■映像業界を席巻するBlackMagicDesign
NABの会場で多くの人を集めていたBlackmagic Designブース |
NABで展示されていたATEM 1M/E プロダクションスイッチャー |
これをキッカケに、ポストプロダクション製品の提供メーカーとして一躍スターダムにのし上がったと言っても過言ではない。さらに今年はスイッチャーやレコーダもラインナップに加え、ライブ映像の配信、収録の世界にも進出した。
この7月から順次、NABで発表されたスイッチャー製品が発売されるが、その第一弾が「ATEM 1M/E プロダクションスイッチャー」である。価格は本体のみで21万4,800円。これまで同クラスのHD対応スイッチャーが300万円前後していたことを考えると、こちらも破格に安い。
これまではスイッチャーのようなプロ製品はこのコラムで扱ってこなかったが、この価格ならばネットの生放送で使うというニーズもあることだろう。スイッチャー入門としてもリーズナブルなATEM 1M/Eを、じっくりテストしてみよう。
■薄い筐体もポイント
そうは言っても、普通の人はまずスイッチャーなど触ったこともないと思うので、まずは基本からである。スイッチャーを簡単に言えば“映像切り替え器”なのだが、入力セレクターとは違う。例えばHDMIの入力セレクターはいくつか存在するが、これは映像を切り替えるときに信号が断絶するので、切り替わったあとに映像が安定するまで数秒かかる。
ただテレビに映して自分が見るだけならそれで不都合はないが、セレクターをネットの生放送で使おうとすると、映像を切り替えるたびに画面が真っ黒になったり真っ青になったりして、とても使用には耐えられない。
一方スイッチャーというのは、映像を切り替えるときに信号が断絶しないよう、内部で信号のタイミングを調整して切り替えてくれるので、映像を受ける側の機器が安定動作する。アナログ時代は信号のタイミング調整はすべてカメラやVTRなど映像ソース側に仕掛けを施さないといけなかったのだが、デジタル時代になってからはただ信号を突っ込むだけでよくなった。
多くのスイッチャーは放送などの映像製作で使われるので、SDIやHD-SDIといったプロ用の信号規格しか受け付けない。ATEM 1M/Eのメリットは、HDMIが4系統も入力できるという点だ。これまでもHDMIの入力が1つ2つ使えるものもあったが、あくまでもPC入力の1オプションという扱いだった。それをそれをメインの入力ソースとして備えた点でユニークだ。
ではまず外観とスペックを見ていこう。本体は幅が19インチラックマウントサイズで、幅は2U。表面は何もなく、端子類は全部裏面だ。本体の厚みは2cm程度しかなく、一番飛び出しているのがヒートシンクだ。これまで入れても6.3cmである。
端子類は全部裏面 | 本体は脅威の薄さ |
入力端子は左側で、HDMIが4つ、HD-SDIが4つ。HDMIとの切り替えで、一つだけアナログコンポーネントの入力ができる。システム的に対応できる解像度は、今のところ日本で使えるフォーマットは720/59.94Pと1080/59.94iのみで、SD解像度は今後のファームウェアで対応するという。
出力は結構豊富で、プログラム出力がHD-SDI、SD-SDI、アナログコンポーネント、アナログコンポジット、HDMIが付いている。本機には入力のアップダウンコンバータやスケーラは装備していないため、本体のシステムモードに準じた解像度で映像を入力する必要がある。つまり1080/59.94iに設定したら、そのソースしか受けられない。一方プログラム出力はダウンコンバータがあり、システムがHDモードでもSD端子からは常時出力できる。
入力端子は8系統 | 豊富な出力端子 |
HDMI端子からはマルチビュー出力が |
プレビュー出力としてはSDI、マルチビュー出力もSDIとHDMIがある。マルチモニターはいくつか表示パターンを選ぶことができる。そのほかAUX出力も3系統あり、すべて別々の出力を出すことができる。
USB 3.0はPCやMacと接続してIPアドレスを設定したりファームウェアのアップグレードなどに使う。本来はここから映像ストリームが出力され、BMDが無料配布しているキャプチャツール「Media Express」で収録したり、同社の波形モニタ表示ソフト「UltraScope」と連携する事もできる。ただ現在出荷中のファームウェアでは出力が出ていないため、今後の対応を待つことになる。
アナログオーディオの入出力にも対応 |
Ethernet端子は、PCとMacのソフトウェアでスイッチャーをコントロールするために使う。ハードウェアのコントロールパネルも別売(42万9,800円)で、これもEtherで接続する。ハードウェアとソフトウェアのコントロールは両方同時に接続することができる。
オーディオの集合端子にはブレイクアウトケーブルを接続し、2chオーディオの入出力とタイムコードの入出力ができる。RS-422は外部機器コントロール用だ。
■フレームストアも内蔵したイマドキの作り
続いてソフトウェアのほうを見ていこう。まずコントロールするPC/Macと本体をUSBで接続し、「ATEM Setup Software」でATEM本体のIPアドレスを設定する。本体はDHCPに対応しておらず、固定IPである必要がある。
それ以降はUSBは不要で、あとはEtherで接続したのち、スイッチャーコントロール用のATEM Software Controlで操作を行なうという流れだ。
まずはコンフィギュレーション画面から見ていこう。左側のSwiter Settingsがプライマリ入力タイプ選択と、名前の設定部分である。入力ソースタイプがプルダウンできるようになっているが、今のところ動くのは1番のHDMIとアナログコンポーネントの切り替えだけである。最近のスイッチャーは、入力位置とスイッチャー上に出現する順番を組み替えてアサインできるようになっているが、ATEMはそのような機能はないようだ。従って1番の入力は1番のクロスポイントに上がってくる。一方マルチ画面上のソースアサインは、自由に並び替えができる。
ATEM Setup Softwareで本体のIPアドレスをセット | ATEM Software Controlのコンフィギュレーション画面 |
映像ソースとしては、ATEM本体のメモリに転送した映像や静止画を再生できる「メディアプレイヤー」を2系統装備している。32枚の静止画と、2つの動画領域に合計で180枚分の動画を転送できる。
メモリへの転送はMediaパネルで行なう。画面内外のファイルブラウザからドラッグ&ドロップで転送する。現在対応しているのはTGAのみで、動画もTGA連番のみとなっている。なおPhotoshopのPSDファイルは今後のアップデートで対応予定。動画フォーマットに関しては、アルファチャンネルが入れられるQuickTime形式などに対応して欲しいところではあるが、現時点では未定である。
内蔵メモリに32枚の静止画と2本の動画が仕込める | 2つのメディアプレーヤーもパネル内で再生 |
動画、静止画ともにTGAではアルファチャンネル付きで転送することができ、アルファチャンネル部分はメディアプレーヤーのキーソースとしてスイッチャー上に現われる。
これらのメモリーは、電源を切ると消えてしまうので、毎回使用時に転送が必要だ。多くのスイッチャーでは内部メモリーに不揮発性RAMを使用するので、電源を切っても映像を保持するが、ATEMの場合はそこまでのコストはかけていないということだろう。
スイッチャーパネルの全体 |
静止画の転送はすぐだが、90枚の連番ファイルを転送するのに3分ぐらいかかる。ただ転送中も別の作業ができるので、運用にはそれほどの支障はないだろう。
そのほか、バックグラウンドカラーが2つ使えるが、グラデーション作成機能はなく、単色のみだ。なおこのバックカラーは、ワイプ時のボーダーカラーと兼用になっている。
■すべての機能をソフトウェアコントロール
では実際の操作を見てみよう。クロスポイントによる映像の切り替えは、パネルをマウスでクリックしてもいいが、キーボードショートカットも使える。
1~8までの数字キーがクロスポイントの番号と連動しており、通常の押下ではプレビュー側が切り替わる。スペースキーでプログラムにカットチェンジするほか、エンターキーでオートトランジションによる切り変えができる。プログラムを直接切り替えるときは、「SHIFT+数字キー」か、CapsLockをONにしておいて数字キーで切り替える。
トランジションは通常のMIX、WIPEのほか、3ソースがMIXで切り替わるDIP、アニメーションを間に挟むSTINGER、映像を飛ばすDVEが使える。
STINGERはあまり日本では馴染みのない呼び方だが、米国のフットボール中継などでリプレイに入るときにロゴが飛んできて切り替わるエフェクトのことである。事前にワイプ用の動画CGを仕込んでおけば、ボタン一つでメディアプレイヤーの再生と2ソースの切り替えを行なってくれる。
CGアニメーションと一緒にシーンチェンジするSTINGER | STINGERの効果 |
DVEのパターンはプリセットのみ |
トランジションとしてのDVEは、自分で効果が作れるわけでもなく、プリセットから選ぶだけだ。パターンはいろいろあるが、ボーダーやシャドウなどは付けられないため、動きはシンプルに見える。
キーヤーはM/E列に4つ、DSKが2つだ。M/E列のキーヤーにはクロマキー、パターンキー、DVEがあるが、DSKはルミナンスキーのみだ。ルミナンスキーとは言うものの、フィルとキー別々のソースがアサインできるので、実質的にはエクスターナルキーと同じである。キーソースをフィルと同じにすると、結果的にルミナンスキー(セルフキー)となる。このあたりはスイッチャーにおけるキーの扱いに慣れている人はすぐわかるのだが、ノンリニアの合成しかやったことがない人には扱いづらいかもしれない。
M/E列のキーヤーは機能が豊富 | 一方DSKはルミナンスキーのみ |
クロマキーは、一応補色を足す「Y Suppress」といった補助機能はあるものの、細かいパラメータがなく、単純な機能にとどまっている。現時点では影も含めて合成するようなデリケートな合成は難しいと考えた方がいいだろう。
クロマキーは高機能とは言えない | ブルーバックで合成した結果 |
PinPなどの効果を作るには、キーヤーのほうでDVEを使うことになる。こちらのほうが機能は多彩で、輪郭にベベルを付けられるほか、ドロップシャドウを付けたりすることができる。
M/E列のキーヤーは機能が豊富 | キーヤーのDVEのほうがいろいろできる | 簡易キーフレームアクションも装備 |
キーフレームは2カ所設定でき、その場所から「取り切り」といったアクションもほぼプリセットで実行できる。ただ2つのキーフレーム間で動かすことができないなど、イマドキのDVEにしては機能はかなり限定的だと言える。細かい話をしてもよくわからないと思うが、ざっくりした印象では、名前はプロダクションスイッチャーとなっているものの、どちらかと言えばライブの即興性を重視しているように見える。
なおトランジションのほうでDVEを取っていると、キーヤーでDVEが使えなくなる。1系統のDVE機能をあちこちでやりくりして使うというスタイルになっている。
■総論
使っていくと細かい不満点もあるが、それは数百から数千万クラスのスイッチャーと比較してのことで、この価格で放送局クオリティというのは立派なものだと思う。キーヤーの使い方に関してはちょっと独自な部分も見られるが、これはこれで考えて使えば困らないだろう。
使い辛い部分としては、やはりソフトウェアのコントロールでは一度に一つの事しかできない点で、すばやいコントロールが難しいということだろう。特に右側のセッティング部分が縦に長く展開していくのだが、ソフトウェアの画面サイズが固定されているので、広げて全部を見ることができない。全機能をスピーディに使い倒すには、ハードウェアのパネルが必要だ。
惜しいのは、せっかくの仕込みの状態を保存する機能がないことだ。電源を落とすと全部標準に戻るのはある意味潔いが、本番前にトラブルがあって再起動したときには目も当てられない。ソフトウェア側ですべて設定できるということは、ソフト側で設定値を持てば流し込めるということなので、これはぜひアップデートで実現して欲しい機能だ。
ATEM 1M/Eの価格は従来機器と比べると脅威だが、ビジネス的には競合するところがあまりないような気がする。というのも、業務でスイッチャーが必要なところにはもうすでに何かの製品が入っているし、安いからといってほぼ同じ事ができるものに入れ替えることはない。
どちらかというと、これまでスイッチャーを使うことなど考えていなかった業種に対して、新たに市場を開拓していくことになるだろう。特にHDMIがスイッチングできるということで、既存のスイッチャーユーザー層よりももう少し下の方に入るのではないだろうか。ただし値段は安くても、機能や操作方法はガチで放送用と同じなので、未経験の人が使うのは大変だと思うが。
実はこのシリーズ、来月には「ATEM Television Studio」というモデルがリリースされる。こちらは85,980円と、価格も半分以下だ。入力やキーの数は減ってしまうが、そのぶん操作も簡単になっている。H.264エンコーダも搭載しており、Ustreamなどネット放送にはこちらのほうが向いているだろう。
コントロールソフトウェアは1M/Eと同じで、操作方法もほぼ同じである。こちらも発売されたら、お借りしたいと思っている。