西田宗千佳のRandomTracking

「3つのOS」で基盤整備を進めるアップルの次世代戦略

WWDC2015基調講演に見るiOS、OS X、Watchの次の一手

 昨日はApple Musicの詳細を先にお伝えしたが、本日はWWDC2015 基調講演の内容を解説していきたい。シンプルにまとめれば「順当な進化」であり「小幅なジャンプ」だが、アップルがこの先に進むためには必要なものであった、というところだろうか。

会場は、例年通りサンフランシスコのモスコーニセンター。基調講演には6,000人が参加した

 フォーカスされたのは3つのOS、「OS X El Capitan」「iOS 9」「watchOS2」だ。「秋」の一般公開を予定している3つのOSの関係を中心に解説していきたい。

会場では「iOS」「OS X」「watchOS」という、アップルが展開する製品で使う3つのOSの存在を強調
会場の向かいにある商業用施設METREONも、WWDCカラーで染めるのが昨今のスタイル
今回のテーマは「The epicenter of change」(変化の震央)だった。

近づきつつも統合しない「OS X」と「iOS」

アップルのティム・クックCEO。WWDCでは全体解説が中心で、今回も詳細説明は担当エクゼクティブに任せるスタイルを採った

 今回の解説は、まずOS Xからスタートした。新OSの愛称は「El Capitan」。El Capitanは、米ヨセミテ国立公園内にある巨大な一枚板の岩盤で、ロッククライミングの聖地として知られる。「スタートレックV・新たなる未知へ」の冒頭で、カーク船長がベアハンドでのクライミングに挑戦していた場所だ。(といっても、SF映画ファン以外にはなんのことかわからないかもしれないが)

OS X新バージョンの名称は「OS X El Capitan」

 現行OSの愛称である「Yosemite」の中にある、ということで、「ある種のマイナーアップデートに近い」と見るアップルファンも多い。筆者もそれに近い感想を持った。OSの基盤整備面よりも、UIの洗練に力を注いだアップデート、という印象だ。

OS Xのアップデート詳細。写真を拡大してみると、色々面白い項目が。日本人にとって気になるのは「新しい日本語入力メソッド」の一文だろうか

 UIの洗練・改良という観点でいえば、以前より進んでいる「iOSとの方法性の統一」がより明確になった印象を受ける。そもそも、iOSもOS Xも、アップデート時期は「秋」。歩調を合わせているのも当然ではある。

 例えば、全文検索機能「Spotlight」では、自然文検索が可能になった。これは、iOSの音声検索機能「Siri」がやっていることを、声だけでなく、タイプでも行なうようなものだ。

El CapitanのSpotlightでは、自然文での検索が可能に。デモは英語で行なわれたが、日本語も対象だという

 全画面表示で導入される「Split View」は、iOS 9+iPadの組み合わせにも同時期に導入される。「全画面に1アプリを表示するのは見やすいが、相互参照しながらの作業がしづらい」という、当然の不満をカバーするための機能である。Windowsでは似た機能が導入済みであり、アップルの独創というわけでもない。画面へのタッチがないOS Xの操作体系の中で、合理的に同じ使い勝手を導入したもの……といっていい。

OS Xでは、ソフトを全画面表示中にも、複数アプリを画面分割表示する「Split View」を導入

 iPadへの「Split View」導入は、「一画面一アプリで、文書作成効率が悪い」と言われる状況への対応だろう。ワークメモリの確保が重要であるのか、Split Viewに対応するのは「iPad Air2」のみだ。機能面ではOS Xのそれよりも、Windowsなどで導入されている機能に似ているようにも思える。同時に、動画アプリのオーバーレイ表示も可能になる。

iPadでも画面分割が可能に。iPadでの文書作成効率向上に大きな役割を果たしそうだ。ただし、対応するのは最新のiPadである「iPad Air2」のみだ
動画アプリにて、動画を独立した小窓にし、アプリ上にオーバーレイ表示できるようになる。動画アプリ側での対応が必要になるが、ますますPC的だ

 iPadの生産性向上という点では、iOS 9におけるキーボードの改良にも注目だ。iPadでは「文字の範囲選択」などが使いづらい、と言われてきたが、iOS 9では、ソフトウエアキーボード上で「二本指でタッチ」した際、MacやPCでタッチパッドを操作しているような状態に変える機能が盛り込まれる。スクロールにも使える。ソフトウエアキーボード上がタッチパッドにもなる感じだ。

iPad向けのキーボードは改良され、「二本指タッチ」による範囲選択が行えるようになる。

 UI改善という意味では、「Metal」のOS Xへの導入も重要だ。Metalは、GPUに特化した薄いレイヤーに切り換えることで、処理のオーバーヘッドを減らそうというもの。ゲームなどの処理が高速化するのはもちろんだが、アドビ製品をはじめとしたグラフィックアプリケーションが対応することで、作業効率の向上が期待できる。基調講演でも、アドビと連携して、同社アプリケーションがMetalに対応することが発表されていた。Metalはそもそも、昨年発表されたiOS8から導入されたもの。それがOS Xにも広がった、というのが実情だ。Windowsでは同じ考え方のものが「Direct X12」として提供されているし、OS Xに広がるのはきわめて自然な流れである。

GPUを効率的に使う「Metal」がMacでも
MetalではGPUを扱うためのソフトウエアレイヤーが減り、ハイパフォーマンスなアプリを動かすためのオーバーヘッドが軽減される

 PCやMacとiPadのようなタブレット、スマートフォンのニーズや要素技術はどんどん近づいており、両者が似ていくのも、連携するのも当然といえる。

 ただしアップルは、今回も「iOSとOS Xの統合」はしなかった。マイクロソフトが苦しみつつも「Windowsという一つのプラットフォームでカバーする道」を選んでいることとは対照的な戦略である。

 アップルは以前より、「MacとiOS機器は求められるものが異なる」というアプローチを続けている。ハイパフォーマンスな用途への対応やキーボード特化の重要性など、理解できる部分も多い。アップルとしては、技術基盤や操作体系、名称などは統一しつつも、機器としての使い勝手や特質ではMacとiOSに一線を引く……というやりかたが、当面続きそうだ。

「Proactive Assistant」とGoogle Nowの違いとは

 一方、iOS、特にiPhone向けの改良として注目しておきたいのが「Proactive Assistant」という要素である。要は、音声入力や行動分析の機能を強化して、人の操作を待つのではなく「積極的に補助」するという方向性だ。

 例えば、時間によるアプリの利用状況をOS側が把握していれば、「ヘッドホンをiPhoneにつなぐ」という動作から、それが「スポーツをしながら音楽を聴きたい」のか「車で移動しながらオーディオブックを聞きたい」のかを判断できる。人がやるであろうことを先回りし、文字通り積極的にサポートしようとするわけだ。

「Proactive Assistant」の一例。その時間帯に過去行なった行動・アプリの利用状況を元に、利用者がやりたいであろうことを想定して動く

 メールの内容からスケジュールへと自動的に転記したり、電話帳に登録していない相手からの電話を、メールの履歴から判断して「この人ではないか」と表示したり、という機能も、おなじように「積極的な推定によるサポート」の一貫といえる。

 どちらも、我々は普段、メールの文面などをみて自然にやっていることであり、意外とパターン化された行動でもある。特に電話番号から「かかってきた人を推定する」行動は、筆者も実際、着信履歴を見て行なう行動そのものだ。人間の行動と同じように「ズレなく実現」できれば、どれもありがたい機能といえる。

見知らぬ電話番号からの着信でも、過去蓄積したメール内の電話番号を元に「この人ではないか」と推定して表示する。
画面下部に注目。最後の予定は、メールで送られてきたカラオケパーティーのお誘いの時間が、自動的にスケジュールに転記されたものだ
スケジュールに入っている時間と場所、さらには交通の混雑状況を元に「いつまでに出かけねばならないか」を教えてくれる

 スマートフォンが人間のパートナーになる、という観点で見れば、こうした「積極的アシスタンス」は必然的な進化だ。1990年代に「未来のコンピュータ」として多くの技術者が想定した方向性でもある。そうしたものを、Googleはすでに「Google Now」としてある程度実現している。iOS 9の「Proactive Assistant」はGoogle Now対抗、という分析があるが、その文脈も理解できる。

 一方、Google NowとProactive Assistantには大きな違いもある。

 Google Nowは本質が「プラットフォームに依存しないネットサービス」であり、Androidだけでなく、ネット接続可能なあらゆる機器で使えることを目指している。もちろん、iOS機器も含まれる。だから機器の制約はなく、「選択の自由」「開放感」がある。一方、機器への最適化が重要である「表示のなめらかさ」や「操作との密な連携」といった部分では、どうしても限界が出てくる。

 Proactive Assistantは「ネットと連携したiOSの機能」であり、他社製品を想定する必要がない。機器選択の自由度はなくなるが、操作性・機能の面では有利になる。

 もう一つ、アップルとGoogleの違いが見えてくるのが、プライバシーへの対応だ。Google NowやProactive Assistantは、個人の行動を先回りしてサポートする性質上、膨大かつセンシティブな「私的情報」を取り扱うことになる。アップルはWWDCで、「匿名化する」「他社とは一切共有しない」「アップルの他のサービスとも共有しない」「Apple IDと名寄せしない」といったプライバシー保護に対する方針を、きわめてクリアな形で示した。

Proactive Assistantなどの機能について、プライバシーポリシーを明確化

 誤解がないよう強調しておきたいが、なにもGoogleはプライバシーを無視している、というわけではない。Google Nowなどについて、Googleもプライバシーポリシーを明確にしていて、野放図に利用されているわけではない。しかし、Googleは「広告をベースに運営されるネット企業」であり、アップルは「高価なハードの売り上げで成り立つ消費者向け家電メーカー」である。企業の寄って立つビジネスの違いから、アップルはより「行動履歴は欲しいがプライバシー情報はいらない」と公言しやすい。

 そうした部分も、現在のアップルとGoogleの違いである、ということができる。

「News」でニュースキュレーションまで取り込む

 iOSに関する拡張で、「メディア化」という観点から興味深いのが、新たなアプリ「News」の登場だ。

新アプリ「News」を発表する、クレイグ・フェデリギ上級副社長。

 Newsは、いわゆる「ニュースキュレーションアプリ」といえる。雑誌やニュースメディアから情報を得て、個人の嗜好に合わせて並べ変えてレイアウトして提示するサービスだ。海外産としては「Flipboard」、国内なら「グノシー」「スマートニュース」などと同じジャンルのものといっていい。アップルらしく、フォントとタイポグラフィにこだわったデザインが目を惹く。

Newsの表示。タイポグラフィやアニメーションに凝った美しい見栄えが特徴だ

 こうしたサービスは増加中で、各メディアの記事に対する誘導率の向上も顕著だ。アップルはiPad登場以降、「雑誌的サービス」に対する拘りが強い。電子雑誌サービス「Newsstand」もそうした観点でスタートしたものだったが、大成功といえる状況にはない。Newsはアプリとしてよくできているように見えるが、問題は、いかにしてメディアパートーナーを引きつけ、「Newsの上でビジネスを活性化するか」というところになりそうである。ここはなかなか難しい。

 なお、Newsはまず、アメリカを中心とした欧米向けにスタートする。アップル関係者によれば、「日本を中心とした全世界での展開を念頭に入れて開発されている」とのことだが、現時点で、いつどのように日本展開が行われるのか、という情報はない。だから、日本のニュースキュレーションアプリビジネスに、すぐに影響してくることはないだろう。しかし、「雑誌的読みやすさ」を軸にしたアップルのやり方について、ある程度の対抗策を考えておく必然性は出てくるだろう。

「ネイティブアプリ」公開でスタートラインに立つ「watchOS」

 残る3つめのOSは「wacthOS」だ。Apple Watch向けのOS環境だが、今回改めて名称が公開された。秋にはバージョン2にあたる「watchOS 2」へのアップデートが行なわれる。

watchOS 2を発表する、ケヴィン・リンチ副社長。

 watchOS 2では、時計の盤面が強化されたり、天気や予定など「この先の情報」を知る「Time Travel」という機能が登場したりといった点が中心になる。どれも驚くほど派手なものではないので、「拍子抜け」という声も聞こえてくる。

盤面のカスタマイズ機能を強化。好きな写真で盤面を作ったり、アップルが用意したタイムラプス動画を盤面にしたりできるようになる
デジタルクラウンを回すと、「先に予定されてること」や「天気の変化」を表示することができる「Time Travel」機能を搭載。「フラックスキャパシターは別売」というフレーズは、Back to The Futureにちなんだジョークだ

 しかし、watchOSの進化の軸は、そもそも「機能」にはない。watchOS内で動く「ネイティブアプリ」制作環境の公開こそが本質だ。これは、iPhoneで「iPhone 3G」が出て、App Storeがスタートした時の変化に近い。

アプリの本体がApple Watch側で動く「ネイティブアプリ」の開発が可能に

 これまではiPhone側でロジックが動いていた結果、Apple Watchのハード面での機能はあまり活かせていなかった。デモも「ハードの機能を使うとこんなことができる」というショーケースであり、派手なものとはいえない。「ここからデベロッパーの発想力に期待」というところである。一方、ネイティブアプリの動作によって、バッテリー動作時間が短くなる可能性もある。そうした問題も含め、OSを慎重に開発してきたのだろうと予想できるが、状況は、実際にデベロッパーがアプリを開発しはじめないと、見えてこないだろう。

Apple Watchのネイティブアプリの例。内蔵マイクが制御できるようになったり、デジタルクラウンで外部機器のコントロールができるようになったりする。アプリの起動や動作もより素早くなるだろう

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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