レビュー

“ぶっ飛んだ仕様”で作ったら人気機種に!? マランツ“小さなピュアオーディオ”を聴く

 数十万円するような高級単品コンポは、オーディオ専門店でしっかり試聴してから買うのが普通だろう。イヤフォン/ヘッドフォンでも、5万円、10万円と言った高価なモデルが多い昨今、専門店や、試聴機が沢山ある量販店で聴いてから選ぶというのも、AV Watch読者ならば“当たり前の買い方”と言えるだろう。

マランツの開発用試聴室に設置された「M-CR611」

 一方で、そこまで高価ではないコンポ……例えばネットワークプレーヤー、CD、アンプなどを一体化した小型コンポ、ハイコンポなどを聴きたいと思うと、これがなかなか難しい。オーディオ専門店にはハイコンポのような低価格な製品は置いていない事が多い。量販店には陳列されているが、“ミニコン・ハイコンポコーナー”などの棚にズラッと並べられていて、静かな空間でじっくり聴き比べたいとか、異なる価格/メーカーのスピーカーと組み合わせて音がどのように変化するか知りたいとか、そういう細かな試聴がしにくいのだ。

 そうなると、周囲が騒音に包まれている売り場で少しでも目立とうと、低域や高域を強調した、いわゆる“ドンシャリ”なサウンドの製品が多くなる。音の違いを試すのは諦めて、「機能が多い/デザインが良い製品にしよう」と選んでしまう人も多いかもしれない。

 そんな中、売り場での“目立ち度”は気にせず、ドンシャリとは真逆の、あえてピュアオーディオライクな音を追求、さらにバイアンプというマニアックな機能も搭載。オーディオマニアが見ると面白いのだが、「ハイコンポとして売れる? これ」と、余計な心配をしてしまうユニークなコンポが存在する。マランツが8月上旬に発売する「M-CR611」(7万円)だ。

バイアンプ搭載、音作りもピュア寄りに

 機能が豊富で価格も手頃なハイコンポは、オーディオの入門機として人気がある。つまり、オーディオに詳しくない人も買いに来る。そのため、マニアではない人にわかりやすく製品の魅力をアピールしたり、丁寧に説明するメーカーの説明員を売り場に配置したりする。だが、そうした施策には当然ながらコストがかかり、それを回収するためには多く製品を売る必要がある……というのが一般的な話だ。

M-CR611とB&Wの「CM1S2」と組み合わせたところ。スピーカーは付属しない

 「マランツの場合、そこまで徹底するのは難しい。他社よりも沢山売るというのは、最初から難しいと考えていました。それならばいっそのこと、“マランツらしいものを作ろうじゃないか”という話になりました」と笑うのは、AV Watchではお馴染み、マランツのオーディオの音質に関する責任者と言える、ディーアンドエムホールディングス GPDサウンドデザイン D+M シニアサウンドマネージャーの澤田龍一氏だ。

ディーアンドエムホールディングス GPDサウンドデザイン D+M シニアサウンドマネージャーの澤田龍一氏

 “マランツらしいものを作ろう”という思想で開発されたのは、2008年に登場したCDレシーバ「M-CR502」だ。単品コンポのつもりで真面目に音を作りこみ、さらにはバイアンプを搭載。つまりステレオコンポでありながら、4chのアンプが入っている。2ウェイスピーカーと接続する場合、ツイータとウーファを別々のアンプでドライブできるユニークな仕組みだ。

 個別のアンプでドライブするため、大きく振幅するウーファから発生する逆起電力が、ツイータに影響を与えるのを防ぐ……などの利点がある。だが、当然ながら当時のハイコンポ市場にそんなマニアックな製品は存在しない。もっと言えば、現在でも存在していない。

 「どうせマランツが作るのであれば、そのくらい“ぶっ飛んでいた方が良い”と思ったのです。それが果たして売れるのかという心配もありましたが(笑)」(澤田氏)。

 バイアンプと組み合わせられるバイワイヤリング接続対応のスピーカーには、ジャンパープレート/ケーブルが付属しているのが一般的だ。これはバイアンプではない、普通のアンプと接続する際に利用するものだが、ジャンパーを取り付けた状態で、バイアンプ接続してしまうと、最悪の場合機器が壊れる可能性がある。

バイワイヤリング接続対応スピーカーの背面。ツイータとウーファでスピーカーターミナルが別れている。2つのターミナルをつないでいる金色のプレートが、ジャンパープレートだ

 そのため、「バイアンプ接続する時は、ジャンパープレートを外してください」というよな説明をするのだが、オーディオに詳しくないユーザーに、いきなり「バイアンプが……」と説明しても理解してもらえない恐れもある。こうした理由で、「ハイコンポにバイアンプを搭載するのは大丈夫なのか?」という議論も社内であったそうだ。

 だが、蓋を開けてみると、「そのような(故障の)事例は今まで聞いていない」(澤田氏)という。それどころか、M-CR502は音質の高さが話題となり、後継モデル「M-CR603」でもバイアンプを継承。2013年には3代目の「M-CR610」を投入。世代を重ねるに連れて販売台数は右肩上がり。今やハイコンポ市場において人気シリーズになった。日本と同様に海外でも展開しているが、特にヨーロッパで高い人気を誇るという。

左上のグラフが出荷量のデータ。世代を重ね、右肩上がりで出荷量が増えているのがわかる

 「マランツは日本とヨーロッパで販路が少し違います。ヨーロッパでは量販店でも扱っていますが、メインはオーディオ専門店です。ですからM-CR610も、専門店で、じっくり音を聴いていただいて、販売する形が多く、音質が良いという評判が広がり、我々の想定を上回るヒットモデルになりました」と澤田氏は分析する。

 その結果、M-CR610は海外のオーディオ誌「What' Hi-Fi」でプロダクトオブザイヤーを獲得。EUのセールスランキング(金額ベース)でもソニーやパナソニックに続き、第3位になったという。「ハイコンポで理解してもらえるのか? 売れるのか?」と心配していたマニアックなバイアンプや、ピュアオーディオライクな音質が逆にアピールポイントとなり、人気を高める事になったというわけだ。

 こうした流れを受け、さらにマニアックに音を追求したのが、8月上旬に発売する「M-CR611」というわけだ。

4chアンプ/CD/ネットワーク/Bluetooth/AirPlay/ラジオ

 「M-CR611」の機能を簡単におさらいしよう。スピーカーは付属しないコンポで、4chアンプ、CDプレーヤー、DLNAネットワークプレーヤー、Bluetooth(NFC対応)/AirPlayレシーバ、USBメモリプレーヤー、FM/AMラジオ、インターネットラジオチューナなどの機能をまとめている。ネットワークプレーヤーとしてNASなどに保存した音楽ファイルを再生しつつ、昔のCDも再生できるというわけだ。

M-CR611
前面のUSB端子

 ネットワークプレーヤー向けに、IEEE 802.11b/g/n 2.4GHzの無線LAN機能も内蔵している。DSDは2.8MHz、PCMは192kHz/24bitまでサポート。DSDはPCM変換での再生となる。フォーマットはWAV/FLAC/AIFFが192kHz/24bitまで、Apple Losslessは96kHz/24bitまで。WMA/MP3/AACの再生にも対応する。DSD 5.6MHzには対応していないが、価格を考えると十分な機能と言えるだろう。

 NAS内の音楽ファイル選択や、プレーヤーの操作には、スマートフォン/タブレット向けアプリ「Marantz Hi-Fi Remote」が利用できる。操作パネルを4つ、スライドさせながら使い分ける事ができ、音楽を再生しながら、次に聴く曲を選んだり、ピックアップした曲をプレイリストに追加するといったマルチタスク操作ができるのが便利だ。

Marantz Hi-Fi Remote

 操作性の面では、前面のディスプレイが3行表示なのもポイント。この手のコンポは2行表示が多く、NASのフォルダなどを探していると、情報量が少なすぎて何が何だかわからなくなるが、3行あるとかなり探しやすい。タブレットやスマホが無くても、最低限の操作はしやすくしてあるわけだ。

M-CR611の背面。スピーカーターミナルがA、B 2つある

 デザイン面では、天面に光沢のあるアクリルパネルを使っている。従来モデルも同様だが、傷がつきやすいというユーザーからの声を受け、新モデルではハードコート仕上げに。開発者によれば、「タワシで擦っても大丈夫」とのこと。こうした細かい進化は、世代を重ねてきたシリーズならではの魅力と言えるだろう。

内部。世代を重ねているだけあり、非常に綺麗だ
天面パネルは傷がつきにくくなった

 細かいと言えば、前面のイルミネーションカスタマイズ機能も面白い。基本は、マランツ製コンポの伝統とも言えるブルーのライトだが、メニューからグリーン、レッド、ホワイトに変更する事もできる。伝統を守りつつ、インテリアに沿ったカラーリングにもできるというわけだ。音質を極限まで高めるために、イルミネーションやディスプレイの表示をOFFにするモードも用意している。こういう点もマニアックで単品コンポライクだ。

伝統のブルー
ホワイト
グリーン
レッド

高価なパーツを投入し、ノイズを劇的に改善

 パワーアンプは4chフルデジタル。最大は60W×4ch(6Ω)。従来は6Ωまでだったが、新モデルでは4Ωスピーカーもドライブ可能になった。スピーカーターミナルはA系統、B系統を備え、個別の音量調節も可能。例えば、2つの部屋のステレオスピーカーを、異なる音量で鳴らす事もできる。

 音質の進化点は、デジタルプロセッサやスイッチングアンプモジュールを刷新した事。スイッチングアンプ用のケミコンを6タイプ試作し、音の良いものを選んでいるほか、ローパスフィルタ回路には専用にチューニングされた無酸素銅(OFC)線や、マンガン亜鉛コアによるインダクターなどを採用。「機能性高分子アルミ電解コンデンサも高価なパーツなので、単品コンポでもなかなか使えない部品ですが、M-CR611には使ってしまいました」と澤田氏は笑う。初代機から続く“ぶっ飛んでいた方が良い”という姿勢は新モデルでも変わっていないようだ。

単品コンポでもなかなか使われない高級パーツを投入

 さらに、ノイズ対策も徹底。「(単品コンポのUSB DACなどで使っている)アイソレータなどは流石に使えませんが、ノイズをどう処理するのか、デカップリングのとりかたなどは、AVアンプで培った手法を投入しています。御存知の通り現在のAVアンプにはビジュアル回路など、様々な機能が入っており、その開発で培ったノイズ対策のノウハウが活用できるのです」(澤田氏)。

 こうした取り組みにより、高調波歪+ノイズ(THD+N)は、従来モデルと比べて最大で-19dBも改善したという。

ノイズが大幅に改善されているのがわかる

 他にも、左右チャンネルの音質差を排除するために、グラウンドラインも含むオーディオ回路を左右対称にレイアウト。電源ラインも左右チャンネルで独立させることでセパレーションを向上させている。基板上のグラウンドラインも最適化し、インピーダンスを下げ、パワーアンプのドライブ能力を引き出している。

 音決めの作業も、単品コンポのそれとまったく同じだ。澤田氏の開発用試聴室で、B&Wの「CM1 S2」などと接続するのだが、使われているスピーカースタンドやケーブルはハイエンドなものばかり。スタンドとケーブルの値段で、M-CR611が何台も買えてしまのではとツッコミたくなるが、あえてそうしたセッティングを行なう事で、細かな音の変化が明確にわかるようになり、細かく音を追い込んでいけるという。

マランツの開発用試聴室

 逆に言えば、音の変化を丸めて表現してしまわず、ケーブルなど、オーディオアクセサリやセッティングの変化に、キッチリ反応するコンポとして開発されているという事だ。気軽に買える価格の製品だが、ユーザーが購入後に、オーディオの醍醐味である“音の変化”を楽しみながらステップアップしていけるコンポとして作られている。思想としては単品コンポのそれと完全に同じだ。

 スピーカーがセットになっておらず、自由なものが選べるのもオーディオらしい仕様と言えるだろう。マランツでは組み合わせ例として、DALIの「Zensor1」(ペア36,000円、M-CR611とセットで106,000円)を「ベーシックシステム」、B&Wの「686S2」(ペア9万円、M-CR611とセットで16万円)を「スタンダードシステム」、「CM1 S2」(ペア128,000円※写真のピアノブラック仕様は140,000円、セットで198,000円)を「プレミアムシステム」として訴求している。

左からDALIの「Zensor1」、B&Wの「686 S2」、「CM1 S2」

 Zensor1との組み合わせでは、実売で10万円を切るだろう。低価格だが、音の良いブックシェルフスピーカーとして人気のモデルだ。「CM1 S2」も、B&Wの魅力をキッチリ味わえる実力派スピーカーとして高い人気を誇る。これらをM-CR611がどのようにドライブするか、興味深い。

マランツの試聴室で聴いてみた。

 まずはDALIの「Zensor1」。このスピーカーは、バイアンプ接続には対応していないので、2chアンプとして普通にドライブしてみた。

DALIの「Zensor1」
「Zensor1」はバイワイヤリング接続には対応していない

 音が出た瞬間に驚くのは、圧倒的なSN比の良さだ。高価なピュアオーディオ機器は、何もない空間から、スッと音が出て、それがまたスッと消えていく、つまり音場にノイズが少なく、それが音像にリアリティを与えてくれる。あの感覚が、たった7万円のM-CR611に、ペア36,000円のZensor1を繋いだだけで味わえる事に驚く。

 小型スピーカーなので、圧倒されるような音圧やスケール感を望むのは酷だが、小型ならではの定位のクリアさがバツグンだ。音像の輪郭はシャープで、生々しく鮮度の良いサウンドと相まって、そこに歌手やギターが浮いているように感じる。

 レンジは上下に十分に広く、低域は不必要に膨らまない。タイトで、分解能が高い。いわゆるドンドン、ボンボンと派手に目立たせる低音とは真逆で、ひたすらピュアオーディオライクなサウンド。「こんなのハイコンポの音じゃない」と思わずニヤけてしまう。

 次に「CM5 S2」を接続。能率の高さと部屋のサイズから、あえて「CM1 S2」ではなく「CM5 S2」(ペア18万円)を選んでいるが、音の傾向は2機種で共通している。「CM5 S2」と「CM1 S2」はどちらもバイワイヤリング接続に対応しているが、まずはシングルワイヤで接続する。

「CM5 S2」を接続

 Zensor1と比べ、スケール感と音圧が一気にアップ。グワッと押し寄せる中低域の迫力に気圧される。高い音圧の中でも、低域の分解能の高さは維持されており、力強さと、音の細かさがキッチリ両立できている。CM5 S2のウーファは165mm径だが、それをキチッと制動できている証拠だ。

 単品コンポでプレーヤー、プリメインアンプを揃えた場合と較べても、勝負できるサウンドだ。一体型システムならではの、鮮度の良さがむしろ魅力と感じる。

澤田氏にバイワイヤリング接続に変更してもらう

 いよいよ、バイアンプ駆動を試してみよう。4chアンプでドライブするので、さぞやパワフルで、低音がブイブイ主張するのかと身構えていると、良い意味で予想を裏切られる。これまで聴いていたM-CR611のサウンドが、そのままの方向でレベルアップするのだ。

 確かにバイアンプ駆動で中低域の押し出しは強くなり、密度感もアップする。しかし、それにも増して音像が左右に広がり、奥行きも深くなるため、音が詰まって空間が狭くなったようには感じない。上下のレンジもさらに広くなり、低域の沈み込みの深さ、高域の伸びもより滑らかで見通しが良くなる。空間が広がると共に、音の1つ1つにパワーが行き渡り、活き活きと音楽が躍動している様子がわかる。アンプとDACの両方をワンランク上のモデルに変えたような違いがある。

CM5 S2の背面

 音色に変化は無く、純粋に音質が向上する。そのため、4chバイアンプ駆動と、通常のシングルワイヤ接続を比較し、シングルワイヤの方が良いという人は恐らくいないだろう。シングルワイヤの音も悪くないのだが、一度バイアンプ駆動のサウンドを聴いてしまうと、「M-CR611と組み合わせるのは、バイワイヤリング対応スピーカーじゃないと勿体無い」と感じるようになってしまう。

ぶっ飛んだハイコンポ=ピュアオーディオ?

 コンパクトなモデルだが、デジタルアンプを使う事で4chのアンプを内蔵。スピーカーのドライブ能力をアップさせ、吟味したパーツを高価な部品でもえいやと投入。単品コンポと同じ手法で、細かく音をチェックし、細部に改良を重ねて磨きをかけていく……。改めてM-CR611の開発手法を振り返ると、ハイコンポとしては「そこまでやるの」という驚きがあるが、逆に“高級単品コンポと同じ思想や手法で作られている”と言い換える事もできる。

 ハイコンポがどうのというカテゴリ分けを考えず、単純に省スペースで、ネットワークやUSBメモリ再生、CD再生もでき、ピュアオーディオのサウンドが低価格で楽しめるコンポとして、非常に魅力的なモデルに仕上がっている。

 同時に、繊細な表現ができる実力を備えているので、セッティングやアクセサリの交換などがわかりやすく、ユーザーが購入後に、より理想の音にしようと手をかける甲斐があるコンポとも言える。

 バイアンプ駆動にしても、M-CR611側に4chのアンプが入っている事で、「バイアンプってなんだ?」、「何が良いんだ?」、「買おうとしているスピーカーはバイアンプ駆動できるのか?」という疑問を産み、オーディオに興味が出たり、スピーカー選びがより楽しくなるキッカケにもなるだろう。ユニークだが、志の高い“小さなピュアオーディオ”だ。8月上旬発売なので、週末にはお店に並んでいるはず。一度聴いてみて欲しい。

 (協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

山崎健太郎