鳥居一豊の「良作×良品

ネットワークオーディオの魅力 オンキヨー「T-4070」

厚みのある音色で、8つのチェロの重層的な響きに酔う


 連載開始以来、ビジュアル機器ばかりを取り上げてきたので、そろそろ音楽物もやってみたいなと思い、オーディオ機器を選ぶことにした。オーディオ機器というと、システムの要であり音の出口であるスピーカーなど、多種多様なものがあるが、今回は現在注目が集まっているネットワークオーディオプレーヤーとした。

 僕も昨年にLINNのMAJIK DSを手に入れて、以来所有するCDはリッピングしてNAS(LAN HDD)に保存し、MAJIK DSで再生するスタイルになっている。ディスクを入れ替える手間もなく、聴きたい曲を手軽に選んで再生できる快適さは、iTunesなどで音楽再生を楽しんでいる人とまったく同じで、今やディスクを直接再生することがほとんどなくなってしまった。

 ネットワークオーディオ機能は、単品コンポーネントも発売されているが、AVアンプなどにも積極的に搭載されているし、極端な話、薄型テレビの多くが採用するDLNAクライアント機能を持った機器であればネットワークオーディオ再生が可能だ。だが、確かにネットワークオーディオ機能は便利だが、そのために薄型テレビやAVアンプを買い換えるのは大げさすぎるし、ちょっと違う気がする。個人的には薄型テレビなら画質、AVアンプならば音質を最優先して選びたいから。結果としてその機器がネットワークオーディオ機能を備えていれば、快適に音楽再生ができてうれしいというだけだ。

T-4070

 単品コンポーネントは、機材の数が増えるし、接続の手間もあって敬遠されがちだが、欲しい機能を必要に応じて追加できるというのは、ムダがないと思う。ひとつの筐体にいくつもの機能を押し込まず済むというだけでも、音質的に有利だ。

 結果として選んだのは、オンキヨーのT-4070(実売価格:9万円前後)。ネットワークオーディオプレーヤーではなく、FM/AMチューナーも内蔵したネットワークチューナーと言えるモデル。DLNAクライアント機能だけでなく、インターネットラジオにも対応し、USB経由の音楽再生やiPhoneなどの音楽を無線LAN(Wi-Fi)経由で再生でき、AirPlayもOKというなかなか多機能なモデルだ。



■ シンプルなデザインと充実の機能

 試聴は取材機をお借りして自宅で行なったので、まずは製品を開梱し、自宅のシステムに接続する。持ち上げてみると、5.8kgとちょっと重めで、電源コネクタ側に重さが偏っていることから、けっこう大きめの電源トランスを搭載していることがわかる。筐体も素材自体は一般的な鋼板を使ったものだが、堅牢でしっかりとした作りになっており、音質の方も期待できそうだ。

 前面は、同社のピュアオーディオコンポと共通のデザイン。シンプルにまとめられてはいるが、左側にメニュー操作も行なえる十字キーを備えるなど、基本的な操作のほとんどが行なえるようになっている。

本体の前面。主な操作ボタンは右側に集中して配置され、ソース切り替えや各種操作ボタンを揃えている右側の操作部のアップ。iPodなどとも接続できるUSB端子も前面に備える側面部。奥行きは短めで設置スペースは小さく済む。薄型テレビ向けの奥行きの短いラックにも収納できそうだ
背面端子。左側にアナログ出力、FM/AMアンテナ端子を挟んで、中央右寄りにデジタル出力端子とLAN端子がある。電源は着脱式の三極タイプ付属の電源コード。三極タイプの太めのケーブルで、しっかりと音質に優れたものが選ばれているリモコン

 機器との接続では、我が家のAVアンプにアナログ接続とデジタル接続(同軸端子)の両方を行なっている。後はネットワーク用のLAN端子を接続するだけだ。FM/AM用のアナログチューナ機能は今回試していない。というのも、本機はインターネットラジオ(vTuner)のほか、radiko.jpにも対応しており、(サービス圏内であれば)ネットワーク経由で主要局のラジオが楽しめるからだ。

 我が家にはFM/AM用のアンテナがないという理由もある。同じような理由で学生時代には比較的よく聴いていたラジオを今ではすっかり聴かなくなってしまった人は少なくないと思うが、インターネット時代になり、ネット接続でラジオ視聴ができるようになったのはうれしい。純粋なアナログFM/AMチューナとしても使えるし、デジタル系の接続だけでもちゃんとデジタルチューナとして使える。これが本機を選んだ理由だ。


■ 「AUPEO!」や「radiko.jp」などにサービスに対応

 本格的な試聴の前に、各種のインターネットラジオ機能を一通り試してみた。操作は本体の前面ボタンのほか、付属のリモコンで行なえるが、本体のディスプレイが2行表示のため、設定をはじめ、各種のインターネットサービスの選択などの一覧性に乏しく、少々使いにくい。そのため、さっそくiPhone/iPad用に提供されている専用アプリの「ONKYO Remote2」を手持ちのiPod touchにダウンロードして、操作はこちらで行なうことにした。なお、Android端末用にも「ONKYO Remote」が提供されている。

「ONKYO Remote2」の起動画面。起動するとWi-Fi接続してLAN内の対応する機器を探しにいく「ONKYO Remote2」のデバイス選択画面。LAN接続などが完了していれば、LAN内のT-4070Sがリストに現れるメイン画面。電源オン/オフの操作をはじめ、入力ソースの選択などができる
右にフリックすると現れるリモコン操作画面。本体のほか、対応するCDプレーヤーなどの操作も可能だ入力ソースの選択画面。AM/FMラジオのほか、NET、USBを切り替える。NETを選ぶと各種のサービスのリストが表示されるインターネットサービスのリスト画面。注目は、radiko.jpとAUPEO! PERSONAL RADIO

 使ってみて面白かったのが、音楽ストリーミングサービスの「AUPEO! PERSONAL RADIO」。本機も対応している「vTuner」などのインターネットラジオと大きく変わるのは、アーティスト名やジャンルを選択すると、それらに該当する曲が自動でストリーミング配信されること。自分の好みに合った放送局を探すのではなく、自分の好みで配信される曲を選べるのだ。しかも、「Mood Station」では、気分による選局が可能。これにロック/ポップスなどのジャンルを組み合わせることもでき、なかなか使い勝手がよい。好みのジャンルで自分の知らない楽曲と出会う機会にもなるだろう。

AUPEO! のトップ画面。アーティストを指定する「Artist Station」と気分を指定する「Mood Station」が選べる。独自の放送局である「AUPEO! Stations」も「Mood Station」の気分リスト。英文表示ではあるが、平易な単語なので意味はすぐにわかるだろうジャンル選択画面。「Mood Station」ではジャンルを絞り込むことで、より好みに合った曲が再生されるようにできる
「rafiko.jp」の放送局一覧。聴取できる放送局は住んでいる地域で受信可能な曲に限定される

 そして、「radiko.jp」では、電波で放送される国内のラジオ放送の多くをストリーミング配信で楽しめる。FM/AM局ともに主要な放送局が参加しているので、FM/AMアンテナを使わなくても、手軽に放送を視聴できる。アナログ受信の各種ノイズもないため音声はクリアで、音質的にもほとんど不満はない。ネットワークプレーヤーならば、こうした機能はぜひ対応して欲しい。



■ 誰でも聴いたことのある「くるみ割り人形」を8つのチェロで演奏

 では、いよいよメインのネットワークプレーヤー機能の出番だ。本機はサンプリング周波数44.1/48/88.2/96kHz、量子化ビット数16/24bitに対応しており、対応ファイル形式も、MP3やAACから、WAV、FLACと幅広い。そのため、やはりハイサンプリング音源の楽曲を選ぶのが相応しいと考えた。

 そこで、よく利用している「e-onkyo music」や「HQM STORE」などで、曲を探してみた。こうしたハイサンプリング音源の楽曲を数多く配信しているサイトは海外も含めるとかなり数が増えてきたが、メジャーなアーティストやレーベルはまだまだ少ないことが残念。「e-onkyo music」はQUEENのアルバムを96kHz/24bitで配信しているのだが、DRM付きのため直接「T-4070」で再生できない(この場合、PCのWMPを使って再生し、USB DACなどを使ってオーディオ機器で再生する方法がある)。

 多くの人が知る楽曲の方が音質レビューなどもわかりやすいと思っていろいろと探したのだが、個人的な好みも含めると、ピンと来るものがなかった。SACD用に録音された音源をハイサンプリングのまま音楽配信する動きも増えているが、大手のレーベルなども積極的にこうした配信に本格的に取り組んで欲しいと思う。

HQM Storeで配信中の『8人のチェリストによる「くるみ割り人形」「白鳥の湖」』

 最終的に「これだ!」と思ったのが、「HQM STORE」で配信されている『8人のチェリストによる「くるみ割り人形」「白鳥の湖」』(HQMG-200074/カメラータ)。演奏するのは「アハト・チェリステン」で、ウィーン交響楽団の8人のチェロ奏者によるアンサンブルだ。クリストフ・シュトラートナーがチェロのアンサンブル用に編曲しあたスコアを使い、チェロだけで「くるみ割り人形」を演奏するというもの。

 「くるみ割り人形」「白鳥の湖」は、ともにチャイコフスキーの名曲。曲名を聞いてもピンとこないかもしれないが、誰もがどこかで一度は必ず聴いているというほどに有名な曲。ディズニーの「ファンタジア」でも題材とされており、自由奔放なアイデアで映像化されている。興味のある人はこちらもチェックして欲しい。

 個人的にも大好きな曲で、しかもそれをチェロだけで演奏するというのが気になって試聴したところ、一発で決めてしまった。チェロというと、弦楽器の花形であるヴァイオリンに比べると知名度は低いかもしれないが、低音から高音まで音域も広めで、チェロをメインにした協奏曲なども数多い。さっそく、PCにダウンロードし、NASにコピーした。ちなみにファイル型式はFLACで、今回聴いた88.2kHz/24bitのほか、176.4kHz/24bitも選べる。

ネット画面のトップで「DLNA」を選択すると、LAN内になるメディアサーバーが表示される自前のNASに保存された楽曲リスト。当然ながら、日本語表示にもきちんと対応している

 「T-4070」から「DLNA」を選びNASの中にある楽曲フォルダを選択していくと、「8人のチェリストによる「くるみ割り人形」「白鳥の湖」」がリストに現れた。本体前面のディスプレイでは日本語表示には対応していなかったが、「ONKYO Remote2」は日本語表示もきちんと対応している。多数のアルバムや楽曲が並ぶので、楽曲の検索は「ONKYO Remote2」を選ぶのが便利だろう。

 さっそく1曲目の「くるみ割り人形:序曲」から再生開始。原曲の雰囲気を損なわない編曲にまず驚かされた。魅力たっぷりの低音をはじめ、チェロの楽器の表現力にも感心する。なによりも、複数のチェロの音の重なりによる厚みのある音色の響きが美しい。有名どころの「くるみ割り人形:行進曲」では、出だしから始まる有名な旋律を、ちょっと可愛らしく再現した。弓による通常の奏法だけでなく、爪弾きなども組み合わせて、楽曲の持ち味をしっかりと引き出してくれる。

 ハイサンプリング音源の醍醐味とも言えるのだが、音色のしなやかな再現、自然な響きなど、極めて表情豊かに再現された。これは、オンキヨー独自のデジタル高音質化技術である、「DIDRC」によるものが大きいだろう。デジタルオーディオの動的なノイズを抑制し、聴感上のS/Nを向上するこの技術により、ハイサンプリング音源の繊細な再現をしっかりと味わえた。

 ここで、アナログ出力とデジタル出力を聴き比べてみる。デジタル出力では高音パートの輝くような倍音の乗りなどがしっかりと再現されるが、アナログ出力のほうが、よりしなやかな音質になると感じる。S/Nや解像感への差はほとんどないが、デジタル出力の方がわずかに明快で爽やかな印象になる。これは、低音パートの厚みがアナログ出力の方がいっそう豊かになり、重心の下がった安定感が出てくるためもあるだろう。それぞれの出力の違いは、好みで選んでいいと思うが、今回の曲では、アナログ出力の方がよくマッチしていると感じた。

 デジタル変換系やアナログ処理回路もしっかりと設計されているのが感じられる豊かな表現力だ。電源部にしっかりと余裕のあるものを使っていることも貢献しているだろう。「くるみ割り人形:あし笛の踊り」を聴いていると、特徴的な旋律が強弱を変えながら、微妙にテンポを変えながら繰り返されていく様子が鮮明に再現される。「くるみ割り人形:花のワルツ」の優雅なメロディーの展開や低音パートの音のつづれ織りのような音色の綾がとても魅力的だ。

 単品のデジタルオーディオプレーヤーでも、5万円前後の製品も登場するなど、ずいぶん身近な存在になってきている。本機は実売でおよそ9万円と比較的高めの価格のモデルだが、それにふさわしい実力を備えていることがわかった。そこで、僕がふだん使っているLINNのMAJIK DSとも聴き比べてみた。ずばりとその違いを言ってしまえば、LINNの方がデリケートなニュアンスをより明瞭に再現するし、しなやかでありながらピッキングのキレ味も良いなど、トータルで言えば多少の差を感じる。しかし、低音パートの音の厚みはオンキヨーの方がよりチェロらしい響きになっており、これがT-4070の最大の魅力だと改めて感じた。こうした音の個性なら、より大編成のクラシックでは力強さや迫力のある再現が期待できるし、ロックやポップスもよりパワフルで聴き応えがあるだろう。

iPod touchで、AirPlayの再生デバイスを選択。LAN内にある対応機器リストの「T-4070」を選ぶと再生先が切り替わる

 最後に、iPhoneなどに保存した楽曲をWi-Fi経由で再生できる「AirPlay」も試してみた。iPhoneとT-4070が同じLAN内にあれば、音楽プレーヤーソフトから再生先として選択できる。手持ちのiPod touchの場合は、「ONKYO Remote2」でリモコンとして使っていたこともあり、再設定の手間もなく、再生先として選択できた。iTunesはFLAC型式に対応していないので、別の楽曲を使用して聴き比べた(音楽ファイルはどちらも44.1kHz/16bitのWAV音源)。AirPlayはApple LossLessに変換して送信が行なわれているようで、残念ながら結構な差があった。一聴して解像感が甘いと感じるし、全体に薄い膜をかぶせたようなぼやけた印象になる。iPhoneなどにMP3音源で音楽を保存し、それを手軽に楽しむという用途ならば使えると思うが、NASにCDをリニアPCMのまま保存したり、ハイサンプリング音源中心に楽しむ音質重視の人には向かない。

 長いパッケージ信仰を未だに捨てきれず、CDでは手に入らないハイサンプリング音源など以外は、CDを購入してしまう僕だが、それでもCDは最初にPC用のドライブでリッピングするためだけの用途になっている。ネットワークオーディオ再生は、なんといってもジュークボックス的にたくさんのCDを自由に楽しめる点が快適だ。しかも音質についてはCDプレーヤー再生と同等かそれ以上である。再生系をメカレス化でき、ディスク回転によるノイズ発生や振動の影響を排除できるメリットもある(我が家のNASはSSD仕様)。

 間違いなく、これがオーディオ鑑賞の現代的なスタイルだと思う。儀式と呼べるほどに長い時間をかけて針圧調整を行ない、慎重にビニールディスクを再生していたアナログレコード再生は趣味性としては価値があるものの、今やCDプレーヤーにディスクをセットするのは単純に面倒くさい。データで音楽を扱うようになると、ディスクのジャケットアートを楽しめなくなるなど、失うものはゼロではないが、それ以上に得る物が多い。愛用のオーディオ機器でCD再生を楽しんでいる人にも、ぜひともネットワークオーディオ再生を試してみて欲しい。クラシックなら演奏者の異なる同じ楽曲をまとめて聴いたり、お気に入りのアーティストの個人的ベスト盤をプレイリストで作成することも自由自在な新しい楽しみは、きっとより音楽を身近に楽しめるようになるだろう。


Amazonで購入
オンキヨー「T-4070」

(2012年 5月 31日)


= 鳥居一豊 = 1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダーからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。現在は、アパートの6畳間に50型のプラズマテレビと5.1chシステムを構築。仕事を超えて趣味の映画やアニメを鑑賞している。BDレコーダは常時2台稼動しており、週に40~60本程度の番組を録画。映画、アニメともにSF/ファンタジー系が大好物。最近はハイビジョン収録による高精細なドキュメント作品も愛好する。ゲームも大好きで3Dゲームのために3Dテレビを追加購入したほど。

[Reported by 鳥居一豊]