■ ビデオテープ間もなく終了
業務用カムコーダの世界というのは、案外動きが遅いものである。XDCAMやP2などファイルベースのカムコーダはもうちょっと上のほうで、個人や数人で細々とやっているプロダクションなんかは、未だテープベースのカムコーダで十分であったりする。
それは未だ、ファイルベースでの納品フォーマットが決まってないから、ということも大きい。最終的にテープ納品なのであれば、そこでファイルベースのワークフローが途絶えてしまう。このあたりも今後は、映像業界全体の課題として考えていく必要があるだろう。
さてそんなわけで、業務レベルでは結構ハンドヘルドのHDVカムコーダが十分に稼働しているという現実があるわけだが、とうとう業務用ハンドヘルドにもファイルベースの波がやってきた。AVCHDで撮影するパナソニックのAVCCAMが廉価で登場し、ソニーもNXCAM/AX2000を投入してきた。JVCも昨年からGY-HM100を投入してきている。
そして今年のNABで発表されたようにキヤノンがXF305を投入したことで、業務用ハンドヘルドでは全メーカーがファイルベースに移行したことになる。キヤノンとしても業務用機をリリースするのは、2008年のXH G1S/A1S以来、約2年ぶりとなる。
それだけにいろいろ見所も多いXF305、すでに業界では発売前から注目が集まっているようである。さっそくチェックしてみよう。
■ 巨大レンズが目を引くボディ
まず全体のデザインだが、ボディはプロ用機らしい艶消しブラックで、後部が少しヒップアップしているあたりが、XLシリーズを彷彿とさせる。ただXL H1Sのようなレンズ交換型ではなく、レンズ一体型ハンドヘルドなので、ショルダーパッドは付いていない。過去キヤノン業務用機の特徴となっていたモード別ダイヤルリングがなくなり、デザイン的なアイコンとして丸い液晶表示部が残るのみとなった。
ボディは艶消しブラック | フィルター径82mmの巨大レンズ |
レンズは新開発の「キヤノン HDビデオLレンズ」で、画角は29.3mm~527.4mmの光学18倍ズーム。F1.6~2.8と、かなり明るい。それだけに径も大きく、フィルター径は82mmとなっている。
【お詫びと訂正】(2010年5月28日)
初出時に、「レンズ一体型カムコーダとしてはキヤノン初となるLレンズを搭載」としておりましたが、DVカメラでは1999年発売の「XV1」から、ハイビジョンカメラでは2006年10月発売の「XH G1/A1」から搭載されていました。該当箇所を削除しました。
撮影モードと画角サンプル(35mm判換算) | ||||||
撮影モード | ワイド端 | テレ端 | デジタルテレコン | |||
動画(16:9) |
フォーカスリングはモーター制御だが、フルマニュアルに設定すると目盛りが現われ、テレ端とワイド端で止まるようになる。プロユーザーでは、リングの回転角とフォーカスの動きが滑るので、モーター制御はいやだという人も多いが、適度なトルクを持ち、滑らないモーター制御のリングはなかなか使い勝手がいい。フォーカス、ズーム、アイリスリングにもそれぞれカム用の歯が刻んであるので、フォローフォーカスなどのシステム化も可能だ。
AF/MF兼用モードでは距離の目盛りは表示されない | フルMFにすると、距離の目盛りが現れる |
絞りは6枚羽根で、NDフィルタは1/4、1/16、1/64の3段階。なお絞りには金属を使い、NDフィルタはガラス製である。なぜかと言えば、撮像素子がCMOSになりスミアレスになったことで、アングル的に太陽入れ込みで撮影する機会が増えている。そこで絞りやNDがプラスチックだと、集光したときに溶けてしまうことがあるそうで、このあたりは業務用機ならではのコストのかけ方だと言える。
撮像素子は新開発のフルHD1/3インチCMOS。昨今は大きな撮像素子によるボケの表現が受けているが、おそらくこのレンズスペックのままで1/2インチにしたら、とてつもないサイズになったはずである。そういう意味では、キヤノンクオリティとしては現実的なサイズにするためのやむを得ない選択であったのかもしれない。
これまでキヤノンのカムコーダの特徴であった、モードダイヤルが廃止され、絞り優先やシャッタースピード優先がダイヤル一発で選べなくなった。フルマニュアル前提になったわけだが、絞り、シャッタースピードは個別にオートとマニュアルが選択できる。よりプロフェッショナルユースに振ったということだろう。ただスライドスイッチ1発でフルオートにはなるので、高画質ディレクターカメラにもすばやくスイッチできる。
モードダイヤルがなくなり、円形のディスプレイのみ残された | モードダイヤル廃止により、電源スイッチが上部に付けられた |
4.0型の高精細液晶モニタ |
液晶モニタは、4.0型/123万ドット、ビューファインダは0.52型/155.5万ドットとなっており、昨今のビューファインダの解像度としてはかなり高い。液晶もファインダも同時表示が可能で、表示エリアはもちろん両方とも100%である。表示をB/Wに変更するモードもあるが、液晶とファインダの両方が変わってしまうのは残念だ。ファインダだけモノクロにしたいという人も多いだろう。
面白いのは液晶モニタの位置で、マイクと横に並ぶぐらい前方に付けられている。これはハンディで撮影したとき、ボディの後ろを肩に乗せた時でも、液晶が近すぎずモニターできるように、この位置になっているそうである。ただ残念ながら筆者は最近老眼が入ってきているので、この距離でも近すぎて焦点が合わない。40を越えたオジサンに厳しいカメラである。
グリップ部には、再生コントロールボタンと、メニュー操作用ジョイスティックがある。メニューの表示はカメラ後部のMENUボタンだが、液晶画面を見ながらの操作はジョイスティックのほうがやりやすい。一方ファインダを見ながらの時は、MENUボタン近くにあるホイールとSETボタンを使って設定できる。このあたりはソニーのカムコーダと操作系が同じだが、ホイールを押し込んで決定するという機能はない。これは確かまだソニーが特許を持っていたはずである。
記録用のメモリーカードは、CFカードである。背面に2スロットあり、どちらに記録するかは横のSLOTボタンで切り換える。バッテリは背面のフタを開けて入れ込む格好になっている。高さに余裕があり、大型バッテリも完全に内蔵するスタイルだ。これにより、大型バッテリを付けても後ろが重くならないという。
CFカードスロットはフタが上下に開く | バッテリは大型も内蔵できる設計 |
背面の端子類は、プロ機独特のBNCプラグによるSDI端子と、コンシューマ機に接続するD端子、HDMI端子が両方あるというハイブリッド仕様になっている。なお姉妹機のXF300は、プロ仕様のBNC端子が省略されている他は、機能的には同じだ。
グリップ側にはXLR端子があり、別途マイクやライン入力ができるようになっている。ただし外部マイクは付属しない。
プロ用端子とHDMIなどのコンシューマ用端子が混在する | ライン入力にも対応するXLR端子 |
■ 素直で伸び伸びとした絵作り
では早速撮影してみよう。XF305の記録フォーマットは、最高画質でMPEG-2/50Mbpsの4:2:2である。同クラスのカムコーダの場合、エンコードはMPEG-4だったりMPEG-2だったりいろいろだが、大抵4:2:0で記録している。単に絵を撮るだけなら4:2:0でも見た目でわかるほどの違いはないが、4:2:2は色のデータが4:2:0の2倍あるため、クロマキーやカラーコレクションを行なったときに、仕上がりが良くなる。プロ用機でもハイエンドなら4:2:2が標準だが、ハンドヘルドで4:2:2が撮れるカメラは珍しい。
XF305では、このMPEG-2をMXFでラッピングしている。MXFはコンシューマには全く関係ないが、メタデータを持たせた上でファイル互換を取るというのを目的とした、プロ用のラッパーである。
まずは画質モードだが、大きく分けて3段階ある。さらにそこから解像度、フレームレートが選択できるため、組み合わせでは結構な量になる。今回の動画サンプルは、50Mbps/1920×1080/30Pを中心に撮影している。
ビットレート | 解像度 | フレームレート | サンプリング | サンプル |
50Mbps/CBR | 1920×1080 | 60i、30P、24P | 4:2:2 | aa0035.zip(60.7MB) |
1280×720 | 60P、30P、24P | 4:2:2 | aa0036.zip(52.2MB) | |
35Mbps/VBR | 1920×1080 | 60i、30P、24P | 4:2:0 | aa0037.zip(47.0MB) |
1280×720 | 60P、30P、24P | 4:2:0 | aa0038.zip(43.6MB) | |
25Mbps/CBR | 1440×1080 | 60i、30P、24P | 4:2:0 | aa0039.zip(37.4MB) |
編集部注:撮影したそのままのファイル構成をZIP形式で圧縮しています。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
Lレンズの描画力はさすがで、テレ端、ワイド端ともに色収差がほとんど確認できない。発色のクセもなく、色味もしっかりしていて、オールマイティに使える絵だ。絵作りはカスタム・ピクチャー機能でかなり細かいところまで設定できるので、土台となる絵にはクセがないほうが使いやすい。
発色が自然で力強い | レンズの解像感が高く、高コントラストだ | 紫の発色も自然で作った感じがない |
ディテールを上げているわけでもなく、レンズの解像度をうまくエンコードしている |
かなりレンズがデカいが、30mmを切るワイド端からの18倍ズームレンズで、画角のバリエーションが広い。さらにデジタルテレコンで1.5倍の拡大ができるため、テレ端では約790mmぐらいまで引き寄せられることになる。
エンコーダはMPEG-2 50Mbpsと余裕があり、無理にエッジを立たせて解像感を出す必要もなかったようで、非常にナチュラルで、かつレンズによる解像度がきちんと伝わる作りになっている。このあたりは同社コンシューマ機のしゃっきりした絵作りとは違っている。
sample.mpg(371MB) | room.mpg(130MB) | |
1080/50Mbps/30fpsのサンプル | 同室内サンプル。発色も十分 | |
編集部注:EDIUS Pro5で、1,920×1080/50Mbps/30P/4:2:2形式で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
ハンディ撮影でも後ろのヒップアップ部分を肩に乗せて撮影できるので、片手で全部持つようなことはない。さらにコンシューマで人気のワイドレンジ手ぶれ補正のダイナミックモード、POWERD ISも搭載しているので、カメラの重量と相まって、かなり安定した映像を撮ることができる。
液晶のヒンジはかなり工夫されており、90度でいったん止まるが、さらに125度まで開く。カメラマンがビューファインダを見ながら撮影している横で、ディレクターが液晶モニタを覗き込んでアングルを確認するということが現場ではよくあるが、これだけ横に開けば密着してきたディレクターのコーフンした熱い鼻息が耳にフンフンかからなくて済むため、どう考えてもカメラマンにとって有り難い機能ですキヤノンさん本当にありがとう。
さらに液晶モニタは反対側にも開く。どうしても左側に人が立てない崖っぷちとかで便利かもしれない。
最大125度まで開く | 反対側にも開く |
液晶表示ということでは、波形モニタやベクタースコープが表示できる機能がある。これまでカムコーダでもヒストグラムを表示するカメラが多いのだが、ビデオエンジニアにとっては波形モニタのほうが絶対に使いやすい。
またフォーカスのサポートとして、エッジの立ち具合を波形として見せるモードがある。フォーカスの山がどこにあるのかが波形としてわかるので、マニュアルフォーカス時に安心できる。
波形モニタが表示されるのは画期的 | フォーカスが合っているところの波が高くなる |
■ 特撮機能も充実
slow.mpg(66.8MB) |
720/24Pで60フレーム撮影したスローモーション |
編集部注:EDIUS Pro5で、1,280×720/50Mbps/30P/4:2:2で出力したファイルです。MPEG-2 4:2:2のファイルは、Windows Media Playerでは再生できません。VLC Playerなどのプレーヤーをご利用ください。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
コンシューマ機ではスーパースローモーションが撮影できるカメラも増えているが、解像度がどんどん小さくなってしまう。一方プロ機では、落ちても720P止まりで撮影できるところが大きく違うところである。パナソニックが02年に最初のVARICAM「AJ-HDC27F」をリリースして以降、バリアブルフレームレート撮影は、多くのクリエイターにとってあこがれの機能であり、他社も含めて多くのカメラがバリアブルフレームレート撮影に対応してきた。キヤノンでもようやく、といったところである。
XF305で撮影された映像は、MXFフォーマットになっている。元々MXFに対応しているノンリニアソフトならそのまま読み込めると思われるが、EDIUS Pro5など何でも読めちゃうソフトは、対応していなくてもMPEG-2のファイルとして読み込める。そのほか製品には、Apple Final Cut Pro用、Avid Media Access用のプラグインが付属してくるので、かなりの制作環境をカバーするのではないか。
またノンリニアソフトをインストールしていないPCでブラウズできるように、Mac版、Windows版両方の「Canon XF Utillity」が付属する。単純に絵が見られるだけでなく、マーカーを入れられたり、メタデータの参照/入力もできる。そのほかバックアップ機能もあり、現場でノートPCにバックアップ、メディアを空にしてまた突っ込む、ということが標準ツールでできる。
付属ブラウザ「Canon XF Utillity」 | メタデータの入力や変更が可能 | カスタムピクチャの設定もあとで確認できる |
■ 総論
巨大な光学部、約3kgという重量、希望小売価格84万円(SDI出力などを省いた下位モデル「XF300」は73万5,000円)と、普通の人が買うカメラでは全然ないのだが、キヤノンの業務用機初のファイルベース記録ということで取り上げた。絵を見ればおわかりのように、さすがレンズメーカーが作ったカメラだけあって、レンズの質が高く、撮像素子、エンコーダとのマッチングも非常に良く、素直な絵が出ている。
個人的には、波形モニタ表示があることが秀逸である。カスタム・ピクチャーの設定中にも波形モニタ表示ができるので、パラメータをいじって絵がどうなるのかを、波形でしっかり確認できる。元々は波形モニタもなしでいじることが難しいパラメータが多かっただけに、これまでは現場で変更する場合は、波形モニタを持って行くか、絵を見ながらカンで設定していたことだろう。
表示は本物の波形モニタほどには厳密ではないだろうが、ガイドとしては十分役に立つ。ビデオエンジニアリングを学びたい人にも、役に立つだろう。
また本体にボタンが少ないように見えるが、実は再生ボタンなど撮影中には使わないボタンも含め、13個のボタンに機能をアサインできる。静止画撮影のボタン、さらには逆光補正やスポットライト補正などもがボタンがないが、そういう機能を好きなところにアサインできる。
作りが素直なだけに、パッと撮影するとレンズの良さぐらいしかポイントがないように見えるが、実はカスタマイズで生きるカメラと言えそうだ。