■ 光学30倍の衝撃
富士フイルムという会社は、もしかしたらフイルムメーカーというよりも、デジカメメーカーとして知られているのかもしれない。さらにもう少し詳しい人になると、子会社である「フジノン」のレンズのほうが、認知度が高いだろう。デジカメの世界ではユニークなコンパクトモデルで人気があるが、プロビデオの世界ではフジノンのビデオレンズは国産レンズとしてキヤノンと双璧を成している。そしてこの7月には、富士フイルムがフジノンを統合するというから、いよいよレンズメーカーとしての立ち位置がはっきりすることになるだろう。
富士フイルムのカメラは以前、3D撮影が可能な「FINEPIX REAL3D W1」をレビューしたことがあるぐらいで、これまで特に動画として特徴があるわけでもなかったので、あまり扱ってこなかった。しかし、この4月発売の「FinePix HS10」(以下HS10)は、30pではあるがフルHDの動画撮影が可能になっている。
「FinePix HS10」 |
特徴的なのは、世界初という光学30倍のズームレンズである。ビデオカメラでは、SD解像度では30倍を超える光学ズーム機は存在する。一方HD解像度では、ビクターの「GZ-HD620」(光学30倍)くらいで、ほかはパナソニックが超解像技術を応用したiAズームで35倍というモデルを出している程度だ。
【お詫びと訂正/2010年4月2日】
記事初出時、「まだ純粋に光学だけでHD30倍のカメラはない」と記載しておりましたが、誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。
ズーム倍率を上げるということは、基本的に望遠レンズ相当の設計になるため、どうしてもワイド端が狭くなるというジレンマがある。しかし昨今、デジカメもビデオもトレンドは広角なので、十分なワイド端を確保しつつズーム倍率を稼ぐという難易度の高い設計に、各社頭を痛めている。
テレ端で24mmスタート(35mm換算)という広角なズームレンズを搭載したHS10だが、今回もまた例によって、動画撮影機能のみに特化したレビューをお送りする。まだサンプル機でマニュアルがないため、若干スペックや操作方法が不明な点もあるが、ご容赦いただきたい。
昨今はもう、CM業界はデジカメで動画撮影というのがトレンドになっており、低価格ながらハイビジョンが撮れるデジカメは、クリエイターとしても見逃せない存在だ。ではさっそく、光学30倍の威力を検証してみよう。
■ オーガニックで使いやすいボディ
実は富士フイルムのネオ一眼を触るのは初めてなのだが、全体的にデザインはカーブを多用したスポーティなデザインで、なかなかかっこいい。レンズフードがあればもっとシャープな印象になると思うが、あいにくこれは同梱されていない。
グリップは標準的か、ややや小さいほうかもしれない。手の小さい筆者にぴったりなので、女性でも楽に扱えるサイズである。モードダイヤルやコマンドダイヤルが、やや後ろに傾いているのも、使いやすい。
カーブを多用したオーガニックなデザイン | ダイヤルがやや後ろに傾いているのもユニーク |
まず注目のレンズだが、24mm~720mm(35mm換算)の30倍光学ズームレンズ。動画撮影時の画角は数字が出ていないが、単純に上下が切れて16:9になるだけである。
ズームは鏡筒部のズームリングで操作する。その奥にもう一つリングがあるが、これはマニュアルフォーカス時のフォーカスリングである。さらにレンズの付け根、フラッシュとの間にステレオマイクがある。
30倍テレ端ではこれぐらいの長さに | 大きめのズームリング |
手ブレ補正は光学式だが、シフトレンズ方式ではなく、撮像素子をシフトさせる方式。さらに連写した複数の画像から1枚の高精細画像を生成するマルチフレーム技術を使えば、傾き方向や上下シフト、左右シフトのブレも補正できるという事で、「5軸手ブレ補正」と名付けられている。ただし動画撮影時はマルチフレームは関係ないので、原理的に標準的な手ブレ補正と同じになるはずである。
撮像素子は1/2.3型、有効画素数1,030万画素の裏面照射型CMOS。現時点で裏面照射型CMOSはソニーしか製品化していないので、おそらくソニー製だろうと思われる。なお高速読みだしを使ったハイスピード撮影機能も備えている。そのあたりはあとで試してみよう。
背面に回ってみよう。液晶モニターは3.0型で、視野率は約97%。上向きには約90度、下向きには約40度ほどチルトできる。ビューファインダ脇にはセンサーがあり、目を近づけるだけで自動的にビューファインダ表示に切り替わる。
液晶脇の赤いボタンが動画録画ボタン | 液晶は上下にチルトできる |
モードダイヤルには11のモードが刻まれているが、動画専用モードはない。背面にある録画ボタンを押すと、どのモードでも動画が撮影できるという、よくあるスタイルだ。
液晶モニターの左には感度やAF関連ボタンが並んでおり、このボタンを押しながら十字キーで設定を変える。ただし動画では露出がフルオートになるので、使えるのはフォーカスモードの切り換えぐらいである。
ボディ右側にはSDカードスロット、左側にはmini HDMIとUSB端子がある。バッテリは単3電池4本で、設定ではリチウム、アルカリ、ニッケル水素の3種類の切り換えができる。
ボディ左にminiHDMIとUSB端子 | バッテリは底部から差し込む |
■ 画角のバリエーションがすごい動画
動画の画角は緑のラインで表示される |
ではさっそく撮影である。基本的には静止画のカメラなので、液晶モニターの表示は静止画の画角である。しかし、ディスプレイの設定で、動画撮影時の枠が表示できるので、フレーミングには問題ない。ただ動画の録画ボタンは軽く押しただけでは反応せず、0.5秒ほど押し続けないと録画されない。撮ったつもりが撮れていないということもあり得るので、撮影時には注意が必要だ。
録画を開始すると、画面右上には録画残量が表示される。フルHDおよび1,280×720での撮影では、連続撮影時間が29分となっているが、そこからカウントダウンするというのは、比較的珍しい。
画質モードは、フルHDほか4種類あるが、同解像度のビットレートの違いでモードがあるわけではく、解像度単位でモードが変わるだけである。動画フォーマットはMPEG-4 AVC/H.264、音声はリニアPCM 16bit/48kHz 2chで、拡張子はMOVとなる。ビットレートは公開されていないため、参考までに実写からの実測値を記載した。
動画サンプル | ||||
モード | 解像度 | ビットレート | 連続撮影 | サンプル |
FULL HD | 1,920×1,080/30p | 約18Mbps | 29分まで | |
HD | 1,280×720/30p | 約13Mbps | 29分まで | |
640 | 640×480/30p | 約6Mbps | 4GBまで | |
320 | 320×240/30p | 約2.7Mbps | 4GBまで | |
編集部注:再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
撮影モードでは、自動でシーンを見分ける「SR AUTO」が使いやすいのだろうが、撮影時にはフォーカスがマニュアルに設定できないので、凝った構図では使いづらい。通常のAUTOかプログラムモードあたりが一番無難で使いやすいだろう。ただ動画撮影中はフォーカスリングを動かしても反応しないので、AFロックのような使い方になる。
気になる光学30倍ズームだが、さすがフジノンだけあって、ワイド端でもあまり湾曲が感じられず、テレ端でも収差はほとんど見られない。写真を撮る人にはまだ不満もあるかもしれないが、ハイビジョン解像度での動画撮影にとっては、レンズの質は十分だ。普段の撮影では、テレ端、ワイド端ギリギリまで使うのだが、これだけの倍率があればテレ端だと寄りすぎで、若干お釣りが来るほどである。
湾曲の少ないワイド端 | テレ端でも収差は感じられない |
ズームリングはギヤ式なので、リニアリティはいい。ただテレ端まで行くと動きが多少渋いので、動画を撮影しながらのズームは、難しいのではないか。またバックフォーカスの調整がないので、ズームインしていくとフォーカスがずれていく。マニュアルフォーカスでいったんズームインしておいてフォーカスを合わせ、ズームバックするという、AFに頼らないプロ機っぽい使い方が必要になる。
色調はやや堅い感じもするが、張りのある高コントラストの映像で、いかにも写真っぽい動画が撮れる。全体的に解像感も高いが、水辺のシーンなどではビットレート不足から、若干解像感が落ちるところもある。紫が若干青に転ぶ傾向があるのは、ソニーのハンディカムなどと同じである。
高コントラストで、写真っぽい動画が撮れる | 一部紫が青に転ぶ傾向がある |
絞り優先やフルマニュアルでは、絞りの設定ができる。テレ端では絞り優先でF5からF8まで、フルマニュアルでF5からF11まで設定できるが、動画撮影ではどう設定してもオートに設定される。デジタル一眼での動画撮影は、要するにモニター表示を横取りして記録するだけというものが多いが、HS10も同じ仕組みのようである。
sample.mpg(248.3MB) |
動画サンプル |
編集部注:FinalCutPro7でネイティブ編集後、MPEG-2 40Mbpsで出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
撮影していて気になったのは、動画撮影中に露出が変動する場合、絞りが動く音が記録されることだ。サンプル動画中のパンアップのカットでこの音が確認できる。ビデオカメラの場合、カメラ内部の駆動音を押さえることが重要なのだが、そこまで動画に対して深入りしていないということだろう。
手ブレ補正は、ワイド端から200mmぐらいまでは普通に使えるが、それ以上になるともう無理である。読み出し速度の遅いCMOS特有の、ブルブルした絵になってしまって、モノにならない。やはり静止画撮影時のプレビュー画面を録画しているだけなので、消費電力を抑えるためにフルの読み出し速度を使っていないのだろう。
低照度時の撮影では、露出が決められない割にはなかなかS/N良く撮れている。うっかり手ブレ補正をOFFにするのを忘れていたので画面がちょっとカクッと動くのはご容赦いただくとして、裏面照射のメリットをうまく引き出しているようだ。ろうそくの光ではオートホワイトバランスがいまいちだが、動画撮影ではこれもオートにしかならないので、補正できなかった。
stab.mpg(67MB) | room.mpg(83.5MB) | |
手ぶれ補正のサンプル。テレ端では手持ち撮影は無理 | 露出はフルオートだが、S/Nは悪くない | |
編集部注:FinalCutPro7でネイティブ編集後、MPEG-2 40Mbpsで出力したファイルです。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
■ やっぱり面白いハイスピード撮影
ハイスピード撮影は過去ハイビジョン撮影ができるデジカメでもサポートしていたが、本機でも同様の機能がある。久しぶりに試してみよう。
撮影可能なフレームとスピードは下記の通りである。なお撮影時間は内部バッファの都合からか、30秒である。
動画サンプル | ||||
モード | 解像度 | スピード | サンプル | |
60fps | 1,280×720 | 1/2 | ||
120fps | 640×480 | 1/4 | ||
240fps | 442×332 | 1/8 | ||
480fps | 224×168 | 1/16 | ||
1000fps | 224×64 | 1/33 | ||
編集部注:再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
画質的には、カメラを固定すれば240fpsぐらいまでは結構見られる。それ以上になるとちょっと厳しいが、まあこれはどのカメラでも同じである。これまでハイスピード撮影可能なカメラはいきなり300fpsスタートのものが多かったが、スピードは1/2ながら1,280×720、1/4でVGA解像度で撮影できるというのは大きい。
続いて編集機能を見てみよう。録画フォーマットのスタンダードはAVCHDとなりつつあるが、逆に言えばそれ以外のフォーマットはマイノリティということになり、編集環境の対応が遅れることになる。AVC/H.264も、以前から結構なカメラがこのフォーマットを採用しているが、編集環境の整備は遅れている。
しかし本機の場合は、本体での編集機能に力を入れている。ビデオカメラでも編集機能を有するものはあるが、その殆どは分割できるだけである。その方法では、例えば一つのクリップの中の一部分だけが必要な場合、まず先頭から必要な部分が来るまでをいったん分割。続いて分割されたクリップから、必要な部分を残して不要部分後半をまた分割するという手間がかかる。分割した結果、不要なクリップが沢山出来てしまって、サムネイルだけではわけがわからなくなる。
しかしHS10の編集機能は、必要部分の先頭と最後を範囲指定して切り出す方式なので、手順にも出来上がる分割ファイルにも無駄がない。さらにクリップの結合も可能なので、根気があれば本体だけで一通りのカット編集ができてしまう。編集はGOP単位のスマートレンダリングが行なわれるため、細かいフレーム指定はできないが、高速で画質劣化なく編集できるのはメリットがある。
動画カット機能は両端指定なので、使いやすい | クリップ連結もできる |
テレビへの出力は、HDMI端子経由で出力できる。ただHDMI-CECまでは対応していないため、テレビ側の入力切り換えなどが必要になる。映像出力には、停止・再生やプログレスバー表示がオーバーレイされるが、消す方法がないようなので、鑑賞するにはちょっと邪魔である。
■ 総論
スーパーハニカムではなく裏面照射CMOSを採用、光学30倍ズームレンズをひっさげてフルHD動画撮影に挑んだHS10。だがやはり本質的には静止画用のカメラなので、動画撮影時に露出設定が効かないという、'08年に登場したデジタル一眼の動画撮影機能で指摘されていた問題が、そのまま残っている。レンズは非常にいいだけに、そのあたりが勿体ない感じだ。
もう一つ残念なのは、外部マイクの付けようがない点だ。せっかく音声フォーマットはリニアPCMなのに、内蔵マイクだけでは勿体ない。動画カメラとしてはいろいろ注文を付けたくなるが、本来はデジカメなので、まあお門違いの指摘なのかもしれない。
ただ競合製品やデジタル一眼と比べると、バリアングルの液晶モニターがあることで、ずいぶんとアングルに自由度が出る。特にローアングル撮りが格段に楽で、なかなか見応えのある絵柄となる。
他社が次々とフルHD録画対応していく中で、富士フィルムとしてはやはり同じ土俵に乗らざるを得ないというところはあるだろう。同社初のフルHD録画機ではあるが、サイトでもそれほど大々的に訴求していないところからすると、まずはチャレンジしてみたという段階なのかもしれない。
第一、店頭予想価格の段階で5万円を切るカメラでこれだけ撮れるのだから、ビデオカメラ業界としてはたまったもんじゃないというところもあるだろう。このズームレンズでこの価格は、少しずつしか進化が見られない光学系に、大きなインパクトをもたらすだろう。