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「人とコンピュータ間のバリアを壊す」、HoloLensが目指すコンピューティングの未来

 マイクロソフトは12月2日より、Microsoft HoloLensのプレオーダーを開始する。それに先立ち、同社は、プレス関係者向けに体験会を開いた。その様子をお伝えする。

Microsoft HoloLens。今回発売されるのは開発者に向けたもの。アメリカでは3月末より販売されていた。日本での価格は33万3,800円から

 また、HoloLensの開発思想などについて、米Microsoft Windows & デバイスグループ ビジネス戦略担当ディレクターのベン・リード氏に話を聞くこともできたので、そこからわかったことも合わせて解説していこう。なお、リード氏への取材は体験後にQ&Aセッションの形で行なわれたが、記事としてわかりやすいように、デモの解説の中に該当する内容を挟み込んでいる。

実機をデモで確認、これまでとは異なる「解像度」の考え方

 最初に、HoloLensというハードウェアについて改めておさらいしておきたい。HoloLensは、シースルータイプのヘッドマウントディスプレイ(HMD)と、外界認識用のセンサーなどを備えた「スタンドアローン」のコンピュータだ。OSとしてはWindows 10の派生版を採用しており、Windows 10向けに作られたUniversal Windows Platform(UWP)アプリがそのまま動く。バッテリーも内蔵しており、頭につけるだけで使える。プラスチック製のバンドのような構造になっていて、頭に合わせてまさに「かぶる」感じで使う。

 なお、他のHMDと同じく、快適につかうためには、瞳孔間距離(IPD)の設定が必要。マイクロソフト担当者によれば「製品版では自動設定もできる」とのことだが、今回は体験をスムーズに進めるため、別途計測した上で利用した。

HoloLensをつけてみた。これ自体が単体のコンピュータ。メガネをつけたまま、すっぽりとかぶる

 HMDというと「どれだけの解像度なのか」が気になる人もいるはずだ。だがマイクロソフトは、HoloLensの解像度を、他のHMDのような形では公開していない。その理由をリード氏は「今のHoloLensは、テレビやモニターなどとは、解像度に対する考え方が大きく異なるため」と説明している。

リード氏(以下敬称略):我々は、2つの点で考えています。

 ひとつはホログラフィの「密度」、すなわち輝点同士がどれだけ近いか、ということです。そしてもう一つが輝点の総数です。

 ホログラフィの密度は、「目で見てどのくらい細かいところまで見えるか」ということと同じです。輝点の数は数百万(筆者注:情報によれば230万)で、ホログラフィの密度は1ラジアンあたり2,500点以上です。この中に含まれる輝点の数で決まります。

 実際に使っていただいても、1つ1つの輝点を見分けることはできないと思います。

 こうしたやり方を採っている理由は、現実に文字を読む時と同じように考えたかったからです。(筆者から少し離れた場所で瓶を持って)ここに書かれた文字を読めますか? 読みたい場合には、近づきますよね。HoloLensでも同じです。そういう使い方をする場合に適切な指針として、このやりかたを使っています。

 実際、筆者もHoloLensを使ってみて感じるのは、いわゆる「ドット感」の薄さだ。写真では単に筆者が部屋の中に立って壁を見ているだけだが、筆者の視界の中では、壁には複数の写真と動画がポスターのように張り付いており、机の上にはウェブブラウザとSkypeがあった。遠くからでも細かいところが見える、という感じではないが、近づいていけば自然とディテールが見える。リード氏の指摘するような挙動である。

 イメージとしては、マイクロソフトが広報写真として用意しているようなものになるが、さすがにこれとはかなり異なる。ただし、違うのは主に「描画される視野」から来るイメージであり、表示の鮮明さは特筆に値する。

 HoloLensは、一般的なVR用HMDのように視野をすべて覆うわけではなく、中央だけに描画が集中するような作りになっている。そこに若干の狭苦しさを感じる部分はある。

マイクロソフトが公開している、HoloLensの広報写真。脳内のイメージはこれに近いが、視界の全部でHoloLensの映像が重なるわけではない

リード:VRにおいては視野をディスプレイで置き換える必要があるので、視野が広いものである必要があります。一方、HoloLensのようなMixed Reality機器では、現実にある机や壁と映像を重ねます。視野の中央がリッチに見えれば良いので、VRほど視野が広くなくても大丈夫です。

 すなわち、視野についてはある程度想定の範囲内、というところがある、ということだ。

ジェスチャーを多用、空間・時間を超える「非同期コミュニケーション」も想定

 今回の体験会で用意されたデモは、部屋の中でHoloLensを使うことを想定したものだった。

デモは部屋の中でHoloLensを使うことを想定したもの。写真では見えないが、筆者の目には各種ウインドウが見えている

 部屋の壁にはOneDriveから取得した写真や動画が貼られている。これはウインドウが壁に貼られているようなもので、位置やサイズは自由に変えられる。

 そこで操作に使うのはジェスチャーだ。

 体の前に腕を出し、握りこぶしから指を一本立てるような動作を「エアタップ」という。マウスのタップと同じく、そこにあるものを「選択」する動作になる。位置については、指の位置に加え、視線の方向で指し示す。空間でエアタップすると、そこから周囲にワイヤーフレームのメッシュが走り、周囲の空間の立体把握が行なわれる。この情報に基づき、各ウインドウやCGデータを現実と「混ぜる」わけだ。

エアタップ中。体のすぐ前で指をちょっと動かす感じでいい

 エアタップした指を閉じ、指でつまんだような形で、そのままドラッグするのが「タップ・アンド・ホールド」。ウインドウ位置やサイズの変更に使う。

 これによって、空間の好きな場所に好きなサイズのウインドウを配置できる。空間にフォトフレームのように写真や動画をおいておけるわけだ。VRでもバーチャルスクリーンによる「大画面シアター」が当たり前になりつつあるが、HoloLensでも同じようなことは可能だ。

 またUWPアプリも同様に、空間に配置して使う。

 今回は、JALが開発し、すでに発表済みであるジェットエンジンの研修に関するアプリが使われた。目の前にはリアルサイズのジェットエンジンが現れる。タップすれば部品の一部を取り出して拡大することもできるし、エンジンをかけ、燃料がどのように流れるかを可視化することもできる。実際のサイズのエンジンで、どこからどこまでが危険な領域なのかを示すことも可能だ。それを、自分が動きながら確かめられるのが最大のメリットである。

 ちなみに、アプリから移動するときには、手を上に向けて、手のひらを花びらのように開く「ブルーム」という動作を行なう。これは、スタートメニューを開くような役割も持っている。ブルームは変わったジェスチャーだが、「他の動作と誤認するアクシデントが起きないように」(リード氏)選ばれたのだそうだ。現時点では「エアタップ」「タップ&ホールド」「ブルーム」という3つのジェスチャーのみが採用されているが、今後追加される可能性は高い、ともいう。

 ちなみに、現在のHoloLensでは、文字入力に複数の方法が用意されている。画面上に、いわゆるタッチキーボードを用意し、「エアタップ」で入力していくこともできるし、音声入力もできる。本体にあるUSBにケーブルをつないで有線のキーボードを使ってもいいし、Bluetoothでもいい。HoloLensの場合、手元は見えているので、キーボードの併用は容易だ。

リード:もちろん、こうしたアプリやウインドウは、壁に貼るだけでなく、空間のどこにでも置けます。

 配置にはいくつかのパターンがあります。例えば、映像を自分に常について来るように配置することもできますし、実際の机の上に置いておくこともできます。

 HoloLensは位置を覚えます。例えば、アメリカの自宅にウインドウを開き、出張から帰ってまたその場所を見れば、配置しておいたウインドウが見えるんです。

 それだけじゃありません。

 配置した物体や映像を、複数の人々で同時に見ることもできますが、その時には、それぞれの人々が「同じ場所」「同じ時間」にいなくてもいいのです。日本とアメリカの西海岸では17時間の時差があります。ここでこうやって見ているものを、アメリカで17時間後に見ることもできるんです。

 HoloLensは「テレポート」と「タイムマシン」とも言えるんですよ。

 目の前の「四角い画面」からコンピュータの力が解き放たれる、というのが、HoloLensの本質だ。そのため、こうして文章で説明してもわかりにくい部分がある。今回、マイクロソフトがHoloLensを開発者向けに提供するのは、そうした部分を補うという意味合いが強い。

リード:現在のHoloLensは、開発者にとってのエコシステムの構築が、もっとも重要と考えています。

 今後コンピュータの世界でどのようなことが起きるか、予想を語ることはしません。ただ言えるのは、HoloLensが「3次元の世界」を重要なものとして作られている、ということです。みな3次元の世界に住んでいて、その世界の「エキスパート」です。そこで使いやすいように考えられたシステムがHoloLens。人とコンピュータの間のバリアーを壊し、「もっとパーソナルなコンピューティング」にするものです。

 すでに大手企業などでは、マイクロソフトとともに個別案件として、HoloLensを使ったソリューション開発がスタートしているが、それは今後も継続される。今回は、まずハードウェアを買って試すところから始めたい企業・開発者を中心としたものである。そのため、個人が「遊ぶ」「楽しむ」環境が整っているとはいえない。しかし、2017年には確実により身近になるものであり、個人の作業環境としてだけでなく、ゲームや映像などのエンターテイメントの用途も広がっていくだろう。