■ 何を買おうか迷った7月25日
今回紹介するのも、そんな25日にリリースされたばかりの「時をかける少女」Blu-ray版。DVDのリリースは2007年の4月であり、約1年3カ月経ってのBD化となる。DVD版このコーナーでレビューしたが、“次世代DVD版に期待”という締めで終わらせたこともあり、今回のBD版リリースは“待ってました”という心境。もっとも、最近リリースされる新作DVDはすべからく“Blu-ray版に期待”なのだけれど……。ともあれ、夏本番を目前に控えたリリース時期は、夏を舞台にしたこの作品にはピッタリだろう。 一方でこの作品、リリース直前とも言える7月19日にフジテレビの土曜プレミアムでハイビジョン放送されたので“テレビで観た&録画したよ”という人も多いだろう。シリーズ映画の新作公開前に旧作をテレビ放送するというのはよくある手法だが、Blu-ray版発売直前にハイビジョンでテレビ放送するというのは話題作りに効果があるとは言え、強気な戦略と言えるだろう。 そんなわけで、DVDや地上デジタル放送版とのクオリティ差が気になるBD版。本編の内容についてはDVD版のレビュー時に書き尽くしたので、今回は画質/音質の比較をメインに紹介したい。
ただ、この作品の場合、造形が複雑なロボットが登場したり、雑多な街並みが精密に描かれるSFアクションなどではないため、「BD版で、DVDとの大きな違いが出せるのか?」という一抹の不安が頭をよぎる。ノイズの少なさや暗部の情報量の多さを発揮できる夜のシーンもほとんどないため、“DVD版との違いが出にくいソフト”に思えるのだ。そんな予想をしつつ、BDビデオ版の再生をスタートさせた。
■ DVD版との画質比較 筒井康隆の小説を原作とした映像作品は、'83年公開された原田知世主演によるに実写版の角川映画がお馴染みだが、2006年の7月に細田守監督により舞台を現代にアレンジしてアニメ化。当初は単館上映だったが、ネットを中心に評判が広まり公開から9カ月の超ロングラン上映が実現。日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞を含め、同年のアニメ関連賞を総なめにした。タイムリープ機能を手にした元気な女子高生・真琴が、その能力を通じて友情や恋を知っていく爽やかな青春物語に仕上がっている。 まずは映像をDVD版と比較してみよう。以前、「パトレイバー」や「オネアミス」、「秒速5センチ」でBD/HD DVDを比較した時と同様、違いのわかりやすいシーンを選び、その一部分(下図の黄色い枠の部分/800×600ドット)を切り出して比較を行なっている。サムネイルに使っている画像も実際の画像からリサイズせずに切り出したものだ。 再生機器は、DVD再生もアップスケール処理が高品質に行なえるPLAYSTATION 3(PS3)を使用した。ファームウェアは7月8日に公開されたバージョン2.41。DVDのスケーリングモードはアスペクト比を維持しながらパネル解像度(ここでは1,920×1,080ドット)まで引き上げる「ノーマル」を選んでいる。高画質化機能は実際の利用をイメージし、フレーム/ブロック/モスキートのノイズリダクションを各「1」に設定している。
まずは解像度の違いが生む、情報量の差をチェックしてみよう。冒頭、理科室で真琴がタイムリープ能力を得る場面。柔らかな午後の日差しが差し込む理科室内の、実験器具で比較してみた。
サムネイル画像では違いが少なく見えるが、実寸で見るとフラスコやアルコールランプなどの輪郭に歴然とした違いがあるのがわかるだろう。このシーンで背景美術を担当しているのは、コナンから千と千尋まで、ジブリ作品を多く手掛る日本のアニメ美術の大御所、山本二三氏だ。 もともとの絵が、輪郭線を強調したものではないため、BD化したことで“見違えるほどクッキリした映像”になったわけではない。しかし、カーテン越しに差し込む光がガラスに当たり、柔らかく拡散している様子や、理科室全体に漂う独特の薄暗い雰囲気が良く伝わってくる。立体感もあり、動画で観ていると薬品の匂いや、学校の木の床の匂いなどが漂ってきそうだ。「味わいのある絵が、しっかり味わえる」ようになったと言えるだろう。
次は賑わうプールの遠景。DVDビデオにとっては辛いシーンであり、手前の人物はなんとか解像しているが、水際になると人々の境界があやふやになり、水の中の人はかろうじて頭の位置がわかる程度。 BD版は水の中も含めて余裕の解像。DVDでは解像度が足りなくて向こう岸がボヤボヤになっているのだと思っていたが、BD版を観ることで、元絵そのものの遠景がボカされている事がわかった。 なお、ネタバレになってしまうので使わなかったが、スクランブル交差点の遠景シーンでもBD版の解像度の高さは満喫できる。DVD限定版のコメンタリーで話題になっていた“ウォー○ーを探せっぽい人”もBD版であれば確認できるので、ぜひ探してみて欲しい。
動きのあるシーンは、真琴がタイムリープ能力を手にするシーンから抜粋。水の中に放り込まれたように彼女が泡に包まれる場面。ランダムに動く無数の泡の奥に真琴がいるというMPEGには厳しいシーンであり、DVD版では泡そのものにモスキートノイズが乗り、その影響で奥の真琴の頭部もノイズにまみれてしまっている。 BD版は泡の丸い形状がしっかりと描写され、真琴の髪型もハッキリ識別できる。シャツや腕の輪郭線も極めてシャープで驚かされる。また、DVDではノイズだと思っていた泡のまわりの白いモヤが、泡がレンズのように散らした光の表現であることもわかった。タイムリープのシーンは他でもDVD版と大きな違いがあり、コマ送りで唸りながら鑑賞してしまった。
人物を含む、分かれ道のシーンではコントラストに注目。右上から強い夕日が照らしている難しいシーンだが、右奥の街並みや、中央の木の葉などのディティールを維持するため、DVD版の方が若干コントラストが高くなっている。BD版は強い夕日で光が飽和したような描写になっているが、その中でも葉っぱや壁などの質感はキッチリと残っている。夕日の強さを描きながら、ハイライト側で粘りのある画質だ。ちなみにこの背景も山本氏によるものだ。
逆に、大きな違いが出るかと思いきや、DVD版の画質の良さや、PS3のアップスケーリング性能の高さが実感できるシーンが“真琴の家”。元絵の描き方も影響しているが、花や葉の描写で大きな違いはない。窓ガラスの模様や玄関の戸などに解像度の違いは感じるものの、DVD版でもしっかりと情報が残っていることに驚かされた。
最後は真琴が夏の雲を見上げる印象的なシーン。山本二三氏が得意とする量感豊かな“二三雲”がどこまでも広がるシーン。DVD/BDを比べてみると、見上げる真琴のシャツに浮いていた色ノイズや疑似輪郭がBD版では綺麗に無くなっている。 雲の描写は一見違いが無いように見えるが、白い部分ではなく、影になった濃い青の部分に注目すると明確な違いがある。BD版は筆の滑らかな動きが想像できるような輪郭とグラデーションを持っているが、DVD版は境界のグラデーションが乏しく、全体的にザラザラした質感で、立体感にも欠ける。 また、サンプル画像では静止画の背景に見えるが、この雲は中央部分が手前へ吹き出すように常時動いており、体積が増す様がアニメーションで表現されている。BD版は青空のS/Nが高く、鮮やかなブルーグラデーションをバックに、圧倒的なまでの入道雲がそびえる。大画面で鑑賞すると本当に空を見上げているようで気持ちが良く、思わず深呼吸してしまった。 なお、比較画像は掲載できないが、7月19日に放送された地上デジタル放送版とも見比べてみた。解像感はDVD版を超えており、青空のグラデーションのS/Nも高いと感じる。だが、BD版を観てしまうとその差は確実に存在する。 BDビデオ版のビットレートはMPEG-4 AVCの35Mbps程度を中心にしているが、放送版は解像度が高い反面、MPEG-2の13~16Mbpsと大幅にビットレートが低い。そのため、真琴がタイムリープする浮遊シーンの赤い文字や機械の歯車、疾走シーンの背景など、画面が動き始めると盛大にブロックノイズが出る。また、街の遠景でのビルや電線の輪郭も曖昧だ。青空のグラデーションにも染みのような色ノイズが広がっており、一度気にするとそこにばかり目が行ってしまう。 編集については、CMが多いのはテレビ放送なので仕方がないことなのだが、この映画で非常に重要な意味を持つ主題歌「ガーネット」が流れるエンディングがほぼカットされているのは頂けない。映画の内容と非常にリンクした歌を聴き終え“この映画を鑑賞した”と言えるのではないだろうか。この点は素直にDVD/BD版を買ってよかったと思えるポイントだ。
■ 音声ももちろん強化 音声も大幅に強化され、DVDのドルビーデジタル2.0/5.1chから、ドルビーTrueHD/DTS-HD Master Audio 5.1chのロスレスフォーマット2つに、リニアPCMステレオまで収録。DVD版で非常に面白かった細田監督と、真琴役の仲里依紗、千昭役の石田卓也、功介役の板倉光隆が参加するコメンタリーも引き継がれている。 BD版の音声全般に言えるのは、中低音の密度が増し、張り出しが強くなったことだろう。1音1音が明瞭になり、音像もシャープになった印象で、DVD版ではどこにいるのかよくわからなかった蝉の声も、右上のこのあたりかな……などと感じるようになる。サラウンド効果やサブウーファはあまり派手に使われない作品だが、踏切でのシーンやタイムリープシーンなどでメリハリのある低域が物語を引き締めてくれる。真琴がタイムリープして転がるたびに、外れるドアや散乱するゴミ箱の音がDVDよりダイナミックになり、“より痛そう”に聞こえて笑ってしまった。 BD版になって新たに追加されたのは「アートギャラリー」コーナー。作品の特徴とも言える背景美術を堪能できるもので、代表的なシーンの背景を静止画として鑑賞できる。背景美術と言うより、1枚の絵画と言ったほうが良いクオリティのものばかりであり、鑑賞中には気付かなかった細部の描き込みなども確認できて面白い。また、本編で使われた時と、色味に違いがあるのも注目ポイントと言えるだろう。 そのほかの特典は、舞台挨拶の模様、「ガーネット」のビデオクリップ、予告編、プロモーション映像、テレビCFと、DVDの通常版とほぼ同じだ。DVDの限定版は特典ディスク2枚を収録し、アニメの舞台地の紹介映像から、スタッフ紹介まで非常に密度の濃い内容だったが、BD版ではそれらが無いのが残念。できればBD版も2種類リリースして欲しかったところである。 また仕様の点ではDVD版には無かった日本語字幕を追加した点を評価したい。DVD版はリリース後に、独自のPC用再生ソフトを使って後から字幕を付けられる「web-shake 字幕をつけ隊!」に対応。主に聴覚障害者を対象とした同サービスの認知拡大にも寄与した経緯がある。これ以外の作品でも、日本語字幕の追加がより一般的になることを期待したい。
■ 背景が美しいということは、世界が美しいということ DVD版と比較していて感じたのは、“質感の向上”だ。これまでに比較した「パトレイバー」や「オネアミス」、「秒速5センチ」は「DVD版では見えなかった部分が見える」といった、BDの“高解像度”を実感する機会が多かった。 「時をかける少女」も最新のデジタル制作のアニメであり、高解像度化の恩恵は随所に感じられる。だが、それよりも印象に残るのはアナログの美しい背景美術が、より質感高く表現されたことだ。緑が溢れる真琴の家や、土手の夕暮れ、真夏の空と雲など、人の手が描いた背景が、筆のタッチもそのままに表示されるため、DVD版よりも暖かみを感じる。クッキリ&シャープなだけではない、“質感”も映画にとっては重要だということを再認識させてくれる。鑑賞しながら、ピュアオーディオ業界の“究極のデジタルはアナログの音になる”という言葉を思い出していた。
作品のファンには文句無くオススメ。デジタル放送版のTS録画と比べても、やはり1ランク違うクオリティは魅力だ。6,930円という価格は安くはないが、日本アニメの劇場版としては良心的な設定。老若男女、家族全員で楽しめる作品なので、まだ観たことがないという人は、BDレコーダなど、対応機器を購入したら“はじめの1枚”として一緒に購入するのもオススメだ。
□角川エンタテインメントのホームページ
(2008年8月5日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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