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日本でもスタートへ?! Apple Musicの全貌に迫る

音質はAAC 256kbps、Beats1は無料。WWDC現地レポート

 WWDCの発表の中で、AVファン的な目線で最大のトピックは、サブスクリプション型音楽配信サービス「Apple Music」の発表だろう。「6月30日から100カ国以上でスタート」とされているが、まだ日本でのスタートが公式に確認されたわけではない。しかし、これまで国内で収集した情報と、現地での取材の感触でいえば、100カ国の中に日本が含まれる可能性は「きわめて高い」とみている。

 基調講演の内容を解説する前に、こちらでわかってきたApple Musicの内容を整理してお伝えしたい。

配信クオリティもカタログも「iTunes Music」そのもの?!

 第一報の通り、Apple Musicは、月額9.99ドルで音楽が聴き放題になるサービスであり、いわゆる「ストリーミング型・サブスクリプション型」の音楽配信である。

 となるとまず気になるのは「どのくらいの量の曲が、どのくらいの音質で聴けるか」ということだろう。

 Apple Musicの配信楽曲は「かなりiTunesでの配信楽曲に近いカタログ」であるようだ。また、配信形式はAAC、ビットレートは256Kbps。こちらもiTunesと同じである。iTunes配信に最適化したマスタリングの印である「Mastered for iTunes」楽曲も、まったくそのまま配信される。

 iTunesでのダウンロード販売はそのまま併存する一方で、それとまったく同じものがApple Musicの契約者は聴けることになる。購入楽曲は自分のライブラリに入っているわけだが、Apple Musicのライブラリはそれと統合して再生される。例えば、アルバムのうち6曲は買ったが4曲は買っていない……としよう。そのアルバムをApple Music契約者が聴くと、「同じ音質のデータが購入・サブスクプションの境目なく再生される」ことになる。

 月額約10ドル(日本でスタートする場合の価格は明らかになっていない)でiTunesのもつライブラリを「購入したものとまったく同じ状態で」聴けるとなると、それはなかなかに強烈な体験になる。買う行為の意味が問われてしまうほどだ。

 基調講演において、ジミー・アイオヴィンは「All in One Place」を強調したが、こうした質・量の両面での「オールインワン感」も含まれるのだろうか。

基調講演に登場した、Beats創設者でレコーディングエンジニア、プロデューサーでもあるジミー・アイオヴィン。iPodから続く「新しい変化」を強調した

 一方、Apple Musicはストリーミングなので、通信ができないとまったく再生できないという。低ビットレート配信やキャッシュの仕組みの有無は不明だが、「通信できないと聴けない」ことを「購入」との境目にしている……とも読み取れる。

ローカライズ×人力キュレーションが特徴に

 もうひとつの特徴は「キュレーション型のプレイリスト」を軸にした構成だ。

 Apple Musicでは、楽曲のジャンルや好きなアーティストをピンク色のバブルで表現し、確度の高いレコメンデーションに利用する。

Apple Musicの嗜好チェックに使うUI。実はBeats Musicから引き継いだものだ

 実はこの機能、アメリカでBeats Musicが行なっていたものがそのまま引き継がれている。すなわち、レコメンデーションについての考え方は、Beats Music譲りである、と考えていい。

 Beats Musicは「音楽のエキスパートの手によるキュレーション」を軸にしていた。巨大なカタログがベースとなるサブスクリプション型では、嗜好などのビッグデータを元にした「アルゴリズムによるプレイリスト作成」が主流だ。しかし、アルゴリズムによる判断にはズレもつきもの。そこを嫌い、最終的には人間の判断によって楽曲をキュレーションし、プレイリストを作成している。ここは、基調講演でも同じように紹介されていたため、Apple Musicでも同様と考えていい。

 そして、このプレイリスト作成を含むキュレーションは、世界各地の「そのリージョンを担当する部隊」が行なう。現在、iTunes Storeで「おすすめ楽曲の選定」やストアの並べ順決定などの作業をしているのも、同じ各リージョンの担当チームである。日本にもその部隊がおり、楽曲調達・ストア構成を日々行なっている。

 Apple Musicも同じチームが担当することになるため、「キュレーションされたプレイリスト」については、日本のチームが「日本の嗜好にあったもの」を作ることになる。だから「J-POPのキュレーションされたプレイリスト」「ボーカロイド系ソングのキュレーションされたプレイリスト」みたいなものも、存在しても不思議はない。配信楽曲の内容と同様、アップルとBeats Musicの統合を思わせるやり方だ。

新しい「Music」アプリの最下段には、機能切り替えボタンが。それぞれにレコメンドが関連した機能がある

 Apple Musicの機能を備える「Music」アプリやiTunesの中では、新しい楽曲を紹介する「New Music」というコーナーの他、「for You」というものもある。New Musicは、現在のiTunes Storeのものと似た構成と考えて差し支えない。「For You」は、前出のキュレーション型プレイリストと、アップルが集めた「あなたのデータ」を組み合わせて使う。利用者の多くは自分の音楽ライブラリをiTunesで管理している。iTunes Storeで購入した曲もある。そうしたところから「あなたの好み」を分析し、作成したプレイリストからの提示に使う。またこの時には、プレイリストだけでなくアルバムも表示されるので、「音楽はアルバム毎に聴く派だ」という人にも有用だろう。

 ローカライズ+キュレーションされたプレイリストの価値がどうなるかは、実際のサービスが気になるところだ。

あなた向けにおすすめの楽曲を提示する「For You」。人力でキュレーションした音楽を、ユーザーのライブラリー解析に基づくデータや再生履歴と掛け合わせ、提示する

「Beats1」は無料、iTunes Radioは改称してApple Musicの一部に

 Apple Musicに関する発表の中で、サブスクリプションと並んで注目されたのが、ネットラジオサービスである「Beats1」だ。ロサンゼルス・ニューヨーク・ロンドンの3拠点から、各地のDJが番組を配信する。

 この辺ちょっとわかりづらかったのだが、実はBeats1は、「Apple Musicの契約者向け」ではなく、無料で誰もが聴けるものだ。オンデマンド配信でもなく、それぞれの拠点から世界同時に同じ内容が配信される。「欧米のミュージックシーンに特化した、全世界対応のネットラジオ配信」だと思えばいいだろう。

Beatsブランドを介したネットラジオ「Beats1」。視聴は無料で、Apple Music利用者以外も楽しめる

 これに加え、Apple Music契約者専用のネットラジオサービスもある。これが「Apple Music Radio」。2013年のWWDCで発表され、アメリカとオーストラリアでだけ展開してきた「iTunes Radio」が改称・発展してApple Music Radioになる。同時に、展開国は2カ国から「Apple Musicを提供しているすべての国」になる。日本でApple Musicがスタートするとすれば、Apple Music Radioもスタートする。元々iTunes Radioは、日本でもサービス展開を目指して準備中、といわれてきた。だが結局、こういう形でサービスインすることになる。

 ちなみに、iTunes Radioの時は単独でサービスが行なわれたが、今回はApple Musicの一部、という扱いなので、Apple Music Radioだけで料金がかかることはない。

Connectは「アーティスト軸のSNS」、プロモーション導線として活用

 もうひとつ、要素として用意されているのが「Apple Music Connect」だ。これは、アーティストとファンをつなぐもので、いわば「Apple Musicの中にある、音楽専用のSNS」的なものだ。昔でいえば、アーティストやセレブリティのブログを推していたMy Spaceや、日本のアメブロに似ている。(とはいえ、アメブロのそれは、芸能人が集まっているところだけが似ていて、だいぶ方向性が異なるのだが)

 機能セットはスマートフォンに特化しており、アーティストがメッセージや写真、動画などを簡単にスマホからシェアできるようになっているという。

 アーティストのプロモーションであり、楽曲の購入や聴取の導線でもあるため、Beats1と同様、契約者だけのものではなく、無料で誰もが見れる。

「Apple Music Connect」。Beats1同様、すべての人が無料で使える。アーティスト軸のSNSとして、楽曲との出会いの導線になる

 Apple Musicのスタートにあわせ、iOSやPC/MacのiTunesにはアップデートがかかる。従来の「ライブラリ」とBeats1、Apple Music Connectは無料で使えるが、サブスクリプションとネットラジオの部分は契約者向け、という切り口になる。

 ちなみに、6月30日からはアップル製品とWindows用のiTunesでサービスが使えるが、Android向けには今秋のスタートを予定している。また、Apple TVでもアップデートによって視聴可能になる予定だ。

カギは「有料プランのみ」か。国内他サービスへの影響も

 こうして見ていくと、Apple Musicは予想以上に「iTunesとBeats Musicの統合」だと感じる。両者を統合し、ライバルが手がけている機能を貪欲に取り込み、ある種「音楽のフルコース」的にまとめたものだな……というのが、筆者の第一印象だった。日本の感覚でいうとよりクオリティの高い「ハイレゾ」が欠けていると感じるが、欧米でまだハイレゾの認知が進んでいないことを思えば、アップルとしてそこで慌てる必要はなかったのだろう……とも思えてくる。

 もうひとつ、アップルが「基本は有料型」を選んだことも興味深い。

 欧米で人気のSpotifyは「広告による無料プラン」を用意、機能制限と楽曲数と広告で有料プランへリードする流れだ。一方で、Spotify利用者の多くが無料プランにとどまっている、との指摘もある。またそもそも、「音楽はYouTubeで無料で見聞きする」という消費行動は、特に若年層で洋の東西を問わず広がっている。

「無料ではビジネスが回らない」という危機感から、音楽の権利者は「有料モデルで」ということをコンテンツ提供の条件としており、日本のレーベルも例外ではないと聞く。

 今回アップルが一気に100カ国で展開できる理由は、「有料モデルにする」ことを選んだ上で、「契約者には旨味がある」というモデルを作ろうとしたからではないか、と予想できる。

 Apple Musicに限らず、日本でもストリートウエア・ミュージック事業は一気に増えていくさなかにある。「有料で音楽を消費してもらう市場への回帰」を、権利者側が狙っているのは間違いないのではないか、というのが、筆者の見立てである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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