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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第277回: コンパクトなプロフェッショナル機「キヤノン XH A1」
~ 十分な実力を備えながら小回りの利くHDV機 ~



■ プロとアマの境界線

 AVCHDの出現によって、数年後にはテープ式のビデオカメラは衰退すると、カメラメーカー自身が言い始めている。もちろん画質さえ変わらなければ、利便性の面ではノンリニアメディアに記録したほうが便利に決まっているわけだが、プロの現場ではそう劇的なパラダイムシフトはまだ起こっていない。

 というのも、報道など速報的な要素があるメディアではノンリニアメディアは便利だが、長期取材やライブラリ、記録映像という分野では、ランニングコストが安く、そのままで長期保存が可能なテープメディアはまだ捨てる必要はない、という認識がある。

 キヤノンがHDVカメラの新製品、XH G1/A1を発表したのが、今年7月。製品リリースはA1が10月下旬からということ、また途中で「iVIS HV10」という隠し球が炸裂したこともあって、ちょっと影が薄くなってしまった。だが、HDVのハイエンドモデルでありながら、「XL H1」まではちょっと、という層には、長らく待たれていた製品ではないだろうか。

 XHシリーズは、クラスとしてはレンズ交換はできないがハイエンドという、ある意味競合も多い分野の新シリーズだ。「XH G1」はHD-SDIや外部同期入力といったプロ用インターフェイスを装備していることもあって、スタジオワークにも使えるプロ用サブカメラという位置付けだろう。価格は80万円。

 一方「XH A1」はプロ用インターフェイスを省いたモデルで、マルチカメラでのライブ/スタジオ収録といった用途以外を想定したものと言える。こちらは55万円。

 今回は発売間近なXH A1(以下A1)をお借りすることができた。一般的に考えれば価格的にコンシューマ市場ではあり得ないのだが、過去このクラスは結構ハイアマチュアに人気があるのもまた事実だ。では早速、A1の実力を試してみよう。


■ 小型だがハンディではない微妙さ


横から見ると小さそうだが幅は結構ある

 レンズ交換ができないハイエンド機というと、過去DVの頃に出た「XV2」を連想する。だがA1の構成を見ると、XV2とレンズ交換可能なXLシリーズの中間といった感じになっている。ハイエンドHDV機としては小型と言えるが、ハンディと言えるほどは小さくないという、微妙なサイズである。

 まず光学部から見ていこう。レンズはもちろんキヤノン製で、蛍石、UD(Ultra Low Dispersion)レンズ、非球面レンズ各1枚を組み込んだ、光学20倍ズーム。画角は35m換算で32.5~650mmと、XL H1のセットレンズよりも若干広角になっている。


光学20倍ズームレンズ。横にあるのはAF用外測センサー レンズフードはセンサー用に穴が空いている

 また今回は別売のワイドコンバージョンレンズ「WD-H72」もお借りすることができた。焦点距離が0.8倍になるので、これを装着すると26~520mmになる。特殊用途でない限り、十分広角な撮影が行なえるだろう。


別売のワイドコンバージョンレンズ「WD-H72」 これを装着すると外測センサーは使えなくなる

 撮像素子は、1,440×1,080ドットの3CCD。HV10でフルHDのCMOSを採用していることから、1,920×1,080ドットの3CMOS搭載も選択肢にはあったはずだが、ここは実績のあるCCDで、ということだろう。ちなみに3CMOSのHDVカメラは、11月にソニーから「HDR-FX7」が発売される。事実上これがA1のライバル機となるだろう。

 鏡筒部には3つのリングがあり、先端から順にフォーカス、ズーム、アイリスとなっている。ユニークなのは液晶モニタの配置で、折りたたむとボディ上部に、開くとアームで横に広がる恰好になる。液晶を閉じても主要なボタン類が隠れないので、ファインダ派には重宝するだろう。

 コントロール部は右側面に集中している。特にこれまでXLシリーズでしか採用していなかったリング型のモード切り替えスイッチを搭載しているあたり、暗に「そのクラスですから」というメッセージのようにも思える。


液晶モニタを閉じた状態 開くとアームの先にモニタがあるような感じ 制御部は本体右側に集中

 レンズ固定ということで、フォーカスやズーム値をプリセットできる「Position Preset」も、本体機能として標準装備された。GAIN、OUTPUT、WHITE BALANCEといった設定変更も、ハードウェアスイッチで行なえる。本機は60iだけでなく30pや24pも撮影できるが、XL H1のほうにハードウェアの切り替えスイッチは付けられていない。

 背面には、メニュー用ダイヤルがある。しかしメニューボタンは横に付けられており、若干使い勝手が悪い。どうせならダイヤルと同じ面に付いていた方が便利だったろう。


メニュー操作は背面のダイヤルで行なう バッテリは背面から本体内に格納する

 バッテリは、背面部から本体内にスロットインする形になっている。きちんと大型バッテリも装着できるスペースは確保してあるので、安心だ。静止画、データ保存用のSDカードスロットもここにある。

 また外部出力端子類も背面だ。HDV/DV(IEEE 1394)のほか、ヘッドホンやD3端子も備えている。さすがにコンシューマ機ではないので、HDMIはいらないだろうという判断だろうか。

 左側面には、BNCコネクタの映像出力がある。こちらはアナログコンポジットだ。またテープとカードの切り替えスイッチも、ここにある。このクラスではあまり静止画機能は期待されていないだろうが、一応静止画も撮れるのである。ただ動画撮影中でも、HD解像度の静止画を無制限に撮影できるため、実際にはあまりモードを切り替える必要はないかもしれない。

 左側前部には、外部マイク/ライン入力用のXLRコネクタがある。マイク入力ではファンタム電源にも対応しており、マイクホルダーも備えている。ただ、マイクからコネクタまでのケーブルをさばくための溝やレールのものが全くないので、各自工夫する必要がある。実はこのあたりが、ナニゲにプロ用カメラを作り慣れているかどうかが問われる部分だったりする。


BNCコネクタはアナログコンポジット出力 レンズ脇にXLR入力端子が



■ 十分な描画力のレンズ

 レンズが交換できないということは、くっついてるレンズが悪ければどうしようもないわけで、一番気になるところである。実際に撮影してみると、今回A1のレンズはワイド端からテレ端まで、破綻のない安定した画質をキープしている。光学20倍、ワイド寄りということでかなり無理があるんじゃないかと心配していたのだが、この描画力なら十分だろう。サンプルとして、キャプチャした動画から切り出した静止画を掲載している。

撮影モードと焦点距離(35mm判換算)
モード 解像度 ワイド端 テレ端
動画HDV 1,440×1,080
32.5mm

650mm
静止画16:9 1,920×1,080
32.5mm

650mm
動画ワイコン 1,440×1,080
26mm

520mm

 レンズはワイド端解放でF1.6と非常に明るく、またズーム倍率も十分なので絵作りがしやすい。全体的な絵作りとしては、HV10のような記憶色寄りの派手なものではなく、発色はプレーンだ。その代わり解像感が高く、キツく感じない程度に輪郭のキレの良さがあるという、キヤノン得意の絵になっている。


テレ端でこの描画力 蝶の口先までバッチリ見える 発色にも立体感があり、好感が持てる


動画サンプル

ezsm01.mov (99.9MB)
パソコン画面でも見やすいよう、30pで撮影/編集し、QuicktimeでH.264/1,920×1,080ドットに変換した。

再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 一方ワイコンでの撮影では、ワイド端で若干両端に甘さを感じる。だがHDで26mmという豪快なワイド感は、そう簡単に得られるものではない。これだけでもこのカメラの価値は十分あるだろう。ただワイコンを付けると、レンズでフォーカス用外測センサーが隠れて使えなくなってしまうのは残念だ。

 撮影時のモニタ環境は、かなり工夫されている。HDの撮影では、フォーカスが問題になるケースが多い。SDでは多少甘くても使えた映像が、HDになるとちょっとしたフォーカスのズレが致命傷となる。もちろんそのためにフォーカス用外測センサー搭載といった工夫があるわけだが、モニタにもいろいろ工夫がある。

 まず液晶もビューファインダも、常時点灯している点はありがたい。さらにピーキング表示にしたり、表示のみ拡大したりといったフォーカスアシスト機能は、ボタン1発だ。また表示をモノクロにする機能もあり、カスタムキーへ割り当てておけば、これもボタン一発である。


スキンディテールはレベルを3段階から選べる

 ただ液晶モニタは、HD画角に対して決して大きいとは言えず、マニュアルのフォーカシングはやはりビューファインダで追うことになる。

 またセーフティーゾーンのマーカーも表示できる。90%のテレビフレームと、80%のタイトル安全フレームが表示できるのは、かなりプロユースを意識した作りだ。もっとも90%のフレームを表示させてみる限り、モニタ全体はフルフレームで表示していないのが残念ではある。

 民生機とは違うのでエフェクトのようなものはないが、肌のディテールを押さえて綺麗に撮れるスキンディテールは3段階で設定できる。また今回は空をすっきりと見せる「スカイディテール」機能も盛り込んでいる。ただ試した限りではあまり効果はわからなかった。ここまで単調ではなく、もう少しグラデーションがあるとまた違うのかもしれない。


スキンディテール
OFF
LOW
MID
HIGH


スカイディテール
OFF
ON



■ 充実を極めたプリセット群

 本機は30p、24pといったフレームレートに対応している。ただ記録方式はHDとSDで若干違う。HDの場合は、記録も30/24フレームで可能なのだが、SDの場合は記録時の段階で2:3プルダウン、または2:3:3:2プルダウンかで記録することになる。

モード HD-60i HD-30P HD-24P SD-60i SD-30P SD-24P SD-24P
撮影時 60i 30p 24p 60i 30p 24p
記録時 60i 30p 24p 60i
V出力 60i
プルダウン 2:3P/D 2:3:3:2P/D


動画で23種のパラメータが設定可能なカスタムプリセットも健在

 HDがウリのカメラではあるが、業務ユーザーではまだSDで撮ることもあるかもしれない。SDで24pの場合はプルダウンの設定もあるので、注意が必要だ。また映像出力はすべて60iだが、HDVの出力は撮影時のフレームレートで出力される。

 またガンマやニーなど細かいトーンが調整できるカスタムプリセットは、XL H1に引き続き搭載されている。本体内には9つ、メモリーカードへは20個保存できる。このうち本体の7番から9番まではメーカープリセット値が事前に入力されている。7番は民生用薄型テレビでの再生に適した設定、8番はシネマライク、9番はキネコ用の設定だ。


プリセット パラメータ 画像
OFF
7番VIDEO.C
8番CINE.V
9番CINE.F


新たに設けられた「カスタムファンクション」

 またもう一つカスタマイズ設定として、「カスタムファンクション」という機能が付いた。これはカメラの機能を細かく設定してプリセットできるもので、例えばズームスピードやフォーカスリングの方向、カラーバー出力時に1kHzを出すか、出すなら何dBで出すか、といったことが設定・記憶できる。

 自分のカメラであれば、設定がガラッといっぺんに切り替えられるメリットはあまりないかもしれないが、フリーのカメラマンなどは自分の設定をメモリーカードで持ち歩けば、すぐ自分好みの設定で撮影できるというメリットがある。プロ用カメラにはよくある機能だが、この価格帯のカメラでこれが付いたのは珍しい。

 基本的には0がデフォルト値だが、ビデオ撮影中の静止画同時撮影機能も、デフォルトでOFFになっている。これはONでもいいのではないかと思う。撮れちゃって困ることはあまりないが、撮れなくて困ることはありそうである。もっと言えば、撮れているもの、と思っていたものが撮れていなかった衝撃のほうが、問題が大きいのである。

 また複数の設定は持てないが、モニタへのデータ表示の種類を選択できる「カスタムディスプレイ」という機能も付いた。例えばズーム位置やスピード、フォーカスモード、ND使用などの画面表示をON/OFFできる。デフォルトではほとんどの表示がONになっているが、不必要な物を減らすことで、映像に集中できる。またメモリーカードには1つ保存できるので、合計で2つの設定を切り替えることは可能だ。

 またプリセットと言えるかどうかはわからないが、カラーコレクション機能も搭載された。色位相、クロマ、ゲイン、エリアを設定して特定の色を指定し、補正できる。A、B2つの設定ができ、それぞれ単体で使うこともできるし、2つの設定をミックスすることもできる。


モニタへのパラメータ表示をカスタマイズできる「カスタムディスプレイ」 簡易カラーコレクターまで装備


左はオリジナル、右はカラーコレクションで紅葉を強調したもの

 まあ多機能なのはすごいが、実際にカメラ単体でそこまでするか? という疑問もないではない。ちょっと味付け程度に自分の責任で使うならわかるが、そもそもカラーコレクションとはロケ現場でカメラの液晶モニタ見ながらどうこうできる世界ではない。プロの編集マンとして言わせて貰えれば、現場で適当にカラコレすんなよあとが大変じゃんかよ頼むよ、ということである。

 ただコレクションの範囲は、単にRとGのゲインが調整できる程度で、本格的なカラーコレクションにはほど遠いのがせめてもの救い? である。


■ 総論

 レンズ固定のハイエンド機ということで、お手頃な印象のXH A1だが、実際にはとてつもなく細かい部分までカスタマイズ可能なカメラである。もちろん細かくいじらなくても絵は撮れるのだが、多彩な用途にフィットさせるという意味で、細かくツブシが利くように作られている。

 肝心の映像のほうは、レンズが明るくワイドに強いこともあって、レンズ固定でもかなり撮り方のバリエーションは広い。全体的に破綻なくまとまったレンズで、ボケ味も綺麗だ。トータルバランスでは、XL H1のセットレンズよりも使い手があるかもしれない。


マイクとワイコンを付けるとものすごくオオゴトに

 またこのクラスでありながら、XLRの外部音声入力が使えるのも便利だ。プロの収録なら必ず外部マイクは使うし、ライン入力もできたほうがいいに決まっている。さらにワイコンまで付けると、小型とは言えないようなものすごいオオゴト感が出る。見た目のハッタリが必要な現場(プロはねー、微妙なかけひきがあるのヨ)でも、かなり負けない感じだろう。

 ただ片手でハンディに持てるほど軽量でもスマートでもないので、ちょっと贅沢なHDVカメラぐらいの感覚で扱うと、取り回しに苦労することになる。おそらく今年11月に開催されるInterBEE 2006で大々的にお披露目されるはずであるから、実物をじっくり触ってみた方がいい。

 A1は業務ユーザーにジャストフィット、プロユーザーには破格にリーズナブル、という位置付けのカメラだろう。コンシューマ的な視点では、機能はあきらかにオーバースペックであるが、画質面ではこういうのを待っていたという人も多いことだろう。個人的にはHV10とA1の中間ぐらいでハイエンド・コンシューマ機の登場が待たれるところなのだが、案外そういう中庸なものは思うように売れなかったりする。

 やっぱりA1/G1のように徹底して突き抜けないと、なかなかユーザーの期待に応えられないということなのかもしれない。

□キヤノンのホームページ
http://canon.jp/
□ニュースリリース
http://cweb.canon.jp/newsrelease/2006-07/pr-xh-g1.html
□製品情報
http://cweb.canon.jp/prodv/xhg1/index.html
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050915/canon.htm

(2006年10月25日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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