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「感動を生み出す商品を」。ソニー平井社長単独インタビュー
好奇心を刺激し、チャレンジをかたちに
(2014/1/8 09:30)
今年のCESのキーノートは、ソニー・平井一夫社長が担当した。日本のエレクトロニクス産業が苦境と言われる中、ソニーも決して例外ではない。ここでどんなメッセージを出すのか。業績回復が急務と言われるソニーにとって、この機会は非常に重要な意味を持っている。
エレクトロニクス事業の復権を掲げる平井社長だが、そこではどのような方針で臨んでいるのだろうか。キーノートを受けて、改めてエレクトロニクス事業復権への手がかりとフィロソフィーを聞いた。
なお、キーノートでの発表内容などについては別途記事をご参照いただけるとありがたい。また、具体的な商品戦略などについては、別途キーパーソンインタビューを予定している。
「感動」をキーワードに商品力を強化
平井社長が、キーノートの中でキーワードとして何度も挙げたのが「感動」(WOW)と「好奇心」(curiosity)だ。メーカーは個人にとって価値ある商品を提供し、その価値を金銭的な利益に置き換えて収益を得るもの。だからこそどんな価値を提供できるかが重要なのだが、平井社長は一貫して、ソニーが提供する価値とは「感動」である、と主張している。インタビュー中も、その点にこだわった説明が続いた。平井社長が、製品での「感動」にこだわる理由はなんなのだろうか?
平井:ソニーの社長に就任した日から、ずっと言い続けていることは、「うちは、お客様に『感動』を提供する会社」ということなんです。
それを社外にお伝えすることも大事なんですが、まずは社内に浸透させなくてはなりません。
レコード会社で新人アーティストをプロモートする時には「プロモーションは社内から」といいます。「あの歌手誰?」という状態では、当然プロモーションできないわけですよ。なので、まずは社内からプロモーションせよ、と。それを、ずいぶん昔、ソニーミュージックで一番最初に習ったんです。
いまだにことあるごとに、社内のマネジメントを集めての会だとか、四半期毎のミーティングだとかのたびに「感動ですよ」「好奇心を刺激するんですよ」ということは言い続けています。そうして、コンセプト的に、平井のソニーはなにをしたい会社なのかを、繰り返してメッセージングしていくのが大事です。
とはいえ、それはある種のキャッチフレーズだ。消費者にとって重要なのは「商品」。ユニークな商品が出てこなければ意味がない。
ただこの点については、読者の方々も、「最近のソニーは変わってきた」という印象を持っているのではないだろうか。レンズ「だけ」カメラの「DSC-QXシリーズ」や、音楽演奏の記録を主軸においたミュージックビデオレコーダー(ミュージックカム)「HDR-MV1」、ハイレゾ対応ウォークマンの「NW-ZX1」など、意欲的な製品が目立ってきたからだ。スマートフォンの売り上げこそ上がったものの、まだ大きなヒットにはつながっておらず、エレクトロニクスの収益改善へとつながっていないのが厳しいところだが、ソニーが明確に「変わって」きているのは間違いない。その一端は、「感動」方針の周知にあったようだ。
平井:もちろん言っているだけではダメで、具体的なビジネスとして色んな商品を通して、お客様に感動していただくことが大事。そのためにはやはり、技術的に差異化されている、もしくはユニークなものである、もしくは新しい価値を提供できるような商品、すなわち「ソニーらしいね」といっていただけるものを、次々に出していかなくてはなりません。
私は、色んな技術のエンジニアの会や商品企画の会にも必ず顔を出しているんです。そして、「これはおもしろいね」「でもこうしたらもっとおもしろくなる」「これ、なんなの?」と、色んな意見を出して、対話を促進しています。そうすることで、「なるほど! そういうことをしようとしているんだったら、これはおもしろいね」とか、逆に「平井さん、そういう風に言うんだったら、改善を考えてみますよ」という風に反応が返ってきて、製品の中身が変わっていくんです。
その結果が「ユニークな製品」の増加につながっているわけだが、もうひとつ重要なこととして、平井社長は「もっとやっていいんだ」という意識への変化を挙げた。
平井:「もっとやっていいんだ」、というか、「やんないでどうするんですか?」くらいに自分では思っているんですよ。ミュージックカムなんかもまさしくそうですし、QXシリーズとかもそうですね。ユニークな発想の製品をどんどんやろう、と。
売れてくれれば最高なんですよ。台数的にも、商業的にも。
それは大事なんだけれども、まずその前に、ああいった商品をリスクをとって「出していいんですよ」ということ、そして「出すことが評価につながるんですよ」ということも言い続けているんです。
それをしなかったら、今のエレキのビジネスはどうしても守りがちになります。当然、普通の商品もいっぱいありますし、出さなきゃだめですよ? そこはブレッド&バター(筆者注:英語では「基本となるところ」という意味の慣用句)ですから。
でもそれ以上に、いろんなクリエイティビティを発揮して、お客様に感動を届ける軸の商品をどんどん出していきたいんです。結果、お客様に評価していただける商品も出来てくる、ということです。
チャレンジの象徴「Life space UX」を公開
そうした「チャレンジ」の一つの象徴が、基調講演で発表された最大のトピック、4K対応超短焦点プロジェクタを軸にした、新しいリビングでの映像提案である「Life space UX」だ。詳しくは別記事をご参照いただきたいが、高解像度短焦点プロジェクタで壁面に147型・4K映像を表示するだけでなく、リビングの中に、新しい形で映像を持ち込むことを主眼に、間接照明やダウンライトにプロジェクタを組み込み、それぞれのディスプレイが同時動作して価値を生み出す、というあり方を見せている。
平井社長は、その可能性を熱っぽく語りかけた。
平井:短焦点プロジェクタは他社もやっていますが、ポイントは「4Kである」こと、「147インチまでいける」ということなんです。
この大画面で映画を見ましょう、という発想でもいいんですが、白い壁に映してみると、「映画などの映像を見る」だけじゃない可能性が出てくるんです。なんというかな……。体験の違いなんですよ。これは、見るというよりは「そこにいる」という感じなんです。
東京でテストした時、街中のライブ映像を4Kで撮って表示してみたんですね。すると、なんかもう「街の中にいる」という感じなんですよ。この技術を使うと、「新しいどこでもドア」チックというか、「どこでも窓」という感じになるんです。歌舞伎町の映像を流したら、なんかそこが歌舞伎町になったみたいに感じたんです。
「おいおい、いまここ品川にいたはずなのに、歌舞伎町じゃない?!」とか、「あれ、マチュピチュなの?」「ニューヨークにいるのか」みたいな。
平井:この感覚は、体験してみないとなかなかわからない。言葉だけじゃダメなんです。
実際のところ、都市の映像を実際にソフト化するかどうかはまた別の話です。プライバシーの問題などもありますので。でも、この仕組みでは「その場にいる」という感覚が生まれるのが、いままにない面白い体験だな……と感じてます。なかなか海外旅行にも行けないですよね。行きたいっていっても、マチュピチュにすぐいけるわけじゃない。でもこれなら可能。
商品としては「超ハイエンド」なものになるので、広く一般家庭で、というわけにはいかないでしょう。ビジネスリスクは大きい。
しかし、面白いんだから出さなきゃいけない。商業用の展開も含めて考えていきたいと思っています。
筆者も取り急ぎ短時間体験してみたが、確かにちょっと、いままでのものとは感触が変わってきている。映像に映る人々のサイズが実景に近くなっていること、解像感も十分であることなどがその理由だろう。若干方向性は異なるが、NHKが8K時代を見据え、150インチクラスのディスプレイで行っているデモでも、似たような感触は受けたことがある。
だが、このデモではより身近に感じた。おそらくは、「壁面」に投射している関係上、テレビにはつきものである「枠」の感じがなくなったからではないだろうか。
平井:この仕組みからは、「超短焦点プロジェクタというディスプレイを売る」だけじゃなく、それをサポートする新しいソフトやプラットフォームのようなものをクリエーションする可能性を感じたんです。
ライティングを使った技術も、いままではスクリーンに映したものが、ダイニングテーブルでいい、というところが面白い。明日商品化するかどうかはわかりませんよ? でも、新しい提案という意味では面白い、と思ったので、まずCESで見せて、いい・悪い、色々コメントをいただければ、次のステップに行けると思ったんです。
双方に共通していることですが、これまでディスプレイは「フレームの中」においていました。しかし、それをもうちょっと違う形で提供することによって、住空間がまた違ったビジュアルの世界に進むことができるのではないか、という可能性を感じることができています。
例えばですが……。超短焦点プロジェクタは、一つだと16:9の4Kです。でも、これを2台並べてあげると、32:9の8Kになるわけですよね。これは他社さんの技術なんですが、4Kの2画面の映像をリアルタイムに「横につなげる」技術があって、それと組み合わせられるんです。
厚木(筆者注:同社の技術開発拠点である厚木テクノロジーセンター)に遊びに行ったとき、「平井さん、これ、感動しますよ」といって見せられたのが、147インチ×2の、サッカー・ワールドカップの映像だったんです。それがもう、「え、私、スタジアムにいるの?」としかいえないような、リアリティのある体験、迫力になるんです。
それがみなさんの家庭できるのか、というと、それはまた別の話かと思います。でも、映像体験を違う世界に持って行く、という意味では、大きな可能性を感じましたね。ぜひみなさん、ご意見いただければと思います。
まだまだやることはいっぱいあると思うんですが、テレビでなく「ビジュアル」を今後どういう方向性に進めていくか、という上で、大切なことだと考えます。
恐れず「やってみろ」でモチベーションを生み出せ
他方、こうした「チャレンジ」が昨年以降になって目立つようになったきたということは、平井体制以前のソニーには「失敗を恐れる」傾向があった、ということでもある。平井社長も、ある側面でそれを認める。
平井:失敗を恐れる気持ちも、一部あったのかもしれません。
でもそれ以前に「おもしろい商品を出して行こうよ」っていうところの軸が弱くなっていた。昔はややもすると「それだけ」でやってきたのがソニーですよね(笑)。
平井:それがなんとなく、発想が守りに入ってきてしまって、リスクをとらなくなってきた……、そういうことにもつながっているんではないでしょうか。
出して、失敗して、「おまえなにやってんだ」と叱責されることより、「本当にこんなの出していいの?」と、それ以前にブレーキを踏む、保守的な発想になってしまった時期があるんではないかな、とは思いますね。
こういう風潮は、まだまだ社内に絶対残っている、とは、私も思っているんです。払拭していかなくてはいけないです。
ユニークな発想の商品になると、結局商品化の時に、「コストはいくらですか」「誰に売るんですか」「男女構成比は」「どの層に刺さるんですか」「アメリカで発売できますか?」「ヨーロッパでは大丈夫ですか?」と、不安げな質問が重ねられます。
でもそれって、英語でいう「千の質問による死(death by a thousand questions)」という奴ですよ。どんな商品だって、質問を重ねて否定することはできる。でもあえて(質問を重ねていくこと)をやらずにやっているんです。
「やってみろ」というやり方の原点は、平井社長は、自身のキャリアにある、と分析している。ご存じの通り、平井社長はソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のトップを経て、ソニー本体の社長になった。SCEのさらに前、ソニーグループ入社時は、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)在籍だった。
平井:これは私が、どちらかというとミュージックビジネスやゲームビジネスが長いせいかもしれないです。
「これ面白いからとにかくやってみようよ」、という発想です。ソフトビジネスでは当然のものですが、ハードウエアビジネスで同じことがあっていい、と思っているんです。
だってソフトビジネスだって、レコード会社が新人を10組出したら、まあ、当たるのは2組。そんな、全部当てるような百戦錬磨のプロデューサーなんていないですよ。それと同じくらいの確率……というと、あまりにリスクが高いと言われるかもしれませんが、そのくらいの発想で、ユニークな商品というのはどんどん議論して出していくことが、これからのソニーにとっては大事なんではないでしょうか。
その結果として指摘するのが「モチベーション」との関連性だ。
平井:そうして評価していただければ、うれしいじゃないですか。モチベーションがあがりますよね。
クリエイターは「作っただけ」じゃ面白くない。やっぱり、世界に出して、すばらしいゲームだ、すばらしい音楽だ、すばらしい製品だ、と評価してもらわなきゃいけないんです。
私は、技術者・エンジニアもクリエイターだと思っているので、「こんなすばらしい技術ができました」といっても、誰も使ってくれなければまったく面白くないですよね。
すなわちユニークなものが「製品につながる」こと、そしてそれが評価されることが、結果的にプラスの効果を生む……と考えているのだ。
そこで平井社長が重視しているのは「市場投入のスピード」だ。
昔の家電はアナログ技術で作られており、そのノウハウはセットを作っている企業にあった。だから、大手家電メーカーは差別化がしやすかった。
だが、水平分業が進んで、価値がソフトウエアに移った現在、「面白いガジェット」「優秀な家電」は、大手メーカーだけが作れるものではなくなった。むしろスピードや発想だけならば、身軽なベンチャー、あるいは、アップルのように、経営資源を特定の方向に集約しているメーカーの方が有利だ。グーグルやアマゾンのように、貪欲に全方位展開をしてくる企業もライバルだ。ソニーが「ユニーク」を旨とするならば、彼らとは正面から戦わねばならない。
平井:当然、市場投入スピードは必要です。発想したらばすぐに動かないといけない。例えばQXシリーズがいい例ですけれど、発想があったらなるべく早く商品化する。じゃないと、もしかすると他のところで同じような発想で商品化されちゃうかもしれないじゃないですか。
私は「こういうコンセプトがあるんです」という説明を受けたら、すぐに「それは分かったから、いつ商品化できるのか・商品化に向けてなにがハードルなのかを教えてくれ」と言っています。最近はもう、毎回聞くのが面倒になってきたので、技術展示のパネルに必ず、「商品化へどんなチャレンジがいるのかも書いてくれ」と指示するようになりました。例えば「事業部の間で情報がうまく流れないんです」とか、「レーザーのこの色が出ないんです」とか。書いてくれてれば聞かなくてすむので。
そういう風にやっていかないと、お客様に感動していただける商品に直結しなければならないんですよ。純粋なサイエンスプロジェクトでやっているわけじゃないですから、「いかに商品に直結させるか」を考えてもらうメッセージが大事だと思っています。
またモチベーションの点でも、例えば、「この技術がサイバーショットに搭載されたから、こんなすごいことになったんだ」というところへもっていくのが、エンジニアのモチベーションだと思っているんです。「あなた方はそういう発想で技術開発をしてくださいね」ということを促すために、「いつ出すのか・なんの商品に入るのか・なにが問題なのか、を教えてくれ」と言っているのです。じゃないと、本当に技術展示のためにやっています、ということになってしまって。
もしかして、もっともっと余裕がある時代であったら、技術のためだけに開発する、という発想でも良かったのかもしれません。
しかし今はそういう時代・時期じゃないですし、いかに感動する商品・楽しい商品に直結するか、ということを考えてもらいたい。いつかは「なにに使うかわからない、ブラックボックスを開発しています」ということも、いつかは許容できるかもしれないですが、いまはまだその時期じゃないです。
すなわち、「リスクをとって、やりたいものをやってみろ」という発想の裏で、「でも常に、商品にすることを考えて開発せよ」というトレードオフが存在するのだ。
「みんなの『いいね!』」はあてにならない
「やってみる」という発想の中でも、超短焦点プロジェクタのような製品は、市場性の面でもコストの面でも、挑戦しなければいけない領域が多い。
ソニー社内には、そうしたもののための専業チームが存在するという。平井直下プロジェクト「TS事業室」と呼ばれるチームだ。
平井:このプロジェクタは、私の直下でやっているものです。「いままでと違うことしようよ」という部門を作った、というお話はしてましたよね? そこにすかさず、「この技術をやるように」と指示しました。
当然彼らだけではできないので、色々な部署からリソース・人材を借りてきて。商品化を進めています。多分、私直下のプロジェクトの、最初の市販化製品になります。
この超短焦点プロジェクタ、すごく面白いんですけど、今のテレビ事業部にやってもらおう……と思っても、大変で手が回らないです。彼らは4Kに全力で取り組んでいますからね。また、これは超ハイエンド商品ですから、ビジネス条件も異なる。
「じゃあ違うところでやりましょう」ということで、私の方にひきとったんです。これがうまくいったら、またテレビのチームに戻すこともありますよ。
そういう商品をあえて、今のテレビ事業じゃないところでやる。要は「超リスクをとって」商品を出していく、ということなんです。
TS事業室の存在は、ちょうど一年前、昨年のCESで、平井社長から明かされたものだった。その後、QXシリーズなども登場し、「あれこそが平井直下プロジェクトによる、跳んだ製品か!」と言われることもあった。だが、実際にはちょっと違う、という。
平井:いやあ、QXは十分跳んでますよ(笑)。でも、あれはDI(デジタルイメージング)事業部の管轄です。DIで跳んでくれた商品、ですね。
あの試作機は「エスプレッソ」と呼ばれていたんです。レンズに取っ手がついていて、カップのように見えたからなんですが。その頃に見て、もう、これはすばらしいからやろう、と決まったんです。もしもDIでやる気がなかったら、直下プロジェクトチームがひきとって商品化していたと思います。でも、DIでやります、ということだったので、彼らにやってもらった、ということですね。
事業部の中でも、もちろん「跳んだ」ものはできます。でも、リスクの点だとか、既存ビジネスとの関係だとかで、うまくなじまないものもある。
そういうものはTS事業室がひきとって、彼らで製品化を目指す、ということなんです。
実はですね……。このチームには「十箇条」みたいなものがありましてね。「会津家訓十五箇条」じゃないんですけど、チームが勝手に作ってきたんでんすが。
十箇条全部の内容は忘れちゃったんんですが、一つ目は「みんなが『いいね!』というものはやらない」なんです(笑)。そんなコンセンサスがとれてる商品はやっちゃいけない、みたいな話になっている。
まあ、そういうコンベンショナルな商品は、通常の事業部がやればいいものなので。そうじゃないところでリスクをとってもらう。まあ、そこで失敗したところで、私の直下なので……(苦笑)「社長がいい、っていってんだから」ってことですよね。
まあ、TS事業室では、超短焦点プロジェクタ以外にも、まだいくつかお話できないものをやっています。乞うご期待、というところでご勘弁を。
グループとしての価値を一体感やサービスで生み出す
他方で、すでに述べたように、家電メーカーに価値が生まれづらくなったのは事実だ。ではそこで、「ソニー」というグループであたることの価値・強みはどこにあるのだろうか?
平井:ソニーという「ブランド力」、物流や調達の力、各国のセールスマーケティング力、いまはUXでも横連携もはじめていますが、そういった、一つの商品を介して「商品群」への足がかり、連携してどういう風に楽しめるんですか、というところの強みが私たちにはあります。
それから、人間の五感に触れる部分には圧倒的な自信があります。そこで「コモデティ化しているけれども、音質は圧倒的にいいですよね」とか、「絵はきれいですよね」とか、「質感がいい」とか、そういったところを、いかに、ソニーが持っているアセットを使っていくか、ということです
。
ミュージックカムなんかいい例なんですけれど、これがどういう発想から来たかというとですね……。
デジタル/イメージング(DI)部隊の連中がソニーミュージックの人達と話している中で、「カムコーダー、映像がきれいなのはいいんだけど、ミュージシャンはもっと音がいいのを求めている。どうなってるのよ」という発想が出てきたんです。「それは面白いですね」ということで、ミュージックカムという商品が出てくるんです。
平井社長も指摘するように、ソニーは「連携の価値」をアピールしている。その中で特に、ネットワークサービスの価値として重視しているのはどこになるのだろうか。
平井:ソニーグループにあって他社にないものはプレイステーション、すなわちゲームの資産です。それをプレイステーションというプラットフォーム以外に、どういう風に広げていくかが、ネットワークサービスを考える上で重要になります。
色んな議論があります。差異化のためにソニーでエクスクルーシブに、という話もあれば、「ネットワークサービスを大きくするなら、他社にも出して広げてもいいじゃないですか」という議論もある。これはバランス。バランスを見ながらやっていきます。
自社・他社の話はともかくとして、Gaikaiを買収したのも、ネットワークサービスのプラットフォームで、ゲームを軸にいかに差異化できるか、ということを見ていくポイントだと思っています。
また、ソニー・ピクチャーズがあるんだからエクスクルーシブコンテンツを作ろうよ、ということで、アンディ(ハウス氏。ソニー・コンピュータエンタテインメントCEO)とも話して進めています。いままで以上に、コンテンツ側とSCE・エレキの中で差別化していくことができるものを作っていこう、という動きになりますかね。
基調講演では、Gaikaiの技術を使って、プレイステーションの過去のタイトルを提供するクラウド技術が、「PlayStation Now」として正式にお披露目された。北米では1月末からクローズドβサービスが始まり、夏の間に正式にスタートする。これを皮切りに、「ゲーム機の価値をゲーム機の中に閉じない」戦略を広げていくことになる。
やり続けていないと「次の波の発射台」にはなれない
平井氏が社長就任以降、ソニーはずっと、モバイル・デジタルイメージング・ゲームを「三本の柱」にしてきた。確かにこれらはソニーのエレクトロニクス事業の稼ぎ頭だ。
だが、どれもコモデティ化が進み、ビジネスモデルの変化も広がり、「これ以上の伸びが期待できない」とする批判もある。これに平井社長はどう答えるのだろうか。
平井:例えばモバイルですが……。私は、これからモバイルの領域がもっと大きくなると思っています。
でもモバイルというのは「スマホ」だけの話をしているのではないです。要するに、持ち歩きが可能な色んなデバイス、そしてそれにつなぐ商品やサービスのことを指します。
「スマホ市場で、バリューベースで3位を狙っていきます」という風にずっとお話させていただいています。「もうスマホがコモデティ化している中で、その動きはどうなんですか」というお話はあると思います。あるとは思いますが、もし仮に、その領域でまったくビジネスをしていないとしたらどうでしょう?
ソニーはこれから、モバイルでの新しい波を作っていかなくてはいけない、と私は思っていますし、それを作るためには、今のビジネスを続けていなくてはいけない。
昔のアナログの携帯電話しかやったことがない会社が、急にスマホをやれといってもできませんよね? 同様に、ちゃんと「次の波」を予測して作る「波の発射台」になり、競争のスタートラインに立つためには、モバイルのビジネスは続けなくてはいけないです。
ゲームについては、PlayStation 4(PS4)をみていただければおわかりのように、面白いプラットフォームで、面白いコンテンツがあって、新しいソーシャルな部分もちゃんと提供できていれば、やはりそこにお客様はそこに存在するな、というのが、今回のローンチでもわかりました。ここはPS4だけじゃなくて、XboxOneも同じですよ。「新しいプラットフォームだから売れているんだ」という意見もありますが、GTA5のように、既存プラットフォーム向けにいきなり800万本売れるものもあります。あれもコンソールですよね。やはり、コンテンツの「感動軸」でお客様からどう評価されるか、ということがポイントなのだと思います。
私の言い方でいえば、「感動」が提供できるかどうか。「これは面白い」「これで感動した」といっていただけるような、コンテンツとハードとサービス、場合によってはデリバリーまでの組み合わせができるかどうかがポイントですよね。
オーディオの世界でいえばハイレゾがそうです。IFAではこの領域を徹底的に掘る、と宣言しました。ZX1については、日本で在庫切れを起こしてしまい、皆様にはご迷惑もおかけしているのですが、ZX1は7万5,000円。ハイレゾ対応ヘッドホンに2万円・3万円くらいをかけて、さらに「もっと音をよくしたいからポータブルアンプを」ということになると、トータル15万円くらい、ここにかけていただくことになるわけですよね。でも、買っていただけるしご評価いただけている。
それは、そこに新しい「感動体験」があるからです。「いまさら携帯音楽プレーヤーですか?」といわれたら、はっきりと「いまさら、携帯音楽プレーヤーなんです」とお答えします。
これが、一番いい例だと思います。
より幅広い「センサー」に着目、ディスプレイは液晶を軸に展開
今後の技術展開をどうするのか、という点も重要だ。特にデジタルイメージングを支えるイメージセンサーや、ディスプレイ事業などはその中核となる。そこにはどういった方針で臨むのだろうか。
平井:エレクトロニクスでいえば、注目しているのがセンサー技術です。イメージングの領域はもっともっと面白いことをやっていくと同時に、イメージング以外のところで、センサー技術というのをもっともっと、技術的にも推し進めないといけないな、と考えています。
例えば、キーノートでも少し触れました、肌の質感、しみの量を見れるようなセンサーを作ってみたりとか……。これはイメージセンサーの応用ですが。また、血糖値を、血をとることなくセンシングするといったものを作って社会に貢献するですとか。
平井:いくつかの例ですけれど、そうしたセンシングテクノロジーというのが、これから、イメージセンサーだけじゃないところで重要になってくる。エレクトロニクスとしては、その領域に注力していかなくてはいけない、と思います。
当面の投資はイメージセンサーを中心にやりますが、これからも必要に応じてやっていかなくてはいけないかな、と思っていますが。
そうしたセンサーは、自社の製品の差異化のためにもつかいますが、場合によっては、他社とコラボレーションして外販のビジネスも広げていかなくてはいけない。いままで以上に、徹底的に追求していかなくては、と思います。
イメージセンサーでは先頭を走っているとは思いますが、こうした分野でもクリエイティブな発想というか、いかに「イメージセンサー以外の部分に価値を直結できるか」ということがポイントかと思います。イメージセンサーを進歩させてきた発想が、他のセンサーにも生かされることを期待しています。
要はそこが「クリエイティビティ」ですよね。それがセンサービジネスでは必要となってきます。
では、ディスプレイはどうだろうか? 韓国系メーカーを中心に、大型の有機EL(OLED)の訴求が目立つ。一方でソニーは、パナソニックとの共同開発を終息させ、一歩引いた立場のように見える。
平井:いまから何千億かけて、ディスプレイパネルのファブをたてますか、というと、そういう話ではないです。
パネルをパートナーさんから調達して、色の見せ方やコンテンツや音などで差異化をするのが大事だと思っています。差異化技術はもっているので、そこは徹底的に掘っていく。投資もしなければいけないとは思っています。
が、またすぐに工場を建てなければいけないか、というとそういう話ではないです。
OLEDについての期待感はもちろんあると認識しています。しかしそれだけでなく、今回発表した「超短焦点プロジェクタ」のようなものもあります。
やはり、映像を「見る」ということを変えるような試みをこれからもやっていきたいと思いますし、家庭内でできることはまだまだあるかな、と思います。キーノートで発表した、Life space UXはブースでも展示していますので、ぜひご体験いただきたいです。
OLEDで言えば、ずっとやってきましたし、プロ用も民生用もありますが、一方で、液晶のローカルディミングを強化した「X-tended Dynamic Range PRO」のような試みもあります。
まずは液晶がボリュームゾーン。技術的にできることはまだまだありますので、そこを積極的にやっていきます。
しかし、OLEDを否定するものではないです。もちろん。OLEDがかなりハイエンドな価格帯になってしまうであろうことを考えると、液晶の価値はまだまだ大きい、と考えます。
他方、製造技術という意味では、ちょっと心配なニュースも入ってきている。ソニーは、同社の国内生産拠点である、ソニーEMCSの5拠点でリストラを行なう。国内製造拠点の整理は、ソニーにとってどのような決断に基づくものなのだろうか。
平井:5つの製造事業所があります。が、セット系については、ある程度縮小せざるを得ません。一方で、半導体などは投資していきます。
いまやっているのは、各製造事業所で得意な分野・不得意な分野をもう一度見直すことです。「拠点化」と言っているのですが、それぞれの拠点がなんでもかんでもやるのではなく、「あなたのところはこれだけをやってくださいね」という形で、それぞれの製造事業所の特徴が出るように調整をしてきました。ここ1年くらいですかね。
その一環として、縮小しないといけない部分が出てきたために、構造改革は今後もしていかなくてはならない、という結論に至った、という話です。
しかし、これからも伸びる領域、例えば半導体などには投資を続けていきます。よって、どこかの拠点を完全になくしてしまう、という話ではないです。
確かに、セット生産の部分については、競争力の問題もありますから、縮小せざるを得ない部分があります。しかし、そうした部分も完全になくしてしまうことはないです。ソニーはモノ作りの会社ですから、それを全部外に出してしまったら、「おたくの価値はなんですか」ということになりかねない。
とはいえ、大量に作る場合など、社外に出した方がコスト的に有利だね、という部分は出さざるを得ませんし、逆に、サービスも含めて、一つの拠点で色々統合的にやらなければいけない部分は、合わせこんでやっていくことになると思います。
ソニーにとっての「厚木」とは
ソニーの差別化戦略の中で、非常に大きな価値となっているのが「厚木テクノロジーセンター」だ。本原稿の中で何度か出てきたように、差別化プロジェクトのコアは厚木から生まれている。超短焦点プロジェクタも、厚木で生まれた技術の一つだ。
平井社長は就任以来、全世界にある事業所や開発拠点、製造拠点などを精力的に回っているというが、中でも厚木は、もっとも頻繁に訪れる場所の一つであるようだ。
平井:やっぱり、エレクトロニクスビジネスの本当にベーシックなところでの創造性が発揮されているところだな、と感じますね。
なぜあそこにちょくちょく行くかというと、新しい発見があるし、開発の進捗も見えるし、それが自分への刺激にもなるし、商品につながる発想にもなるし、やはり、ベースのクリエイティビティがあるところだからですよ。ソニーのエレクトロニクスビジネスの基本があるところですね。
いやあ、厚木のみなさんは、みんな目が輝いていますしね(笑)。
「こんなことできるんですよ」っていってデモしてくれたものに私が驚かされる、というのがいいんです。それが発見というか、対話につながっているんです。
前出の、超短焦点プロジェクタを2つつなげる、というデモも、この間行ったら突然、「平井さん、こんなんできたんですが、どうですか?」って見せられたんですよ。いやあ、「ヒエー」って感じで驚きましたね。毎回新しい発見があります。
なによりもほんとに、厚木に行くのが楽しくて。「平井さん、前の奴、いい感じに仕上がってきたんですが、見に来てもらえますか?」って突然連絡がきても、「明日の午後の予定? たいしたことないから全パスして厚木行こう」って、すぐ決断しちゃうくらいです。
最初は厚木のみなさんも構えてて、車が着くとみんなで出迎えたりしてくれてたんです。でも、「そんなのいいから。僕にかまわなくていいから。見せてくれればいいよ」と話して、こまめに行くようになっています。そのせいか、最近は行っても半分無視ですね(笑)でも、それがいいんですよ。
製品として、ソニーはまだ明確なヒットを生み出せていない。PS4やXperiaなどが数を生み始めているが、本格的なヒット商品発掘はこれからだろう。
しかし、筆者を含め、ソニーを継続的に取材しているプレス関係者は、明確な変化を感じているのも事実だ。あるエンジニアは、こんな話を笑いながらしてくれた。
「平井さんがちょくちょく来てくれるのがいいんですよね。で、僕らがやっていることを一緒におもしろがってくれる。技術者じゃないんで全部はわかってないみたいですが、理解して、色々やらせてくれるので、すごくやりやすいですよ。申し訳ないけれど、ここ数年、そんなことはなかったですからね」
エンジニアやクリエイターのモチベーションアップが、製品のヒットに必ずつながるわけではない。だが、その要素なしに、成功が存在しないのもまた事実。ソニーは復活の「必要条件」の一つを取り戻しつつある、といえるのではないだろうか。
他方で気になる点もある。
エレクトロニクスと画質・音質の面で、厚木は圧倒的な価値を持つ。
では、現在の製品に重要な、ソフト・サービスにおける「厚木」のような象徴は、生まれているのだろうか? 平井社長は、次のように答えた。
平井:ソフトウエアを全部一つの拠点に集めてやろう、ということでここ何年かやってみました。
でも結果、ベース技術はシェアするものの、どちらかというと、商品を司る商品企画に近いところにソフトをやらないと、うまくインテグレーションできないよね、ということになり、現在は一度、それぞれの事業部に戻しています。
でも、戻すとまたサイロになってしまうので、それはさせない。シェアするところはシェアするメカニズムを作ること前提に、事業部に戻してやってみましょう、ということを、ついこの間、やりました。
それでどう成果がでるのか、というところです。見ている範囲では、ソフトの部分で言うと、やっぱり、事業部に入れないとコミュニケーションが良くないかな……というのが見立てです。
しかし、これはまだまだいろんなやり方があると思っているので、これからのあり方については、議論が必要なところです。
すなわち、厚木のようなシンボリックなコアでなく、全体に広げて対応……という流れなのだろう。
そこでの価値がどう明確になるのか。ソフトウエアやサービスの持つ「手触り」での「感動」をどう生み出すのか。
ソニーにとってのもう一つの「必要条件」はそこにありそうだ。