本田雅一のAVTrends
オーディオに見るソニーの成熟。新ヘッドフォンアンプに唸る。ウォークマンはポータブルを超えた?
2016年9月2日 00:00
バックライトマスタードライブ(Backlignt Master Drive:BMD)搭載のBRAVIA Z9Dシリーズを発表し、平井CEOの「成熟した製品分野でも、まだやり残していることがある」という言葉を証明したソニー。昨年の段階で利益確保が見えたことで、今年は新規投資分野だけでなく、従来からのエンターテインメント家電にも力を入れている。
とりわけIFAの発表会で目立ったのがオーディオ製品だ。昨年もCAS-1というコンパクトオーディオシステムが驚きをもたらしたが、グッと価格ランクを上げてオーディオファンも唸らせる製品を並べてきた。注目は、ウォークマンのフラッグシップ「NW-WM1Z/WM1A」、ヘッドフォンの「MDR-Z1R」、そしてヘッドフォンアンプ「TA-ZH1ES」だ。この4製品を「Signature Series」と冠して展開する。どれもヘッドフォンオーディオ製品としては高価格だが、いわゆるハイエンドオーディオに比べれば手の届く製品でもある。
ソニーオーディオの粋はヘッドフォンアンプ「TA-ZH1ES」にあり
会場では別室の静かな場所で試聴させていただいたが、特に感動したのはヘッドフォンアンプの「TA-ZH1ES」(欧州での想定価格2,000ユーロ)だ。この製品はソニーの高級ホームオーディオを支えてきたマイスターが参加し、近年ソニーが温め続けてきたオーディオアンプ技術の粋を集めたような製品になっている。
ジャンルは「ヘッドフォンアンプ」となっているが、実際にはD/Aコンバーターとして(DAC)も極めて有望だ。直接比較はしていないが、ソニー製としては物量を惜しげもなく投入していた、かつての「R10シリーズ」のDACモジュールを越える品質を実現したというのが個人的な感想だ。
ZH1ESは、ソニーが開発してきたデジタルアンプ技術S-Masterの中でも、TA-DA9100ESなどに使われていたS-Master Proの流れを汲むS-Master HXを基礎にした上で、最新のデジタルフィルター技術を組み合わせているが、実はアナログアンプも組み合わせたハイブリッド構成となっている。
その仕組みはS-Master HXの信号処理が生成する正しい波形を、PWMデジタルパワー増幅部とアナログパワー増幅部に入力。デジタル増幅ではパワー素子の応答遅れなどで信号誤差(ノイズ)が発生してしまうが、これをアナログ増幅アンプの滑らかな波形と比較し、ノイズキャンセリング的に打ち消す。
フィードフォワード型回路にも似ているが、デジタルアンプの基本的な力強さや位相特性をそのままに、アナログアンプのS/Nの良さを組み合わせた、これまでに聴いたことがないような素晴らしい音だ。
質の高いアナログアンプが持つ、細やかな空気感の表現、音場の消え際がキレイにどこまで続くように減衰していく感覚。デジタルアンプにはない繊細な表現力と、ローエンドから中低域にかけた”馬力感”のようなものが同居し、しかも一体感をともなって違和感なくまとまっている。
さらに、このアンプに組み合わせられるデジタル処理が凄まじい。“やり過ぎの一例”と言いたくなるようなプロセッシングパワーを惜しげもなく投入しているのだ。本製品に搭載されるDSPは、AVアンプのサラウンド処理を担う高性能なものを搭載しているが、1個では足りずに2個使いで信号処理を行なう。
DSEE HXを用いたアップスケーリング(というよりも音の超解像という方が正しいだろう)を384kHz/32bit領域で行なうが、この処理だけで1個のDSPパワーをまるまる使うという。なお、信号入力に関してはDSD 22.4MHz、PCMは768kHz/32ビットまで入力可能だ。プリ出力を用いれば固定出力あるいは可変出力のD/Aコンバータとして利用できるが、出力はアンバランスのみとなる(本製品の回路構成上、内部がアンバランス設計になっているため)。
またFPGAで構成されるS-Master HXの回路内部には、DSD Remasteringエンジンも内蔵されている。一般的なDSP処理では間に合わないためで、11.2MHzのDSD信号に変換して再生することも可能だ。
実際に聴き比べると、DSEE HXの効果は絶大だ。本機のDSEE HXは音楽ジャンルの違いなどに対応するため、4つのアップスケーリングパターンを切り替えられるようになっているが、それぞれに特徴があり好みの音を見つけられるだろう。ただ、どちらかと言えば派手目の音になる傾向を感じた。
しかし、DSEE HXにさらにDSD Remasteringエンジンを組み合わせると、そこにホッとするような柔らかい質感をもたらし、バランスの良い音となる。このあたりは好みだろうが、リモコンで簡単に設定を変えられるので、国内販売の折には店頭などで確かめるといい。
4.4mmの新バランス出力規格にも対応する出力端子の豊富さなども含め、この価格帯でこの音質ならば、他に追従を許さない質だ。
ハイエンドヘッドフォン「MDR-Z1R」登場
この次に注目したいのが「MDR-Z1R」だ。ソニーは実売5万円台ながら本格的な音質の「MDR-Z7」という製品を発売しているが、そのさらに4倍の価格が付けられたハイエンドヘッドフォンとなる。あらゆる要素を“高音質のため”に割り振ったという本機だが、実は開発途上の試作機を聴いたことがあった。
その頃から感じていたのは、密閉型ならではの低域再生を含む広帯域再生と開放型のように圧迫感やハウジング内の内部反響による影響が少ない自然な音場感だった。未完成のうちから可能性を示していたZ1Rだが、ポイントは形式上は“密閉型”に分類されるが、いわゆる完全に遮音するハウジングで耳を囲まず、オーディオレジスターというデバイス(カナダ産の繊維が長い針葉樹の葉を用いた紙の一種)にある。
このデバイス(実際にハウジングだが音をコントロールする要素なので、あえてデバイスと書く)を用いてハウジングを作ると、密閉型ヘッドフォンではあるものの、細かな繊維の隙間を空気が微かに通る、いわゆる空気抵抗(レジスター)の一種として機能する。いくつもの試作を重ね、オーディオレジスターの最適な厚みや形状を追い求めた上で、70mm径のマグネシウムドーム+アルミコートLCPエッジで構成するダイアフラムを搭載するドライバーユニットを使うことで、密閉型の良さとオープンエアの自然な音場感の両立した。
このオーディオレジスターが理想的に機能するよう、剛性と開口率、音のバランスなどが良くなるようフィボナッチ数列を応用したダイアフラム保護フレームなども、こうした結果を支えている
このような対応の結果、たとえばゼンハイザーの「HD800S」など同一環境で比べると、高域の情報量が同等なのに対し、Z1Rは中低~低域にかけて、解像感や力感を伴った上で充分な量感を引き出せており、両方を聴き比べているとHD800Sがシャカシャカとハイ上がりでウルサい音に聞こえて来る。前述のZH1ESと組み合わせた時の音質は、これまで筆者が経験してきたなかで、もっともスピーカーで聴く音楽に近い音場感だ。
よく言われる「前方に音場が展開するような」というのではなく、音と音の間にある空気に乗る“感触”や音の消え際の美しさが、とかく個性の強い高級ヘッドフォンの中にあっては特別に思えるほどナチュラルなのだ。しかし、そうしたナチュラルな……いわば個性を主張しない中でもひときわ輝いて感じられるのが本機の良さだろう。
ベータチタンをスプリングに用いたと言うヘッドバンドや羊革を用いたイヤーパッド、牛革製のヘッドバンドカバーなど、装着感が極めて高いことも特筆しておきたい。
なおZ7と同じく、本機の場合も標準オプション品として用意されるキンバーケーブル(KIMBER KABLE)製のヘッドフォンケーブルと組み合わせて、はじめて製品として完成するというのが個人的な感想だ。Z7の際には割高に思えたものだが、本機の価格を考えるなら大きな障害にはならないだろう。欧州での想定価格は2,200ユーロだ。
もはやポータブルではない? ウォークマン「NW-WM1Z」
一方、ウォークマンのWM1シリーズはZX2の後継機種となる存在だが、今回はアルミ削り出し筐体の黒い「NW-WM1A」(想定1,200ユーロ)に加えて、無酸素銅の塊から削り出した上で金メッキを施した上位機「NW-WM1Z」(想定3,300ユーロ)も発表した。
銅を用いたのは筐体のインピーダンスを下げるためで、そのままでは錆びてしまうため、金メッキ加工をしたとのこと。
【訂正】
記事初出時に「筐体にグランドは落としていない」と記しておりましたが、その後の取材で、グランドは「落としている」と確認されたため、当該箇所を削除しました(9月3日追記)
4.4mmバランス対応端子を採用するほか、新開発のコンデンサーをOSコンに換えて採用(一部はOSコンのまま)することで、柔らかな質感表現を高めた音質を実現したとのこと。他にもバッテリのリード線を2本づつにすることでインピーダンスを下げるなど、涙ぐましい努力が施されている。WM1Zのヘッドフォン端子に向かう内部配線には、キンバーケーブル開発のリード線を用いるなど、まさに贅を尽くした作りだ。
ただし、WM1AがZX2の置きかえと言えるスペックなのに対して、WM1Zは256GBメモリ搭載などの要素はあるものの、重量はWM1Aの267gに対して455g。イヤホンとセットで考えると500gを越える重さとなり、さすがに“ポータブル”とは言いにくい。
しかし、一方でこの2製品はパワーアンプ部が大いに強化されており、前述のMDR-Z7ぐらいであれば余裕で駆動できるようになった。いわゆる“ポタアン”を併用しなくても良いと考えるならば、500g近い重さも許容されるのかもしれない。
DSDネイティブ対応(11.2MHz。ネイティブ対応なのでDSDらしい柔らかい音が愉しめるようになっている)や384kHz/32bit対応、操作性の一新や応答性の改善などのトピックもあるが、やはり注目は音質だろう。
まずWM1Zは素晴らしい。ZX1からZX2にかけて、大幅にS/N感が改善されて音場表現が豊かになっていたが、さらに濃密となった音はポータブルオーディオの枠組みを超えている。
WM1Aは、ZX2との比較ではとりわけ高域の情報量が増えており、アンプ駆動力の劇的な向上もあって商品の魅力は高まっている。ただし、同じソースを聴き比べると、WM1Zではキッチリとウェルバランスで鳴っているのに対して、WM1Aは中低域にややクセがあり、それが影響してか中域に薄さをやや感じた。これはあくまでWM1Zとの比較で、他製品ならば余裕で勝てるクオリティではある。が、より多くの消費者と接するだろうWM1Aを音質的なリファレンスとして、その究極版としてWM1Zを置く方が良かったのでは? というのが率直な感想だった。
ソニーの充実が感じられるIFA 2016のオーディオ。一連の製品に関しては、IFA会場内で開発担当者へのインタビューを予定している。