん、「この仕組みが発展すると面白いことになりません?」と聞かれましたよね? 裏ではもうnasneの開発が動いていたので、「気付かれちゃったかな?」とドキドキしましたよ(笑)。

石塚:実はtorneの発売前から、レコーダチームとレコ×トルネについては「こんなことできたらいいね」と話していました。でも、レコ×トルネのようなことができるのであれば、将来的にはこういうことも……という話として出ていたのが、現在のnasneのような形です。

 でもその時に問題になったのが、「チャンネル切り替えのスピードがtorneと同じレベルにまで持って行けるのかな」ということ。そういうレベルの話を、ここ(と隣の水野氏を指す)とずっと話し合っていたんです。

 では、その目的は実現できたのか?

 結論から言えば、きちんと実現されている。

 デモに使われた開発途上版の動作速度は、「torneよりほんの少し遅いだけ」という印象だ。ここからさらにチューニングは進むとのことなので、最終的には、石塚氏、水野氏の目指した「ネットワーク越しでもtorneと同じスピード」に近い操作性が実現されることになりそうだ。

番組表W録画チャンネルパネル

 デモはPS3との連携の形で行なわれたが、その際の操作速度・操作方法は、PS3にUSBで直結されたチューナを使うtorneにかなり近い印象を受けた。チャンネル切り替えでのもたつきも最小限である。開発途上のもので3秒強、最終的にはさらに短くなる予定だという。

【nasneデモ torne 4.0番組表-】
【nasne(ナスネ)デモ torne 4.0チャンネルパネル】
【nasneデモ 番組再生、トリックプレイ、シーンサーチ】

 地デジなどのチューナをネットワーク内に置き、切り替えながら表示する仕組みは他にもある。だが、どれもチャンネル切り替えに時間がかかる。映像をトランスコードしてタブレットやPCに伝送する仕組みのものだと、10秒、20秒かかるものも珍しくない。そう考えると、この差は歴然だ。

渋谷:初期設定などは、PS3のtorneで行なう形ですね。設定自身は、VAIOでもタブレットでもかまいません。PS3(とソフトとしてのtorne)がないとできない、ということはないです。

石塚:torneの設定の中にnasneの項目が追加されますが、それをやれば、あとはもう同じですね。同じLANの中で登録されていないnasneが見つかると、torneに表示が出るので設定してあげる、という感じです。

torne バージョン4.0のトップ画面。これまでとどこも変わらないように見えるが、左上に表示されている「録画対象の空き容量」表示が、nasneになっているところに注目設定画面。レコ×トルネとnasneの設定が統合された

渋谷:1つのネットワーク内に、nasneとレコ×トルネがあわせて4台設置できます。ですからnasne 4台でもいいですし、nasne 3台にレコーダ 1台、という使い方もできます。

石塚:4台よりもっとつなぎたい、という要望もあると思いますが、それ以上、あまり多くなると、今度は通信が煩雑になる上に、どのチューナを選ぶか、というアルゴリズムも複雑になって、動作速度が落ちます。現状では、バランスが良かったのが4台、と理解してください。

水野:リアルタイム再生の場合、PS3へは、映像は受信した時のまま、トランスコードせずに送っています。タブレットやスマートフォンなどのモバイル機器の場合、トランスコードした映像を送ります。EPGの取得は、レコ×トルネとは違い、リアルタイムです。

石塚:その辺は、河原などハードウエアチームともいっしょにがんばったところです。

水野:ですから、EPGの受け渡しなどに使っているプロトコルは、DLNAではない、です。

石塚:ここが使いにくいと、torneではクリティカルになりますからね。色々ありつつも、きちんと。ビジュアルシーンサーチも瞬時に。

渋谷:レコ×トルネとは全然ちがいますね。

石塚:当然ですが、録画したものの「追いかけ再生」もできます。ここもレコ×トルネとは違うところです。快適性については「現在進行形」なので、もっと追い込んでいきたいところですが……。

 レコ×トルネでは、0時と12時にレコーダ側の番組表が作成され、その後できあがったタイミングでtorneにEPGが転送される、という仕組みだった。だが、nasneではtorneに常に最新のEPGが提供されるので、「EPGが受信されていない」ということは起きない。ある意味当然だが、ネットワーク越しにあるとはいえnasneは「チューナ」扱いであり、操作感としても、ローカルにチューナがつながっている時に近い形が実現されている、と考えればいいだろう。

石塚:録画も普通に、torneでやっているようにできます。この時にちょっと面白いことをやっているのですが、同じネットワーク内に複数のnasneがあったり、USB接続のtorneがあったりした場合にも、「録画先」は選ぶ必要がないんですよ。自動で最適なところを選択するようになっています。例えば録画が重なった時には、自動で空いているチューナを探して設定しに行きます。この時には、HDDの残容量も自動的に判別します。出来るだけユーザーに「どのチューナを使うべきか」を考えてもらわなくてもいいようになっているんです。もちろん、自分で選択することもできます。

「録画先」を「自動」に設定しておくと、チューナとHDDの空き状況を勘案し、複数のnasneから適切なものを選んで録画させる。再生時はレコ×トルネ時代から録画先を気にする必要はなかったので、複数のnasneがあっても「1つの塊」として扱ってよい

 では、nasneの「録画画質」はどうなっているのだろうか? 基本的には「USB時代と同じ」と考えていいようだ。

石塚:「高画質(DR)」と「3倍」の2つです。といってもご存じのように、リアルにサイズが「3分の1」になるのではないですが。地デジとBSでも違いますし。

 特にCSの場合、元々の容量がとても小さなチャンネルもありますよね? それに合わせて、それぞれ、放送されている容量にあわせた「DR」と「3倍」になるよう、ビットレートを調整しています。容量を増やしたい方は3倍を、という、いままでのtorneと同じ使い方で使っていただけます。

 ここにはちょっと注意が必要だろう。レコーダの中には、ハイビジョン放送されていないCSのチャンネルをAVCでトランスコードして録画する際、サイズが極端に大きくなるものがある。要は、解像度を「HD以上」に決め打ちにしてトランスコードしているため、元々サイズの小さなSDのチャンネルでは、DRの方が容量が小さくなるのである。これはいかにも本末転倒なことだ。nasneではそうならず、「3倍」とすれば必ず容量が小さくなる。

水野:レコーダーはディスクへのダビングの問題があり、ディスクにどれだけの容量が入るかを考えないといけないので、録画するビットレートを記載しないといけないんです。しかし、nasneはそうではない。残りのHDDに何時間記録できます、といういい方はあまり意味がないと思っているので。それよりも、どのチャンネルでも「3倍の長さが録れます」と言った方がいい。

石塚:我々のようにレコーダを作り始めている人間でも、(SD放送でのトランスコード)容量の問題に気付かなかったりするんです。それを提示し続けるのが本当にユーザーフレンドリーなのかな、と思うんですよ。torneではとにかく「3分の1」としています。実際にはSDの場合、元々かなり圧縮されているので、そこから3分の1まで持って行くのはかなり厳しいです。ですから、厳密には3分の1まで小さくはなっていないのですが……。

 要は、torne/nasneでの「3倍」とは、VHS時代的な意味での「3倍」、ということなのだ。


■ 「ソニー」に閉じるつもりナシ! DLNA+DTCP-IPで広く対応

 ここで気になる点がある。

 nasne+ソフトとしてのtorneでは、快適な操作性が実現できているのはありがたいことだ。だが、それが完全に独自のものであり、nasneが「ソニー製品でしか使えない」機器になるのであれば、魅力は大きく削がれることになる。だが、結論からいえば、この点については杞憂といえそうだ。

水野:nasneは、標準のDLNA+DTCP-IPに完全対応しています。

石塚:というか、torneで行なっていることも「ほぼ」DLNA+DTCP-IPなんですよ。でも、我々が満足できない部分について、DLNAの外にAPIを規定して実現している、という形です。

水野:DLNAをくるむユーティリティAPIのような形ですね。ベースとしてはレコ×トルネでやったようなAPIがあって、そこを使いつつ、もっと足りない部分を拡張する、というイメージです。

石塚:レコ×トルネをやったときに、「ここをもうちょっとこうしたら速くなる、使いやすくなる」と思ったところを、nasneのファームウエア側の開発に入れ込んでいった、という感じでしょうか。

渋谷:nasneのAPIについては、torneが使っている他、VAIOのソフト「VAIO TV with nasne」も使っています。タブレット用の「RECOPLA(レコプラ)」については、ごく一部、サブセット的に使っています。要はレコ×トルネで使っていた部分、ということですが。

 とはいえ、発表でも記載しましたし、水野も言う通り、DLNAの認証も通っています。ですから、他社製品でも動作します。ただ、すべてを動作検証することはできませんが……。

 そこで、nasneチームが発表後、落ち込んだことがあるという。

渋谷:ああいう形で発表させていただいたんですが、皆さんからは「ソニー縛りだ」と言われました。それはちょっと……ショックでしたね。

水野:要はそう見えてしまう、ということなんでしょうね。きちんと書かせていただいたつもりではあったのですが。

渋谷:こちらの意図としては、「フルに使っていただく場合」がPS3なり今後Vitaで登場するtorneを使ってください、もしくはVAIOに提供されるVAIO TVを使ってください、というのがメッセージです。でも、他の機器で「使えない」とは言いません。動作保証は残念ながらできませんが。そのあたり、いい方が難しいのですが……。

 となると、DLNA+DTCP-IPである環境さえ整えば、再生については問題なさそうな雲行きである。そこで気になるのは、「nasneが全力を出した」時の速度と、DLNA+DTCP-IPでの速度がどのくらい違うのか、ということだ。また、機能面がどうなるかも気になる。

石塚:EPGなどは特殊な部分なので、対応していません。RECOPLAやChan-toruなどは対応していますが。再生のところだけはDLNA+DTCP-IPそのもの、と考えていただいてかまいません。実際、水野、河原のチームが相当チューニングを行なっているので、普通のDLNA+DTCP-IPの再生環境でも、他よりも相当に速いと思いますよ。

水野:これまで、DLNA+DTCP-IPの動作が遅かった裏には、レコーダの場合、録画予約やディスクのダビングなど「自分がやる仕事」の方が、DLNAサーバーよりも優先される、という事情もあったんです。またクライアント側での受信バッファが大きく、貯め込むまで再生されないものもある、という点もありますね。うちはバッファー部分を相当に絞り込んでしまったので、レスポンスは速くなってます。それができるのは、(nasneというサーバー側が)確実に映像を出してくれる、とわかっているからなんですけれど。

石塚:その辺も含め、純粋なDLNA+DTCP-IPでやってもかなりのスピードが出ます。でも、torneでのスピードには敵わないです。それは受け側が、nasneの特別なAPIを使って高速化しているからなんですが。

水野:だから「番組のストリームをひっぱってくる」=再生するところは同じ、と考えていただければ。


■ コンパクトかつファンレス、シンプル化で快適さを実現

 スピードが速い、と言われると、さらに気になってくる点がある。nasneはさほど大きな機械ではない。ボディをみてもファンは見当たらない。ファンレスで動作している、とのことだ。

ペリフェラル事業部 開発部 1課 吉富課長

 とすると、これだけのスピードを出す為に、nasneの「ハードウエア」はどのくらいのパワーのものが搭載されていることになるのだろうか?

 それは、DLNA+DTCP-IPの動作速度にも関わってくるし、シンプルな「NAS」としての動作速度にも関係してくる。

 nasne自身はスペックとして、同時に2ストリームの映像を別々の端末へ流せるようになっているというが、どのようなハードウエアで構成されているのだろうか? さすがにLSIの種類などは「購入してからのお楽しみ」とのことで公開していただけなかったが、こちらにも色々と工夫があるようだ。

吉富:それなりのLSIは入っているんですが、おそらく想像していらっしゃるより規模の小さなものですよ。


ペリフェラル事業部 開発部 2課 河原課長

河原:どうしても小さい筐体にしたい、という思いがありました。パワフルにするとファンを、という話が出てきますから、なるべくファンレスで、シンプルでコンパクトなものを、という狙いで作りました。

石塚:我々はレコーダそのものを作っているわけではないので、「こういう処理はいらないよね」と切り分けることができました。これはtorneの時も同じなのですが、シンプルな方向にシンプルな方向に、と倒していってるんですね。なので、頭出しを速くできたりしているんです。「他のサーバー機器は遅い」という話とは、ちょっと事情が違う話と考えてください。nasneはビデオアウトもなにもないハードウエアですし。すごくシンプルなものを作ったので、これだけのハードウエアなのにこんなに速いものができる、と考えていただければいいかと思います。

水野:UIがない分、スピード、快適さの追求に開発を集中できるのが大きいんですよ。UIはソフト側のものですし。

 ハードという点では、容量が500GBというところが気になる。この容量を選択したのは、主にマーケティング的な観点でのことのようだ。

渋谷:実際問題、相当議論しました。USBでHDDを外付けできるので、「むしろ容量は小さくして、価格をとにかく安くしよう」という声もあったんです。ですが、実際にNAS、サーバーとして考えると、より大きな容量で訴求するものもあります。

 ですが、レコーダという部分を打ち出していくことを考えると、市場で「最低限の容量」と認識されているのが320GBもしくは500GBです。それが最近は1TBになりつつあります。とりあえず現在は500GBというところに置いてみよう、という判断になりました。要は、いままでのtorneの値段+BS/CS+NASということで16,980円ならば、かなりインパクトは出るのでは、と考えたわけです。

 他方で、500GB以上の容量となると、2.5インチでは価格を上げざるを得なくなるので……ということです。

 個人的な意見ではありますが、HDDの価格は生ものですから、「じゃあ来年どうするのか」「半年後どうなるか」ということになれば、考えていかないとならない、とは思いますね。

 なお、nasneにはUSB HDDを増設できるが、増設可能な台数はnasne 1台につき1台。ハブなどを使って複数台つなぐことはできない。


■ モバイル向け動作に「秘密」あり、iOS対応も視野に?!

 レコーダという点で気になるのは、録画したデータを「持ち出す」という部分だ。nasneは、DLNA+DTCP-IPの枠組みを生かし、「DTCP-IPでのムーブ」に対応している。

渋谷:現状、ソニーのレコーダはこの機能に対応していませんね。VAIOでは、VAIO側のハードディスクに映像を書き出して利用する、という形が実現できています。他社のものでどう動作するかは、保証外です。DTCP-IPのムーブを受けることができる可能性は、もちろんありますが。ソニー内でどう対応していくかはまだ未定ですが。

 ただ、PS3にUSBで繋がっているPSPへの書き出しはできます。また今後、Wi-Fi経由でVitaへの書き出しには対応していく予定です。

 それから、タブレットやXperiaへの書き出しへの対応についてもお問い合わせいただきますが、これは対応予定です。ただし、いつになるかはまだ公表できる段階にありませんが。

 実はモバイル用(現状では主にPSP用だが)のトランスコードについては、nasne側に秘密がある。

河原:nasneでは、3倍録画用とモバイル用、2つのトランスコーダが同時に動いています。録画時に同時に両方を作ってしまうようになっているんです。

石塚:3倍録画用とは別にモバイル用のトランスコーダーがあって、モバイル機器へ映像をストリームする時などには、そちらが使われるんです。

水野:ですからモバイル機器でのリアルタイム視聴の時も、そちらでトランスコードしたものが使われるわけです。配信のタイミングでトランスコードをかけはじめるとかなり遅くなるので、それだけはしないと決めました。これはかなり早いタイミングで決めてましたね。

 ですから、タブレットやスマートフォンで視聴する時のスピードも速いですよ。

石塚:正直な話、思っていらっしゃるよりもずっと速いですよ。もちろんアプリの作りにも依りますが。

 要は、「決め打ちにした設定で映像処理をする」と決め、コンスタントに処理をしていくことで、処理待ち時間をできる限り短くして、快適な操作性を維持しよう、という方針で作られている、と考えればいいだろうか。

 なお、モバイル機器での採用・持ち出しという点では、シェアの高い「iOS機器」への対応が期待される。

渋谷:はい。やる、という話はあります。否定する話は出ていません。当然のご要望だと思いますので。

水野:暗号鍵管理の問題はありますが……。アプリに暗号鍵を抱えさせてやるしかないでしょうね。

渋谷:見通しとしては、DTCP-IPはアップルではやらないんだろうな、と考えています。しかしユーザーニーズがあるのであれば、検討しなければいけないのだろうな、とは思っています。

石塚:我々として、ARIBに違反する形でやる、ということはないです。しかし、その中でやる方法もないではないので、色々検討していきたいです。難しいところがあるのは事実ですが。

渋谷:torneの時から、我々は放送局廻りをして、「こういう形でやります」という風に説明をさせていただいています。放送局側が気にするのは、IP上で映像を流す時などの著作権保護についてですが、その点は、きちんと了解を得た形でやっています。

石塚:全体の雲行きも変わりつつありますしね。簡単ではないですが。

渋谷:久夛良木(健氏。二代目SCE社長)がずっと言い続けてきたことに「プレイステーションはどのテレビにもつながる」といういい方があります。nasneにもプレステーションのロゴをつけました。意識としては同じです。ソニー商品だけに閉じるつもりはありません。

 ちなみに、モバイルについてはもう一つ大切な用件がある。それはもちろんVitaだ。Vitaへのtorneへの搭載は「年内」とされている。その詳細な機能や時期はまだ未公表だ。

渋谷:実は石塚が、Vita対応を担当しています。単にtorneだけの話ではなく、Vitaのシェルまで含めたトータルでの開発があり、少々お時間をいただければと思います。

石塚:torneという名前で出す以上、torneとしてちゃんと使えるものにして出さないといけないと考えています。それに「なぜVitaで使うのか」という回答も用意しないといけない、と思っています。楽しみにお待ちいただければ。


■ torne同様「進化」が前提、将来的には「パーソナルコンテンツとの融合」も視野に

 nasneは「シンプル」を旨としたところのある製品だ。そのためか、録画仕様については、torne同様シンプルになっている。

 ユーザーの希望をみると、「おまかせチャプター」や「おまかせまる録」といった、ソニーのレコーダで搭載されている「自動処理系機能」を求める声も大きい。それをどう観ているのだろうか?

渋谷:とりあえず「頭では切った」という理解をしてください。torneでやってきたように、torneの今後はnasneのシステムソフトウエアのアップデートも行なっていくことになります。そういった部分への要望についても、一応ターゲットとしては入っています。入れられるかはまだ断言できませんが。

石塚:実際には、nasneというハードだけでやるのか、torneというソフトとnasneのソリューションでやるのか……。もちろん「するのかどうか」も含め、議論はあります。

 nasneは「NAS+レコーダ」だが、要は単体のコンピュータでもある。ということは、機能をそこに実装していくことで、今はできていない様々なことを実現する「可能性」も秘めている。その点はどうだろう?

渋谷:コストの問題もありますから、このモデルではそうハイパワーなものは搭載していませんが……。これまでのレコーダとは違い、ソフトとのコンビネーションでできあがるものなので、機能の実現についても、色々なやり方はあると思います。

 また、録画系とNASとを同じハードで実現している以上、NAS側のパフォーマンスが気になる部分でもある。

河原:何%、何%とはいえないですが、やはりレコーダとして主に使われる商品だと考えているので、そのパフォーマンスを大事にするようには作っています。

 ただ渋谷氏は、nasneの今後について、さらに次のようにも話す。

渋谷:nasneの肩書きとして「ネットワークレコーダー&メディアストレージ」というものを使っています。メディアサーバーとしての要素、プライベートコンテンツを蓄積する要素をどう持つか、ということが重要になってきます。

 nasneをtorneの進化版ととらえると、レコーダが主になるんですが、ほんとうにその機能だけでいいんですか? ということになります。そうすると、「なぜここにプライベートコンテンツは置けないの?」ということになるので、当然の要素として、メディアサーバーとしての機能も持たせていただきました。nasneローンチに近いタイミングで「1.50」にアップデートし、ここでメディアサーバーとしての機能も提供させていただく予定です。

 日本だけをみると、DTCP-IPで映像を、ということになります。しかし世界的にみると、家庭内環境の中で、プライベートコンテンツもまとめて管理することが期待されるはずです。

 色んなファイルがあります、色んなコンテンツがあります。それをクラウドの一部とし、ブラウズするためのアプリケーションの一つとして「torne」がある、と考えていただければ、と思います。どこかのタイミングで、放送コンテンツとプライベートコンテンツが一緒になって管理される時代が来ると思っています。

 日本は放送コンテンツを厳密に扱う。しかし、もっと自由にハンドリングできるようになることで、様々な可能性があるはずだ。さらに先には、契約済み・購入済みの映像コンテンツも一緒に管理する、という世界が来ても不思議はない。

渋谷:なにがどこにあるかを考えないで使える、気持ちいいUIってなんなのか。今後考えていかなければいけないと思っています。そのきっかけを作っていかなくてはいけないとおもっていて、だからnasneは「ネットワークレコーダー&メディアストレージ」という2つの顔を持っているのです。

 でも最初は、当然「ネットワークレコーダー」としての顔をしっかり打ち出していきたいと思います。今後の進化には期待していただきたいです。レコーダの正常進化も、プライベートコンテンツの進化もあるかと思います。

(2012年 5月 18日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]