ドイツ・ベルリンで開催されるIFA 2007を翌日に控えて、8月30日に行なわれたプレスカンファレンスにおいて、ソニーはウォークマンの「Goes OPEN」戦略を発表した。
ウォークマンといえば、近年はMP3やAACへも対応したが、音楽用コーデックにはATRAC系、DRMにはOpenMGと、自社規格を採用する製品、というイメージが強い。 それが、この秋に欧米で発売される新シリーズでは、コーデックにMP3/AAC/WMAを、DRMにはWindows Media Technology(WMT)を採用する形に切り替えた。オンラインミュージックストアの「CONNECT」ビジネスを終了、ジュークボックスソフトとしても、「SonicStage CP」の採用を止め、Windows Media Playerがそのまま使えるようになった。「Goes OPEN」とは、これら業界標準を使う、という方針を指したものである。 だが、日本ではこの方針は採用されない。これまで同様、音楽配信にはATRAC3とOpenMGの組み合わせで、ジュークボックスソフトにはSonicStage CPが使われる。 国内と欧米で戦略が違う理由はなぜか、そしてそもそも、欧米で「Goes OPEN」戦略が採られた理由はなんなのだろうか? 事業責任者である、ソニー 業務執行役員SVP・オーディオ事業本部長の吉岡浩氏に話を聞いた。話題は、「Goes OPEN」のみならず、なにかと注目を集めている「Rolly」、そして「ウォークマン」ブランドのあり方まで及んだ。
■ 「Goes OPEN」でビジネスはスタートラインに -まず、「Goes OPEN」戦略を採った理由をお教え願えますか?
吉岡:難しい技術の側面などもあるのですけれど、基本的には簡単な話です。いままでソニーとして進めてきたものに、お客様にうまく受け入れられていないところがあるので、それを修正しましょう、ということなんです。 DRMの話に行きがちなんですが、もう少し別の見方をすると、そもそもMDがあって、音声圧縮にATRACが使われていました。日本では非常にたくさんお使いいただき、いまでも押し入れにたくさんディスクがある、という方も多いようです。したがってネットジュークで、MDの高速転送ができる、ということが重要な要素なんです。 しかし、日本以外の国ではMDのビジネスが思ったほど広がらなかった。ですから、ATRACというコーデックに対して、親近感といいますか、理解が今ひとつ広がらなかった、ということがあります。日本と海外では相当違います。ソニーとしてはがんばって取り組みましたが、海外では、「CDでいい。より小さいものは必要ない」というのが現実だったのです。 その中で、ウォークマンで進めてきた戦略というのが、ATRACというコーデックを使って、ソニーが独自のDRMを加え、機器に搭載する、という形でした。ですが、それが日本以外では受け入れられていません。それは事実ですから、認めないといけない。 ビジネス的にいえば、ソニーの戦略に無理があった。そう考えるのが普通であろうと思います。そこをもう一回追求するというよりは、お客様が心地よくお使いいただけるような仕組みに変えていこう、というのが基本的な考え方なんです。 裏を返すと、日本では、それ(MDの環境)が根付いているんですね。変えてしまうと、かえって快適でない状況に変わってしまいますから、日本と海外では戦略が違う、と。そういうことになります。 -オープン戦略によって、欧米におけるアップルとの競合に、どのくらいのプラス効果が見込めると考えていらっしゃいますか? 吉岡:少なくとも、いままで「商売がやりにくかった」と言われている部分を直したつもりです。やはりPC用のアプリケーションとして、彼らが使い慣れているもの、例えばWindows Media Playerをそのまま使える、ということが、スタートラインになっているようなのです。そうでないと使いづらい、といわれてきた。 多少遅ればせながらではありますが、ようやく商売としてのスタートラインに立てるようになった、といっていいでしょう。それが今回の大きなテーマです。逆にいえば、これまではその段階にすらなかった、ということなんですが。いろいろ議論はありましたが、まずはスタートラインに立たないとどうしようもない、ということで。 ソニーにとって、ウォークマンのビジネスというのは数字では語れないところがあります。ハートに通じるところがあるんです。ウォークマンそのものをビジネスとして確立していかねばならない、という使命感はあります。 ここで少し、背景に解説を加えておきたい。ソニーとATRACコーデックというと、「MP3を採用せず、自社規格で囲い込みを狙った」という文脈で語られることが多い。もちろん、そのような意図があったことは否定できないが、同社がATRAC系にこだわったのには、別の理由も存在する。 ソニーが、現在ウォークマンで採用している「ATRAC3」を発表したのは、'99年のことである。当時MP3は、再生はともかく、特にエンコーディングでは、それなりのマシンパワーを必要とした。CDからの高速ダビングを、パソコンでなく家電機器で実現するには、MP3よりも処理負荷の低いコーデックが必要であった。コンポなど、パソコン以外での利用も視野においていたソニーは、再生時間を長くし、性能の低い家電機器で扱いやすいコーデックとして、ATRAC3を提案する必要があったわけだ。問題は、それがDRMである「OpenMG」とセットになり、パソコン上では使いづらい形で提供された結果、市場で支持を得られなかった、ということである。
■ OpenMG系とWMT系の「同居」は困難 -ではなぜ、日本語版でWMTに対応しなかったのでしょうか? 吉岡:それには、技術的な理由があります。私も最初、「国内は両方対応にすればいいのでは」と思っていましたが、技術的に、ATRACをベースとした商品のソフトウエア・アーキテクチャと、それ以外をベースとしたアーキテクチャとでは、設計思想が相当違っています。そのため、両方に対応させるのが非常に難しいのです。 -同じAシリーズでも、日本のものとヨーロッパのものとでは、かなり違うわけですか? 吉岡:ハードウエア的には同じなのですが、内部のソフトウエアの仕組みは、かなり根本的に違いますね。ATRAC3というのは、できるだけハードウエア側の消費電力を少なくする、という設計になっています。Windows Mediaは元々パソコンで使うことを前提に開発されているので、パワーを食います。 設計思想の違うものを、1つのデバイスで共存させようとすると、相当無理が出てきます。共存が「不可能」というつもりはないですが、現時点では、私たちとしては難しい、と思っています。 もうひとつ挙げると、日本ではWindows Media系の楽曲販売サービスが限られていて、両方をサポートすることによってお客様が混乱する可能性を考えると、あまり意義を感じていない、というところもあります。 -確かに、日本では、iTunes Storeを除けば、Moraが中心になってくると思います。ですが、Napsterのような定額系サービスに魅力を感じていらっしゃる方もいる。「アップル以外を選ぶ」理由として、定額系サービスを挙げる方もいるほどです。そういった声は少ないと? 吉岡:そうです。Moraなどを利用している方からの声の方が、圧倒的に多いです。もちろん、技術的にDRMの共存、という形が必要とされていることは理解しています。共存ができれば、どちらのお客様にも満足していただけるものができあがるわけですから。ただ、技術的には非常に難しい。今後の話ですから、いつかは技術的に実現できるでしょう。 とはいうものの、ビジネス上、そういう製品を出すか、ということは、また別の話です。ニーズの問題もありますし。 -SonicStageを使う国、というのは日本だけになるわけですよね。すると、市場が小さくなった結果、ソフトウエア開発にかけられる予算もとりづらくなるのでは、と感じるのですが。そういった観点で、今回のニュースから、SonicStageの将来性に不安を感じた方もいるのではないか、と思うのですが。 吉岡:継続的に、日本向けのサポートを続けていきます。もちろん。逆にいうと、海外向けのサポートに、非常にコストがかかっていました。 -ということは、日本だけで使われるソフトになっても、開発体制などに、大きな変更はないということですか? 吉岡:そうです。むしろ、日本国内でウォークマンのシェアは増えていますから、日本国内向けのラインナップや開発体制というのは、どんどん増えていく傾向にありますね。
-日本と海外の商品の内容が、大きく変わってくることになりますね。 吉岡:新製品の「NW-A910」はまさにそうですね。これはワンセグを使っているので、日本でしか売れませんから(笑)。 -ということは、日本市場向けに、それだけコストをかけても大丈夫だ、という判断をなされている、ということでしょうか。これまでデジタルAV機器は、価格競争が激しく、グローバル化によるコスト圧縮を、という流れが激しかったわけですが。 吉岡:誤解されるといけないのですが……。日本向けの製品と海外向けの製品では、外から見ると大きく違うものであっても、内部のプラットフォームとしては共通化を図ります。できるだけ共通のプラットフォームを作って、コスト圧縮を図った上で、ある程度のカスタマイゼーションは必要になってきます。 それがなくて売れるなら、それがベストです。ただ、現在の携帯電話の世界を見ても、カスタマイズを行なっていない製品でないと売れなくなってきています。あまりやらなくてもいいのはノキアぐらいのもの。そのノキアですら、最近はカスタマイズをしはじめています。どんどんお客様の趣向は多様化していますから、いかにコストをかけない状態でカスタマイズができるか、というのが、我々の力なんですよ。楽じゃないですけれどね。 -カスタマイズの一つが、日本市場でのATRAC3への対応、といった感じですか? 吉岡:そうです。それに、ワンセグの搭載とか。 -A910シリーズのような、SonicStageを使う製品を売る一方で、SonicStageを使わず、ドラッグ&ドロップでMP3ファイルをコピーして再生する「NWD-B103F」のような製品もあります。どのような理由から行なっていることなんですか? 吉岡:どの商品をどのマーケットに導入するかは、厳密なグランドプランを描いた上で決定しています。 アメリカや日本では、この種のDRMコンテンツを扱わず、安価ないわゆる「MP3プレーヤー」は、すでにほとんど市場がありません。しかし、中国やラテンアメリカ、意外にもヨーロッパでは、そういった製品へのニーズも大きいんです。なかにはドイツのように、市場の5割がそういったプレーヤー、といった国もあります。そういった市場に対応するには、高度な機能は持たないが安い、という製品も必要になります。 たとえば、ラテンアメリカは、ソニーのブランド力が非常に高くて、大切なマーケットの一つです。そういったマーケットには、特別な製品も投入しています。例えば、見た目は大型のステレオコンポなのですが、CDからMP3へのリッピング機能を持っていて、安価なMP3プレーヤーへと楽曲を転送できる、という商品も提案しています。そういう風に、世界中のマップを描きながら、投入する商品を決めているわけです。
■ 理想は「マルチコーデック・マルチDRM」 -DRMは、今後どうなると見ていますか? 日本だけ独自のまま進むのか、それともグローバルスタンダードにあわせる形になるのか。また、DRMをかけない、という動きも出始めていますが……。 吉岡:DRMについては、本来お客様側からはわからないものである、というのがあるべき姿でしょう。DRMが先にあって、それで色々なビジネスを決めてしまう、というあり方には少々違和感があります。本当の姿でいえば、お客様にはわからないように存在すべきものである、というところでしょう。 そこを考えていかないと間違えてしまいます。例えば、我々はOpenMGというDRMを持っていますが、それを戦略の軸に据えたところで、お客様からはわからない、理解してもらえないわけで、間違った戦略になります。 -ただ、OpenMGを日本で使い続けていくことは、マイナスになる可能性もありますよね。アップルがあれだけ攻勢を強めている現状では、アップルのFairplayを使っていることが先進的と見られる可能性もある。また、海外から入ってくる、WMTを使った製品が魅力的であると、「OpenMGを使っている」ことが古いもの、であるように思われる可能性もあります。そのあたりの兼ね合いはどうですか? 吉岡:そこは非常にクリアです。今日の時点で、日本のマーケットでいえば、(PC経由の音楽配信の場合)アップルのFairplayを使ったものか、ソニーのOpenMGを使ったものかがマジョリティでです。両方をあわせると、たぶん100%とはいかなくても、95%とかそのくらいになるでしょう。Fairplayを我々が使う、ということはありませんので、実際のところ、チョイスがないんですよ。他に「Napsterが使いたい」といったニーズもあるでしょうが、あまり声が聞こえてこない。 これが3年後、5年後に、私たちの知らないDRMが持ち込まれてきて、日本の大半のお客様がそれを使いたい、ということになるのならば、私たちもそれを使うことを前提で動きます。 我々は、できるだけDRMをお客様から見えないところで使いたい。それで製品を選ぶ、というようなことはさせたくないんです。いいハードウエア、仕組みを提供する、というのが、我々の責務ですので、そのあたりは非常にフレキシブルに考えたい、と思っています。 とはいえ、現時点ではチョイスは他にないです。チョイスがない、というとネガティブに聞こえますが、これをお客様が楽しんでいただいている、それに対してハードウエアを提供している、ということです。 -DRMが無くなるという方向性についてはどうですか? 現在、「DRMを使わないことが先進的である」とする流れもありますが。 吉岡:そこは、我々では決められません。コンテンツを扱われる方々が決めることですから。私たちからなにかを仕掛けるとか、働きかける、ということはないです。 -ソニーグループの中には、SPEやSMEのように、コンテンツを持っていて、DRMを要求する側の企業もいます。そういったグループ企業から、ウォークマンで採用するDRMについて、なにか要求がなされることはないのですか? 以前のソニーだったら、そこで一体となったビジネスを行ない、影響力を強めあうような戦略を採っていたと思うのですが。 吉岡:一言で答えるのはなかなか難しいのですが……。少なくとも日本に関しては、先に述べたような理由から、DRMを変更する必要性、必然性がありません。海外については、むしろ率直にいってほとんどアップルに牛耳られているような状態。我々が特別な戦略をもっていく、というようなことはないです。 デジタル技術の世界が始まるころであれば、色々と手がうちやすいのですが、今はすでにできあがりつつあります。海外でいえば、アップルにWindows Media系、あとはノンDRM。日本では、やはりアップルとOpenMG。もう、それを我々が動かせる状態ではないと思います。 -コーデックはどうですか? プレーヤーへの楽曲データのポータビリティを考え、MP3やAACを使われる方が増えていますが。 吉岡:このあたりは、元々ウォークマンはATRACにしか対応していませんでしたが、1年少々前くらいから、アップル製品をお使いの方がウォークマンに移行したい、というお声が増えたので、対応しています。ウォークマンもマルチコーデック対応したほうが便利なので、増やしてきている、というのが現状です。これはまさに、お客様からの声が変えていく直接的な理由ですね。 要は、お客様が機器をより楽しんでいただけるようにする、というのが一貫した姿勢、ということになります。 -「Goes Open」という言葉が、わかりやすいだけに、一人歩きしているところもあります。逆にいえば、「日本はOpenじゃない」と思われてしまいやすい。 吉岡:そういう意味では、「Open」というのは誤解しやすい言葉なんですよ。じゃあ、アップルはどうかというと、Openでもなんでもないじゃないですか。 なんとなく、ソニーがもっていた閉鎖性と、コーデックやDRMの選択という話が、ゴチャゴチャになって語られてしまっている。だから、今回のことは一般に「オープン戦略」という言い方をされていますけれど、私としては、お客様の利便性を一番にしている、という言い方をしています。オープンにすることが目的というよりは、お客様の利便性をあげるにはどうしたら一番いいか、ということを考えた結果です。 -これからの方向性として、マルチDRMはあるべき姿だと思っているのですが、技術的に指向しようと考えていらっしゃいますか? 吉岡:考えています。商品導入の予定などはまだないですが、長い目で見ると、DRMで閉じられてしまうのが非常に使いづらいだろう、と思います。ただこれは、ハードウエアの開発なしには解決できません。消費電力やレスポンスの面であるとか。すぐにできるとは思っていません。その前に、DRMフリーになるコンテンツも出てくるでしょう。ただ、すべてのコンテンツがDRMフリーになるとも思えない。DRMフリーがあり、あるDRMがあり……と、色々なものが混在することになると思っています。 そうすると、おそらくお客様に一番利便性が高いのは、どんなDRMがきても、極論すればFairplayがきても、お客さんからは見えなくて、ちゃんと音楽が聴ける、ということが一番大切ですね。 いま私が申し上げたのは理想論なんですけれど、そういった方向性にある程度していかないといけないな、という感覚はあります。 -例えば、WMTに対応したヨーロッパ向けの製品との間では、バッテリ持続時間に差がかなりあるわけですか? 吉岡:もちろん差があるのは事実ですが、一番困難なのは、両方を共存させることなんです。共存が一番理想的で利便性は高いですが、ハードウエア負荷がまだ高い。技術的な問題が大きいですし、その上、市場的にも大きな意味があるとは思えない、ということです。 -例えばですけれど、ユーザー側で「ATRACベース」と「WMTベース」のファームウエアを、選択して使えるようにすることはできないのですか? 吉岡:その可能性は、エンジニアにきいてみないとわからないですね。少なくとも、そういう計画はいまのところないです。そういう声があまり聞こえてきていないので、必然性を理解していない、というのが正直なところです。
■ 「Rolly」はソニーらしさへのチャレンジ
-オーディオ機器としての市場を広げるという意味では、「Rolly」のような製品への取り組みが注目されます。「まさかそこを突いてくるか」と思うくらい、意外なところへの取り組みだった、というのが正直な感想です。言葉は悪いですが、ああいった「博打」的な商品への取り組みが、今のソニーでは許されるんでしょうか? 逆にいえば、「出すとしたらソニーくらいしかないだろう」という気もしますが……。製品化する上で、社内でどのような議論が行なわれたのですか? 吉岡:確かに、そうですね(笑)。だいたい、ご想像されるような議論は出ましたよ。果たしてこれが商売になるのか、どこまでいけるのか、といったような話は出ました。-「やろう」という話は、満場一致で決まったんですか? それとも、誰かに説得される形でゴーが出たんですか? 吉岡:まあ要するに、私がやりたかった、ということです。 確かに、商売のサイズであるとか、よくわからないところはあります。でも、商品、面白いですよね? 実際に発売させていただいて、フィードバックを聞いていると、やっぱり「ソニーらしさがある」というお声はいただいています。 Rollyのビジネスそのものがどれくらい大きくなるか、ということよりも、チャレンジする気持ちのようなものが大事かな、と思います。ああいう商品がちゃんとやっていける余裕がある。そこをちゃんと見せたかった、というのが本音なんですよ。それは、社内的にも、お客様へのアピールという点でも、です。 -確かに、「オーディオ商品」といった時に、ここ数年、提供形態や形状が硬直化していたような気がします。 吉岡:先日開催した「ディーラーコンベンション」、見ていただけましたか? あの場所であれほどオーディオ商品をたくさん並べたのは、歴史的に見てもはじめてなんですよ。インタビューでは、必ず「iPodとウォークマン」みたいな話になりますが、実はソニーが持っているオーディオ商品群というのはあんなに広くて、その総合力でビジネスをしようとしているんです。総合力の中に、本物のハイファイコンポーネントもあれば、Rollyのようなユニークなものもある。もちろん、ウォークマンもヘッドホンもある。それが全部あることがソニーの力ですよ、ということをお見せしたかったんです。 新しい試みというのは、そういう全体像の一つとして、何パーセントかのお金を使っていく必要性があるだろう、と。そういうメッセージです。 -そのあたり、他のオーディオメーカーにはない姿勢ですね。正直、オーディオ商品は大きなお金にならない。だから、ジャンルを限定してシュアなビジネスを、という話になりがちです。 吉岡:これは少々手前味噌に聞こえるかも知れませんが……。私がこのジャンルを担当しはじめて2年弱になりますが、その間にオーディオ全体を一つの組織にして、全世界のオーディオのビジネスを全部見ながら、バランスをとっていった結果、全体が上向いているんですよ。去年に比べても、この上期の売上もだいぶ増えると予想しています。-どこが伸びているんですか? 吉岡:全般です。どこかだけが伸びている、というわけではなく、いろんな商品が売れるようになってきました。ウォークマンもそうですが、ネットジュークにヘッドホン、ハイエンドオーディオ……。国別で見ても、日本、アメリカ、ヨーロッパ、ラテンアメリカ……。それぞれ、少しずつですが着実に伸びています。 だから、総合力をいかに発揮するかですね、そういう作戦が功を奏したのか、メッセージがわかりやすくなって、全般的に商品が売れ始めている、というところです。総合力が発揮しやすくなってきたのかな、と思います。
-ソニー全体の戦略として「ソニー・ユナイテッド」と言われていますが、オーディオ部隊では、そういった「一体となったビジネス展開」がうまくいきはじめている、ということですか。 吉岡:そうでしょうね。社内的には、「オーディオ・ユナイテッド」というかけ声でやっています。ソニー全体もそうですが、お膝元のオーディオだけでも、総合的な力を発揮し、シナジーを出せることがたくさんありますので。 そういう成果が出始めると、改めてチャレンジをしたくなってくる、ということです。ソニーで働いている人のほとんどは、ああいう、Rollyみたいなことをやってみたい、と考えて入ってきている人ですからね。売れようが売れまいが、みたいな(笑)。 -試みとしてのRollyの手応えはどうです? 吉岡:「久々のソニーらしい商品だな」といっていただけている感じですね。こちらが思ったほど値段のことを言われていないんです。 実は価格付けで一番苦労したんですよ。もっと安くしようと思うといくらでもできるんですけれど、そうすると、動きが単調になったり、音が悪くなったりしてしまう。単なるつまらないスピーカーになってしまうわけです。あの商品の面白さ、良さを出そうと思うと、今の値付けくらいになってしまうんです。「あれで大丈夫かな……」と思ってだしたんですが、思ったより価格に対するお話はいただいていません。 「高い!」という反応よりも、むしろ「面白い!」という反応をいただいていますね。
発表イベントをあるホテルで開いたんですが、そこにいらした方の目が、みんな輝いているのがすごく印象的でした。そういう、お客様の目が輝くような商品というのは、なかなかない。私の経験でいうと、携帯電話に「SO505i」という製品があったのですが、あれくらいですね。 SO505iも、本当のことを言うと、どれだけ売れるかさっぱりわからなかったんです。元々のデザインコンセプトはもっと薄くてかっこよかったのが、作っているうちに太ってきてしまって。これで本当に売れるんだろうか? と心配でした。「回転式のオープンスタイルは新しい」と言っていただけたんですが、1年近くずっと作っていると、自分たちでは新しさが薄れてくるので、どう受け止められてもらえるのか、すごく不安でしたね。 でも、みんなが「やりたい」と考えるものを作った結果がヒットや評価につながっているわけです。やりたいと思うことと、売れることというのは違うわけですが、やっぱりチャレンジはしていかないといけない。どこでヒットに結びつくかわかりませんから。 チャレンジばかりをやってもしょうがないんですけれど、何パーセントかはやらないといけない。仮にRollyがうまくいかなくても、それはまた別の話です。またどこかで、ウォークマンのように大ヒットするものが出てくるかも知れませんからね。
アップルとの対決ばかりやっていても、「同じものばかり作っている」ことになってしまいますから。 -私の印象では、ウォークマンはこのところ、コンサバといいますか、「洗練する」という方向性の商品が多いように思います。一方、ヘッドホンやスピーカーでは、すごく挑戦している製品が多いですね。例えば、パーソナルフィールドスピーカー「PFR-V1」などは、「よくぞこんな商品を出したものだ」と思うくらい、斬新なものです。 吉岡:あと、透明なポール状無指向性スピーカー(ディーラーコンベンションで参考展示されたもの。商品化は未定)なんかもそうじゃないですか? あれも、どのくらい売れるのかさっぱりわからないんですが。 我々の元には技術はあります。せっかく持っている技術なんで、世に出してみたい、と。一応、赤字にならないように工夫はするんですけれど、まあ、トライしてみないことには。
□関連記事 ■ ウォークマン」ブランドを救った「ウォークマン携帯」の成功 -欧米において、iPod以降、「ウォークマン」というブランドが古くさいもの、と見られるようになっている、と聞いています。そこで一時期、ベガをブラビアに変えたように、新しいオーディオブランドを立ち上げる話があった、とうかがっています。結局、現在もウォークマンはウォークマンであるわけですが、そうなっている背景をお教えいただけますか。 吉岡:確かにそうです。私がソニーエリクソンで、GSM圏の携帯電話を手がけているときに、同じような議論がありました。携帯電話に音楽機能を入れていく中で、どういう表現でそれを伝えようか、という話をしていました。ある人が、「ウォークマンというブランドを借りよう」という話をし始めたわけですが、内部でも、それは古くさいのでは、という議論がありました。 そこでユーザー調査をやりました。答えは内部での議論と同じで、ある国では大丈夫なのだけれど、別の国では古くさい、と。ずいぶん議論しましたが、結論としては、そうはいってもこの商品に「ウォークマン」という名前をつければ、なにをしようとしているのかわかりやすい、という話になった。それで、「ウォークマン携帯」というブランド名を使ったのですが、結局大ヒットし、ソニーエリクソンという会社が立ち直るきっかけになりました。 そこで我々が理解したのは、どんなことがあっても、商品が良ければブランドは見直される、ということです。あれだけのお金を使って構築した「ウォークマン」というブランドを使わない手はない。新しいブランドを作ると、また一からそれをやらなくてはならない。 もちろん、新しいブランドでもやりようはあります。でも、ソニーエリクソンの場合には、もう一度「ウォークマンというブランド」を使ってみて、過去の投資が非常に生きたわけです。 私がこちらに帰ってきて、オーディオ部隊に入った時に、「Connect」というブランドも存在したわけですが、実際のマーケットを見ると、Connectはあるしウォークマンはあるし……ということで、こんがらがってしまっていました。そこで、とにかく「全部ウォークマンに戻そう」、ということで、集中させていったのです。 国内でいうと、「ウォークマン」に対する印象というのは、ずいぶん変わってきて、良くなってきているように思いますね。商品が良くなれば、ブランドの見方もどんどん変わってくるものだと思います。将来はどうなるかわかりませんが、今は、「ウォークマン」というブランドを追求していきたい、というのが方針です。 もし、「ウォークマン携帯」がうまくいっていなかったら、今頃ブランド戦略は違っていたかも知れませんね。要は、ウォークマン携帯からの経験則なので(笑)。 -日本国内で、ウォークマンブランド復活の手応えはありますか? 吉岡:私自身としては、お店などを回って見る限りにおいて、そういう手応えを感じていますが。ただ、こればかりは、あまりデータになるようなものではないので……。 そのためになにをやったかといいますと、大きなお店などで、「ウォークマン」コーナーをきちっと作っていただくようにしました。もう1年くらいそれを続けていますが、同じ色にコーナーを統一して、アクセサリーまで同じ場所に置く。ソニーがいかにたくさんの商品を出していて、広い世界を作っているか、そういうことを見せる必要がありますから。 いままでだと、お店のいろんなところに点在していて、総合力があるのかないのかさっぱりわからなかった。やっぱり、ブランドの力を見せるには、見せ方も考えないといけないわけです。 私が思うに、「ウォークマン」というブランドには、まだ相当の価値があると考えています。一番イヤなのは、「MP3プレーヤー」と呼ばれることなんです。どこに行っても一般名詞になってしまっている。 本当は、それが「ウォークマンですよ」といわれるようにすべきだったはず。MP3プレーヤーのコーナーに、一商品としてウォークマンが置かれているのを見ると、情けなくなります。それは、MP3プレーヤーが発展してきた時期に、ウォークマンのブランド力を生かすことができず、ビジネスができなかったから。プロダクトカテゴリーの名前になれなかったことは、非常にもったいないことをしたな、と感じています。 □ソニーのホームページ (2007年10月11日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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