庵野秀明の特撮博物館で「巨神兵東京に現わる」が上映
-現代美術館の企画展。宮崎監督「ナウシカは出すな」
左から樋口真嗣監督、庵野秀明館長、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー |
東京都現代美術館にて、7月10日より開催される「館長庵野秀明 特撮博物館」。そのマスコミ向け内覧会が9日開催され、新作特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」が上映。さらに、庵野秀明館長、樋口真嗣監督、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーらも参加し、開会式も行なわれた。
会期は2012年7月10日~10月8日までで、休館日は月曜日。ただし、7月16日、8月13日・20日、9月17日・24日、10月1日・8日は開館。7月17日、9月18日は休館となる。開館時間は午前10時~午後6時まで。観覧料は当日券の場合、大人・大学生が1,400円、中高生が900円、小学生が400円。前売り券も発売されている。詳細は公式サイトにて。
■厳しい特撮の現状を改善するために
東京都現代美術館 |
この展示は、東京都現代美術館の企画展として実施されるもの。キッカケは、庵野氏と樋口氏が食事をした際、特撮映画を多く手がける樋口氏から、“日本の特撮界の厳しい現状”を聞かされた庵野氏が、自身も大の特撮ファンであることもあり、危機感を持った事が発端となっている。
円谷英二氏が始めた日本の特撮は、精巧なミニチュアで作られた町や山や海を舞台に、怪獣やヒーローやスーパーマシンたちが活躍し、子供達を中心に人気を集めたが、現代ではデジタル技術の発展した事でCGがメインとなり、ミニチュアや小道具が破棄・散逸したり、職人技とも言える特撮技術が失われつつあるという。
場内の様子。貴重なミニチュア、小道具が大量に展示されている |
庵野氏は、「一人では(この現状を改善したくても)どうにもならないと気付きまして、ジブリの鈴木プロデューサーに相談した」という。ジブリでは、東京都現代美術館/日本テレビと協力し、現代美術館において、ジブリを中心としたアニメに関する様々な企画展を開催している。そこで、10回目を迎える今年、展示のテーマを特撮にする事になったという。「鈴木さんのおかげで、相談して3年後にはこうして展示会ができるようになりました。鈴木さんがいなければ、この企画は成り立たなかった」と庵野氏。
かくして、会場には様々な特撮映画やテレビシリーズで使われたミニチュア、デザイン画など、資料約500点が集結。それらを展示するだけでなく、特撮を支えてきた技も紹介する内容となっている。
■宮崎監督「ナウシカは出すな」
短編映画に使われた巨神兵の、頭部のみのレプリカ |
また、目玉の1つとして場内で上映されるのが新作特撮映画の「巨神兵東京に現わる」。これも「パッと言葉が浮かんだので口にした」という、庵野氏の思いつきがキッカケになっているとのこと。巨神兵は、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」に登場するキャラクターだが、映画版ナウシカで巨神兵がオームを薙ぎ払うシーンは、庵野氏が手がけた事でも知られている。
しかし、巨神兵を使った新作映画を撮るためには、宮崎駿氏の許諾を得なければならない。そこで、鈴木プロデューサーと庵野氏が宮崎氏を尋ねたという。鈴木プロデューサーはその時の様子を振り返り、「宮さんはなにか絵を描いていたんですが、“庵野が巨神兵で映画撮りたいって言ってるんだけど”と言ったら、顔をあげて一言“いいよ”と。その後で“でもナウシカは出すな”とだけ言われました。本当に5分か10分で許可をもらいました」と笑う。
その後、鈴木プロデューサーは自身の部屋に、「巨神兵東京に現わる」のポスターを貼って、さり気なく宮崎監督に見せたところ「最初の何回かは見て見ぬフリをしていましたが、チラッと見て、ニヤッと笑っていたので、デザインはOKなんだと思います」とのこと。
なお、完成した映画を、宮崎監督はまだ観ていないという。鈴木プロデューサーは、「いつ観せようかと悩んでいるところ。会期末になって見せればいいかなと思っていたら、庵野は“終わってからでいいっすよ”と言うんですよ」と、場内の笑いを誘った。
庵野館長と鈴木プロデューサー | 「巨神兵東京に現わる」を手がけた樋口真嗣監督 |
■特撮ファン以外も必見・「巨神兵東京に現わる」
上映ブースの入り口 |
「巨神兵東京に現わる」は9分の短編作品で、内容はタイトルそのまま、現代の東京に巨神兵が出現。アニメでオームの群れを薙ぎ払ったように、東京の街を焼きつくすというシンプルな内容だ。
巨神兵のデザインは広く知られているアニメ版のナウシカよりも、宮崎監督による原作コミックに近い印象。原作コミックは、アニメ版よりもより壮大な物語が展開し、ナウシカと行動を共にする巨神兵が現れるなど、巨神兵の出番がより多い。
また、巨神兵には、進化した科学文明社会が、神のような調停者を求めて、人によって作られたという設定(巨神兵には製造会社と思われる名前も記載されている)もある。その巨神兵が下した判断により、それまでの科学文明社会が焼きつくされる“火の7日間”が起こる。つまり、現代の遥か未来の物語が「風の谷のナウシカ」であり、「火の7日間を東京で再現する映画」と表現する事もできそうだ。
新作短編に向けて作られた、巨神兵のひな型。竹谷隆之氏によるもので、合成樹脂や金属が使われている(C)2012 二馬力・G | 原作漫画版に近いイメージだ (C)2012 二馬力・G |
映画の見所は、巨神兵そのものだけでなく、爆風で吹き飛ぶビルや街並みも、ミニチュアや模型で作られていること。ブルーバックでの合成は行なっているが、3DCGは一切使われていない。このシーンは、どのように撮影しているのだろう? と考えながら楽しむことができる。
ナレーションは林原めぐみが担当。落ち着いたトーンで語られる「火の7日間」は、ナウシカの世界観でありながらどこかエヴァンゲリオンっぽい雰囲気であり、映像自体は特撮映画という、様々な要素が見事にブレンドされている。特撮好きな人も、ナウシカ好きな人も、エヴァなど庵野監督作品が好きな人、いずれも楽しめる作品と言えるだろう。
また、上映ブースを抜けると、巨神兵の模型をどのように動かしていたのか? 倒壊したビルはどのように破壊したのか? などの解説や、特撮スタッフの技術、試行錯誤の様子なども紹介。彼らの活躍の場が減っている事を訴える内容にもなっている。
個人的に興味深かったのは、「天空の城ラピュタ」で、ロボット兵がシータを奪還するためにティディス要塞で大暴れする際、防御壁をビームで焼き壊すシーンの描写が、特撮技術を駆使して取り入れられているところ。熱せられ、アメのようにグニョーンと膨らみ、遂に吹き飛ぶような表現が、どのように特撮で表現されているのかは、会場で確かめて欲しい。
「巨神兵東京に現わる」の撮影で使われたミニチュアセットの一部。単に、ミニチュアが距離を置いて配置され、背後にポスターの背景が掲げられているように見える | 手前のミニチュアは、普通の部屋になっているのだが、かがんで中を覗いてみると、窓からの風景がリアルに再現されているのがわかる |
窓の奥に見える建造物は、手前から奥に向かって1/6、1/10、1/25、1/75と、場所によってスケールを変えながら配置されている。これは“強遠近法”を用いたもので、「内引き」と呼ばれる撮影方法。部屋の中のミニチュアの精巧さが鍵になるとのこと | 作品から一コマ。実際にこのミニチュアセットで撮影されたそうだ (C)2012 二馬力・G |
■マニア垂涎の展示が多数
会場は、東宝作品や、マイティジャック、ウルトラマンシリーズ、平成ガメラシリーズ、日本沈没、沈まぬ太陽など、各社・各作品ごとにピックアップされた、当時のミニチュアや小道具などが展示。マニアックな展示がほとんどだが、庵野監督によるコメントが合わせて展示されており、どこの部分が“特撮ファン的見所”で“燃えるポイント”なのかを知ることができる。
「メカゴジラの逆襲」で使われた、メカゴジラ2のスーツ TM&(C)1975 TOHO CO.,LTD | 「ウルトラマンA」に登場するTAC専用兵器群の中から、タックアロー (C)円谷プロ | 各展示には、監督代理の「カントクくん」による解説が。イラストは、庵野氏の奥さんである安野モヨコさんによるものだ |
マイティジャックのコーナーから、「オートマチックハイパワー8」。撮影用オリジナルを使い、復元したものだという (C)円谷プロ | マイティジャックの「万能戦艦マイティジャック号」 (C)円谷プロ | 五島プラネタリウムがあった頃の渋谷に出現した平成ガメラのスーツ (C)1996 角川映画 NHFN (C)1999 角川映画 TNHN |
ウルトラマンシリーズの展示も (C)円谷プロ | こちらはウルトラマンの胸にあるカラータイマー。撮影用オリジナルを使い、復元したもの (C)円谷プロ | 残念ながら内部は撮影禁止だったが、「特殊美術倉庫」の入り口。内部には「ローレライ」の伊507の6m級モデルなど、圧巻の展示物が多数 |
特撮セットの中に入り、撮影を楽しむ事ができるコーナーも設けられている | 巨神兵を止めるために戦車も登場 | タワーの右に男性が写っているが、自分が巨神兵になったような気分でセットの中に入れる |
近寄って撮影したり、見下ろすなど、様々なアングルから見てみるだけでも楽しい | 巨神兵と思いきや、樋口監督の姿が | 細かく作りこむところと、手を抜く部分の差も興味深い |
セットの中で見下ろしてみたところ | セットの各部にはカメラも設置されており、撮影現場の雰囲気が楽しめる | 空にはコブラが |
また、希望者には音声ガイド機も貸し出される。各展示の前で、展示番号を入力すると、紹介音声が流れるというもので、特撮に詳しくない人でも理解しながら閲覧できる。なお、アニメ&特撮ファンは、耳に当てたガイド機から、清川元夢のガイド音声が流れた時点でニヤリとするだろう。
耳に当ててガイド音声が楽しめる | 会場の最後には物販コーナーも。特撮映画のBlu-rayも豊富に揃えられている | 巨神兵像のレプリカや、巨神兵のfigmaも販売 |
■大きなプロジェクトの第一歩に
入り口に飾られた庵野秀明氏の肖像画。描いたのは安野モヨコさんだ |
展示の魅力について、庵野館長は「とにかく見ていただくのが一番良いと思います。口で説明するようなものではなく、自分の目で見て、感じ取って欲しいものが詰まっています。これらは、今でも誇れる日本の技術。特撮というくくりだけでなく、他の文化も詰まっている」と、見所を解説。
さらに、新作短編については「シンちゃん(樋口監督)のおかげで素晴らしいフィルムになった。メイキングもあるので、特撮の現場の面白さも詰まっています」と賞賛。
「ご家族でも、デートでも、女性一人でも楽しめると自負しています。特撮好きでない方も、“こういうものもあるんだ”という事を知っていただければ。数字を出さないと次に繋がらないので、多くの方に来ていただきたい。大きなプロジェクトの第一歩になれば」と、期待を語った。
(2012年 7月 9日)
[AV Watch編集部 山崎健太郎]