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民放5社の無料見逃し配信サービス「TVer」の本当の狙い

「なぜ今?」、「GYAO!じゃだめ? 」を担当者に直撃

 現在、在京民放キー局5社(日本テレビ放送網・テレビ朝日・TBSテレビ・テレビ東京・フジテレビジョン)は、共同で、地上波放送番組の無料見逃し配信「TVer」を準備中だ。広告ベースで運営され、視聴は無料。2015年10月のサービス開始を目標に、現在システム開発が続けられている。

TVerのロゴ

 7月16日に第一報が出て、「広告付き無料で、ドラマやバラエティの見逃し配信」を行なうことは判明したが、その詳細や狙いはまだよくわからないままだ。また、「日テレ無料TADA!」、「TBSオンデマンド無料見逃し」など、各放送局も自社で見逃し配信サービスを行なっているし、GYAO!などの映像配信サービスでも多くの見逃し配信番組が提供されている。それらとTVerの違いはどこにあるのだろうか?

 わからないことがあれば、作っている人々に聞くのが一番だ。今回は、TVerの企画開発を担当するテレビ局各社の担当者及び運営担当に話を聞いた。ご対応いただいたのは、TBSテレビ 河合俊明常務取締役と編成局 コンテンツ戦略部長の龍宝正峰氏、日本テレビ放送網 インターネット事業局長代理の若井真介氏、プレゼントキャスト須賀久彌社長の4名である。

TBSテレビ 龍宝正峰氏、河合俊明常務取締役、日本テレビ 若井真介氏、プレゼントキャスト 須賀久彌社長

「局単位」から「番組軸」へ

 TVerは在京の民放キー5局が話し合って進めるサービスになる。今回取材にご協力いただいたのは、その検討会のメンバーであり、TBSテレビ・河合氏が座長を努めている。

 現在、TVerは10月のサービス開始に向けて開発が進められている最中だ。当初のサービス対象はスマートフォン・タブレット、そしてPCになる。TVerのアプリがiOS・Androidに準備され、そこから視聴することになる。すなわち、見逃し視聴用のアプリが用意されて、そこから見逃し番組をまとめて見られる、ということである。

 10月のサービス開始当初の番組数は、各社が10番組/週程度、合計50番組程度を配信予定。画質は、10月時点では、SD画質での提供となり、ビットレートも「下は300〜500kbps。最大3Mbpsまで用意する」(須賀氏)という。

 サービスは広告で運営され、視聴は無料。全話が提供されるのではなく、多くの場合は最新の1話が、次の放送まで視聴できる、という形である。無料の見逃し視聴としては標準的なスタイルだと言える。

「ハミテレ」の画面。EPGとは違う「番組軸」での表示が基本であり、TVerも似た発想のものになるという

若井氏(以下敬称略):現在、TVerはまだ開発中なのでおみせできませんが、代わりにこれで……(アプリ画面を見せながら)これは「ハミテレ」ですが、ハミテレでは、各社の番組が、局の枠を超えて並んでいます。ここで番組のアイコンをタップすれば、その番組の見逃し配信が見られる、という形にしていきます。

 ハミテレは、民放とNHKが協力し、全テレビ局の番組表を見られるようにしたアプリ。これも実は、TVerの運営を担当するプレゼントキャストが運営を担当している。特徴は、「番組表アプリ」とは言いつつも、見慣れた局単位・時間単位のEPGではなく、番組単位でタイルが並ぶような構造になっていることだ。ここでピックアップされているのは「番組」だけであり、それがどの局のものであるか、ということは重視されていない。

 これと同じになるということは、TVerでも「テレビ局ごとに番組が並ぶ」という形が解体されて行くことになる。過去テレビ局は、自社をブランド化しつつ、自社の中に顧客を囲い込む形でビジネスを進めがちだった。だがTVerでは「どの番組がどの局のものか」を意識して探す必然性はない。視聴が始まればどの局のものかを意識するだろうが、その前の段階では単に「面白そうな番組」という選び方だけでいい。

日本テレビ放送網 若井真介氏

若井:スタート時に、EPG的な表示も用意するかもしれませんが、重視はしません。

 今のテレビの見方は、チャンネル限定で「私は絶対日テレしか見ない」というようなありがたい(笑)方はまずいなくて、ザッピングで見ていく人がほとんどです。TVerでは、テレビ局で分類するのではなく、興味であるとかジャンルであるとか、そういうもので見ていけるようにします。

 TVerがそういった発想でスタートする理由は、EPG、さらには新聞のいわゆる「ラジオ・テレビ欄(ラテ欄)」の力が「次第に落ちてきている」(若井氏)という分析に基づいている。

TBSテレビ 河合俊明常務取締役

河合:我々の世代は朝、最初に新聞のラテ欄を見て、「さて、今日はどんな番組を観ようかな」という形で考えてました。しかし、今の若い層にそれでは通じません。

 有名なドラマなら、放送している局もわかるでしょうが、始まったばかりの新作の場合、名前はわかっても「どの局だったっけな」という感じかもしれません。バラエティなら、「マツコ」とついた番組なのはわかるけれど、どのマツコ・デラックスが出ているものだっけ……となってしまう。局を入り口にすることにこだわると、そういう視聴者を逃してしまいます。でもTVerのような形であれば、番組単位の目線で入ってきてくれるかもしれません。視聴者に対する安心感があるでしょう。

若井:番組への出会いの形として、テレビ番組内での「番宣」はもちろんよく効きます。しかし一方で、TwitterなどのSNSで番組を知った、という人が、どんな手法で調査しても、必ず無視できない数で出てくるようになっています。それが今のトレンドなのだと思います。

 そういう時代に話題になるように、TVerの上で「この番組面白そうだ」と思ったらすぐツイートして拡散していけるような仕組みも作りたい、と思っています。

 TVerの上からシェアされたリンクは、そこを辿ると番組の見逃し視聴にたどり着く、という形になるという。すなわち、TVerの一つの本質は、スマホとSNSという「今のひまつぶしの形」の中で、テレビ番組への「出会い」を実現するためのものなのだ。

 SNS上で「あの番組は面白かった」という話題を見かけることは非常に多い。そもそも見逃し配信がなければ、そういった話題があっても視聴には結びつきにくい。だが、まだ数は少ないとはいえ、日本でも「見逃し配信」の存在感は高まっている。各テレビ局の見逃し配信の利用者も、この春以降急速に増えている。特に5月・6月・7月の利用者数の伸びは「詳細はお伝えできないが『利用者が1割増えた』といったレベルではない、急速なもの」(若井氏)だという。

 視聴者にも「見逃し配信」の認知や体験がかなり浸透しつつある。そうした流れを逃さず、「番組を見てくれる人を増やすための入り口とする」というのが、TVerの第一の狙いである。

スマホに逃げた若者を振り向かせろ!

 とはいえ、広告ベースでの運営にしろ、SNSとの連携にしろ、今までになかった発想、というわけではない。どちらかといえばオーソドックスなサービスに思える。しかし先々の狙いとしては、かなりアグレッシブなところまで考えているようだ。

若井:すぐには実装しないので、これからのテーマになりますが、番組全体でなく「面白いシーン」だけでもシェアできるようにしたいです。

 SNSで話題になるのも、バラエティの「あのシーン」だったりしますよね。本当にそこだけを、Twitter上でタイムスタンプのようなものをシェアして、直接再生できるようにしたい。

 ただ、権利者団体の方々との交渉の許諾など、多くの問題があるので、すぐにできることではないのですが、しかし、広告ベースで運営される「ADVOD」と呼ばれるサービスの中では、必ず必要になる要素と考えています。

 現在、その種の「テレビ発祥のネタ動画」は、YouTubeに代表される動画共有サービスの独壇場だ。テレビは、自社で作ったリソースから生まれる広告ビジネスを、動画共有サイトに持っていかれているわけだ。若井氏の言うような共有機能が実現した場合、テレビ局は、動画共有サービスから「動画から生まれる価値」の一部を取り返す、ということにもつながる。

若井:テレビの話題がまだまだ強い、ということはわかっています。一方で、YouTubeをスマホの上で好んで見る世代がいる、ということももちろん承知しています。そこで、テレビのコンテンツにもう一度戻ってきてもらう、ということが重要です。

 YouTubeとスマホ、というキーワードでお分かりのように、TVerが狙うのは比較的若い世代だ。その世代は特にテレビ離れが激しい、と言われる。

 ただし、彼らがまったく「テレビ番組」を好まない、というわけでないのも、アニメ・ドラマの見逃し配信が好調であることや、テレビ発祥の「ネタ動画」「ゴシップ」などが広くシェアされることからわかっている。

 テレビという機械の前に座る体験から離れた層に、とにかく「テレビのコンテンツ」に触れてもらう。そして、その結果として、ネット経由で視聴し続けてもらってもいいし、「テレビの前」に戻ってきてもらってもいい。それがTVerの目的でもある。だからこそ、まずは「スマートフォン優先」。テレビ向けのサービスも検討は進められているが、狙いを考えればスマホが必須なのだ。

 筆者には、radikoとイメージが重なる部分がある。radikoも本質は、「ラジオから離れた若者をラジオに接触する機会を増やす」ことであり、そこでは一定の成果を残している。TVerも似たところがないだろうか。

 河合氏は「暇な時、YouTubeのアイコンをタップするのか、TVerのアイコンをタップするか、悩むようになれば」ともいう。この言葉で、狙いは明らかだろう。

 ちなみに、テレビ向けのサービスがスタート時から用意されない裏には、「テレビ向けの広告配信サーバーの準備がまだ整っていない(須賀氏)」という事情もあるという。将来的にはTVerをテレビで、という形も十分ありうるようだが、優先順位はあくまで「スマホから」である。

本質は「広告ビジネスのための基盤整備」に

 だがそもそも、最大の疑問がある。

 テレビ番組の「見逃し視聴」サービスは、すでにある。HuluやdTVのような定額配信でも、見逃し視聴がコンテンツの柱の一つとなっている。無料のGYAOの柱も見逃し視聴だ。アニメならば、YouTubeやニコニコ動画で見逃し視聴ができる。今更新しい見逃し視聴プラットフォームができることに、どういう意味があるのだろう。

TBSテレビ 龍宝氏

 実はそこに、TVerというサービスの狙いがあった。

龍宝:キャッチアップセールス(見逃し配信による視聴量増大とそれによる広告収入)という意味でいえば、この図版でいう枠の中全体を指します。各局のサービスもありますし、GYAOやニコニコ動画などへの提供もあります。TVerもその中の一つになるわけですが、ここ全体で同じように広告を販売できないだろうか、という狙いがあります。結局、視聴時に広告を見てもらえるのであれば、どの場所から見ていただいてもかまわないのです。

キー局5社の考える「キャッチアップサービス(見逃し視聴)」の形。各社が抱える独自のサービスも、GYAOやニコニコ動画のような既存の動画サービスも、TVerもそれぞれ並存した上で、まとまって広告ビジネスの円滑な展開を行なう、という狙いがある。

龍宝:例えば「天皇の料理番」ならば、番組名で検索すれば結局公式の配信にたどり着きます。

 しかし、これ、という番組を定めずに「なんとなくテレビ番組を見たい」という人は、どこに行けばいいかわからない。そういう人がTVerに来てくれればいい。あるいは「テレビだけじゃなく映画などからも選びたい」と思えば、GYAOに行って、GYAOで見られるかもしれません。

 結局は、それらの中でテレビのコンテンツを選んでもらえればいいのです。接触ポイントを増やす、ということが最大の目的なのですから。

若井:日本テレビのドラマ、と言っても、もはや入り口はいっぱいあるんです。GYAOもありますし、自社の「日テレTADA」もありますし、TVerもその一つになります。5社それぞれがいいのか、TVerのようなポータルがいいのか、他社がやるのがいいのか、結論は全く出ていません。

 ですが、すべての源泉はアドサーバー(広告配信サーバー)です。ここに叩きにきていただかなくては、収入にならない。どこでどう見ていただこうが、実はあまり変わらない、ということです。

 とはいえ、5社まとまるわけですから、TVerには確実に一番コンテンツが集まるだろうと思いますし、収斂していく可能性もないではないな、と思っています。

 若井氏のいう「広告が大切」という部分が、ここでのキモだ。TVerの入り口は共通化されているが、番組にあわせて配信される広告のサーバー(アドサーバー)は各局で別れており、広告営業も各社が独自に行なう。TVer全体の売上をシェアするのではなく、それぞれの局が自社の番組向けに広告を売っていく形だ。

 プレゼントキャスト・須賀氏は次のように説明する。

プレゼントキャスト須賀社長

須賀:同じ広告素材(動画広告)を入稿すれば、どのサービスでも使えます、といったことを、今回、後ろ側では揃えようとしています。

 今でこそネットのバナーも、「レクタングル広告は300×250ドット」と決まっていますが、初期はバラバラでしたよね。黎明期に「とにかく広告の形は揃えましょう」といったことが起きたように、動画でもいろんな形式があって納品が大変であるところを、とにかく放送局がやるものは同じにしましょう、ということになります。独自の形式を用意されるところもあるでしょうが、とにかく、この10月からは同じものを納品できるように決めましょう、ということに決めました。そういったところも含め、広告ビジネスのための下準備、のような話は相当進んでいます。

 TVerに出すということ以上に、そういうビジネス基盤を意識している、ということが、各局にとっては大きいのではないでしょうか。

 それぞれのテレビ番組に入る広告は、各テレビ局が独自の判断で、広告代理店を経由して販売していく。そこでは、自社サービス向けのものもあるだろうし、TVer向けのものもあるだろう。動画形式のような基本的なところもあれば、販売のためのスキームもある。少なくとも現在この枠組みで考えられているのは、「とにかく全部をTVerに集めて、利益や販売を集約する」ことではなく、「どこで番組が見られる場合でも、そこに合わせて広告のビジネスができる」ようにすることだ。結果、広告ベースで運営される見逃し配信がビジネスとして定着すれば……、ということであるようだ。

 テレビ局にとってメインのビジネスは地上波の放送に伴う広告料収入だ。ネットからの利益はまだまだ小さい。しかし、すでにそこを軽視できる状況にはなく、いかに「ネットからの広告を得るか」が重要なことになる。

若井:これまでは、一つのスポンサーが利用する広告費のうち、テレビは7、その他が3くらいの割合は変わらず、3の中でネットが伸びてきていました。

 しかしいよいよ去年あたりから、テレビが6、他が4になり始めました。ネット向け広告が増える分、放っておいたら取られてしまう。

 日本テレビの場合、ADVOD向けの広告ではネットの方の予算から回していただくことも増えてきたのですが、今後はネット企業に行く分を、こちらから取りに行く必要があります。

 TVerは10月スタートの段階で、各局毎週10本・トータルで1週間に最低50本の見逃し視聴タイトルが集まるところからスタートする。放送されている番組全体で見れば、もちろん、まだまだ数は足りない。数を増やすには、見逃し視聴が「テレビ放送の視聴者増」になることと、「見逃し配信向けの広告出稿ビジネスが一定以上の売り上げになる」ことが必要だろう。それはいきなりできることでもなく、TVerができたからといって、いきなり加速するものでもない。

 しかし、もはや後戻りはない。どれだけの時間がかかるかはわからないが、見逃し配信がない番組の方が珍しい……という日も来るのだろう。

「今更かよ、と言われることは承知していますけれどね」と龍宝氏は苦笑いしながら話す。

 日本もようやく、「見逃し配信をビジネスに乗せる努力」が始まった、と、筆者は評価したいと思う。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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