小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第600回:したたかな戦略兵器、Kindle Fire HDを試す

“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第600回:したたかな戦略兵器、Kindle Fire HDを試す

話題のタブレットをAV機器として見たら?!

Amazonプラットフォーム登場

 昨年秋からの、各社のドトウのタブレット攻勢は凄かった。なにせおよそ1カ月のあいだに各社から製品が5つ6つも発表されたり発売されたりしたのである。

  • 9月25日 GoogleがNexus 7を発表、即日販売開始
  • 10月23日 Appleが7.9型iPad mini発表
  • 10月25日 Amazonが電子書籍端末2機種、Android 7型端末2機種発表
  • 10月26日 MicrosoftがWindows RTタブレットSurface発売(日本未発売)
  • 10月30日 Googleが10型タブレットNexus 10発表(日本未発売)

 Surfaceは日本では発売されなかった。Nexus 10も日本での発売日は未定だが、いずれにしても7型台のタブレットが低価格で入手できるようになり、我々のネットライフも大きく変わりつつある。

 その中で買おうかどうしようか最後まで迷ったのが、Amazonの「Kindle Fire HD」である。16GBモデルで15,800円、32GBでも19,800円という低価格は魅力なのだが、画面サイズの割には本体がデカい、すなわち額縁が広いのがどうにも気になって、結局購入には至らなかった。Nexus 7のほうが発売日が早かった事もあり、それをすでに入手していたという事情もある。

 だが、AV機器としてみた場合、ディスプレイのクオリティやステレオスピーカー装備など、見どころが多いのも事実だ。現在Amazonのトップページでは、Kindle FireとKindle Paperwhiteの広告がトップに掲載されており、買い物しようとするたびに我々の物欲を刺激してくる。そこには「iPad miniよりも32%高解像度のHDスクリーン」というキャッチコピーが添えられており、「えっ、名指し!」的な驚きもある。

 今回はそんなKindle Fire HDをお借りすることができた。話題のタブレットは、どんな性能なのだろうか。さっそく試してみよう。



手元のNexus 7と比較してみると…

想像したより上質な質感

 タブレットとしての基本性能は、すでに多くの記事で紹介されていると思うので、あまり細かいスペックはここでは述べないが、ハードウェアの印象について少し思うところを書いてみたい。

 タブレットとしての作りは、非常に丁寧で上質だ。価格的にはやや高いNexus 7(16GB/19,800円)が若干野暮ったいデザインなのに比べて、工業製品としての美しさはKindle Fire HDの方が上である。

 気になる横幅は137mm。iPad miniの134.7mmと比較すると、イメージ的には同じように感じるが、中の画面の横幅が狭いため、実際の見た目は対照的だ。このベゼルが広いあたりに、昔のノートPC風味というか、技術的に古いのではないかというネガティブイメージを持たれてしまう部分はあるだろう。

 重量は395gで、Nexus 7の340g、iPad miniの312gと比較しても、重いほうだ。実際に持って見ても、Nexus 7が後ろから手を回して掴める細身であるのに対し、Kindle Fire HDも後ろから持てない事もないが、ベゼル部分が余っている事もあって端の方を握って持つほうが楽だ。ただこういう持ち方が、重さを感じさせる所以でもある。

サイズ比較。手前からiPhone 4S、Nexus 7、Kindle Fire HD
端を握って持つのが楽なボディ

 ディスプレイは解像度1,280×800ドットで、Nexus 7と同じ。双方の表示を見比べてみると、Nexus 7が色温度が高めで若干赤青っぽいのに対し、Kindle Fire HDのディスプレイは色温度が低く、黄緑っぽく見える。個体差はあるかもしれないが、手元の実機を見比べる限り、写真などはかなり印象が違って見える。

 またKindle Fire HDのディスプレイは、反射を抑えるスクリーン構造であると謳っているが、Nexus 7と比較しても反射具合は同じようなもので、特に低反射であるという印象は得られなかった。視野角は双方とも良好だが、上下角だけ一瞬輝度が下がるポイントがある。

 カメラとマイクは左側にある。背面のスピーカーの位置から考えても、映像系の機能では横位置で使うことをデフォルトとして設計されているようだ。右側にはUSBとマイクロHDMI端子がある。このHDMI端子が、Nexus 7に比べて大きなアドバンテージと言えそうだ。

カメラとマイクは左横に
マイクロHDMI端子があるのがポイント
この価格でステレオスピーカー装備はうれしい

 背面に回ってみよう。横向きにKindleと書いたラインがあり、その両脇にステレオスピーカーがある。サイトの説明によれば、中身はデュアルドライバーだそうである。さらに“ドルビーデジタルプラス”の機能も搭載している。これは小型スピーカーの特性を補正する技術として採用されているもので、HDMI出力時にも効果を発揮する。

 このような音質補正技術を導入した製品は、一部のノートPCやスマートフォン、いくつかのタブレットでは採用例があるが、これだけメジャーな製品で採用された例はまだ少ない。

 無線LANは、デュアルアンテナ搭載で、さらに2.4GHz帯だけでなく5GHz帯にも対応している。最近は多くの家庭で11b/g/nの利用が広がっているが、集合住宅では上下左右の部屋で利用されると、チャンネルの空きがなく挙動不審になることもあるだろう。この点では利用者が少ない11aが使えることは、大きな利点になる。



Androidとは異なる操作性

ホーム画面はコンテンツ重視で構成

 Kindle Fire HDは、実際に使ってみると一般的なAndroidタブレットとはかなり作法が違う。まずホーム画面は、アプリのアイコンが並んだり、ウィジェットを貼り付けたりするような画面構造ではなく、コンテンツやアプリの利用履歴をキーにして、Amazonのストアと常に紐付けされたインターフェースとなっている。

 また自分のやりたいことは、上のテキスト部分をタップして選択するようになっている。このあたりは、様々な機能をアプリ化して切り出し、目的をアプリとして選択していくスマートOSとは考え方が異なる。最初のタブレットがKindle Fire HDと言う人は、そういうものだと思えば簡単なのかもしれないが、他のタブレットを使っていると違和感を覚える部分だ。

 では実際にいくつかコンテンツを試してみよう。Amazonでは電子書籍、音楽といったデジタルコンテンツを販売しているが、動画コンテンツに関してはまだ日本でサービスインしていない。このため有料VODとしては、外部の「TSUTAYA TV」アプリが唯一日本で利用できるサービスとなっている。

端末内アプリとアプリストアがシームレスに繋がっている印象
VODサービスは今のところTUTAYA TVのみ

 HuluやVideo Unlimitedにも対応して欲しいところだが、Kindle Fire HDではAmazonのアプリストアにあるものしかインストールできず、現状TSUTAYA TV以外のVODサービスアプリはインストールできない。将来的にはAmazonのVODサービスが独占していくことになるのだろうか。

 Amazonアプリストアには、ホームネットワーク内でテレビ番組のストリーミング再生が可能な「Twonky Beam」がある。自宅のnasneと接続してみたところ、非常にレスポンス良く再生できた。Nexus 7では早送りしたあとにストリームが安定するまで多少再生がもたつくこともあるのだが、このあたりはやはり11a対応も含め、Wi-Fiのスピードによるところが大きいのかもしれない。ただテレビ放送の録画番組は保護コンテンツであることから、HDMI出力にテレビなどを繋いでいると再生ができない。

ドルビーデジタルプラスの効果は絶大

 ドルビーデジタルプラスは、テレビ番組の再生であってもかなり大きな効果がある。OFFではこぢんまりした音で、そもそも音量を最大にしてもそれほど大きくならないが、ドルビーデジタルプラスがONではステレオ感が飛躍的に向上し、音の抜けと周波数特性が大幅に改善される。ボリュームそのものも、音抜けが良くなるだけでなく、最大音量がアップするようだ。

 テレビ視聴では本体のスピーカーだけで十分楽しめるという点では間違いないのだが、サイトに謳われているような「迫力の重低音」というのは表現は盛りすぎである。聞いた限りでは、さすがに重低音までは感じない。

 nasneと組み合わせるのであれば、ソニーが提供しているアプリ「RECOPLA」を使うと、番組の録画予約もできて便利なのだが、Amazonアプリストアでは提供されていない。Amazonが提供するコンテンツのプレーヤーとしては優秀な端末だが、Androidタブレットとして思いっきり活用しようとすると、このアプリの少なさが問題となるだろう。

動画ファイルはPCからのファイル転送も可能

 そのほかの動画は、PCとUSB接続してファイルを転送することで鑑賞できる。対応フォーマットはmp4としか書かれておらず、実際に標準のビデオプレーヤーで再生できるのは、mp4拡張子のものだけだ。

 Kindleのアプリストアには、いくつか強力な動画プレーヤーがあるが、「VPlayer」というのが評判がいいようだ。divx/xvid、wmv、m4v、flv、rmvb、avi、mkv、mov、mp4、3gpが再生可能で、392円の有料アプリだが、1週間無料で試用できる。

 ただ試した限りでは、映像の再生はできるのだが、音声との同期がずれるファイルもあった。よく使うファイルフォーマットが問題なく再生可能かどうか、試用期間中にテストしたほうがいいだろう。



クラウドが決め手の音楽ダウンロード

 続いて音楽再生である。音楽については、以前からAmazonでDRMなしのmp3を販売している実績がある。ホームから“ミュージック“を選択すると、クラウドもしくは端末内の音楽ファイルにアクセスできるほか、右の“ストア”からオンラインで購入する事ができる。

 オンラインで楽曲を購入すると、いったんユーザーに割り当てられているクラウド領域に転送される。端末へは、そこからダウンロードする形になる。段取りとしてはややこしいように思えるが、実際にはただ待ってるだけなので、煩雑さはない。

ミュージックストアがすぐ隣にある感覚
購入後いったんクラウドへ転送される

 わざわざクラウドを経由するメリットは、いろいろある。購入後のクラウドへの転送は瞬時に行なわれ、端末へのダウンロードはアルバムの後ろの曲から順に行なわれる。この時、先にアルバムの頭の方から、ストリーミング再生で聴き始めることができるのだ。購入して待ち時間なしに聞き始められるのは、サブスクリプション型のストリーミングサービスとダウンロードサービスのいいとこ取りをしたような感じだ。

 さらに端末からmp3ファイルを削除しても、クラウドには残っているので、そこから直接ストリーミング再生でダウンロードを待たずに音楽を聴くことができる。あるいは複数のKindle端末を所有している場合、いちいちダウンロードしなくても、どの端末からでも聴けるのは便利だ。デフォルトではクラウド領域は5GBしかなく、端末内の領域のほうが広いのでクラウドを使う意味があんまりないといえばないのだが、これはクラウド領域を有料で拡張して貰うための作戦と言えるだろう。

 音楽再生においては、おそらく内蔵スピーカーで聴くというケースは少ないだろう。最近はBluetoothスピーカーが盛り上がりを見せているが、ドルビーデジタルプラスはBluetooth経由の再生でも効果がある。

購入した音楽はPCでもクラウドからリスニング可能

 細かいパラメータは何もないので、個別にキャリブレートできるわけではないが、音のサラウンド感や周波数特性が改善され、スピーカーのランクが1つアップしたような感覚になる。Hi-Fi的な良さではなく派手さを増す方向性だが、なにげに音声再生の華やかさが本機のポイントと言えそうだ。

 またPCからは、Amazonサイト内のアカウントサービスからCloud Playerにアクセスすると、購入した音楽をブラウザ経由でストリーミングで聴くこともできる。



意外に便利なHDMI出力

 本機にはHDMI出力があることも、一つの特徴となっている。プロセッサ(デュアルコアのOMAP4460 1.2GHz)はそれほど強力なものではないが、高解像度ディスプレイを搭載し、さらにHDMIへの直接出力が付いている7型タブレットというのはあまりないだけに、タブレット画面をテレビ出力して何ができるのかを考えるヒントとなる機器である。

 ホーム画面やブラウザをフルHDテレビにDot by DotでHDMI出力してみると、いわゆるフルHDサイズよりも一回り小さく表示される。本体のディスプレイ解像度は1,280×800ドットなのでほぼ720pサイズなのだが、それよりは多少広く表示されるようだ。

 HD動画コンテンツは、わざわざ一回り小さく表示させるメリットがないので、本機経由でHDMI出力させるより、なんとか別の方法でテレビに表示させた方がメリットがある。もっとも、AmazonのVODサービスが始まれば、もっとHDMI出力が活用されることになるだろう。

 試してみて案外良かったのが、コミックの表示である。タブレットでコミックを読む場合は、縦表示にして1ページずつ読むのが普通だろう。タブレットを横方向にすると、本体のディスプレイではコミックが見開きになるが、読むにはちょっと小さすぎる。

 だがHDMI経由でテレビに繋げば、見開きでそこそこのサイズで表示されるため、案外読みやすい。紙と同じようにコマの流れを見開きで把握して読みたいというニーズもあると思うが、テレビ+コミックというのは、これまでになかった新しい提案と言えるかもしれない。



総論

 Kindle Fire HDで懸念していたのは、モノとしての質感であった。だが今回実機を目の前にしてスイッチの作りやバックパネル、端子類を比較すると、モノとしての品質はあきらかにNexus 7よりも上だ。

 プロセッサ能力はNexus 7のほうが上だが、使ってみてKindle Fire HDが遅いという感覚はなかった。Bluetoothスピーカーで音楽を再生させながらWebブラウジングぐらいは、楽々こなすパワーはある。個人的には11aが使えるのはポイントが高い。

 AV機器端末としては、ドルビーデジタルプラス対応で音声の再生能力が高い点は、評価できる。HDMI出力も自分が楽しむだけでなく、何かのプレゼンテーションにも利用できそうだ。

 ただ一方で、いわゆる汎用のAndroidタブレットとして使いたいのであれば、アプリ不足は否めない。Amazonアプリストアのラインナップは、一言でいうと“微妙”。Google Playで定番のアプリがなく、代わりに「なんでそれが?」と思えるものが多い。日本向けにローカライズされているアプリも少なく、AV機器メーカー提供のコントロール用アプリもほとんど存在しない状況だ。

 Google系のYouTubeが使えないのはなんとなくわかるが、DropboxやLINEといったアプリもストアにない。別途apkファイルが入手できるものはインストールできるが、それ以外のものを入れようとすると、root化が必須となる。root化はiOSのJailbreakにおける司法判断と同じで、違法ではないが、ユーザーには自己責任が発生するため、特に推奨するわけではない。要するにAmazonアプリストアがもっとアプリのラインナップを増やせば、自動的に問題は解決するわけだが、それまで辛抱できるか、というのが一つの判断の分かれ目だろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。