“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第489回:小さく軽いががっつりプロ仕様、Canon「XF105」

~ “テレビカメラ”が変わる日 ~



■ プロだからアリなカメラ

 1970年代半ばにENG(Electronic News Gathering)というスタイルが生まれたことにより、ビデオカメラというものの方向性が決定づけられたのだと思う。これにより、報道に向いたスペックであるものがビデオカメラであり、芸術を撮るのはフィルムだ、という具合に二分化した。日本ではフィルムの値段が高いので、コストダウンのために80年代末からVシネマという手法が開拓されたが、フィルムが安い米国では、ビデオカメラで映画を撮るようになったのは結構最近の話である。

 日本にそういう事情があるにも関わらず、なかなか芸術を撮るためのビデオカメラが生まれなかった。歴史的には2003年のパナソニックの「AG-DVX100」がその先駆けとして語られるようになるかと思うが、この段階ではまだ24P撮影、CINE-LIKEガンマという要素が満たされたに過ぎない。大判センサーによるボケの表現は、結局デジタル一眼の発達まで待たなければならなかった。

 ここにきて、ビデオカメラの立ち位置が問われてきている。「何のためにあるのか?」と。その答えの一つは、筆者はENGにあると思っている。クリエイティブの世界では「芸術を撮りたいのに報道用のビデオカメラしかない」という不幸な矛盾が永らく続いたが、プロの世界ではニュースを撮るというビジネスが存在するが故に、「事実を記録するためのカメラ」が必要になる。

XF105
 キヤノンXF105は、そういうニーズを満たすカメラであろう。今年6月に発売された「XF305」は、ハンドヘルドながらも大型レンズを備え、4:2:2記録を行なうという、まさにプロのニーズ、特に放送局のニーズに応えたものだった。その小型版として先日のInter BEEでお披露目された「XF105」を、いち早くお借りすることができた。

 重量、体積ともに約40%減を果たしたXF105の実力を、さっそくテストしてみよう。なお、発売は2011年1月中旬が予定されており、店頭予想価格は40万円前後となっている。また、HD-SDI出力、GENLOCK/タイムコード入出力兼用端子を省いた、30万円前後の「XF100」も同時に発売される。



■ 実は新技術のカタマリ

XF305から約40%小型化、軽量化

 まずボディだが、正確にはXF305に対して体積比で約42%、重量比で約41%となっている。実際に手にしてみると、業務用機としてはかなり小さく、筆者が知る限り、4:2:2記録できるカムコーダとしては最少である。小型化の最大要因はなんと言っても、撮像素子を単板にしたことだ。この点がXF305との最大の違いとなる。

 レンズは新設計の30.4mm~304mmの光学10倍ズームレンズだが、XF305と違ってLレンズではない。XF305の光学18倍には及ばないが、F値は1.8~2.8と、テレ端ワイド端で差が少ないのはポイントだ。またワイドレンズにも関わらず前玉が小さく、フィルター径は58mmである。


撮影モードと画角サンプル(35mm判換算)
撮影モードワイド端テレ端
動画(16:9)
30.4mm

304mm

前玉は小さいが広角に振った新レンズ
 この前玉の小型化は、新開発の「三次元リアルタイムレンズ機構」の恩恵である。従来のズームレンズでは、真ん中に手ぶれ補正用のシフトレンズがあるため、前玉群と後玉群の2群を前後に動かしてズームを実現していた。しかし今回は、真ん中にあるシフトレンズを含む中玉群もレールに載っけて前後に動くようにしたため、合計3群の移動でズームを実現している。これにより、従来方式よりもよりワイド方向に振れるようにできたのだという。

 この3群移動により、MOD(Minimum Object Distance)もズーム全域で60cmと、従来の1mから大幅に短縮している。特にテレマクロ的な使い方をする際に、従来よりも被写体に半分近く近寄れるため、有利だ。もっとも光学10倍ズームなので、結果はあまり変わらないかもしれないが。

 ズーム倍率が低いこともあって、XF305では1.5倍までだったデジタルテレコンは、3倍、6倍まで撮れるようになった。ただ6倍ともなるとかなり画質も低下するので、緊急避難的な機能だと考えた方がいいだろう。


【デジタルテレコン】
倍率サンプル
ノーマル
1.5倍
3倍
6倍

 また絞り羽根は、XF305の6枚から8枚へと増えて、より円形絞りに近い作りとなっている。コンシューマ機と違い、静止画機能を重視していないため、絞り羽根を増やすことができるのだ。コンシューマ機の場合、静止画撮影のために絞りを物理シャッター代わりに使うため、どうしても動作スピードが必要になる。これゆえに羽根の枚数をあまり増やせないという事情がある。

 センサーはXF305で設計した1/3型207万画素CMOSセンサーにベイヤー配列のカラーフィルタを入れて、単板で使用する。大判センサーブームのおかげで、単板カメラにも次第に抵抗感がなくなってきた昨今、プロがどのように評価するのか興味あるところだ。

 鏡筒部の大型リングは、スライドスイッチでフォーカス、ズーム、アイリスに変更可能。レンズ右下にあるカスタムダイヤルは、アイリス、フェイスAF、ヘッドフォンボリューム、テレコンバータに変更可能。したがってリングにはフォーカスかズームを、カスタムダイヤルでアイリスをコントロールというのが一般的な使い方になるだろう。

 レンズ下には赤外線撮影用のスイッチがある。これを入れるとレンズ部にある赤外線フィルタが外れ、専用モードとなる。レンズコーティングも従来に比べ、赤外特性を約2倍に伸ばしているという。マイク部分に赤外線照射用LEDがあり、スイッチと連動して照射させることもできる。またここには分光ディフーザーが仕込まれており、赤外線LED照射を拡散させることで、近接でも周辺の光量落ちが少ない撮影ができる。

大型リングとカスタムダイヤルでマニュアル操作が可能レンズ下部の赤外線撮影スイッチ

 液晶モニタは3.5型、約92万ドット。タッチパネルではなく、液晶脇のMENU、十字キー、CANCELボタンでメニュー操作を行なう。XF305には搭載されていたベクタースコープ表示は、今回は非搭載となっているが、波形モニタやフォーカスアシスト波形は引き続き搭載されている。

 液晶内側には、CFカードスロットが2つある。XF305はホットスワップも可能なリレー記録がウリだったが、今回は2スロット同時記録を搭載した。これはブライダルなどリテイクが効かず絶対に撮影に失敗できない業務ユーザーからのニーズが高かった機能で、カメラ単体で同種メディアに同時記録するカムコーダは、おそらく初めてのはずである。

3.5型の液晶モニタ
2スロット同時記録を実現したCFカードスロット

マニュアル設定ボタンは底部に一列に並ぶ
 ボディ下部にはアイリス、ゲイン、シャッターボタンが並び、フルオートとマニュアル切り換え、ホワイトバランス設定ボタンと並ぶ。従来業務用とほぼ同じ配列だが、ゲインなどは従来セレクトスイッチであったものがプッシュスイッチになっているといったコストダウンも見られる。機能的には押して機能がトグルするという動作になる。

 背面にはパワーセーブやPOWERED ISといったボタンが並ぶ。なおPOWERED IS以下のボタンはカスタム設定できるようになっており、違う機能にアサインすることができる。バッテリの下部はイヤホン、アナログAV、ACアダプタとなっている。イヤホン端子のみ金属端子になっているのは、撮影中にイヤホンコードがひっかかるなどして端子が割れることがあるためで、このあたりはプロ向けの仕様だ。


背面ボタン群。数字が書いてあるボタンは別の機能が割り当て可能バッテリー下のコネクタ類。イヤホン端子のみ金属グリップ底部に出力系端子が並ぶ

 グリップ部にはアナログコンポーネント、USB、HDMI端子がある。SDカードスロットもあるが、これは静止画撮影用ではなく、キヤノンの業務用機に搭載されてきたカスタムピクチャの設定を記録するためのものである。なおXF305とはパラメータの可変幅が異なるため、データの互換性はない。

 グリップ側前方にはHD/SD SDIとGEN-LOCK/TC端子がある。プロには必須だが、これがついてないのがXF100という型番になっている。

 マイク端子はXLRのほか、ミニプラグ用の端子もある。XLRと内蔵マイクはスイッチによる切り換えが可能だが、ミニプラグは差し込むと内蔵マイクから自動的に切り替わるため、排他仕様となる。

設定記録用のSDカードスロットプロ機の証、SDIとGEN-LOCK/TC端子マイクはミニプラグも使用可能


■ キレのいい、すっきりとした描写

 機能説明が長くなってしまったが、早速撮影である。今回はENGでのニーズを意識して、1080/60iで撮影してみた。カスタムピクチャ機能は使用せず、プレーンな状態での絵である。

 まず画角だが、ほぼ30mmのワイド端は使いやすく、ワイコンなしでも十分な広さを確保している。ズーム倍率が10倍なのは一つの懸念ではあるが、プロの現場ならばどれぐらいのズームがいるかを事前に技術打ち合わせするのが当たり前なので、倍率が欲しい撮影にはそもそもこのカメラは持って行かないことになる。急場を凌ぐ時は、デジタルテレコンを併用していくことになるだろう。

 画質モードはXF305と同じなので、今回サンプルは割愛するが、絵的には端正でキレのいい映像となっている。発色もブレがなく正確だが、昨今DSLRの映像を見慣れている目から見ると、いかにもビデオ的というか、若干淡泊に見える。ただこのあたりはカスタムピクチャでいくらでも設定できるので、ベースとしてクセのない素直な色味であることは評価できる。このあたりはXF305の絵作りに近く、両方を組み合わせても違和感はないだろう。

高解像度ですっきりした絵作り発色も端正で正確

 今回NDフィルタは、グラデーションNDとなっており、入りか切りしか設定できない。なるべく開放付近で撮影したかったのでゲインを-6dBで撮影したのだが、NDが自動で動いてF4前後になるように追従するため、開放では撮れなかった。機構的にはグラデーションNDでも構わないが、プロ用機としてはNDを手動で固定できると良かっただろう。

【動画サンプル】

sample.mpg(400MB)

room.mpg(130MB)
屋外での撮影サンプル。-6dBで撮影室内サンプル。6dBで撮影
編集部注:EDIUS Pro5で、1,920×1080/50Mbps/60i/4:2:2形式で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい


af.mpg
(137MB)
Face Only AFでは、フレームアウト後のフォーカスが自然
編集部注:EDIUS Pro5で、1,920×1080/50Mbps/60i/4:2:2形式で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい
 今回撮影アシスト機能として新搭載されたのが、Face Only AFだ。これは顔検知できているときには顔を追いかけ、顔検知できなくなった時点でフォーカスを固定するという機能である。何に使うかというと、人物がフレームアウトしたときにAFが突然背景に合わせてしまう、変な動きを抑制したいときに使う。

 毎度お馴染みのAF検証シーンだが、通常の顔検知では顔がなくなったらタダのAFになるため、急いで背景にフォーカスを合わせに行く。キヤノンの場合なまじ外測センサーを使って高速にAFを駆動させるため、こういったシーンが逆に変になっていた。しかしFace Only AFにより、フレームアウト後も自然なフォーカス動作である。


zoom.mpg
(134MB)
ショックレス機構で定速ながら綺麗なズーミングが可能
編集部注:EDIUS Pro5で、1,920×1080/50Mbps/60i/4:2:2形式で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい
 もう一つの新機能が、ズームレバーのショックレス制御だ。良いズーム動作とは、初動と終わりが緩やかで中間が定速であることが条件だが、これをズームレバーだけでやるのはかなり難しい。もちろんプロのカメラマンならなんなくできるわけだが、ディレクターがカメラを回す場合、そんな綺麗なズームはできないので、大抵編集マンがキレるわけである。もちろん筆者も現役時代にはそんなへったくそなズームに出会ったらモニタにスリッパ投げつけたりとキレまくりであった。

 このショックレス機能は、ズームレバーの動作を定速に設定した時でも、初動と終わりを自動的にゆっくりにしてくれるというものだ。両方をショックレスに設定することもできるし、最初だけ、終わりだけにも設定できる。ハンドル部にある小さいズームレバーは元々定速でしか動かないが、この機能を使えばこのズームレバーでも綺麗なズーミングが可能だ。あいにくテレ端、ワイド端に届いてしまったときはカキッと止まってしまうが、その間で使う機能である。



■ キヤノン業務用機初の新機能

 同じ撮影機能でも、同じ撮影機能でも、アシストではなく大々的にフィーチャーされているのが、3Dサポート機能と赤外線撮影機能である。3Dサポートに関しては、あいにくカメラが2台ないのでここでは3D撮影はできないが、何ができるのかは確認できる。

 一つは、レンズの光軸調整機能である。ズームレンズというのは、ズームの中心軸にわずかながら個体差がある。2Dの撮影ではまったく問題にならないが、2台のカメラが完全に同じ動きをする必要がある3D撮影では、この中心軸のズレが問題になる。

 普通ならこれらの調整は、3Dリグのネジを緩めてカメラをチョビッと動かしてはネジを締め、また緩めてはチョビッと動かしてはネジを締め、あーちょっと行きすぎたねーちょい戻しーと言われてまたネジを緩めてチョビッと動かしてネジを締め……みたいなことを延々5時間ぐらいやっている。スタッフ地獄の午前4時集合とか平気であり得るわけである。

 XF105のサポート機能は、この細かい調整部分はカメラ側の手ぶれ補正用シフトレンズをマニュアルで動かすことで、いちいちリグをいじらないでいいようにするというものだ。もちろんこの時は手ぶれ補正が効かなくなるが、そもそも3Dリグをハンディで持つというケースがないので、問題はない。ここではシフトレンズによる最大の可変幅を示すことにする。これだけ動けば、3D撮影もかなり準備が早くなるだろう。

シフトレンズでもっとも左上にシフトさせた画角標準位置シフトレンズでもっとも右下にシフトさせた画角

ズーム値を154ポイントに分割(0~153)
 もう一つの3Dサポート機能は、ズームの値を左右揃える機能である。2台のカメラを連動する機能ではないが、ズーム全域を154ポイントに分割し、任意の場所を0に設定することができる。これにより、数字さえ合わせればズーム値も同じになるため、左右の画角も揃うというわけである。ホンマに154ポイントぐらいで上手く行くのかいな、と疑問に思ったが、上手く行くんだそうである。

 もう一つが赤外線撮影機能だ。これは簡単で、やることと言えばレンズ下のスライドスイッチを動かすだけだ。従来の緑っぽい画像の他にモノクロにもできるため、自然な結果が得られる。内蔵の赤外線LEDライトは、試したところ照射距離は2mぐらいしかないので、ある程度の近接撮影に限られる。別途強力な赤外線ライトを用意すれば、かなり遠くまで撮影できるだろう。ちなみに内蔵赤外線ライトのON/OFFは、カスタムダイヤル中央の押しボタンでトグル動作となる。


infra.mpg
(134MB)
赤外線による撮影。コタツの中はまっくら
編集部注:EDIUS Pro5で、1,920×1080/50Mbps/60i/4:2:2形式で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい


■ 総論

 これまで専用機を主体にしてきたプロの世界も、コンシューマ製品の品質向上に伴って、民生機を上手く使って安くいい映像を作る人達が出てきた。しかしそれはあくまでも「表現」が主体の分野であり、その表現さえ得られればあとはどうにか力尽くでなんとかする、というイレギュラーなスキルが求められる。

 一方報道や番組といった現場では、ワークフローに乗せることが重要である。完成されたワークフローに乗せられれば、最低限のコストと最高速のスピードで映像制作できる。そこにちょっとした「コダワリ」が乗せられれば、さらによい。そういうニーズに応えるのが、XF105の立ち位置のように思える。

 キヤノンのプロ機特有の手堅い絵作りに加えて、30P、24P撮影機能、スローモーション撮影やカスタムピクチャなど、XF305と同じ機能を備えている。さらにはMXFフォーマット4:2:2記録など、放送ハイエンドの基準に準拠した記録フォーマットを持つ。サブカメラとしてはもちろん、メインカメラとしても使えるスペックだ。

 また小型である特性を活かして、平行リグによる3D撮影も視野に入ってくる。ミラーを使ったリグよりも、後処理での左右のカラーバランス調整が楽になるだろう。絵作りの点ではベクタースコープ表示ができなくなった点でマイナスではあるが、他社では波形モニタそのものが乗っていないものがほとんどなわけで、カメラ単体で信号管理までできるという点はメリットだ。

 ただメニュー構造はもう少し工夫が必要だろう。現状はCamera SetupとOther Functionに機能が集中しており、メニューの中身が多すぎる。画質とフレームレート関係、カスタムピクチャは、外に出しても良かっただろう。

 機動性を活かしたいわゆるディレクターカメラは、これまでソニーのHVR-V1Jが主流だったが、長回しするカメラなのにHDVフォーマットなのが使いづらい。今後はXF105の映像をテレビの中で見かける機会が増えるかもしれない。

(2010年 12月 1日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]