■ 久しぶりにTVアニメのBDビデオ化
Blu-ray Discビデオを見てみると、2007年は洋画の人気シリーズが充実。アニメもバンダイビジュアルやディズニーが中心となり、劇場用作品のBDビデオ化が相次いだ。だが、テレビアニメのBDビデオ化は、2006年12月の「AIR」以降、ネットアニメ「FLAG」の総集編「FLAG Director's Edition 一千万のクフラの記録」が発売された程度で、後が続かなかった。 そんな中、2008年1月に発売されるのが、テレビアニメ「うたわれるもの」全26話を4枚にまとめたBOX「うたわれるもの Blu-ray Disc BOX」だ。こうしてテレビシリーズのBDビデオがリリースされると、次世代ディスクが身近になった感じがして嬉しくなってしまう。 なお、今回は編集スタッフが自腹を切るいつもの「買っとけ」と趣向が異なり、発売前にテストディスクをお借りすることができたため、特別先行レビューとしてお届けしたい。 その前に、「うたわれるもの」の概要を簡単に説明しよう。元々は、2002年にLeaf(株式会社アクアプラス)がリリースしたPC向けのアダルトゲームで、その後2006年4月にアニメ化。さらに、同年10月にはプレイステーション2版ゲームもリリース。コミックやドラマCDも発売されるなど、メディアミックス化を続けている。 Leafは「雫」、「痕」、「To Heart」などを手掛けるアダルトゲーム界の人気ブランドで、性的描写よりも感動的なシナリオでプレーヤーを泣かせる作品が多いことから、“泣きゲー”の代表格とも言われている。 「うたわれるもの」も例に漏れず、壮大かつ感動的なシナリオが特徴で、エッチな描写を省いても十分作品として通用することから、PS2ゲームやアニメ化が実現したというわけだ。そういった意味では、以前レビューした「AIR」と良く似た展開である。 BDビデオ的に「AIR」と異なる点は、SD解像度のマスターを、独自にアップコンバート処理をしてBDビデオ化した「AIR」に対し、「うたわれ」はそもそもがHDマスターであること。BD化にあたっては、そのHDオリジナルマスターを使用しているので、クオリティにも注目したいところだ。
■ これぞアニメの大河ドラマ
大怪我をして倒れていた青年は、エルルゥと言う少女に助けられる。彼は自分の名前も含め、記憶を失っており、その顔には何故か外すことができない仮面が付いていた。一方、彼を助けてくれたエルルゥや、村の人々は皆、動物の耳や尻尾などが生えている“亜人間”だった。青年は仮面以外は普通の人間であったが、この世界では彼の方が異質な存在だったのだ。 エルルゥとその妹アルルゥ、2人の親代わりの祖母・トゥスクルに助けられ、共に暮らすことになった青年は、トゥスクルから「ハクオロ」という名を贈られる。ハクオロは何故か農業や科学に関する豊富な知識と、戦術、確かな統率力を持っており、村に危機が訪れるたび、率先してこれを克服。村人の信頼を集めていく。 そんな折、藩主の重税に反発したことから、村長であるトゥスクルが殺害されてしまう。エルルゥとアルルゥを守るため、トゥスクルに代わって人々を率いるハクオロは、王国の圧政に立ち向かい、決起。数々の戦いに打ち勝ちながら、新たな国家・トゥスクルを打ち立てる。だがそれは、多くの国家が覇権を巡る、未曾有の戦乱の始まりに過ぎなかった……。 舞台は産業革命以前。農耕が主労働であり、武器は剣や弓がメインだ。周囲の人々を守りたいと行動を起こすハクオロだが、守る範囲が家族、村、国と大きくなるにつれ、逆にその存在自体が他国から驚異と見なされ、侵略などの新たな火種を生むことになる。戦国時代劇にも通じる、王道的な物語展開だ。規模の小さいハクオロの国が、知力を尽くして大国に打ち勝つ物語と、理念と現実のギャップで苦悩するハクオロが、作品の中心軸になっている。 最大の特徴は「いつの時代かわからない」こと。国名や人の名前などに、「オンカミヤムカイ」とか「オリカカン」、「ムティカパ」など、一回聞いただけでは覚えられない言葉が大量に出てくる。語感からするとアイヌ語のようにも聞こえるので、「昔の北海道あたりの話かな」と考えるが、昔だからと言って人間に動物の耳やしっぽが生えているはずもない。 文明レベルが低い時代なんだと思いながら鑑賞していると、途中で巨大ロボのようなものも出てくる。「ファンタジーだからどうでもいいか」と割り切っていると、今度は「あれ?」と首を傾げる近未来的なシーンも挿入される。戦乱の物語が展開する裏側で、そもそもいつの時代の話なのか? 亜人間とは何なのか? ハクオロの正体は何なのか? というミステリー的な要素も加わってくる。これが、ストーリーに深みを与えると同時に、その答えが示される感動&絶句のラストへと繋がることになる。「泣きゲー」の本領発揮というわけだ。 PC版ゲームをプレイしたのは随分前だが、分岐も含めると膨大になる原作ストーリーを、アニメは上手く取捨選択している。映像化されると原作ファンは不満を漏らすものだが、個人的には大満足で、変更された設定もそれほど気にならない。時間と労力がかかる大規模な合戦シーンも、テレビアニメながら果敢にチャレンジしており、2クールの話数と相まって“大作感”たっぷり。「アニメの大河ドラマ」と言っても過言ではないだろう。 派手な戦闘シーンに目が行きがちだが、キャラクター達の日常を細やかに描写する演出にも、手を抜いていない。食べ物の調達方法や、生活の根底に流れる宗教観、そして恋愛など。戦乱の合間の清涼剤であると同時に、キャラクター達に命を与える役目も果たしている。ハクオロを慕って集まるキャラクターは個性的な面々ばかり。魅力的な女性キャラが多目なのは、美少女ゲームが原作である以上、必然だ。 個人的に嬉しかったのは、主人公であるハクオロが“良い男”な点。最近乱造されている萌えアニメでは、何の取り柄もない高校生が異常にモテてハーレム完成パターンが多いが、ハクオロはそうした主人公よりも精神的に大人で、ヒロイン達の相手役と言うよりも、父親のようなポジションに立つ事すらある。彼女達を守るにはどうすればいいのか? それをしっかりと考え、行動する。女性達が好意を寄せるに値する人物だからこそ、戦乱ドラマに負けない、筋の通った恋愛物語が楽しめるというわけだ。 また、声優陣の素晴らしい演技も忘れてはならない。ハクオロ役の小山力也氏は、大ヒットドラマ「24」のジャック・バウアーの声と言えばわかるだろう。凄みを感じる渋いトーンでありながら、声の表情も豊かで、ハクオロの苦悩が良く表現されている。他にも、柚木涼香、大原さやか、浪川大輔、小山剛志、田中敦子と、人気・実力ともにハイレベルな声優陣が並ぶ。 オススメは、アルルゥ役の天才声優(と個人的に思っている)沢城みゆきの演技。アルルゥは「うー」とか「やだ」とか、ほんの一言喋る妹キャラなのだが、その一言が実に多彩で表情豊か。彼女の声が引き金となり、鑑賞中に何度も涙がこぼれてしまった。
■ MPEG-2だが画質に不満は無し 4枚のディスクはいずれも片面2層で、1枚に6~7話を収録。映像フォーマットはMPEG-2で、1080i収録。鑑賞中にPS3でビットレートをチェックすると、会話シーンなどでは23~25Mbps。合戦シーンでは39Mbps程度で、そこにスクロールが加わると41Mbps程度まで跳ね上がる。動きの激しいシーンでも破綻は無く、輪郭線はクリア。色純度も高く、目の覚めるような高画質。アプコン作品のようなジャギーも見られない。「これが本当の“うたわれ”か」と唸ってしまった。 劇場用アニメと比べると確かに映像の情報量は少なく、中盤には作画クオリティが若干低下する部分もある。映像的な斬新さも少ないが、総じて丁寧に描かれているため、HDで観賞するに足る品質は維持している。 逆にキャラクターの眉毛や服の模様などで、クリア過ぎて線の凹凸が強調されてしまうシーンもある。テレビ側でコントラストを下げたり、シネマモードを選ぶなどすると、落ち着いた映像で楽しめるだろう。細かく見ると、オープニングのスタッフ名の周囲や、遠景のキャラクターの周囲にモスキートノイズが乗るシーンも見られたが、鑑賞中に気になるほどではない。 DVDビデオ版もクリアかつ発色の良いディスクだったが、BDビデオ版との解像度の違いはやはり大きい。引きのアングルの合戦シーンでは小さな兵士の動きまで確認でき、会議シーンでは奥に座るキャラクターの髪型も潰れずに描写され、情報量の増加が臨場感の向上に寄与している。 音声は、日本語がリニアPCMのステレオ。さらに、海外向けDVD用に作られた、5.1chの英語音声も収めているのが、DVD版には無いポイント。さっそく聞いてみたが、和風な映像に英語で「ハクオロ」とか、「オンビタイカヤン」のような言葉が混じると、どの国のアニメを見ているのかわからなくなって面白い。驚かされたのは声優陣の声で、日本の声優とかなり似ており、ハクオロの渋さや、クロウの骨太さなどもきっちり声で表現されている。 さらに嬉しいのは、英語音声は5.1chサラウンドになっていること。2chと比べると合戦シーンの臨場感に歴然とした差が出る。オープニング曲「夢想歌」は日本語のまま5.1ch化されており、包囲感が心地良い。できれば日本語も5.1ch化して収録して欲しかった。 サラウンドの音場で1点気になったのは会話シーン。ハクオロ達が作戦を練っている時などに、空間の広さを出すために声に微妙にエコーがかかっているのだが、この響きが硬質なのだ。神殿や洞窟などではそれでもかまわないのだが、見るからに木造建築の和風の部屋で話し合っているのに体育館のようなエコーが付いており、若干違和感を感じてしまった。
■ ショートエピソードもHD収録
既発売DVD-BOXに収録された「ショートエピソード」や「解説ムービー」、「エクストラトレーラー」などの特典も、BDビデオ本編ディスクに収録。もちろんショートエピソードも1080i収録だ。ショートエピソードは「エルルゥの目を盗んでつまみ食いするハクオロ」など、肩の力が抜けた物語が多く、気楽に楽しめる。 女性陣の入浴シーンも盛り込まれたショート第2話もHD収録。しかも同話のノンテロップエンディングもご丁寧にHD収録されており、「わかってらっしゃる」と頷きながら観賞した。キャラクターによる掛け合いも楽しい解説ムービーは、「主食のモロロとはどんな植物?」とか「ハクオロが畑に蒔いていたものは?」など、作品の細かい設定が語られて興味深い。物語が複雑化する中盤以降はストーリー解説も行なわれており、理解の手助けになるだろう。 興味深いという点では、付属のオールカラーブックレットの内容も充実。DVDに封入されたブックレットを再構成したもので、スタッフやキャストへのインタビューや、設定資料などで構成されている。 大勢の兵士が入り乱れる合戦シーンは、手描きすると時間や労力が膨大にかかるため、「うたわれ」では3DCGでモブの兵士を描写しているのだが、そのCGと2Dアニメの質感の統一などの苦労話が面白い。BDビデオではDVDよりも解像度が上がっているため、背後のCG兵士も見分けやすくなっており、こういう点を意識して見返すのも面白いだろう。 音響監督・明田川氏へのインタビューでは、豪華な声優キャスティングに込めた思いが語られている。特に劇団所属の小山力也氏の起用が、アフレコ現場の緊張感を高める良い影響があったという。アイドル化が進む現在の声優界では、若手のみが集まるアフレコ現場も多く、“ベテランが若手を引っ張り、全体のレベルが向上する”構図が崩れているという。現在の声優界が抱える問題が透けて見えるようで、深い話である。
■ 今後のアニメのビジネスモデル ストーリーよりもキャラクターに重きが置かれる現在のアニメは、キャラクターが気に入らないと継続的に観賞したくなくなる。映像は斬新だが中身の無い実験的なアニメも同様だ。その点、「うたわれ」は、筋の通った密度の濃い物語と、魅力的なキャラクターを両立させており、幅広い層の人にお勧めできる。鑑賞後には長編映画やNHKの大河ドラマを見終えたような充足感を感じることだろう。 52,500円という価格は、ディスク1枚13,125円ということであり、バンダイビジュアルの劇場用アニメよりも高価だ。しかし、amazon.co.jpでは、12月25日現在38,850円で予約を受け付けており、1枚1万円を切る、「これならなんとか」という価格にはなっている。特典映像などはDVD-BOXと同じなため、DVD版を既にそろえた人には厳しい出費だが、BDビデオ版の映像を見てしまうと「これしかないでしょ」という気持ちになるだろう。DVD版をまだ購入していない場合は、問答無用でBD-BOXをお勧めしたい。 ちなみに、この作品を語る上で外せないのが「うたわれるものらじお」というインターネットラジオ。ハクオロ役の小山力也とエルルゥ役の柚木涼香がパーソナリティーなのだが、作品同様、私生活でも小山氏に恋する柚木さんが、番組中にギャグではなく、本気で彼を口説き続けるという前代未聞の内容が大きな話題を集め、配信サーバーがダウンするほどの人気番組に成長。 共演の女性声優がゲストに来るとあからさまに不機嫌になったり、「ゆずちゃん」と呼んでもらえるまで食い下がるなど、暴走気味の柚木さんと、照れ屋な小山氏のしどろもどろな対応がまさにアニメそのまま。リスナーが床を転げまわってしまうくらい恥ずかしい内容で、同番組から生まれたCDがオリコン10位(ウィークリー16位)になるなど、凄い現象も起きている(ラジオのMP3ファイルを収録したラジオCDが発売中)。 今回のBD-BOXの丁寧な作りや、こうしたラジオにまつわる動きを見ていると、出演声優やスタッフが、この作品を大切にしている事が伝わって来る。料理と同じで、愛のこもっていない作品は美味しくないもの。放送終了後も人気が衰えず、こうしてBD-BOXが発売されるのも、それを感じ取ったファンがいたからこその展開だろう。ちなみに、OVA化も決定したとのこと。こちらのBDビデオ化にも今から期待したい。 ほかにも、「うたわれるものらじお」と「Radio ToHeart2」が合同で開催したステージイベントも、フィックスレコードから11月28日にBDビデオ(KIXM-1002/3,980円)化。主題歌を歌うSuaraのライヴBD(KIXM-1001/3,980円)も、同日にリリースされている。「うたわれ」は、本編や関連作品が全て次世代ディスクで供給されるという、近い将来のアニメ業界のビジネスモデルの先例とも言えるだろう。
http://www.imagica-imageworks.jp/ □アニメの公式サイト http://www.utaware.net/ □関連記事 【Blu-ray/HD DVD発売日一覧】 http://av.watch.impress.co.jp/docs/bdhdship/ 【10月22日】アニメ「うたわれるもの」が'08年1月Blu-ray BOX化 -「HDマスターのTVアニメとして初」。特典もHD収録 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20071022/imagica.htm 【9月14日】「うたわれ」と「ToHeart2」の合同イベントがBlu-rayで発売 -BD版には小山力也&柚木涼香のコメンタリーを収録 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070914/fix.htm 【8月17日】アニメ「うたわれるもの」がBlu-ray Disc BOX化 -夏コミで発表。HDオリジナルマスター使用 http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070817/utaware.htm 【7月13日】Suaraのライヴが秋にBlu-rayとDVDで発売 -「うたわれるものらじお」でもお馴染み http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070713/fix.htm
(2007年12月25日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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