西田宗千佳のRandomTracking
「Hybridcast」はテレビとネットの融合を実現するか
TVの世界が変わる? スマートTV本命への期待と課題
(2013/5/31 10:55)
5月30日から6月2日まで、東京 世田谷のNHK技研で「技研公開2013」の一般公開が行なわれている。そこで一つの軸となっているのは、インターネットを活用した次世代の放送通信連携技術「Hybridcast」だ。NHKは本年中のサービス開始を予定している技術だが、ここではもう少し、その背景も含めた詳細をご説明したい。
Hybridcastはなにを狙っているのか、そして、結果的にテレビにどのような影響が出てくるのだろうか?
「局」毎にコンテンツを用意、中身は「HTML5ベース」
まずは写真1をご覧いただきたい。これは、NHKが現在開発中の、Hybridcastを使ったコンテンツの例である。精細にはなっているが、テレビリモコンの「dボタン」を押すと表示されるデータ放送のそれにかなり近い。Hybridcastを見る場合にも、やり方は同じである。dボタンを押すと、対応テレビ上にこの情報が表示される。
だが、根本的に異なる点が1つある。それは、データ放送があくまで「放送」であり、放送波で番組と一緒に送られてくるものであるのに対し、Hybridcastはネットから取得する、ということである。だから、Hybridcast対応テレビを使い、Hybridcast対応コンテンツを見る場合には、テレビのネット接続が必須となる。
その分、機器とネット接続の両方でハードルが高くなるわけだが、メリットも数多く存在する。
第1に、データ放送に比べ情報量の制約が小さいことだ。どれだけ複雑で情報量の多いコンテンツを作ろうが、逐次ネットから取得するので、さほど問題は出ない。もちろん、動作速度や転送速度の問題があるので、常識的な範囲はある。
第2に、コンテンツ制作手法が「BML」から「HTML5」に変わることだ。BMLはXMLベースの独自記述言語であり、ある程度インタラクティブな内容も作れるものだったが、あくまで「テレビの中」の専用規格だった。しかしHybridcastは基本的にHTML5。テレビ放送と連動するための拡張仕様こそ存在するものの、コンテンツやアプリケーションを開発するための技術およびノウハウは、HTML5を使ったウェブアプリの開発と大差ない。その技術仕様は、IPTVフォーラムが3月に「放送通信連携システム 仕様1.0版」と「HTML5ブラウザ 仕様1.0版」、「事業者間メタデータ運用規定 仕様1.0版」という形で一般公開しており、以下のURLより自由に仕様書のPDFをダウンロードできる。ある程度ウェブ技術に詳しい方がHybridcastの概要を把握する場合には、特に前者2つを読むのが良いだろう。
・Hybridcast 技術仕様書ダウンロード
http://www.iptvforum.jp/download/
要は、データ放送部分に差し替わる形で、より高度な放送連動コンテンツを表示できるようにする仕組みがHybridcast、ということになるだろうか。
どれだけ高度なことができるようになったか、例を見ていこう。
写真1は、あくまで「NHK」のコンテンツである。HybridcastのVer.1.0は放送連動コンテンツなので、コンテンツおよびアプリケーションは、放送局単位で用意される。例えば、NHKの表示時には写真1で示したコンテンツが表示されるものの、チャンネルを変えれば別のものに切り替わる。また、放送中の番組や放送時間によっても、コンテンツの内容は切り替わる。例えば写真2のように、「現在の放送時間と、放送のうちどこまでが終了したか」といった情報を出すことも可能だ。
HTML5で作られたウェブアプリなので、内容はデータ放送に比べ、かなり高度になる。写真などを使った独立したアプリ(写真3)をウェブのように呼び出すこともできれば、ウィジェット感覚で、株価や天気などの情報を表示することもできる(写真4、5)。さらには、ニュースをティッカー表示し続けることも可能だ(写真6、7)。このあたりについては、元データもウェブやスマートフォンアプリ向けに公開しているものが使われている。スマホ用のウィジェットがテレビにも表示できるようになった、と考えるのが、一番わかりやすいだろうか。ウェブがベースなので、ニュース情報などは「全画面表示」もできる(写真8)。もちろんその辺は、コンテンツの作り次第なのだが。
次に、TBSが展示した例を見ていただこう(写真9、10)。写真9はCM。映画のCMだが、そのCMに連携したゲームが登場する。写真10は音楽番組である「カウントダウンTV」。こちらでは、番組にあわせてスマホで歌うと、それをカラオケでおなじみの第一興商の技術と指標を使って「採点」するようになっている。コンテンツそのものは、スマホアプリでならすぐにできそうなものだ。
だがここで注目すべきは、こうしたコンテンツの違いは「アプリをユーザーが切り換えることなく」実現されている、ということだ。放送中にHybridcastを表示すると、その内容は放送の内容変化に合わせて切り替わる。それは、テレビの中だけでなくタブレット側も同時に、である。Hybridcastの仕様には、放送側のイベントにあわせてコンテンツ側を制御する要素がある。開発時にも、ウェブアプリとの違いの軸は、そうした部分のコントロールと動作確認が中心となる(写真11)。
それを使うと、視聴者側はHybridcastの操作を一切することなく、放送とコンテンツの連動を楽しめるようになる。すなわち、ネットコンテンツでありつつも、放送コンテンツと同じように「受け身の楽しみ方」ができるということだし、放送局サイドから見れば、コンテンツと放送内容が常にマッチする形で活用できる、ということでもある。
テレビの放送コンテンツとネットコンテンツの連動は、今も様々な形で試みられている。特に、スマートフォンやタブレットのアプリを使う「セカンドスクリーン型」のコンテンツは、作りやすさなどもあって注目されているが、テレビ側から見ると、「操作しないといけない」点が大きなジレンマだった。テレビはそもそも受動的なもの。そこに「アプリをダウンロードしてもらう」「アプリを起動してもらう」「番組にあわせて操作してもらう」という要素を入れることは、能動的な操作をさせることになり、番組の視聴スタイルにフィットしなくなる。
だが、Hybridcastは、現状「チャンネル単位」で「勝手に最適なアプリが表示される」形となる。テレビで使うならdボタンを押すだけだし、タブレットなどで見る場合にも、現状の想定では「その局のアプリ」を呼び出しておいてもらうだけでいい。テレビ側とタブレット側のアプリ連携も、自動的に行なわれる。写真9・映画CMの例では、タブレット側での操作にテレビ側が反応するようになっていて、「両方があって成立する」コンテンツだ。
これらの要素は、テレビに現在求められる「スマホアプリ」的なものを入れつつも、テレビの良さである「受け身」で使える要素を組み合わせたもの、といえる。Hybridcastは最初からタブレット・スマートフォン連携を指向している。コンテンツがHTML5で開発可能であるのも、これらの機器への併用が前提だ。実際のスマホ・タブレット用アプリは、ウェブアプリとして開発されつつも、アプリの「枠」の中に入れられて、各局毎の「Hybridcast連携アプリ」として提供されることになると予想される。すなわち、テレビを見る時には「各局向けアプリ」を呼び出しておけばいい、というやり方だ。
「オーバーラップ」に「VOD連携」、放送の常識を越えるアプローチ
今回、Hybridcastのデモとして公開されたコンテンツには、「放送」側からのアプローチとして見ると、色々と破格な部分があることに気づかされる。
まず第一に、「映像にコンテンツがオーバーラップしている」ことが挙げられる。これまで、日本の放送界は「映像の上に別のコンテンツやユーザーインターフェースがオーバーラップすること」を嫌ってきた。ARIBでも「一意性の確保」という名目で、放送コンテンツの上に別種の情報がオーバーラップしないように機器を作ることを求めていた。
だが、ここまで挙げたいくつかの例でもおわかりのように、Hybridcastではオーバーレイがかなり使われている。「局が用意するコンテンツをdボタンから呼び出す」、すなわち、放送とはまったく関連のないコンテンツが重なるわけではないから、という事情もあるようだが、放送関係者の目から見ても、ここまでオーバーラップを使う、ということは驚きであったようだ。NHK関係者も「どこまでオーバーラップさせていいか、どう使うかはまだ検討中」としながらも、現在デモしているように、ある程度大胆なオーバーラップ表示を前提としていることは認める。
また、NHKが考える姿と、民放が考える姿とでは、少々扱いが異なるのも事実である。
NHKは、「オールNHK」的なコンテンツを用意し、それを日常的にNHKを見てもらう上でのツールにすることを狙っている。例に挙げた、ニュースやウィジェットの扱いはその代表といえる。
中でも面白いのが「番組表」と「過去番組連動」の考え方である。
NHKのHybridcastからは、NHKの番組表が見れるようになっている(写真12)。この番組表は、放送波EPGのものとは異なり、すべてネットから取得したもの。HTML5で記述されている。かなりリッチなものである。情報量も放送波EPGより多い。
一般的なEPGとのもっとも大きな違いは、この後の番組だけでなく、放送済みである「30日前までの番組表」も表示できる、という点だ。実はNHKはすでに、自社のウェブサイトでは「8日先までの番組表」と「過去30日分の番組表」を提供している。その内容をHybridcastで提供しているのだが、そこには一つの狙いがある。
写真13をご覧いただきたい。EPGの中に「NHKオンデマンド」のアイコンがあるのがおわかりいただけるだろうか。まだデモをできる状態ではなかったが、想定としては、ここを選ぶと「その番組を、VODであるNHKオンデマンドで見る」ことができるようになるという。今回のデモでは、「みのがしなつかし」という機能を呼び出し、その中からNHKオンデマンドへと移行する……という作りになっていた(写真14)。
NHKオンデマンドの中核は「見逃し」対応だ。これまでは、ウェブサイトなどを使い、自分で番組を探さねばならなかった。だが、「過去のEPG」からNHKオンデマンドにたどり着けるようになれば、放送とVODとの連携性はぐっと強くなる。
もっと直接的な機能もある。「みのがしなつかし」では、現在放送中の番組をキーにして、NHKの放送アーカイブから映像を探す機能も用意されている(写真15)。放送波EPG中の付加情報などを使い、それをキーにして、関連する番組を抽出するわけだ。もちろん、メニューなどを介して番組を探すこともできる(写真16)。
こうした機能は、オンデマンド放送と放送アーカイブを推進しているNHKならではのものといえる。Hybridcastによる多機能化を、あくまで「テレビ番組を見つけて、見る」ことに生かした方法論だ。
それに対して民放は、広告や番組内容を高度化するサブコンテンツと考えるデモが多かった。そのため、テレビ内に表示するコンテンツよりも、スマホ・タブレット側に付加情報を表示する「セカンドスクリーン型」の訴求が中心だ。
他方で、ちょっとユニークな生かし方をしていたのがWOWOWだ。同社のバラエティであり、ある種のチャンネルガイドである「ザ・プライムショー」を例に、これまでは放映時に「テロップ」として付け加えていた付加情報を、あえて映像には入れず、Hybridcastのコンテンツとしてオーバーラップさせていたのだ(写真17、18)。こうすることで、好きな情報を好きなタイミングでチェックできて、番組視聴の自由度が上がる。画面もすっきりと見やすくなる。ただし「Hybridcastを使っていない人」向けの付加情報をどうするか、という点が問題にあり、「番組の作り方としては、まだまだ課題が多く、検討中」(WOWOW担当者)としている。
HTML5で一歩先行く東芝は「Z8X」で対応、Androidを使ったSTBでの対応も
こうした内容は、すべてHybridcast対応テレビでしか見ることができない。NHK技研では、シャープ、パナソニック、東芝、三菱の対応機が使われていたが、現状出荷されている製品には、Hybridcast対応製品はない。
唯一「Hybridcast対応」を公言するのが、東芝が28日に発表した4K対応REGZA「Z8X」だ。NHK技研には展示されていなかったものの、筆者は取材の過程で、同機によるHybridcastの動作デモを見ている。
これだけ高度化したということで、「動作は遅くなったのではないか」と思う人もいそうだ。だが、Z8Xでの動作は、むしろ現状のデータ放送よりもスピードが速かった。NHK技研で見た、いくつかのメーカーのデモ機材より、さらに動作は快適であったくらいだ。NHK技研でのデモでは、コンテンツの呼び出しに数秒から十数秒の時間がかかっていたが、Z8Xの試作機では、長くとも数秒程度。パソコンで重いウェブアプリを見るのと同程度……というと言い過ぎか、とも思うが、まだ開発中であることを考えれば、十分なスピードだった。
REGZA Z8Xが有利である理由は、おそらく、すでに多くの機能やUIを「HTML5ベース」で実装しているからだろう。東芝は昨年発売の「REGZA Z7シリーズ」「同J7シリーズ」より、クラウドサービス「TimeOn」にて、HTML5ベースによる機能構築を本格的に推し進めている。当初産みの苦しみがあったようだが、開発も進み、動作は速くなってきている。Z8Xはその進化形であり、HybridcastもHTML5ベース。TimeOnなどの機能が快適動作するよう開発を進めれば、自動的にHybridcastも快適になる……、そういう関係なのだろう。
こうしたことは、まずは東芝のテレビから見えてきたが、今後は他社のテレビでも起こるはずだ。テレビメーカーは、テレビ内に組み込んでいるウェブブラウザの高度化を進めている。いまや、スマートフォンなどと同様、WebKitベースのブラウザが主流になっている。当然、HTML5を想定してのことだ。「Hybridcast対応」を謳うテレビは、HTML5ベースで色々な機能が動作する「スマートTV」になるだろう。
同様に、Androidを使ったSTBも、Hybridcastには対応しやすい。NHK技研には、KDDIが展開中のAndroid搭載STB「Smart TV BOX」のHybridcast対応版が展示されていた(写真18)。
NHK関係者も「Hybridcastの最大の問題は、いかに対応機器を広げるか。Hybridcastだけのためにテレビを買い換えてはくれないだろう」と予想している。確かにテレビを買い換えるのは難しいが、レコーダやSTBならまだしも手を出しやすい。特にケーブルTV事業者は、サービスの高度化に合わせたSTB変更のタイミングで、こうした機能を搭載していきやすい状況にある。
とはいえ、そうした場合にも、タブレットやスマートフォンを併用する形はあり得るだろう。Hybridcastが最初から「スマホ・タブレット対応」を想定しているのも、そういう意味では強い。ただし、放送と連携する動作を考えた場合、やはりテレビ側でも対応していることが望ましいのは事実だ。
将来は「同期」「SHV対応」。TVコンテンツのあり方が変わる?
現状のHybridcastは、「局単位」「受け身型」のコンテンツが中心だが、今後の改良により、新しい可能性も検討されている。
まずは「高度化」。放送との連動性を高める上で、即応性と情報連携の点が着目されている。例えば写真19と20は、「おかあさんといっしょ」を例とした連動例。画面の楽曲にあわせて楽譜を表示し、タブレット側を楽器にして音を鳴らす。要は「音ゲー」のテレビ版だが、こうしたことをするには、操作タイミングと放送タイミングがほぼ完璧に同期していなければならない。単にコンテンツが切り替わるだけなら「なんとなく同期しているっぽい」くらいでごまかせるが、楽器演奏を体感できるようにするには、より高度な同期が必要となる。
同様に、語学学習番組「リトルチャロ」の例では、タブレット側の操作で、多言語の台詞を切り換えていた(写真21)。英語と日本語、くらいならデータ放送でも問題ないが、5カ国語・10カ国語となると、ネットとの同期は必須。また、吹き出しの中のような「自由な場所に出る」台詞を、好きなところで好きなように切り換えようと思うと、こちらも意外と高度な同期技術が必要になる。
これらの同期機能は、すでにHybridcastで用意されているものの、当初はまだサービスに盛り込まれているわけではない。今後の技術開発とコンテンツ開発により、放送らしい「連動コンテンツ」が用意されていくことになるだろう。
また、放送と連動せず、外部のコンテンツベンダーが作ったHybridcast対応アプリ(主にタブレット向け)を動かす、というデモも行なわれた。こちらの場合には、チャンネルや番組との連動性は薄くなるが、アプリを単体で販売・配布し、テレビを見ながら使ってもらうことが可能になる。より「スマホアプリ的」アプローチといえる。
それらよりさらに「未来」指向として公開されたのが、8Kの「スーパーハイビジョン」(SHV)との連携だ。こちらでは、背景に地図を出しつつ、放送波(左上、SHV画質)の映像に加え、2つの別の視点をネットからの映像で追加し、さらにSNSのタイムラインや順位なども表示されている。いわば「マルチウィンドウ」型の表示だ(写真22)。ここで表示している地図は、Google Mapにマラソンのコース図を実際に重ねたもので、地図をスクロールさせることもできる(写真23)。
「8Kの映像は自宅では使いようがない」と言われる。筆者もその意見に賛成だ。だが、巨大かつ高解像度のディスプレイを、テレビ的に受け身に使うのではなく、ある種パソコンのディスプレイのように「マルチウィンドウ指向」で使うようにすれば、SHVはまた違った価値をもってくる。その時には、Hybridcastのような仕組みは大切だ。
映像とネットコンテンツの連携は、もはや必須。タブレットやテレビも含め、家庭に高解像度なディスプレイが入ってくるのも間違いない。そこで、「どのような枠組み」でコンテンツの開発を普及を図るのか。HTML5という普遍的なものに放送連携のための最小限の仕組みを加えたHybridcastはその第一候補である。「このために機器が売れる」ことはないだろう。だが、機器が進化するなかで「自然に対応している」流れができ、Hybridcast前提のサービスが構築できるようになれば、硬直したテレビの世界に、新しい可能性が生まれてきそうだ。