レビュー

世界初フルデジタルUSBヘッドフォンはどんな音? Dnote採用オーテク「ATH-DN1000USB」を聴く

 市場の盛り上がりに呼応するかのように、ヘッドフォンやイヤフォンの技術革新は目覚ましい。競い合うように内蔵個数が増えていくバランスド・アーマチュアユニット(BA)、ダイナミック型とBAのハイブリッド、ダイナミック型×2基も珍しくなくなった。ヘッドフォンも負けじと、ダイナミック型+BAのハイブリッドが登場したり、かつての技術が見直された平面駆動型ヘッドフォンが増加したり……と、バリエーションに富んでいる。

フルデジタルUSBヘッドフォン「ATH-DN1000USB」

 そんな中、振動板の素材を変えたり、個数を増やしたり、組み合わせを変えるといった域を超える、今までとは大きく異なる方法で音を出すヘッドフォンが、オーディオテクニカから11月21日に発売される。世界初フルデジタルUSBヘッドフォン「ATH-DN1000USB」だ。価格はオープンプライス、店頭予想価格は59,800円前後。キーワードは「Dnote」だ。

Dnoteとは何か?

 ATH-DN1000USBは、簡単に分類するとUSBヘッドフォンだ。ヘッドフォンからUSB A端子のケーブルがニョロリと出ており、それをPCと接続すると音が出る。普通のUSBヘッドフォンは、ヘッドフォンの中にUSB DACとアンプが搭載されている。つまり、PCから転送されたデジタルデータをDACでアナログに戻し、アンプで増幅し、ユニットを動かして音を出しているわけだ。

 しかし、ATH-DN1000USBはその工程が異なり、途中でアナログに変換しない。ユニットから音が出る最後の最後までデジタルのまま伝送/処理しているので、“フルデジタルUSBヘッドフォン”と呼ばれている。この“デジタルのまま”を可能にするのが「Dnote」という技術だ。

「ATH-DN1000USB」

 Dnoteはオーディオテクニカが開発した技術ではない。AV Watch読者なら何度か目にしている事だろう。もともと、Trigence Semiconductorという日本の企業が開発した技術で、これまでもクラリオンのスピーカーなどに採用。CQ出版から組み立てキットとして、デジタルヘッドフォン「DNHR001TGKIT」も発売されている。今回はその技術をオーディオテクニカが採用し、キットではない、通常のヘッドフォンラインナップの1製品として発売する……というわけだ。

Dnote技術の概要。上が従来の方式、下がDnoteだ

 具体的には、音源のデジタル信号に256倍のオーバーサンプリング(44.1kHz×256fs=11MHz)とデジタル変調をかけ、複数のデジタル信号に変換する。この信号をダイレクトにボイスコイルに伝達するのだが、そのボイスコイルが複数存在するのがミソだ。Trigenceによれば、3~8個のコイルが必要で、ATH-DN1000USBの場合は片方のユニットに4つのボイスコイルが搭載されている。

 この複数のボイスコイルに対し、高速かつデジタル的に通電/非通電させる事で、ユニットを振幅させ、アナログの音を出している。つまり、駆動に必要となる音楽信号だけを選別・抽出し、最適に合成した上で、複数のボイスコイルに直接伝送して駆動させる。“デジタルデータをスピーカーでアナログ変換する”というイメージだ。

パッケージにもしっかりDnoteのマーク

 従来はアナログに変換した上で、アンプで増幅するなど、複数の回路を通る事で音質が劣化していたが、それを防げるというわけだ。また、高効率で音声変換することで、細かな音の変化も描写できるとする。

 Dnoteの詳細については、既に藤本健氏の「Digital Audio Laboratory」において、Trigence Semiconductorへのインタビューを掲載しているので、そちらを参照して欲しい。

 なお、ATH-DN1000USBの仕様で特殊なのは、このボイスコイルまで。それ以外の部分については普通のヘッドフォンと言って良い。ユニットは53mm径、ハウジングは密閉型で、素材にはアルミニウムを使用。再生周波数帯域は5~40kHzでハイレゾ再生対応としている。

アルミを使ったハウジングは密閉型
ユニットは53mm径

利用までの手順はUSB DACと同じ。スマホ連携も可能?

 USBヘッドフォンなので、PCと組み合わせての利用が基本だ。オーディオテクニカのサイトからドライバをダウンロードし、付属のUSBケーブルでPCと接続。しばらくすると使用準備完了となる。Macの場合はドライバが不要だ。対応OSはWindows 7/8/8.1、Mac OS X 10.9となる。なお、USBバスパワーで動作するので、バッテリや電池も不要。シンプルに利用できる。

 USBケーブルは左ハウジングからの片出しで、着脱可能。2mのケーブルが付属している。ヘッドフォン側のUSB端子は普通のUSBマイクロで、ちょっと奥まったところにある。付属以外のUSBケーブルも使えそうだが、プラグ部が太いケーブルだと挿入しにくいだろう。

ケーブルは左のハウジングに接続する
付属ケーブルの長さは2m
ケーブルを接続したところ
ヘッドフォン側のUSBマイクロ端子
Dnoteの回路は左ハウジングに入っているようだが、ユニットが入っているハウジングとは別筐体になっている
「秋のヘッドフォン祭 2014」のオーディオテクニカブース。Audio Gate 3.0との組み合わせで提案されていた

 PCの再生ソフトは、foobar2000を使用した。。対応データは192kHz/24bitまでのPCMのみで、DSDは非対応。DnoteのPCM信号にオーバーサンプリングやデジタル変調をかける部分がDSDに対応していないためだそうだ。DSDのライブラリが沢山あるという人は、例えばコルグの「Audio Gate Ver.3.0」のような、DSD音源を192kHz/24bitなどに自動変換して出力するプレーヤーソフトと組み合わせて使うというのも手だろう。

 利用までの手順はUSB DACなどと同じなので、既にUSB DACを使ったことがある人は問題なく音が出せるはずだ。バスパワーで動作するので、USBケーブルを繋げばそれだけで使えるシンプルさが良い。DACやアンプも不要なので、スペースもとらず、気軽にハイレゾPCオーディオ環境が整うのが魅力といえるだろう。

 なお、ホントにハイレゾのデータが伝送・再生できているか気になるところだが、確認の手段として、左ハウジングにインジケーターが搭載されている。44.1/48kHz再生時には、ここが赤く、88.2/96kHzでは青、176.4/192kHzでは紫色に光るようになっている。

clear

ハウジングのインジケーターの色で再生しているデータの種類がわかる
ステータスを表示するソフトもドライバと共にインストールされる

 また、ドライバをインストールするとステータスを表示するソフトも一緒にインストールされる。これを見ても、どのようなデータを再生しているか確認可能だ。

 Dnoteの回路は左ハウジングの中に入っているようで、聴きながらハウジングに手を添えるとほんのりと暖かい。ただ、ユニットが入っているハウジングとは筐体が別れているため、左右のユニット搭載ハウジングの容積が違うということはなさそうだ。

 なお、メーカー側ではPC以外との接続は想定されていないが、試しにカメラコネクションキットを介して、iPhone 5sと接続したところ、「消費電力が大きすぎます」とエラーが出て利用できなかった。

 AndroidスマートフォンのXperia Z1に、USB OTGケーブルを介して接続したところ、こちらは認識され、USB DACと組み合わせて利用するハイレゾ再生ソフトの「USB Audio Prayer PRO」で96kHz/24bitの楽曲を再生すると、ヘッドフォン側のインジケーターがキチンと青く(88.2/96kHz)光り、クリアな音で再生できた。

iPhoneとカメラコネクションキットを介して接続すると、使えなかった
Androidスマホ+「USB Audio Prayer PRO」ではハイレゾで再生できた
Android OS側のボリュームは効かなくなるので、USB Audio Prayer PROのボリュームで音量調整する

軽くはないが、シッカリとした装着感

 装着感についても記載しておこう。重量は約380gと軽いヘッドフォンではないが、フリーアジャストヘッドサポート機構(PAT.P.)を採用しているので、ガポッと装着しただけで頭に見事にフィットする。ホールド力もあり、首を少し振った程度ではズレない。

 クランプ圧は強めだが、ベロア調のイヤーパッドが肉厚でフカフカなので苦痛には感じない。重さはあるが、このくらいシッカリホールドしてくれるヘッドフォンの方が好きだという人もいるだろう。夏場はちょっと熱そうだが、密閉型で遮音性もあるので、仕事や勉強の際に装着して薄く音楽を流すといった使い方もできるだろう。

 基本的に大柄なヘッドフォンなので、屋内利用が基本、ポータブルとして使う人はあまりいないだろう。

大柄なヘッドフォンだ
ベロア調のイヤーパッドは肉厚
フリーアジャストヘッドサポート機構(PAT.P.)を採用しているので調整は不要。かぶるだけでフィットする
装着イメージ
耳の裏側、下側もしっかりフィットする

今までのヘッドフォンとは違う“新しい音”

 音が出た瞬間にわかる、今までのヘッドフォンとは明らかに異なる音だ。

 まず強烈なのがトランジェントの良さだ。音の立ち上がり、立ち下がりが素早く、バッと音が出るだけでなく、サッと消える。ユニットがキッチリ駆動できている証拠で、歯切れの良い、まるで日本刀でズバッと切り込んだような目の覚めるハイスピードサウンドだ。

 低音から高音まで、細かな音も含め、全ての音の“出方が強い”。パワフルで、音の1つ1つに勢いがある。驚くのは、その力強さに帯域による差が無い事だ。低域でも、高域でも、等しく音圧が豊かで、前へ前へと飛び出してくる。低域だけ元気とか、高域だけガンガン目立つというのではなく、全ての音がまんべんなくエネルギッシュだ。

 雑味やノイズ、付帯音はほとんど感じられず、とにかくクリア。澄み渡った青空のようなサウンドに、ハイスピードな音が弾ける。音の色付けや、もやっとした響きなどとは一切無縁だ。分解能の高さ、細かな音の聴き取りやすさは、ヘッドフォンの中でもトップクラスにある。

 また、音量を調整していると面白い事が起こる。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生、1分過ぎから入ってくる量感豊かなアコースティックベースを堪能しながら、ボリュームを徐々に下げていったのだが、本当に小さな音にしても、バランスが崩れないのだ。

 誰しも経験した事があると思うが、普通のDAC+アンプ+ヘッドフォンで音楽を聴いている場合、音量を下げていくと、耳に入ってくる音のバランスは崩れる。具体的には低域が痩せていき、中高域ばかりが目立つ腰高なバランスになる。女性ボーカルなどの場合は、ボーカルが残っているので歌詞などは聴きとれるが、伴奏のベースやドラム、ピアノの左手などは不明瞭になり、存在感が希薄になる。

 そのため、小音量時では音楽全体が痩せたように聴こえ、迫力が不足し、早い話が物足りなく感じてしまう。こうした現象を改善するため、例えばAVアンプなどでは、深夜にあまり音量が出せない場合でも、リッチなサウンドにするため、低域を持ち上げた「ナイトリスニングモード」のような機能を設けている。

 ATH-DN1000USBにそんな機能は不要だ。ボーカルがようやく聴きとれる程度の音量まで下げていっても、低域がしっかり出ているのがわかる。もちろん弱くはなっているものの、「ズン」という音圧も確かに感じられる。そのため、何かの作業をしながら薄く音楽を流している時でも、十分音楽が楽しく聴ける。今までのヘッドフォンでは体験した事のない世界で、とても新鮮だ。Dnoteを採用したスピーカーでも同様の印象を受けたので、ユニットをデジタル的にドライブする事による音の特徴の1つなのだろう。

 斬新なサウンドだが、今まで聴いた製品の中から近い音を列挙すると、JVCのウッドコーンスピーカーや、パイオニアがカーオーディオなどで展開するHVT(Horizontal-Vertical Transforming)方式のスピーカーに似ている。ポータブル機器では、音の傾向としては、CHORDのDAC内蔵のポータブルヘッドフォンアンプ「Hugo」(ヒューゴ)の音と雰囲気が似ている。

 おそらく、今までの沢山のヘッドフォンを聴いて来た人ほど、最初は戸惑うだろう。しかし、情報量の多さ、描写の細かさという面で、新しい世界を垣間見せてくれるヘッドフォンだ。ドナルド・フェイゲンの「I.G.Y.」冒頭で、シンバルの「チャッチャッ」などの細かな音が、シャープ過ぎてなんだか怖い。鼓膜に細いシャーペンで描写されているかのような、ハラハラ感すら漂う。

 密閉型というのもあるが、音の出方がパワフルなので、音場は狭く感じる。音場創成型のヘッドフォンが好きな人にはマッチしないかもしれない。

 マッチするのは、モニターヘッドフォンが好きな人だろう。ハイレゾの細かな音、音像のシャープな輪郭を体験したいという人にはピッタリだ。パワフルな低域も、ベースの弦がバラける様子まで見える描写力があるので、大味には感じない。

 個人的には打ち込み系で、ヌケが良く、元気の良い楽曲がオススメだ。特にアニソンが楽しい。「茅原実里/NEO FANTASIA」から「この世界は僕らを待っていた」(翠星のガルガンティアOP/96kHz/24bit)を再生すると、トランジェントの良いビートが疾走感を後押しして気持ちがいい。いろんな音が押し寄せてくるような楽曲だが、1つ1つがシャープに描写されるので、音圧がむしろ心地よく感じる。ボリュームを下げても低域が残るので疾走感は失われない。

 だが、Dnoteうんぬんを除外し、実売約6万円の高級ヘッドフォンとして聴いてみると、やや気になる部分もある。それは“しなやかさ”だ。ギターの胴鳴りや、女性ボーカルのリバーブやエコーなど、細かく精密に描写はされるのだが、それが行き過ぎて“何もかもむき出し”になっている感じがするのだ。

 モニターヘッドフォンの定番であるソニーの「MDR-CD900ST」を聴いている時と感じが似ているのだが、もうちょっと甘く、しっとりと描写して欲しい部分もズバッっと切り込んでしまう。ダイナミック型のイヤフォンをずっと聴いてきて、初めてバランスド・アーマチュアを聴いた時のように、音が鋭く、硬く聴こえる。ピュアオーディオに機器特有の個性や、味わいのようなものを求める人には向かないかもしれない。ただ、このあたりは、エージングが進めばまた変わってくるだろう。

 また、使い勝手の面で、ヘッドフォン側にボリューム調整機能が無いのが地味に面倒だ。調整はPCの再生ソフト側で行なうのだが、マウスで細かな音量調整をするのは結構難しい。

 細かい不満もあるが、Dnoteという新しい技術と、それが生み出す新しいサウンドを体験できる非常に面白い製品だ。実売6万円という価格は安くはないが、例えばUSB DAC内蔵ヘッドフォンアンプとヘッドフォンのセットを6万円で買ってきたとしても、ATH-DN1000USBレベルの音が出せるかというと難しいだろう。

 個人的には、この技術を使った開放型ヘッドフォンも聴いてみたい。また、これだけ聴き取りやすいサウンドなので、屋外で使うポータブルヘッドフォンを作っても、騒音に負けずに音楽が楽しめるヘッドフォンになるかもしれない。

 ハイレゾオーディオの情報量を余すことなく聴き取りたいという人や、既存のヘッドフォンには飽きたというマニアにも、ぜひ一度体験して欲しい。新しい世界を体験できる1台だ。

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ATH-DN1000USB

山崎健太郎