西田宗千佳のRandomTracking
ソニーがVAIO事業を売却する理由。変化したPC事業の位置づけ
(2014/2/7 11:55)
ソニーが、テレビ事業の分社化と、VAIO事業の売却を決めた。
PC事業の売却・整理については、1月の後半以降、何度も噂が先行する形での報道があったが、昨日開かれた2013年度第3四半期(10~12月)決算説明会において、平井一夫社長が直接発表する形で正式発表が行なわれた。決算内容について、詳しくは別記事をご参照いただきたいが、その内容は「厳しい部分を本格的に切り離す苦しみ」といえるものだった。
その中で、なぜソニーはVAIO事業・PC事業から完全に撤退することを決断したのだろうか。ここでは、「ソニーにとってのVAIOの価値」の変遷から、その意味を考えてみたい。
2軸で進んだ「ソニーのVAIO」
まずは昔話からはじめてみよう。
ソニーが「VAIO」の名でPCブランドを立ち上げたのは、1997年のことだ。VAIOといえばモバイルPC、というイメージの方が多いかもしれないが、初代モデルはタワー型PCである「PCV-T700MR」だった。ソニーは1980年代、HitBitブランドを中心に家庭向けPC事業を展開、その後撤退している。だからVAIOは「二度目のPC事業参入」だ。
PCV-T700MRは、MPEG-1のハードウエアエンコーダとCD-Rを搭載しており、アナログビデオキャプチャによってビデオCDの作成を中心とした「オリジナルの映像編集」ができるPCである、ということがウリだった。
「VAIO」という言葉の当初の意味は、「Video Audio Integrated Operation」。ソニーは映像の会社なので、映像を軸にしたPCで差別化する……という狙いだったわけだ。
といっても、実際に最初から差別化が出来ていたかというと、それはまた別の話である。ハードウエアエンコーダを標準搭載したPCはほとんどなかったが、そういう周辺機器がなかったわけではない。ソニーが作った「映像PC」が、自作PC+周辺機器よりも圧倒的に優れたいた……というわけではない。
そうしたこともあって、VAIO立ち上げの時期においては、「他と違うPC」というイメージを牽引したのはモバイルPCの方だった。「VAIO NOTE 505(PCG-505)」は、圧倒的な「デザインの違い」によって存在感を生み出した。
その後、デスクトップのVAIOが存在感を放ち始めるのは、1999年に、ハードウエアMPEG-2エンコーダ付きテレビチューナ「GigaPocket」を搭載した、「PCV-Rシリーズ」、通称「VAIO R」の登場を待つ必要がある。VAIO Rはいわゆる「テレビ録画PC」の先駆けであり、後のアナログ放送用DVDレコーダーが備えている要素の多くをPCで実現したものだった。PCで「日常的にテレビを見る」「映像を楽しむ」ことができるようになったのはこの頃からだ。実は筆者がVHSでの録画から卒業したのは、このVAIO Rを買ったからだった。
薄型・小型の「デザイン性」と、映像を軸にした「家電的要素」。この2つが、VAIOの特徴といえた。前者はソニーがウォークマンやハンディカムで培った実装技術を生かしたものであり、後者は映像系のノウハウを生かしたものだった。そういう意味では、ソニーがもっているリソースを生かしたPC事業が「VAIO」だったわけだ。他方で、初期にはPC作りのノウハウ不足が原因で、Windows XP登場まではOS側のリソース不足によるニーズとのアンマッチが原因で、いまひとつ安定性に欠ける、という評価もあった。その辺も含め、PCメーカーとしてはだいぶ破格だった、ともいえる。
ちなみに、初期のVAIOには妙なルールがあった。ノートPCでは「VAIONOTE」、デスクトップでは「VAIO」というブランド名が使われていたのだが、一部、ノートPCなのに「VAIO NOTE」でない製品があったのだ。
それは「VAIO C1」(1998年)。コンパクトなノートPCとしてずいぶん人気を集めたものだが(実際、筆者もユーザーだった)、実は「ノート」ではない。理由は「カメラがついていること」を商品企画のポイントにおいていたからだ。いまやどのPCにもついているウェブカメラだが、モバイルノートへの搭載は、VAIO C1から始まった。コミュニケーション用のカメラを軸にした商品=AV軸のPC、ということで、VAIO Rと同じく「ノートではない」区分になっていたのだ。
PC事業が「ソニーのため」に生きない時代
1998年頃から2005年頃までは、PCがもっとも元気だった時代である。PCが急激に普及した、という背景もあるが、こと家電的な視点で見れば、「PCがデジタル家電のトレンドを引っ張っていた」ということもできる。
すでに述べたようにVAIO Rは、その後一般化するDVDレコーダの特徴の多くを備えていた。そういう製品を作れたのは、演算力に余裕があり、商品単価が比較的高く、ソフトウエア開発の柔軟性もあったためだ。いきなり「家電」として作るのはハードルが高かったが、PCならばトライアルができる。そして実際その当時は、そのトライアルに価値があれば販売に結びついたのだ。
デジタル家電の中核技術として普及しているDLNAも、最初はPC向けに実装されたものだった。開発はソニーが先導し、インテルやマイクロソフトを巻き込む形で規格化が進んだ。VAIOは初期からDLNA対応に積極的だが、それはもちろん、ソニーの中でDLNAを実装するのがもっとも容易で、すぐに価値を出しやすい機器であったからに他ならない。
製造という面でも、PCの知見は重要度を増していく。
デジタル家電になり、差別化できる商品を安く作るには、社外から効率良くデバイスを仕入れ、そこに自社の付加価値を入れつつ、EMS・ODMなども活用して製造コストを下げる仕組みが重要になった。それはPC事業の一つの本質であり、販売数量が増えるに従い、慎重なサプライチェーン・マネジメントが求められる。
現在のソニーを見ると、エクゼクティブ層にはVAIO事業出身の人物が多い。ソニーモバイルコミュニケーションズ 代表取締役社長 兼 CEOの鈴木国正氏や、ソニー・業務執行役員SVPでR&Dプラットフォーム中長期技術担当の島田啓一郎氏には、VAIOの取材で何度も顔を合わせた経験がある。平井社長も2月6日の会見の中で、VAIO事業について「効率的にお客様に製品を届けるというオペレーション面で、サプライチェーンの見方や製造管理など、ソニーの中で先頭を走ってきた」という評価も口にしている。
ただし、である。
これら、PC事業を持つことの「販売実績の外の意義」は、ここ数年で急速に低下していた。「家電」としてデジタルAVを扱う機器は、もはや珍しくない。PCをショーケースにしなければいけない理由は薄れた。PC的なサプライチェーンマネジメントも当然のものとなっている。
実際VAIOも、1997年の姿とは大きく変わった。略称も「Video Audio Integrated Operation」から「Visual Audio Intelligent Organizer」と代わり、より「普遍的なPC」に近いものを作りつつ、他社と違う製品を目指す、というやり方が、近年のVAIOの特徴となっていた。
そこに来たのが、PC市場全体の減速だ。法人市場はWindows XPからの「移行特需」もあって復活してきているが、個人市場は年率で20%近く落ちている。VAIOは法人市場でも海外市場でも弱く、厳しい状況が続いていた。
平井社長は、今年1月のCESの際、筆者とのインタビューの中で、利益率が減る傾向のあるスマートフォン事業などをコアとして進める理由について、次のように答えている。
「昔のアナログの携帯電話しかやったことがない会社が、急にスマホをやれといってもできませんよね? 同様に、ちゃんと『次の波』を予測して作る『波の発射台』になり、競争のスタートラインに立つためには、モバイルのビジネスは続けなくてはいけないです。」
仮に苦しくとも、それが「ソニーの次の土台」として必要な事業ならば、全力で続ける、というのが、平井社長の考えなのだろう。
逆にいえば、「普通のPC」としてのVAIO事業には土台としての役割はなく、業績次第で判断されるものだ……ということでもある。
同様に厳しさを指摘されているテレビ事業については、「引き続きリビングルームにおける視聴体験を実現する上で重要な役割を果たし、その技術的資産は、他の商品カテゴリーにおいてもソニーの差異化技術として活用されている」(平井社長)としている。分社化するが当面売却はせず、「ソニーモバイル、SCEの2つともスピーディに判断して、経営を行なっている。これをテレビビジネスにも持ち込みたい」(平井社長)とのことだから、ある意味、「背水の陣に置いて黒字化・業績改善を必達させる」ことを狙うのだろう。これでうまく行かなければ、今度はテレビ事業がソニーから離れる対象となるかも知れない。
「ソニー枠」を外したVAIOを求む
他方、これで「VAIO」という名前が終わるわけではない。日本産業パートナーズに売却され、独立したビジネスになる。
PCの需要が落ち込んでいるとはいえ、PCに役割がなくなったわけではない。PCにも色々と種類はある。タブレットとの境目はもはや曖昧だ。平井社長は会見で、新会社に移管する「PC事業」の定義を問われ、「定義は難しい。新しい会社はPCビジネスをやってもらう。どういうった商品がVAIOなのか、新しい会社で議論していく」と答えた。いわゆる2-in-1デバイスのようなものをどうするかは揺れているのだろうが、「いわゆるパソコン」で思い出すような製品、すなわち一般的なPCに近いものは、新会社の領分なのだろう。
それはそれで、前向きに捉えてはどうだろうか。快適な文具や美しいナイフの価値が変わらないように、良いPCには道具としての価値があり、求める人がいるはずだ。「ソニーのため」という枠をとりはらい、良いPCを作ることに注力しやすくなるかも知れない。
もちろん、道のりは厳しい。新会社の規模は間違いなく小さくなる。そこで従来通りのサプライチェーンを維持するのは難しい。当面は、製品のラインナップを絞り込み、価格を上げる、という施策が必要になるだろう。それは一歩間違えば、さらなる売り上げ悪化を生む可能性だってある。ユーザー側の意識も変わるので、いままでVAIOを買ってくれていた人がそのまま支持してくれるかどうかもわからない。
だが、筆者は「ある条件」がみたされるなら、新会社のVAIOも良いものになる、と信じている。
その条件とは、今、VAIOの「エース商品」を作っている商品企画者やエンジニアリングスタッフが、そのまま製品を作ることだ。
取材する立場から見ると、VAIOは妙に「作り手の属人性」が発揮された商品だと感じる。具体的に名前を挙げるのは差し控えるが、注目を集めたVAIOは、わりと同じスタッフが担当している場合が多い。VAIO部隊にはそういう「名物チーム」がいくつかあり、彼らの個性によって製品が出来上がっている。時期によって、コアとなる人物の顔ぶれは異なる。でも、「ああ、これやっぱりあの人のなんだ」という匂いがするのだ。
そういった人材は、VAIOにとって宝だ。そのうちの幾人かは、ソニー本体やソニーモバイルなどに転籍し、別の商品を担当することになるのだろう。だが、新会社で「ソニーの枠をはずして暴れる彼ら」の姿を見てみたくもある。そのくらいのことが起きてはじめて、「VAIOはソニーの外に出て良かった」と評価されるのではないだろうか。